竜の兄弟(3)

 どういうことだと思った。確かに、コウとセイラは今まで見たことのない生き物であるし、ミツは人とは思えぬ見た目をしている。だからといって、異世界にいると言われても、納得できない。

「まず、君らが今いる国の説明から行こう。ここは『ミズチトセの国』だ。この国は、いや、この世界は、君らのいる世界と徹底的に違う箇所がある」

 創はアユを見た。

「ここは、徹底的な『自然主義』であるということ。もっと分かりやすい言葉で言おう。ここは、自然が神を作ったと考えられている国だ。だから、この世界の植物や人間以外の生き物、水や山……自然に関わるもの全て、人間よりも上の存在だとされている。もっと簡単に言うと、水や虫などが人間……いや、神よりも地位が上ってことさ」

 創は瞬いた。

「そして、この世界では獣や竜と兄弟になる者が少数存在する。彼らはいずれも少数の存在であり、十万に一人いればいい方だとされるほど珍しい存在だ。そんな存在に、君らはなった。……兄弟に選ばれた者は、その選ばれたという事実だけで、人格が保証される」

 セイラが尾を揺らした。

「……つまり、私たちはもう二度と、日本には帰れないんですね……」

 夏菜子が悲しそうに呟いた。創はそんな夏菜子に、何かを言うことはできなかった。アユはそうだよと頷く。

 難民とは、確かにいい喩えだと思う。帰る国自体が存在しない、異世界の孤独な人間。金も無ければ、言葉も通じない。帰る国がないため、知らない国で一生を過ごすのだ。

「その点、君らはとても有利だ。さっきも言った通り、コウとセイラが君らの人格を保証している。だから、ミズチトセの国の入国審査は一発で通るね」

 それを聞いても、二人は素直に喜べない。他の乗客たちのことを考えたからである。夏菜子はアユを見た。

「他の方々はどうなるのですか?」

「入国審査が通るまで、入管施設で待機だな。簡単に通らないと思うよ。さっきも言った通り、帰る所ないからさ。身元もよく分からないくせに、その国に永住するわけだから、かなり審査は厳しい」

 子連れであったとしても、入国まで五年以上かかることもあった。ミズチトセは、永住を許可する「居住許可証」は簡単に発行しないことを、アユはよく知っている。アユもまた、それで苦労した一人だった。ただ、アユの場合、この国の文字や文化を積極的に学ぼうとした点が評価され、二年で居住許可証が発行された。その後、この国の官僚になるまでに信頼を得たのである。

「……良いのかな。こんな一発で色々できて……」

「選ばれた者と、選ばれなかった者の違い。それだけの話さ」

 アユはそう言うと、儚く笑った。

「でも、選ばれなかった者が悪い人なわけじゃない。私は選ばれなかったけど、この国の官僚になれた。みんなそう。それぞれが活躍してる」

 創は俯いた。

 そうやって認めてくれれば良かったのに――もう会えぬ親に向かって、そう思った。満点を取れないからと、無価値な存在ではないと、一度でいいから言って欲しかった。


 入国審査が半日で通り、ミズチトセの国への永住が認められた。コウの背に乗って、その国の光景を見たことで、異世界に来たのだと痛感する。

 建物は全て木の上に立っており、見たことのない獣が街を歩いている。木の枝が絡み合うことで、それが人々の通る道となっていた。人間以外は下、人は上の限られた空間で生活することで、互いの生活を犯さないようにしているのである。

「……気をつけなね。ここでは獣を触ったら、一発で逮捕される。人間でいう痴漢みたいなものだと思って良いよ。それと、無意味に獣を殺したら、一発で死刑だ」

 アユは複雑そうに言った。

 過去に、獣を触ったことにより牢獄された者をたくさん見てきたのだ。獣を蹴り飛ばしたことで、終身刑になった者もいる。アユは彼らを庇う気は全く無かった。この国の法やマナーは教えた。それを破ったのは彼らである。いわゆる自業自得なのだ。

「その……言葉とかって教えていただけますか?」

 創が問うと、アユは頷いた。

「うん。もちろん。あぁ! 忘れてたよ。この国はね、二年で一歳年を取るんだ。例えば、四十歳の人はこの世界において、二十歳なんだよ。私たち異世界人でもそうなってしまう。それだけじゃない。この世界に来たために、姿が少し変わったりするんだ。後で鏡を見ることをお勧めするよ」

 アユは立ち止まる。

「君らにはもう一つ。この世界で生きるためのことを教える」

 創はアユを見た。

「『魔物』についてのことだ」

 アユは言葉を続けた。

「魔物っていうのは、一言で言うなら、この世界における侵略生物だよ。姿形は様々で、渦巻の入った目をしているのが特徴だ。彼らはいずれも、この世界にいてはならない存在とされている。なぜか。魔物は、この世界で人を殺しまくるからだ。そして彼らは、特殊な技術を使わない限り、死ぬことはない。だから、たくさんの人が魔物によって死んだ」

 アユは二人に近づく。コウがアユを見つめた。

「その技術は、獣によって授けられる『かげ』という技術だ。故に、獣の兄弟でしか魔物は殺せない」

 セイラが夏菜子の首に抱きついた。

「魔物大量発生のことを『ヤミヌマ』という。ヤミヌマは不定期に起きるんだけど、その時しか魔物は現れない。ヤミヌマはそのヤミヌマにいる首領を倒すことで終わる。そんな魔物の始末を担うのが、この国に存在する『シノ騎兵団』と呼ばれる組織にある、『魔物掃討隊』だ」

 アユは微笑んだ。

「シノ騎兵団はこの国における警察組織だよ。そのうちの一つの魔物掃討隊は、魔物を殺すスペシャリストたちが集う。彼らによって、ヤミヌマの被害はかなり減ったんだよ」

 創はアユを見つめた。

「人間に魔物を殺す術を与えたのは、梟だと言われている。故に、魔物を殺す者は『梟の導き』と呼ばれるんだ」

 この国において、梟は魔物掃討の象徴だった。梟によって魔物を殺す技術が人や鳥獣に伝わり、ヤミヌマの被害は激減したと伝えられている。

 元々、梟には旅人の象徴だった。暗闇でも動くことにより、梟によって道に迷わずに目的地に行った――という話が多く存在する。そこから、魔物を殺す道標のような存在になったと、アユは思っている。

「さて、どうする? 『梟の導き』になっちゃう? 命懸けだけど」

 創は思わず息を呑んだ。

 命懸け……確かに、創は弓道をやっていたが、おそらくその技術を持ってしても、魔物は殺せないだろう。魔物の餌になる自分が目に浮かぶようだ。今まで平和な世界で暮らしてきたため、そのような生活とは無縁だと、どこかで思っていた。

 しかし――そこで逃げて良いのだろうか? 魔物を殺す技術を持つ者は、かなり限られているらしい。たくさんの人間が魔物によって殺されているとも言っていた。

 殺される人間を目の前にして、怖いからやりませんと逃げる。その気になれば助けられるのに、技術がないから、怖いからという理由で助けない――果たして、それで後悔せずに生きることができるだろうか。

 夏菜子は辞退する気のようだ。おそらく、自分では務まらないと思ったのだろう。その代わり、別の方法でこの国に協力すると言っている。

 ならば――自分にできる方法を、がむしゃらにやるしかない。怖くないと言えば嘘になる。胸を張る気はない。おそらく、これからたくさん後悔するだろう。けれど――やらないよりは、遥かにマシだ。

「梟の導きとやらに、なってみようと思う。なれるかは分かんないけど」

 アユは嬉しそうに頷いた。

 創とコウはその後、魔物掃討隊に入隊することに成功する。そこでソラネとミツと再開することになるのだが、それはまた別の話。

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