第3話

 第一獣人ムラビトが意外と見られる、話せるヤツだったので。

(案外、獣人っていうのは風聞が独り歩きしているようなモンなのかもね)

 と安堵した。

 すなわち、恐ろしい獣の姿など噂ばかり。肉体的には、そして我々帝国人との暮らしとは、それほど大差ないのではないか、と。


 だが、その予想も外れた。

 顔が獣。耳が獣。背より生えたり腕の代わりとなるは鳥の翼。

 虎。犬。鹿。兎。鷲。

 思いつく限りの鳥獣の特徴を一見からして分かる者たちが、往来を跋扈し、


「あの、牧じゃなくて宮廷に直行して欲しいんですけど」

「悪いな。これが御殿への直通だ」

「マジか……」


 山と森を拓いて最低限の舗装をしたが如き木造建造物立ち並ぶ町屋。

 生活感の中にそれなりの清潔感があるのがせめてもの救いか。というか、汚すほどの余計な物さえないというのが実態か。


「おいおい、そんな顔をするなって……これでも当代になってだいぶ風通しは良くなったんだからな」

「いや、風通しはもともと良いんじゃない?」

 思わず、表情に出ていたらしい。荷を負い馬車を預けたランがそう咎める。

 そんな己の不満の表情を隠し、かつ奇異の視線から逃れるため、テレサは白い修道伏のフードを目深に被る。


 ただ、確かに。

 つらつらと観察してみれば、獣人ならざる者の姿も散見される。

 察するに、東の龍雲で権勢を張る宮内卿、飛鳥あすか寂衡じゃっこうとの政争に敗れた落武者連中。あるいはその苛烈な鎖国政策に辟易して逃げてきた傭兵崩れや貿易商の異人と言ったところか。

 ただその中でも、小綺麗で如何にも聖職者で御座いという身なりのテレサはやはり目立つ。魔物が如くに見られる。


 曰く、龍雲では女性の怒りを鬼なる邪に見立て、その角を隠さんと結婚の折、フードを被るのだと言う。

 顔を布下に埋める己が、周囲にとってはまさにその鬼であった。


 〜〜〜


 さすがに御殿とその周囲は、区画が良く整えられている。

 周囲を空壕と石垣、櫓が巡り、南の大門を潜れば、大小二つの池を軸として町割を分ける

 多分に小規模ながら、自然の利を活かし、それに沿って形成されている。

 無理に岩山を掘り抜き、巨費と人数を投じて運河を引かんとして、大規模な反乱を招いた大時代の皇帝よりは、よほど分をわきまえて利口な街づくりだ。


 そして中に入って御殿の前に至ると、何やら騒動が起こっていた。

 獣の荘の公用語は、その由来からして龍雲語である。

 もちろんテレサもその辺りは外交、そして布教の上で最低限の書き取り聴き取りを心得てはいるが、早口かつ多重ともなれば、容易ではない。

 人耳をそば立てていたランが、

「どうやら、またあの殿様はお館を抜け出してフラついて、皆を困らせているらしい」

 と苦笑した。

「良くあることなの」

 そんな調子で対面叶うのか? そう不安を隠さずに尋ねたテレサに、

「まぁな」

 と答える。

「でも心配は要らんだろう。一線は弁えた方だよ……ただ客人が来てる時にこれはな。ちょいと万一のため俺も捜してくるわ」

「え?」

「あぁ、話は通してあるから、そこで待ってりゃ迎え入れてくれるから」


 引き留める間もなく、彼は駆け去っていく。

 流石に曲がりなりにも獣人といったところか。その身のこなしは俊敏そのものである。

 ただその軽やかさに振り切られた彼女は、針の筵の如き心地を、しばし味わうことになるのだった。

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