エドワードと中華街食べ歩きデート

【第1話】

「しまった、遅くなってしまった」



 ショウは花柄の刺繍が施された靴を鳴らし、待ち合わせ場所である正面玄関に向かう。


 窓ガラスで自分の服装に乱れがないか確認して、小声で「よし」と頷いた。今日の装いは薄桃色のチャイナドレスであり、両サイドに深く刻み込まれたスリットから黒色のフリルが覗いた可愛らしいデザインとなっていた。ドレスの裾には繊細な花の模様が刺繍されており、随所にはリボンもあしらわれた豪華仕様となっている。

 裾から伸びる華奢な両足は黒いタイツで覆われ、足元を飾るストラップシューズにもまた花の刺繍がある。ヒールも低いので歩きやすく、どれほど歩いても足が疲れてこない。


 仕上げとしてお団子状に結われている髪の上から細いリボンが揺れる白い布を被せれば、完璧にチャイナ風衣装の出来上がりだ。なかなか可愛らしくお洒落が出来たと思う。



「エドさん、お待たせしました」


「いいよぉ、そこまで待ってないしぃ」



 正面玄関で先に待っていたエドワードは、待ち合わせ時間よりもショウが遅れてきたのに怒ることはなかった。むしろ「急いで来なくてもよかったよぉ?」と優しいことまで言ってくれる始末である。


 そんな彼だが、ショウと同じようにチャイナドレスを身につけていた。こちらはきちんと男性用である。暗い灰色をしたノースリーブのチャイナドレスには腰まで届く深いスリットが刻まれており、下から覗くのは白色のズボンである。ズボンのデザインも足首で裾が絞られた独特な形をしていた。

 鍛えられた筋肉が浮き彫りになるチャイナドレスの上から大きめの上着を合わせて、肌寒さにもバッチリ対策済みである。これほどチャイナドレスを格好良く着こなせる男性はこの世にいない。身長が高くて筋肉質なエドワードが非常に羨ましい。


 ショウは頬を膨らませ、



「様になってて腹立たしいです」


「ショウちゃんも可愛いよぉ、お人形さんみたいじゃんねぇ」


「俺も男だからエドさんみたいな高身長で筋肉ムキムキには憧れがあるんです」



 まあ、そんな戯言はさておいて。



「今日はエドさんとお出かけです。エドさんは美味しいものがお好きなので、食べ歩きデートを提案したいと思います」


「いいじゃんねぇ、食べ歩きデート。最高」



 エドワードはどこか弾んだ声で「美味しいのたくさんあるといいなぁ」と期待するように言う。


 行き先は大いに期待してくれていいはずだ。何せ年がら年中観光客で賑わい、地域独特の美食がこれでもかと味わえる観光地である。ショウはクラスメイトからの情報やテレビなどでしか見たことがなく、訪れるのは今日が初めてだ。

 基本的に好き嫌いのないエドワードであれば、きっとこれから訪れる先にある街を楽しんでくれる。チャイナドレスの服装を選んだのも、その場所の空気感を味わう為だ。


 ショウは正面玄関の脇に設けられた通用口の扉を叩き、



「行きましょうか、エドさん」


「はいよぉ、エスコートはお願いねぇ」


「はい、任せてください」



 自信たっぷりに頷いて、ショウは扉を開ける。


 扉を開けると、喧騒が耳朶に触れた。女性同士ではしゃぐ声、通行人を呼びかける客引き、店を探す背の高い外国人観光客など多種多様な人種の通行人が目の前を行き交う。

 どうやらショウが開けた扉は、ひっそりと佇む建物と繋がっていたようだ。狭い路地裏の上を赤い提灯や漢字で書かれた看板などが埋め尽くしており、鼻孔を掠めるスパイスの香りが食欲を唆る。


 ショウの後ろに続いて扉を潜ってきたエドワードは、



「ここはどこぉ? 路地裏ぁ?」


「こっちですね」



 ショウはエドワードの手を取り、狭い路地裏を進んでいく。建物の裏側に積み上げられたビール瓶のケースを蹴倒さないように歩き、路地裏から抜け出ることが出来た。


 そこに広がっていたのは中華風の店が立ち並ぶ賑やかな商店街である。中華料理を提供するオーダービュッフェ式のレストランや飲茶などを販売する店、お土産として月餅やその他中国系のお菓子を販売する店舗など異国の雰囲気あふれる街並みがどこまでも続いていた。

 商店街の入り口にはゲートが掲げられていて、そこには金色の文字で『横浜中華街』とある。どうやら目的地に辿り着くことが出来たようだ。


 人通りの多さと見たことのない街並みを前に唖然とした様子のエドワードに、ショウは笑いかける。



「ようこそ、エドさん。ここが俺の生まれ育った世界、日本です」


「え、じゃあ異世界ってことぉ?」


「はい、そうです」



 ショウはニッコリと笑い、



「ここは食べ歩きも出来るって有名なんです。エドさん、一緒に片っ端から制覇していきましょう」


「やだぁ、そんなの絶対やるに決まってるじゃんねぇ」



 エドワードはショウの肩を抱き寄せると、



「行こっかぁ、ショウちゃん。種類も多そうだしぃ、まずは食べたいのを一通り見ていかないとねぇ」


「小籠包と肉まんが食べたいです。あといちご飴!!」


「どれも美味しそうじゃんねぇ」



 観光客で賑わう中華街を、ショウはエドワードに手を引かれながら進んでいくのだった。

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