【第2話】

 初めて訪れた中華街は、ショウにとってもエドワードにとっても珍しいものばかりだった。



「お菓子とか色々売ってるんだねぇ」


「どれも美味しそうで目移りしちゃいます」



 2人並んで商店街の真ん中を歩く。


 両側に建ち並ぶ店はほとんどが食べ物を販売していた。小籠包に肉まん、イチゴ飴、月餅、甘栗など多岐に渡る。どれも食べたことがないから見ているだけでお腹が空いてしまう。

 食べ歩き用の料理が売られている他に、数多くの中華料理を取り揃えたレストランなんかもある。どこもオーダー式の食べ放題とあった。お値段もお手頃で、大食漢であるエドワードがいれば元を取れそうな予感はある。


 並んだ店の様子を眺めていると、横から唐突に「ちょっとそこの」と呼び止められた。



「随分と背が高いじゃない、チャイナ服がお似合いだよ」


「そお? ありがとうねぇ」



 エドワードの服装を褒めたのは、イチゴ飴を販売している店の女店主だった。外国人風の見た目をしていながらも日本語が通じるので、店主は一瞬だけ驚いた表情を見せると「日本語が上手だねぇ」と言う。

 この店ではイチゴ飴の他にアイスクリームやふわふわのかき氷まで売られているようだった。時に目を引くイチゴ飴は、長い竹串に何粒も突き刺さっており白い台座に掲げられている。色鮮やかな赤い色はとても食欲を唆る。


 ショウはいそいそと財布を取り出し、



「すみません、イチゴ飴を2本いただけますか」


「あらま、別嬪な彼女だと思ったら男だったのかい」


「はあ、まあ……」



 驚く女店主をよそにショウがイチゴ飴2本分の代金を払おうとすると、横から太い腕が伸びてきてショウを真後ろから拘束する。

 誰かと思えばエドワードである。銀灰色の双眸が真っ直ぐにショウを射抜いており、その雰囲気も相まって息を呑んでしまう。


 エドワードは「ダメじゃんねぇ」と言い、



「俺ちゃんが彼氏さんなんだからぁ、彼女ちゃんのお金は払うものよぉ」


「え、あの」


「お姉さん、代金ってこれで足りるぅ? あんまりここのお金って使ったことないからさぁ」



 そう女店主とにこやかに会話を交わしながら、エドワードは彼女に1000円札を差し出した。女店主は「足りるよ」と応じ、エドワードへお釣りと2本のイチゴ飴を渡した。


 いいや、それよりもだ。

 何故、エドワードが日本のお金を持っているのだろう。ショウはあらかじて神様側から支給された金銭を使っているので懐としては痛まないのだが、お金を持っていないはずのエドワードが日本円を所持していることに驚きが隠せなかった。


 エドワードは購入したばかりのイチゴ飴をショウに手渡し、



「はいどうぞぉ」


「あの、エドさん。何でお金を持ってるんですか?」


「ユーリに魔法であらかじめ換金してもらったんだよぉ。夢と魔法の国でデートした時にぃ、ユーリは1ルイゼも払えなかったって悔しがってたからさぁ。仕返ししてこいって送り出されたのぉ」



 あっけらかんと言うエドワード。


 魔法で換金とは凄いことである。まさかあの初回の異世界デートでもう日本円の仕組みを理解してしまったのだろうか。さすがはショウの愛する旦那様である。

 エドワードは「ルイゼとニホンエン? てのは同じ価値だから換金しやすかったってさぁ」と言葉を続ける。つまりはエドワードもショウに奢れるということになる。


 ショウは首を横に振り、



「そ、それはダメです。せめて俺にもお金を出させてください」


「何言ってんのよぉ、後輩ちゃんにそんなのさせる訳ないじゃんねぇ。こういう時は先輩の顔を立てるものよぉ」



 エドワードは少し照れくさそうに笑い、



「それにぃ、今日のショウちゃんは俺ちゃんの彼女でしょぉ? 彼氏に格好ぐらいつけさせてよぉ」


「うにぃ」



 ショウの口から思わず変な声が出てしまった。


 危なかった、心のど真ん中に最愛の旦那様であるユフィーリアがいてくれて本当に助かった。そうでなかったらエドワードに心を奪われていたかもしれない。

 さすがユフィーリア仕込みの度量の大きさである。幼い頃からあの格好いい銀髪碧眼の魔女の背中を見て育つとこんなになってしまうのか。しかも洋画スター張りの彫りの深い顔立ちと彫像のような肉体美という男の浪漫を死ぬほど詰め込んでいるものだから、これで落ちない女はいない。


 何とか正気を取り戻したショウは、



「次は絶対に俺が出しますからね」


「お金のことはいいから食べよぉ?」


「よくないです。でもいただきます」



 ショウは買ってもらったイチゴ飴に齧り付く。ひんやりとした甘い飴とイチゴの酸味の相性がよく、カリカリとした食感も癖になる。

 小さな口でイチゴ飴を消費していくショウとは対照的に、エドワードは大きな口でイチゴ飴を2粒ごとに食べ進めていく。強靭な顎の力で飴の硬さなど物ともせず、バキバキと飴を噛み砕きながら「これ美味しいねぇ」とのほほんとした口調で言う。


 早々にイチゴ飴を食べ終えてしまったエドワードは、



「次は何を食べようかねぇ」


「早くないですか」


「時間は有限だからねぇ、たくさんの種類を食べるならこれぐらいはしないとぉ」



 エドワードはショウの頭を撫で、



「ショウちゃんはゆっくり食べなねぇ」


「俺のことを惚れさせてどうするつもりですか」


「別にどうもしないよぉ!?」



 無駄に格好いいことをしてくる先輩をジト目で睨みつけ、ショウは口の中に転がる飴の欠片を噛み砕くのだった。

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