第1話 物語の始まり

「おい、こっちに来るな無能が‼」

と剣の才能がある奴に木刀で殴られた。

「こっちに来ないで…この無能‼」

と弓の才能がある奴に足元を矢で射られた。

「こっち見てんじゃねーぞ、無能」

と魔法の才能がある奴に魔法で生み出した水をかけられた。

こんな事が起こっても周りの大人達や親さえも何も言わない。

何故なら俺はこの世界で唯一なのだから。


この世界では皆、産まれた時から何かしらの才能を持っている。

剣や弓、魔法の戦闘系の才能から料理や農業、園芸の非戦闘系の才能まで様々だ。

だが俺にはそんな才能は無かった。剣は振れず、弓は当たらず、魔法は発生せず、簡単な料理しか出来ず、野菜は小さくなり、花は枯れた。

こんな俺の名前をまともに呼んでくれる者は1人しかおらず、他の人間は俺を『無能』と呼んでいた。

俺は自分の傷を治療しながらいつも考える。何故、俺のような人間が生まれてしまったのか、と。自殺しようとしたこともある、が俺にそんな勇気のいる事は出来なかった。あとはそうだな…俺の名前をきちんと呼んでくれる存在がまだあるから、というのもあるからだろう。

「さぁ、行こうかな」

ある程度、治療が終わったので俺はある人の下へ向かう。そう、先ほどから言っている、俺の名前をきちんと呼んでくれる人だ。

森を通り誰にも会わず俺は大きな家に辿り着く。正面から入るとまた色んな人と会ってしまうので家の裏…それも2階を目指す。行き方は簡単だ。俺お手製の梯子を使い登るのだ。

「…やっぱり怖いな、これ」

一歩足をかけると軋み、いつ壊れともおかしくない梯子、一旦深呼吸をし、落ち着いた後、いつもの様に2階まで登る。

コンコンコン

と窓を三回ノックし窓が開くのを待つ。

しばらくするとガチャっと窓が開き。

「お入り」

と優しい声がした。俺は窓枠に手をかけ部屋に入る。

「いらっしゃい、ギルティ」

「お邪魔するよ、メジカ婆ちゃん」

彼女の名前はメジカ、俺のお婆ちゃんだ。才能は『占い』あとは魔法が少し使える。

俺はお婆ちゃんの下へ行き、ただひたすらに会話をする。

最近発売された本が面白かった、とか何となく考えた料理の感想、とか本当にどうでもいいような会話だ。それをお婆ちゃんは笑って聞いてくれ尚且つ感想まで言ってくれる。それがお婆ちゃんにとっても俺にとっても楽しい時間となっていた。

そんな会話の途中

「これ食べるかい?」

とお婆ちゃんはアップルパイを取り出した。誰からか貰った物だろう。

「昔は好きだんだけどね」

老化に伴い昔バリバリと食べていたパイも受け付けなくなっていった。だが、ここの住人はそんな事に気が付かず、お婆ちゃんに送り続けていた。

それが悪意ではなく善意で送られている為、お婆ちゃんも断れずに貰ってしまうらしい。そして俺はそれの処理をしに来る。味はまぁまぁだ。だが、残す訳にはいかず俺は五切れに分けられたパイを次々と食べていく。

全て食べ終わりお婆ちゃんが出したお茶を飲んで落ち着いていると。お婆ちゃんがじっと俺の事をじっと見てくる、とても何か言いたげだ。そして、口を開いた。

「…また虐められたんだね」

お婆ちゃんの目線の先には傷ついた俺の腕が映っていたようだ。

虐められて無いよ、と言えなかった。何も言い訳を出来なかった。転んだとか適当な事を言ってもお婆ちゃんには見抜かれる。だから俺は、

「…うん」

としか言えなかった。先程までの明るかった空気は一気に暗くなる。俺は何も言えず俯いてしまった。しかし、

「…ギルティ」

とお婆ちゃんが俺の名を呼ぶ。そうすると、俺は頭を上げざるを得ない。ゆっくりと俺は顔を上げるとお婆ちゃんは覚悟を決めた顔で俺に告げた。

「明日、この村を出なさい」

疑問を口にしたかった。何で?と聞きたかった。だけど、俺の疑問を言う前にお婆ちゃんは言う。

「今、占いで見えました。私は明日の朝に死にます。私は貴方を護ってあげられなくなる」

疑問が一気に弾け飛んだ。お婆ちゃんの占いは外れが無い。悪い事は特にだ。つまり、絶対にお婆ちゃんは死ぬ。そして、そうなると俺が壊れる事を見たのだ。

「…何処に行けばいいの?」

掠れた声でお婆ちゃんに聞いた。涙をグッと堪え、お婆ちゃんに最期の質問をする。

「自分が進みたいと思った方向へ…大丈夫、貴方は絶対に大丈夫だから」

「…分かった。じゃあ、そろそろ帰るよ…明日は早くここを出ないと行けないから」

「えぇ、今日も楽しかったわ。ありがとうね、ギルティ」

お婆ちゃんの最期の笑顔、最期の言葉…そんな事を考えていると涙が止まらなくなってしまうので俺は急いで窓から出ていく。

梯子が軋む音は気にならなかった、道中色んな人に会っただろう、だけどその声すらも耳に入らなかった。きっと俺は周りの音がどうでも良くなるほど辛かったのだと思う。誰にも発散することが出来ないこの気持ちを俺は家のベットの上で枕に発散した。涙でビチャビチャになっても関係なく、今まで溜めていた感情と共に全てを解放したのだった。


眩しい光が目に入る

どうやら俺は疲れて眠ってしまっていたようだ。

外を見るとほんのりと明るくなっていた。

もう涙は出ない。全てを発散した俺の心はとても軽かった。

(自分が進みたいと思った道へ)

お婆ちゃんの声が聞こえたような気がし、俺はお金と最低限の準備をして家を出た。

いつも活気に溢れているこの場所も朝が早いと静かだった。

あと一歩でこの場所から出るという時、俺は一瞬振り向いた。

ずっと『無能』と言われてきたが俺をここまで育ててくれた場所、何の心残りもないが。

俺は一礼し一歩を踏み出した。


















さぁ、新しい物語の始まりだ

何処からかそんな声が聞こえた気がするが少なくとも彼の耳には何も聞こえなかった。

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