第14話 小さな彼らの大きな物語part7

作戦会議が終わり3人が動き始める。

ケインは鉄鍋を持ち、セナは皮のグローブをはめた。ヘルは包丁と赤い小石2、3個持った。

今、3人が準備できる最高の装備を持ち作戦を実行する。

「じゃあ、ケイン任せたぞ」

そう言うとヘルはセナと一緒にその場を離れた。完全に1人になったケインは目を閉じ、呼吸をゆっくりと深く行う。心臓の高鳴りを抑え、周囲を警戒する。

聞こえてくるのは木の葉が風で揺れる音、虫の羽音、それと

…ン…-ン…シ-ン

と響く重い足音がゆっくりと近づいてくる。1人になった相手に存在を隠すつもりは無いと言わんばかりに

ドシンドシン、ガサガサガサ

音がハッキリと聞こえる程にまで近づいてくる。

ケインは目を開け対象を視認する。

赤く刺々しい毛皮、鋭く尖った爪、ヘルの予測通りこいつはレッドベアだ。

[ヴウゥゥゥ…‼︎]

レッドベアは唸りよだれを垂らしながらケインを観察する。飢えに体が苦しめられようが戦いにおいての冷静さは失わない。負ければ喰われる野生の世界でそれは絶対の法則であった。

ケインは鉄の鍋を構え防御態勢に入る。それを見たレッドベアは立ち上がり腕を上げ戦闘態勢に入った。ケインの2倍以上あろう体の大きさ、その迫力から逃げたくなってしまうが後ろには下がれない。任せてくれたヘルの為にケインは今戦う。

[ウァァァ‼︎]

レッドベアは剛腕を振り下ろし、ケインの防御を崩そうとする。

ガンッ‼︎

だが、『盾術』の才能を持ち筋肉を鍛えてきたケインの防御は簡単には崩せない。

「フンッ‼︎」

ケインは少し身を沈め攻撃を押し返そうとする。だが、相手の攻撃が重すぎて返そうにも返せない。そうこうしているうちにレッドベアは腕を持ち上げ、次の攻撃に移る。右腕を斜め上から振り下ろす。

ガリガリガリ!

先程より威力は下がっているが爪で鍋が削れている。そして、次は左腕を斜め上から振り下ろした。

ガリガリガリ!

レッドベアの連続攻撃を判断したケインは鍋が耐えきれないと判断し後ろに下がる。爪が虚空を切り裂いた事を感じたレッドベアは攻撃を止める。

「…チッ、駄目だな」

このままレッドベアの攻撃を受け続けるといずれ鍋が壊れ負ける。このままではヘルの計画に支障をきたしてしまう。

「…しょうがねぇ、ちと賭けるか」

持ち方、構え方を変え態勢を変える。

そして、ケインはレッドベアに突っ込む。近づいできたケインにすかさずレッドベアは横払いをし、吹っ飛ばそうとする。だが、

ゴッ…ブンッ‼︎

攻撃を流した。ケインの足は止まる事なくレッドベアに近づき

「フンッ‼︎」

ゴッ‼︎

レッドベアの足に向け思い切り振り抜いた。

これが『盾術』しかいない場合の戦い方

[グァァァァァァッ‼︎]

レッドベアは叫ぶ。痛みを紛らわす為…己の愚かさを悔やむ為

ケインはレッドベアの射程からすぐに離れる。そして、次のレッドベアの行動を見た。

[グゥゥゥゥゥ…]

足の痛みはもう消えた。そして、これをしていれば勝てるだろうという浅はかな思考も同時に消えた。レッドベアは戦闘態勢をやめ、4足に戻った。そして、ケインに向け走り出す。

ケインは迷う、自分より少し大きな高速で動く物体の直進攻撃、これを正面から受けるべきかどうか。

ドッドッド…

いや、駄目だ。腕1本の振り下ろしでギリギリだったものを4本分の突進なんて受け切れるはずがない。選択肢は回避一択

レッドベアの直線攻撃を横に移動することで避ける。だが、

「ッ‼︎」

何か嫌な感じ急いで振り向く。目の前にあるのはレッドベアの腕。ただの突進と思わせ、通り過ぎるギリギリに裏拳を合わせる。突進に当たっても耐えきれずアウト、避けても最後まで油断できない害悪攻撃

ガンッ‼︎「ウグッ‼︎」

鍋の防御も甘いまま直撃し、吹っ飛ばされる。

ゴッガラガラガラ…

ガッ‼︎「カハッ‼︎…はぁはぁはぁ」

木に体がぶつかり停止し、体に溜め込んだ空気が吐き出される

「…はぁはぁ、はははははっ」

呼吸が戻ってくると自然と笑いが溢れた。鍋が無ければ即死したかもしれない攻撃

「…ほんと、無茶苦茶だ」

ゆっくりと立ち上がりレッドベアを見る。不思議と奴は笑っているように見える。

「…さぁ、もう一回勝負だ」

ケインは鍋を構える。先程と同じ戦いの構え

レッドベアも突進の態勢に入った。

そして、ケインが走り出すことで再び戦闘が行われた。

レッドベアの突進は変わらない。ドシドシとケインの方に真っ直ぐ走ってくる。それに対しケインは横に避けるわけでも、鍋で防ぎ切るわけでもなく

「…‼︎」

正面から足と足の隙間を狙って滑り込んだ。

そして、

「オラッ‼︎」ゴッ‼︎

とお腹辺りで鍋を蹴り上げる。

手応えはあった。だが、

「うぉっ!」ズザザザザ

攻撃が出来ると言っても所詮は『盾術』、レッドベアにダメージを与えるまではいかなかったようだ。レッドベアはケインへ、のしかかるように全体重をかけた。推定150キロがケインを襲う。必死に鍋を抑え耐えるが長くは持たない。レッドベアは勝ちを確信し笑う。

…だが、それと同時にケインも笑っていた。そして、苦しそうに口を開く

「…ようやく、隙が、出来た」

ニヤリと笑ったその瞬間

「フンッ」ガツン‼︎

上からの衝撃、ケインでは与えられなかった痛みが今頭の中を走り回る。

[ヴッ⁉︎]

衝撃が加わった重い頭を無理やり持ち上げ今着地した対象を確認する。

細い体、背もケインより小さい

「待たせたわね。ここからは私も戦うわよ」


どこかの影でヘルはニヤリと笑う。

「計画第一、防御型のケインにレッドベアを任せ俺らは情報収集。そして、情報が集まり次第セナを投下だ。これでしばらくは大丈夫なはず…頑張ってくれよ。2人とも」

ヘルは力の限りを赤い小石に込めていた。

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