#90 クリームチーズオムライス@吹雪の実家は怖い?



石川家から帰宅して、夏休みの課題を春輝と一緒にすることになった。わたし達は混む時期をズラして帰省していたために、電車もそこまで混むことはなかったけれど、世間ではお盆休みとなってどこもかしこも人で溢れている。



逆に二番街はいつもよりも静かな気がした。昼間はこんなものなんだけど、お盆中は夜も比較的閑散としている。ここで働いている人も、通うお客さんも生まれ故郷に帰省しているのかな。



「まゆりん久しぶり〜〜〜」

「えっ!? クララちゃん?」



春輝の部屋の玄関に入ると、クララちゃんが歯磨きをしながら歩いていた。いったいどういう状況なのかと思ったけれど、すぐに理解した。クララちゃんの帰省先はここ、春輝の家なんだって思うと、お兄ちゃんも大変なんだろうなって微笑ましく思えてくる。



「クララ、歯磨きしながらウロウロするな。吹雪さんのとこ行くんじゃなかったのか?」

「吹雪さん、組のお盆まわりで忙しいから来るなって」

「ん。だろうな。うちにいるのはいいが、俺と麻友菜の邪魔はするなよ」

「分かってるよ。あ、っていうか、あたし宿題手つかずだから手伝って?」

「早速邪魔しているだろ。まあ、そんなことだろうとは思っていたが、ちゃんと自分でやるんだったら教えてやってもいい」



春輝はフライパン片手にクララちゃんにお説教をしていた。基本的に春輝は人に指図をしたり、やり方が悪いと怒ったりはしない。わたしに対しても常に温かく見守ってくれる。そういう優しさ全開の人だ。一年以上も一緒にいるから当然性格は熟知している。



でも、クララちゃんには違う。愛のムチを力いっぱい振るう。義理とはいえ妹だからなのか、わたしに対する愛情とは種類の違う愛情を注いでいるのが分かる。クララちゃんと春輝の関係は以前よりも良好で、すごく自然体。わたしもその仲間に入れてくれるから好き。



「春輝〜〜〜クララちゃんの勉強も教えてあげて?」

「ああ、麻友菜。すまない。クララが突然来たんだ」

「そうやって人を邪魔者扱いして。妹が帰ってきたんだから少しはもてなして?」

「だからこうやって、クララの食べたいというオムライスを作ってる」

「あ〜〜〜わたしも食べたい。クリームチーズ乗ったオムライスでしょ〜〜?」



生クリームと牛乳をフライパンで温めながらチーズを入れて、それをオムライスに掛けた、春輝特製のスペシャルオムライスがちょうど食べたかった。これは僥倖だ。クララちゃんのワガママに便乗しちゃおうと思う。



「麻友菜はきっとそう言うと思った。下準備はしておいたぞ。すぐに食べられる」

「ねえねえ、そういえばこの前、まゆりんのお母さんの実家に行ったっしょ?」

「うん。田舎だよ」

「いいなぁ。あたしも、誰もあたしを知らない世界でスイカの種飛ばしたい」

「ベランダから飛ばしてこい。ここは誰にも無関心だぞ」

「この前やったらミー君に当たって、ガチギレされた」

「ああ、ミー君怒りそう」



本気で怒ったわけじゃないだろうけど。でも、クララちゃんにスイカの種を当てられてキレるミー君も見てみたいかも。強面なのに優しい。それなのに彼女がいないミー君に幸あれ。



「……それで妹をちゃんと躾けろって怒っていたのか」

「きっとそうだよ。ああ、それであたしもおじいちゃんの家に帰るけど、春輝は?」

「ん。俺はパスだな」

「おじいちゃん?」



春輝には祖父母はいないはず。この前春輝は自分でそう言っていたし、秋子さんがどこの出身か知らないとも言っていた。小夜さんに関しても同じだった。ということは、クララちゃんの言うおじいちゃんは、もしかして。



「吹雪さんの?」

「そうだよ。血は繋がっていないらしいけど。あたしに来い来いってしつこいから」

「行って来い。小遣いくれるだろ」

「春輝が来るなら行く」

「なんでそうなる。俺は関係ないだろ」

「そんなことないって。まゆりんも行こう?」

「えっ? わたしも?」

「春輝の彼女だって分かったら、すっごく可愛がられると思う」



うちのおじいちゃんとおばあちゃんを見ればなんとなく想像もつくけれど、吹雪さんの義理のお父さんってところが少し気がかりかな。多分、そっち系の人間なんだろうって思うと少し怖い。春輝がいれば問題はないと思うけど、そういう問題でもない気がする。



「クララ、無理を言って麻友菜を巻き込むな」

「春輝だってまゆりんと一緒にいきたいくせに」



春輝はできあがったオムライスにトロットロのチーズを掛けてくれて、テーブルの上に並べた。早く食べないとチーズが固まっちゃうらしく、「とにかく早く口に入れろ」と急かされるまでがルーティンのクリームチーズオムライス。



「これこれ。春輝のこれが食べたくて休みもらったようなものだもん」

「クララちゃんの“純白”好評だったもんね」

「このクリームチーズと純白掛けてる? まゆりんやっるぅ〜〜」

「掛けてない、掛けてない」

「純白が好評なんて……えへ、恥ずかしいな……まあ、嘘だけど」

「もっと褒めて欲しいと顔に書いてあるぞ」

「あはは。クララちゃん可愛い」

「まゆりんも大好き」



ダメ人間製造機ならぬ、かわいい製造機とも言えるクララちゃんと抱きしめ合ってから、いただきますをする。クララちゃんはスプーンですくったオムライスとクリームチーズを口に入れて、分かりやすく頬を押さえながら、



「あっつぅ、けど、おいひ〜〜〜〜あっつ」

「隠し味に白ワインも入れてみた」

「絶妙な酸味があるのと、あとはもしかして、このケチャップ手作り?」

「さすが麻友菜だな。ケチャップはトマトを煮込んで作ったから、少し酸味が強いだろ。だが、甘みもある」

「まゆりんすご〜〜〜分かるんだ」



伊達に毎日のように春輝の料理を食べているわけではない。と威張りたくなるけど、春輝にばっかり作らせているようなイメージになるから、クララちゃんに自慢をするのはやめておいた。ちなみに、料理は春輝と一緒に作っている。だからわたしも料理の腕は着実に上達している。春輝に比べれば自慢できるほどではないから公にはしないけどね。



「いいなぁ〜〜〜愛の力じゃん」

「あとこれ、おじいちゃんの作ったトマトだよね?」

「それもビンゴだ。麻友菜のおじいちゃんが丹精込めて作ったトマトだ。まだまだあるぞ」



あれから宅配便でたくさん届いたから、春輝にもお裾分けをしたのだった。それを食べる他に加工しちゃうあたり春輝っぽいとも言える。



「じゃあ、決定ね」

「ん? なにが?」

「みんなで行こう〜〜〜」

「わたしも入っているのかな?」

「まゆりん来なくちゃ春輝が来てくれないじゃん



こうして、なぜかクララちゃんの帰省に付き合うことになってしまった。しかも、出発は明日、八月十四日で迎えが来るらしい。春輝はクララがどうしてもというので付き合うことにしたらしいけれど、なにもわたしまで行かなくてもいいような気がする。



でも、クララちゃんも春輝もいるから、大丈夫だろうって思う。



どんなところなのか少しだけ楽しみな気持ちもある。春輝と付き合ってからというもの、強面の人と話す事が多いからか肝が座ってきちゃって、そういう場面に慣れっこになっちゃったのかな。クララちゃんのお父さんの西谷とかいう人とか本当に怖い人との一件もあったからなぁ。あれは本当に怖かった。



「ねえ、春輝」

「ん?」

「怖い?」

「なにがだ?」

「吹雪さんの実家」

「……麻友菜、なにか勘違いしてないか?」

「えっ?」

「だが、内緒にしておく」

「えぇ〜〜〜〜ずるい〜〜〜教えてよ」



クララちゃんはウォーキングクローゼットを改良した別室(本人は自室と呼んでいる)で休んでいる。わたしが春輝と一緒にいることに対して嫉妬をしなくなった……多分。現に、クララちゃんが来ているのに、わたしは春輝と同じベッドで横たわっている。恥ずかしさもなくなって、なんだかこれが当たり前になりつつある。



「お仕置きしちゃうんだからぁ〜〜〜」



春輝に馬乗りになって、くすぐりの刑に処する。



「やめろ〜〜〜」

「いじわるする人にはこうしちゃうんだからぁ〜〜〜」

「反撃だ」



春輝は腹筋で上半身だけを起こしてから、わたしの脇の下に手を入れてベッドに押し倒した。自分でも可笑しいくらいに春輝にされるがまま。春輝の凶暴な右手で両手を拘束されて、左手は脇の下から脇腹にかけて下っていく。アイスリンクを滑るフィギュアスケーターのように。



「ちょ、くすぐったい」

「くすぐっているからな」

「やめっ」

「お仕置きだからやめない」

「もうっ、わたしが悪かったから」



春輝はわたしに覆いかぶさって耳たぶを甘噛し、息を吹きかけた。何回やられても苦手で、全身に鳥肌が立つ。これに耐えられる人なんているの?



「許さない」

「うわ〜〜〜〜ん、もうお願い〜〜〜」

「それにしても暑いな」

「くっつきすぎだもん」

「じゃあ離れる」

「イヤ」



離れたくないから、暑くても春輝の背中に手を回して抱きしめる。二人とも汗ばんでいて、けれどその暑さが、体温が、吐息が愛おしい。



今晩も愛し合って、二回目のお風呂に入るのがルーティンだった。ちなみに途中からクララちゃんがいることを忘れていて、後悔したのは後の祭りだった。





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