#83 バトン@つなぐ想い


なにがあったのか分からないけど、二組が円陣を組んで気合を入れていた。あんなに仲が悪かった春輝のクラスが一致団結しているなんて信じられない。いったい何があったんだろうって考えたけど、輪の中心に由芽ちゃんがいるとなると、もしかしたら春輝の声が届いたのかもしれない。



それにしても、さっきの大旋風では由芽ちゃんと春輝がペアでなんかすごく息があっていた。



ずるい〜〜〜〜っ!!



わたしが春輝と同じクラスなら、春輝とペアを組めたかもしれないのに運悪く叶わなかった。競技なんだから仕方ないとは思いつつも、わたしじゃない誰かが春輝と息を合わせているのはなんかモヤる。ああ、モヤる。モヤモヤが止まらない。



「まゆっち顔怖えって」

「怖くない」

「どう見ても並木を見て不機嫌になってんじゃん」



あの鈍感な景虎に指摘されるくらいに顔に出ていたのか。いや、景虎は鈍感なフリをしているだけで、意外と人を見ている。去年、まだ髪が長く野暮ったいイメージが拭えなかった頃の春輝を見て、ポテンシャルがある風な発言をしていたのだから、審美眼はあるのだろう。



「なってないし」

「まあ、でも貴崎由芽が近くにいるなら気持ちも分かるけどな」

「別に由芽ちゃんが春輝のことを好きとかそういうことじゃないし、わたしはなんとも思ってないもん」

「思ってないなら、なんでそんなに不機嫌なのさ」



嫉妬はしているけど、由芽ちゃんと話してほしくないとか、そういうことを思っているわけじゃない。由芽ちゃんに限らず、二組の中でわたしがいなくても春輝には仲良くやってほしいと思っている。それに春輝のことを信じているし、春輝が浮気なんてするような人じゃないことも理解している。



じゃあ、このモヤモヤはなんなんだろう。自分でもよく分からない。



次の競技までは少し時間があるから自分の席で座っていると、背後に気配。「わっ」と声を上げながら両肩に手を置かれた。



「うわっ!?」

「ん。さっきの耳攻撃の仕返しだ」

「びっくりした〜〜〜〜」



春輝は笑いながらわたしの隣の椅子に腰掛けた。確かにいたずらに春輝の苦手な耳元攻撃をしたけど、まさかこんな仕返しをされるなんて。心臓が止まるかと思った。



「二組はいいの?」

「ん。もう大丈夫だろ」

「なにがあったの? すごく仲良さそうだったけど」

「ああ。由芽が謝った。全部話して、男子に謝罪したら不思議とな」

「そっか。良かったね」

「それで、麻友菜がムスッとしてたから、心配で来てみたわけだ」



まさか見られていたなんて。さすが春輝としか言いようがない。



「嫉妬とかしてないからね?」

「分かってる。俺が嬉しいときは麻友菜も嬉しいときだからな。それが今回、麻友菜は分かち合えなかった。だろ?」

「うん。やっぱり春輝はすごいな」



春輝が嬉しそうにしているなら、わたしもその場にいたかった。なんて割とどうでもいいワガママ。これはわたしの単なるワガママ。春輝を喜ばすのはわたしの役目のはずなのに、春輝はわたしにしか見せない顔を二組のみんなの前でしていたのが悔しかった。



あ、そっか。やっぱり嫉妬だ。



「春輝、二組が団結して嬉しかった?」

「ん。そうだな」

「そっか」



違う。わたしがそうであったように。わたしが空気を読まなくなって仮面を取ったように、春輝も変わりつつあるんだ。今まで消極的であまりクラスの中で目立とうとはせずに会話も少なかった春輝が、今ではいろいろな人と関わりを持とうとしている。きっと春輝もまた成長をしている途中なんだ。春輝はすごい人だけど、わたしと同じ人間。他の人と同じ人間で成長もするし、環境が変われば身の振り方だって変わる。



なんだか春輝が同じ人間でホッとしたというか。って、別に超人とか人間離れしているとか思っていたわけじゃないけど。



「春輝、負けないから」

「次はうちのクラスが勝つ」

「うん。あのさ」

「なんだ?」

「春輝は変わっても……いや。なんでもない」

「麻友菜。俺は変わらない。麻友菜しか見ていない。だから安心しろ」

「……うん」



やっぱり読まれているじゃん。超人ではないけど、すごい人だ。気遣いが嬉しいし、わたしの気持ちにいち早く気づいてくれて、言って欲しい言葉を言ってくれる。

ダメ人間製造機め。



春輝はわたしの頭をポンポンと叩いて席を立った。



それから綱引きとダンス、玉入れの競技を終えて順位は一位四組、二位二組、三位三組、四位一組という順位。ラストの種目であるリレーを残して四組と二組は1ポイント差。リレーの順位によっては逆転されてしまいかねない接戦。まさかビリ出発の二組がこれほどまでに順位を伸ばしてくるとは思わなかった。



一組:青

二組:赤

三組:黄

四組:白



クラスカラーのバトンが実行委員によって用意されて、リレーがはじまろうとしている。体育祭のラストを飾るのは三年生のクラス対抗リレーで、一番盛り上がる種目。ちなみに体育祭はすべてクラス対抗となっていて、学年ごとに優勝クラスが決定される。とにかくどこのクラスも気合が入りまくっていた。



リレーは至極シンプルで、グランドを一周して次の人にバトンを渡すおなじみの種目。単純だからこそ面白いと思う。けれど、二組の様子を見ているとそうでもないらしい。春輝やミホルラを中心に走る順番を協議しているようだった。というのも、学校側は生徒の自主性を主体としており、実は事前に走る順番を決めていない。当日の一人ひとりのコンディションもあるし、当人たちの走る順番は当人たちが当日に決めるべきとしている。



ただし、欠員がいて一人が二回走らなくてはいけない状況を除いて、恣意的に足の速い人が二回走者となるのは禁止。三年生の体育祭参加者は必ず走者にならなければならない。その中でいかに順番を決めて順位を伸ばすことができるのか。



「まゆっちちゃんはアンカーでいいかな?」

「え? わたし?」

「うん。まゆっちちゃんって練習のとき速かったよね」

「そうかな」

「それで、サッカー部の景虎くんはアンカーの一つ前がいいと思うの」

「俺はなんでもいいけど、まゆっちをアンカーにした理由は?」

「他のクラスは一番足の速い男子をアンカーにしてくると思うだけど、その一つ前はそうでもないと思うんだよね」



つまりアンカーは逃げ切りの戦法ということらしい。四組は四組のやり方でいく。他のクラスがどう出るのか分からないけど、わたし達はわたし達で全力で臨むだけ。



第一走者がスタートラインに立つ。二組のほうを見ると春輝もアンカーらしく、その一つ前の走者は由芽ちゃんみたい。



「位置について。よーい」



スターターピストルの号砲が空を突き、耳をつんざく音とともに走者が一斉に走り出す。一組は陸上部の短距離走エースを第一走者にあてたらしく、段違いに速かった。次に三組。二組、四組の順に続く。ここぞとばかりに下級生や保護者が声援を上げて応援してくれる。うちの両親の姿も見えたし、秋子さんや吹雪さんも声を上げていた。



わたしもがんばらなくちゃ。



一位と四位の差はそこまで大きくはなく僅差でバトンが繋がれていく。アンカー手前の景虎にバトンが渡された。普段はふざけている景虎も今日は真剣で、サッカー部のエースの顔をしている。さすがに速い。わたしもスタートラインに立ち、景虎や他のクラスの様子を見ることに。



「景虎〜〜〜〜!!」

「景虎つっぱしれ〜〜〜〜」



うちのクラスの声援が響く中、隣の、そのまた隣のクラスから、



「かげとら〜〜〜こけろッ!!」



ミホルラが呪詛を飛ばしていた。いやいや、他のクラスで敵同士でも呪わないで。それに乗じて二組以外からも景虎に対する野次が飛ぶ。



「景虎転べ〜〜〜」

「景虎に不幸を〜〜〜〜」

「景虎死んでヨシ!!」



その呪詛は自らに返るごとく二組に不幸が舞い降りる。最終カーブで由芽ちゃんの足がもつれて転倒。すぐに起き上がって駆け出したものの、その間に一組と三組に抜かれてしまい四位に転落してしまった。



他のクラスながら、わたしも「由芽ちゃんがんばれー」と応援をしてしまった。あまりにも気の毒で、可哀そうで。



二組の声援は止まない。転倒しようが落胆の声を上げる人は一人もおらず、むしろ由芽ちゃんに対する激励は続く。そして景虎のバトンをわたしが受け取って走り出す。このまま逃げ切れれば一位確定。けれど、背後から迫りくる気配。



腕を振って、足を上げる。少しでも早く走れるように。



「並木〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

「並木抜け〜〜〜〜〜」

「まゆっち〜〜〜〜!!」

「まゆっち後ろ〜〜〜〜」



振り向いている余裕なんてない。振り向かなくても状況は分かる。アンカーは春輝だ。あの春輝がこのまま終わるとは思えない。おそらくごぼう抜きでもして、わたしのすぐ後ろに迫っているのだろう。わたしはわたしで全力で走り切るだけ。



カーブに差し掛かり、すぐ横に春輝がいてわたしを一瞥したのが分かった。けれど、ここで簡単に抜かれるわけにはいかない。カーブで重心を取りながら加速をする。



「まゆっちそのままいけ〜〜〜〜」

「いける!」

「ふたりともすげ〜〜〜〜」



ダンスをしていたからなのか、体幹はまだ顕在でカーブでの安定力は春輝よりも上だと思う。だから速度が落ちないし加速もできる。でも、この直線は春輝に分がある。春輝の足の速さは尋常じゃない。ついには春輝が真横を通り過ぎていく。後方で迫ってくる陸上部とサッカー部をごぼう抜きにしてきているあたり、帰宅部だなんて信じられない。



そしてゴール直前になって、どうしてもわたしはスタミナ切れになってくるけど、春輝はむしろ加速していった。わたしもなんとか春輝を抜かそうと足を動かす。



けれど、先生の上げた旗は“紅”だった。



紅色のキャップが空を舞う。



「並木すげええええええ」

「マジかよ」

「並木くんすごすぎ」



完敗だった。



「みんな、ごめん」

「いやいや、まゆっちのせいじゃねえだろ」

「並木が化け物すぎただけだって。むしろ差を開けなかった俺達のせいでもあるな」

「そうそう。リレーなんだからさ。まゆっちちゃん気にしない気にしない」



みんな優しすぎた。抜かれちゃったのに笑って許してくれた。二組のほうを見ると並木はヒーロー扱い。なのにいつもどおりの塩対応。さっきまでのにこやかな春輝はどこにもいなくて、いつもどおりの春輝に戻っていた。



悔しいな。どの分野でも春輝には勝てないなんて。



「麻友菜、おつかれ」

「うん。春輝ずるい」

「ん。悪かったな」

「ううん。かっこよかった」

「麻友菜もすごいな」

「どこが?」

「俺はともかく、うしろの運動部に抜かれなかったろ」

「それは……」



春輝に勝ちたい一心で走っていたら結果的にそうなっただけで。それにみんなが繋いでくれたバトンだし、みんなが一位をキープしてくれていたから、その差で抜かれなかったようなもの。



閉会式が終わって、体育祭は幕を閉じた。



「麻友菜、がんばったね」

「お母さん。今日は来てくれてありがとう。応援も」

「春輝くんはすごいね。勉強だけじゃなくてスポーツもすごいなんて」

「お父さんも忙しいのにありがとう。春輝はすごい人なの」

「文武両道みたいだね。またうちに遊びに来るようにと伝えて」

「うんっ!」



うちの両親は午後から仕事だからといって、そのまま帰宅した。春輝は秋子さんと吹雪さんと話をしている。邪魔するのも悪いと思って立ち去ろうとすると、



「麻友菜ちゃん」



と秋子さんから呼び止められた。



「はい」

「麻友菜ちゃんもがんばったわね。リレーも壮観だったしね」

「恋人同士の激戦とは熱いな。二人ともよくやった」

「吹雪さんはさっきから褒めすぎ。別にいつもどおりだろ」

「春輝。お前は少しは喜べ。あんなに活躍したんだから」

「別に」

「別にってことはないだろ」

「ふふ。吹雪さんも年を取って丸くなったのかしら」

「俺、丸くなったか? 秋子?」

「さあ。ほら、邪魔しないで帰りましょう」

「そうだな」



秋子さんと吹雪さんは仲睦まじく、二人揃って帰っていく。やけにオーラのある二人だからなのか、生徒の注目を一身に浴びていた。



なんか憧れるなぁ。



互いに尊重し合う様子がすごく素敵。吹雪さんは秋子さんを。秋子さんは吹雪さんを。二人とも相手のことが好きで好きで仕方ないんだと思う。長い時間付き合っていて、倦怠期とかないのかな。こんなにも仲が良いものなの?



そういえば、わたしも春輝と付き合ってもうすぐ一年になるけど、気持ちはあの頃とあまり変わらないかも。春輝は……。



「ん? どうした?」

「別になんでもないよ」

「そうか」

「秋子さんと吹雪さんっていつもあんな感じ?」

「そうだな」

「羨ましいな」

「そうだな。俺も羨ましい」

「え? 春輝も?」

「ん。あんな夫婦になりたいと思う」

「じゃあ、なろうよ」

「そうだな。俺は麻友菜とならなれると思ってる」



恥ずかしげもなく、そう口にしてくれるのは嬉しい。そして微笑みをくれる。わたしの頭をポンポンと叩いてそっと手を繋いでくれた。



やっぱり好き。



「あなたは本来、統率しなければいけない立場でしょう」

「はい」

「それがなに? 選手宣誓には任命されないし、見ていたらリーダーにもなれないじゃない。並木さんの息子さんはあんなに頭角を現しているのに、あなたはなに?」

「ごめんなさい」

「恥ずかしくて並木さんに顔向けできないわよ。由芽、あなたはこのままでいいの?」

「よくないです」

「少しは彩乃や並木さんの息子さんを見習いなさい」

「はい」



人目をはばからずに大声で由芽ちゃんはお母さんに叱咤されていた。せっかくの幸せな気分に水を差す光景を目撃して、ため息が自然と出てしまう。



でも、由芽ちゃんの近くにいる二組の女子たちが、由芽ちゃんのお母さんに近づいていくように見える。



波乱万丈の予感がする。








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