【第4話】

「寿命が縮んだ気がする……」



 コースター型のお化け屋敷から出ると、ユフィーリアは疲れ切ったような表情で深呼吸をしていた。

 お化けの類が苦手なユフィーリアからすれば、このお化け屋敷はよほど怖いアトラクションだっただろう。付き合わせてしまって申し訳ないとは思うのだが、ショウはずっと乗ってみたかったアトラクションに乗ることが出来てこの上なく満足していた。


 ショウはユフィーリアの背中をさすり、



「すまない、ユフィーリア。苦手なものに付き合わせてしまって……」


「いや、お前が楽しめたんならそれでいいわ」



 ようやく落ち着いたらしいユフィーリアは、



「叫びすぎたら腹減ってきたな。どこかで飯食うか」


「どこがいいだろうか。どこでも美味しそうだとは思うのだが」



 ユフィーリアが周囲を見渡す横で、ショウはもらったパンフレットを広げてレストランを確認する。


 園内には様々な食事が販売されており、チュロスや肉まんなどの片手で食べられる軽食からハンバーガーやラーメンなどの本格的な料理まで取り揃えられている。どれも美味しそうだが、各エリアによって食事の見た目もそれらしく整えられているのが特徴的だ。

 行くとすればちゃんとお腹に溜まるハンバーガーやラーメンなどのレストランに行くべきだろう。軽食だけでは食べ足りない気がする。以前のショウだったら軽食だけで満腹になるだろうが、最愛の旦那様による食育が功を奏してそれなりに食べられるようになったのでいくらでも食べられそうだ。


 ユフィーリアに行き先を提案しようとしたところで、ショウの足に何かがぶつかってきた。



「ん?」


「お」



 足元に注目し、ショウとユフィーリアは思わず声を上げた。


 足にしがみついていたのは、赤いワンピースを身につけた幼い少女だった。ショウの顔を見上げる少女はじわじわと涙を目に溜めていくと、嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。

 どうしたことだろう、ショウの足にしがみついてくるなりいきなり泣くとは何があったのか。これは予想だが、母親の姿と見間違えてしまって抱きついたら違う人物だから混乱して涙が出てきてしまったのだ。


 あまりの事態に慌てるショウは、



「えあッ、係の人に言う……!?」


「ショウ坊、待て待て」



 ユフィーリアは少女と目線を合わせる為に膝を折り、



「お嬢ちゃん、パパかママはどこに行った?」


「いないぃぃ」



 少女はボロボロと涙をこぼし、



「ぱぱぁ、ままぁ」


「お嬢ちゃん、アタシがパパとママを探してあげよう」


「ほんとぉ?」



 涙で濡れた瞳で見つめてくる少女に、ユフィーリアは「うん」と頷く。



「実はアタシ、いい魔女なんだ。魔法でチョチョイのチョイだよ」


「まじょさんなの?」


「そう、だから魔法を使ってパパとママを探しちゃう」



 ユフィーリアの提案に、ショウは「え」と声を漏らしてしまう。


 ショウが生きている世界には魔法の存在はない。魔法を使っても手品だと思われてしまうことが多い。超能力もテレビ向けの嘘っぱちだと思ってしまうのが夢のないところである。

 だが、ユフィーリアは魔法が使える。星の数ほど存在する魔法を自由自在に扱える天才が女児に魔法を見せれば、どうなるか分かったものではない。


 心配するショウをよそに、ユフィーリアは手で何かを握り込む。それを開くと、



「それッ」


「わあ」



 少女の目の前に飛び出したのは、青色の鳥である。小さな翼を懸命にはためかせ、少女の頭上を旋回する。

 小さな青い鳥を目の当たりにして、少女は黒曜石の瞳を瞬かせた。手品だと思っているのだろうか。事前に手品だと思えるような魔法を選んでくれてよかった。


 ユフィーリアは少女を軽々と抱き上げ、



「あの鳥さんについて行けば、パパとママに会えるぞ。行ってみるか」


「まじょさん、とりさんとおはなしできる?」


「鳥さんだけじゃなくて猫さんとか犬さんとかも話せるぞ」



 少女が泣かないようにあやしてやりながら、ユフィーリアは空を飛ぶ青い鳥を追いかけていく。ショウも先に進んでいく彼女の背中を追った。



 ☆



 少女の両親はすぐに見つかった。



「明里!!」


「まま!!」



 ユフィーリアに抱かれた少女を見つけ、1人の女性が駆け寄ってくる。すぐ側にはベビーカーを連れた父親らしき人物の姿まで発見した。

 少女を地面に下ろしてやると、幼い子供は母親の胸に飛び込んでいく。母親は少女の小さな身体を抱きしめてやり、少し怒り気味な声で「どこに行ってたの?」と問いかける。親だからこそ心配から出る声である。


 少女と手を繋ぐ母親は、



「すみません、子供がお世話になりまして……」


「いえいえ、見つかってよかったですよ」



 ユフィーリアはにこやかに応じる。


 女性は何度もユフィーリアに頭を下げながら、少女を連れて人混みの中に消えていく。少女は母親に手を引かれながらも何度か振り返り、ユフィーリアとショウに手を振っていた。

 最後まで少女に手を振っていたユフィーリアだが、彼女の姿が見えなくなると雪の結晶が刻まれた煙管を咥える。しれっと魔法を使ったことなど知ったことではないとばかりの態度だ。


 ショウはユフィーリアの顔を覗き込み、



「さすが、世界で最も優しい魔女様だな」


「まあな」



 ユフィーリアはミントに似た清涼感のある煙を吐き出すと、



「どこのレストランに行きたい?」


「あ、えっと今いる場所から反対方向になってしまうのだが……」


「お、いい場所じゃねえか。ここ行こうぜ」


「ああ」



 ユフィーリアと手を繋ぎ、ショウは目的のレストランを目指すのだった。

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