第14話 小さな彼らの大きな物語part3

ヘルから盾と黒い布を渡される。黒い布を早速つけてみると完全に前が見えなくなった。

だが、視覚という感覚を失われた事により今まで感じにくかった細かな音や匂いがハッキリとわかる。これならもしかしたら…

と思っていたのだが

ペシ「痛い」ペシ「痛いって」カッ「やった」ペチ「痛い」…

と繰り返す事50回、防げたのは6回程度であった。

「うぅ、痛いよ〜」

と棒を当てられた部分を撫でながら嘆く

「一応言っておくが、セナが俺にした時よりは遥かに威力を下げてるからな」

ヘルはさらに語る

「お前が痛いと感じるのは視覚が無くなって、感覚が敏感になってるからなんだよ」

そう言いながら腕をペシと棒で叩かれる。

「これは痛いか?」

「…痛くない」

鍛えている彼女にとって全く痛みを感じない一発、ヘルが威力を弱めただけかとも思ったが音が同じだ。まさか、この程度で痛がっていたとはとセナは少し恥ずかしくなる。そして、それと同時にヘルも

「…なるほどな、普段は体に力を入れて防御してんのか」

とセナについて少しだけ理解した。

セナがやっているのは父親との鍛錬で習得した攻撃が当たる場所の筋肉を硬め防御する方法、軽い攻撃程度なら怯まず反撃に移れる防御法として格闘家の中では基礎なのである。それをヘルはどうやら良い物だと思っていないようだ。軽く怒りの表情を少し見せた後

「よし、セナは次から盾をやめて、回避する訓練にするから覚悟しとけ」

と笑った。だが、その笑いはとても怖く子供には見せられない笑顔であった。

その後、ケインも盾の訓練を受けたが才能のおかげもあり、50回中32回とかなり良い結果であった。

ヘル曰く才能も有り、耳も少し良いとの事だ。その為、盾の訓練も続行で50回防げるようになったら次の訓練に移るようだ。

その後、ヘルの訓練の他にヘル考案の筋力トレーニングを試した。

丸太スクワット、大岩引き、それぞれ体幹トレーニングや足や背筋の強化が目的らしい。そして、翌日に疲れが残らないよう入念なストレッチを行いその日の鍛錬は終わった。

その日の夜

川から少し離れた位置で火を起こしヘルが料理をしていた

「さぁ、召し上がれ」

ヘルは野菜とお肉たっぷりのスープとパンを出してくれた。疲れてボロボロになった体にスープが染み渡る。

「…ヘル、これの作り方を教えてくれ、いつでも食えるようにしたい」

「これは俺特製なんだ。欲しいのなら見て盗め」

と彼らは楽しそうに話している。そこにセナが突っかか…る事は無く。コク、コクと頭が様々な方向へ傾く。

「…寝さしてやるかケイン、俺のカバンをとってくれ」

ケインがカバンをヘルに渡し、ヘルは枕とタオルを取り出す。

「…何だそれ」

「俺特製の安眠枕君だ。めちゃくちゃ深い眠りにつけるぞ」

セナが完全に倒れるまでに器とスプーンを回収し、頭が地面につく前に枕を設置する。ボフッという音と共にセナの頭が枕に沈み、そのまますうすうと寝息を立て始めた。すかさず、お腹の上にタオルを置き、風邪を引かないようにだけする。

「…よし、これでひとまず大丈夫だな」

ヘルはふぅー、と安心した様子。そして、セナの寝顔を少しだけ眺めた後、再びケインとの会話に戻った。

一通り食べ終わり2人の会話量が減ってくる。そして、何かを思い出したかのようにケインは口を開いた。

「…なぁ、ヘル」

その表情はとても真剣であった。

「ん?どうした」

「お前は俺たちと同じ人間か?」

ケインからは少し意味の分からぬ疑問。それにヘルは

「何を言ってるんだ当たり前だろ?」

笑いながら答える。その表情にケインはあまり納得していなさそうだが

「…それなら良かった」

と返事をする。

「聞きたいことはそれだけか?なら、俺もそろそろ寝るわ」

そう、欠伸をしながらヘルは言う。ケインも了承し寝る準備を行う。

「ほれ、お前の分の安眠枕君だ」

「お、おう。ありがとうな」

ふかふかで良い匂いのする枕、確かに眠りやすそうだ。

「んじゃ、俺も寝るわ」

といつの間にか寝転がっているヘルは空に手を向け

圧縮ハード放出ショット

と唱える。小さな魔法陣が彼の体を駆け巡り、消える。小さな光の玉が彼の手の前に現れ真っ直ぐ高速で飛んで行く。そして、ヘルは魂が抜けたかのようにパタンと枕に倒れた。

一見おかしな行動に見えるだろうがケインは知っている。

毎晩、ヘルが魔力を全部固め空に向かって放っている事を。そして、あの玉は岩を簡単に溶かす熱量を持っている事を。

「…本当に同じ人間なのだろうか?」

同い年とは思えない身体能力の高さ、才能の強化から応用の仕方まで全てだ。

「…俺も努力を重ねれば?」

1番後ろを走っている自分に少し心苦しさを感じる、だが、彼は後に考えるのをやめて眠りにつく。さもないと、永遠に眠れないのだから。

こうして、彼らの1日目が終わったのだった。

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