#81 クレーンゲーム@白馬の王子


春輝が帰って暇を持て余していた午後。唐突に春輝からラインが来た。



授業参観での由芽ちゃんの身に起こった出来事に対して、秋子さんが春輝に由芽ちゃんと学校の外で会わせる算段をしたこと。加えて春輝も参加した今日の会食の際に由芽ちゃんはお父さんに酷いことを言われてしまい、かなり落ち込んでいるらしい。



それで会食が終わってからわたしを誘って、由芽ちゃんと三人で遊ぶ約束を春輝が取り付けたのだった。



「麻友菜、呼び出してすまない」

「いいよ、どうせ暇だったし」

「ん。ありがとうな」

「それで由芽ちゃんは?」

「六時待ち合わせだからまだ少しある」



どこかに行くのかと思ったら、春輝が遊び先に選びそうにもないゲーセンに行くのだとか。春輝とはガチャガチャうるさい場所に行くことはあまりないから、なんだか新鮮な感じがする。



「先に少し遊んでいるか」

「うん。でも春輝って苦手じゃなかった?」

「だから練習するんだ」



そう、春輝はなんでもできそうなんだけど、実は少なからず弱点もある。その一つがクレーンゲーム。アームを狙ったところに下ろすことが至難だと言っていた。春休みに行った奥久慈のホテルのゲーセンでクレーンゲームにチャレンジしたけど笑うくらいに下手だった。けれど、不思議と弱点のある春輝が愛おしく感じてしまう。ギャップ萌えってヤツなのかな。



「よし、入れ食い状態で獲ってやる」

「ほんとかなぁ〜〜〜」

「このフィギュアから行こう」



二本の棒の上に置かれた箱をその棒の隙間から落とすというゲームで、隣の人が数百円でゲットしていたのを見て春輝は俄然やる気になった。フィギュアは今人気の魔法使いのアニメのヒロインで、春輝に興味があるとは思えない。



…………。



「これは無理だ」

「でしょうね。箱がびくともしないじゃん」

「これ系はダメだ。普通にぬいぐるみを狙うか。麻友菜、欲しいのどれでもいいから一つ選んでくれ」

「うーん」



わたしが欲しいって言っちゃうと、春輝は意地でも獲ろうとするからあんまり良くないような。でも、春輝はわたしのためにぬいぐるみを獲ってくれるっていう意気込みは買いたい。ということで、“獲りやすい”ってステッカーの貼られた台をチョイスした。被り物をしている猫ちゃんのぬいぐるみで、きっとこれなら春輝もいけるはず。



「よし、任せろ」

「うん」



一回目、二回目と猫ちゃんは動かず、けれど諦めないでチャレンジして千円目にしてようやく猫ちゃんが持ち上がって、取り出し口に落ちていく。



「やった! 初めて獲れた!!」

「うん、春輝ありがと〜〜〜〜! 一生大事にするねっ!」

「ん。本当に獲得できてよかった」



春輝が人生ではじめてクレーンゲームで獲ったぬいぐるみをプレゼントされて、なんだか感無量。獲れてよかったねと思うと同時にがんばって獲ってくれたという気持ちに対する嬉しさが込み上げてくる。それに春輝の嬉しそうな顔もすごく良い。わたし以外の人に前では絶対に見せない顔をしていて、本当に好き。好きが止まらない。



「へ〜〜〜〜並木ってそんな顔するんだ。意外じゃ〜〜〜ん」



後ろから声を掛けられて、振り向くと由芽ちゃんがロングカーディガンにミニスカ姿のコーデで立っていた。ルーズソックスの下のシューズはジューダン1のトリヴィス・スコッチ。ブラウンハイカットにピンクのシューレースで、かなりキマっている。春輝の言うお嬢様から想像するコーデには到底見えない。



「だろ。今日からクレーンゲームを極める」

「並木ってまじめな顔して馬鹿らしいことを言うからオモロイよね」

「馬鹿らしいことか?」

「だって、クレーンゲームは取れる台と取れない台を見極めないと」

「由芽ちゃんは得意なの?」

「得意じゃないけど、通ううちにさ、なんとなくコツを掴めた感じ?」



通う?



由芽ちゃんはゲーセンに通っているのかな。春輝がここを待ち合わせ場所に指定したのはそういうことなのかもしれない。春輝から聞いた話では、由芽ちゃんは両親との折り合いが相当悪く、家に居場所がないらしい。昼間、会食のときに話してみたけれど、由芽ちゃんの心は氷で閉ざされていると春輝はラインで言っていた。



「なら、あのフリーランのフィギュア獲れるか?」

「うーん。あれは楽勝じゃーん? なに、獲れなかったの?」

「……獲れなかったわけではない」

「じゃあなに?」

「たまたま落ちなかっただけだ」

「あっそ。並木って意外と負けず嫌いだよね」

「それがいいんじゃん。それで最後は絶対にモノにしちゃうのが春輝なの」

「はいはい、ノロケはいいから」



ノロケじゃなくて本当のことだもん。クレーンゲームだって経験があまりないだけで、やればきっと上手になっちゃう。



「これは一回で獲ろうとするから失敗するんじゃん?」

「理屈は分かる。だが、落ちる想像がまったくつかない」



由芽ちゃんは五百円玉を投入して、六回目できっちりとフリーランのフィギュアの入った箱を落とした。箱を取り出し口から受け取って片手で持ちながらドヤ顔。勝ち誇った表情が春輝に火を付けた。



「まあまあ、由芽ちゃんと春輝では経験が違うって」

「そうそう。あたしはこう見えて週四で通ってるからね」

「そんなに通って……景品どうしてるんだ?」

「んー。フリマサイトで売りさばいてる」

「もしかしてそれで儲けているのか?」

「まあ、投資した分の回収くらいにはなってるかもね」

「由芽ちゃんってすごいんだね〜〜〜〜っ!!」

「霧島も面白いな。普通みんなやってるんじゃないの?」



そうなのかな。むしろ欲しい景品はフリマサイトで買ったほうが安い、なんて誰かが言っていたけど、わたしもそう思う。実はわたしは春輝以上にクレーンゲームが苦手で絶対に落とせる自信がない。



それからいくつかの台で春輝と由芽ちゃんが競い合い、春輝がようやくサメのぬいぐるみを一つ獲ったのに対して、由芽ちゃんはフィギュアも含めて五つも景品を落としていた。春輝の悔しそうな顔を見たのも新鮮だったけど(そんなに深刻な顔ではない)、由芽ちゃんの楽しそうな表情が純粋に可愛い。やっぱり由芽ちゃんは笑っている顔が段違いで輝いているし、伊達に四天王ではないと思った。それに話しやすいし、友達が多いことにも納得。



「ほら。霧島にあげるよ」

「え? だって、これは由芽ちゃんが獲った戦利品なのに」

「別にいいって。それより少し付き合ってくれない?」

「どこに?」

「カラオケ。付き合ってくれるよね?」

「いいけど、春輝は?」

「ん。いいぞ。今日はバイトもないしな」

「じゃあ、けって〜〜〜い」



ゲーセンの隣のビルにカラオケが入っていて、ついでに食べ物も沢山オーダーした。そういえば一年前くらいに春輝とカラオケに来たことがあったなぁ。演歌が歌えるくせに流行りの曲はあまり歌えないとか、今思い出しても笑えるんだけど。春輝は、あれからカラオケに足を運んでいないはず。わたしはミホルラや友達と何回か来ていているけど、春輝と来るのはこれで三回目となる。



「並木ってカラオケ来ないっぽいよね?」

「なんでそう思う?」

「そういう話を聞かないから。他の男子は女子とカラオケ行ったりするんよ。でも、並木が参加したって話は聞かないから、霧島に気を使っているのかなと」

「それ以前に誘われないぞ」

「それは、周りも霧島に気を使ってるんだって」

「別にわたしのことなんて気にしないで参加していいよ?」

「女子がいてもか?」

「うん。さすがにもう信頼してるし」



とはいえ、少しモヤるのも事実。でもそんなことは言っていられない。春輝とはクラスが別になって、クラスの中の付き合いもあるだろうから、そこも優先してほしいと思う。それにミホルラがいて気配りをしてくれるから安心。ミホルラ情報がすぐに回ってくるし、それにこの春輝が羽目を外すわけがない。



「麻友菜もそれは同じだぞ。クラスの付き合いもあるだろうからな」

「うん。でも、わたしはそういうの行かないことにしてるから」

「なんでだ?」

「女子から見る男子への目と、男子から見る女子への目って圧倒的に、後者のほうが信用できないから」

「霧島の説は一理あるよね。女子はワンチャン狙うとかあんまりないと思う。人にもよると思うけど、どう考えても男子はエロの塊じゃん。並木がどうかは別として」

「そういうものか?」

「並木が浮気しようと思えばいくらでも食いつく女子はいると思うけど、その逆はないって」



もし春輝にちょっかいを出す女子がいれば、わたしがいる手前必ず痛い目に遭うはず。春輝は霧島麻友菜の彼氏で通っているために、その彼氏を横取りしようものならグループラインでコテンパンにされて、翌日からイジメの対象になりかねない。女子とはそういうもの。



「並木はモテるから霧島も大変じゃん?」

「……うん。かなり」

「顔はほどほど、性格が良くてあんまりモテない男のほうが付き合っていては楽だよね」

「それって実体験?」

「まあ、ね」



曲を入れながら由芽ちゃんはそう言ってモニターを見つめた。由芽ちゃんの歌う曲はどれもアップテンポの明るい曲ばかりで、こうして見てみるとなにも悩みのない女子高生のように思える。



「ところで、由芽は好きなやつとかいないのか?」

「なに、唐突すぎるじゃん。もしかして、愛人に狙ってるとか?」

「それはない」

「冗談だって」

「由芽ちゃんの恋バナ聞きたい」

「恋バナね。あたしの話って知ってるんだっけ?」

「由芽ちゃんの話?」

「ああ、うん。あたしさ、将来の結婚とかもうすでに決まってんのね」



確か懇談会のときに由芽ちゃんと由芽ちゃんのお母さんがそんな話をしていた気がする。どこかの政治家の息子さんと婚約しているとか。



「その相手っていうのが、ボンボンのワガママくんで、少し太っていて横柄な奴でさ」

「……ん。嫌なのか?」

「嫌かどうかと言われれば嫌だよね。好きでもない人と結婚なんて想像つかないし、うまくやっていけるかどうかなんて分かんないじゃん」

「由芽ちゃん……」

「別に見た目はどうでもいいし、性格だって一緒にいれば慣れると思う。でも、そうじゃなくて、本当に好きな人が現れたときに、絶対に後悔しそうじゃん。なんであのとき反抗してでも親の言いなりになったんだろうって」

「なら、反発すればいいんじゃないのか?」

「それで生きていけたら、とっくに家出なりなんなりしてるっしょ」

「そうだな。由芽はそんな家庭環境の中で一七年間も生きてきたんだから、簡単なことではないだろう。人間は一つの社会に囚われてしまったら、そこから抜け出すのは容易ではないからな」

「あんな親でも、良いところはあるんだよね」



わたしにはそれが痛いほどよく分かる。中学生のときに“空気にされていたこと”ときのことを思い出すと、絶対にあの狭い社会の中から抜け出すことはできなかったと思う。イジメを受けているなら逃げればいい。学校にいかなければいい。イジメで自殺するくらいなら、立ち向かっていけばいい。死ぬ気ならなんでもできる。なんて言う人もいるけど、そうじゃない。



自分がアクションを起こすことによって、両親にイジメの事実が伝わってしまい心配をかけてしまうとか、それ以前に脳が麻痺してなにも考えられなくなる。辛いながらもイジメを享受してしまう自分がいて、動けなくなってしまう。周りが助けてくれなければ、自分ひとりではなにもできない。それが社会の中の一部となった人間の弱さであると思う。



由芽ちゃんの場合は、家庭の中だから余計に厄介だ。本来、一番頼っていい相手に畏怖を覚えてしまうことは、地獄そのものなんじゃないかな。物理的な暴力を受けていないにしても、DVに近いものを感じる。



「お前は救いが欲しかったんだろ」

「え?」

「だから彼氏に相談もした。寄り添ってほしかった。違うか?」

「……並木は本当によく人を見てるよね」

「この前のガチギレ事件の際に言ってたろ。彼氏に相談したら、金持ちなのに贅沢だと言われたってな」

「まあ。そうだね」

「本気で自分を好きになってくれるやつなら、力になってくれて、白馬の王子のごとく自分をさらって、横暴な婚約という牢獄から出してくれると思ったんじゃないのか?」

「……うん」

「それで一人で憂さ晴らしにゲーセンか」

「悪い?」

「悪くない。だから今日はこうして一緒に遊んでるんだろ」

「そうだよね。あたしさ」



由芽ちゃんは流れはじめたランキング一位の曲を歌うことなくうな垂れた。軽快なリズムだけが虚しく流れていく。



「友達は沢山いるけど、本音で話せる人とかいなくて。結局、政治家の娘だとか、お姉ちゃんと比較されて出来損ないの方とか揶揄されて。面と向かってもきっとこの人は自分のことそう思ってるんだって考えたらさ、心なんて開けないじゃん」

「それで一人が気楽だと?」

「うん、そう。でも今日は楽しかった。並木が本音で話せる人だって知れてよかった。もちろん、霧島も」

「なんかわたしは取ってつけたような感じじゃん」

「そんなことないって」

「冗談冗談!」



少し由芽ちゃんのことが分かった気がする。少し前のわたしと同じだ。笑顔という仮面で自分を守り、他人に心を開くことができなかった。



「もし、霧島に婚約者がいることを知っていて付き合ってるとしたら、並木ならどうする?」

「麻友菜が婚約者のことを本気で好きなら諦める。だが、そうじゃないなら、相手や親をぶん殴ってでも麻友菜の婚約を破棄するな」



春輝なら本気でやりそうなんだよね。おそらくわたしが助け舟を出したらなんでもしてくれる。それくらいに春輝はわたしと本気で向かってくれているし、それだけ真剣にわたしのことを好きでいてくれる。



そんな春輝だから好きになった。もちろんそれだけじゃないけど。



「やっぱり、霧島がいなければなって思うよ」

「ちょ、ちょっと由芽ちゃん?」

「言葉の綾だって。本気じゃないからね。でも、それくらい霧島は幸せだってことじゃん」

「そうだけど……」

「あたしもそういう彼氏にあこがれていたんだ。漫画とかでよくあるやつ。無理やり婚約させられそうになってる姫のところに、ヒーローのようにイケメンが現れて救い出すってやつ。きっと漫画の世界なんだろうけど、あたしはそういうのに憧れてた」



彼氏の遍歴が多いのはそういうことだったんだ。由芽ちゃんが男好きなんて噂もあったけれど、中身はまったく違う。



「諦めろ」

「え?」

「無理だ。貴崎の親父さんは手強い。それに相手の政治家だって、その息子だって社会的に言えばかなり強い部類に入る。そこに殴り込みを掛けられるような彼氏なんて、男子高生には荷が重すぎる」

「分かってるよ。だから諦めて、三年になってから彼氏は作らないことにしたんだ」

「待って、それじゃ由芽ちゃんはどうしたら」

「誰かに救いの手を差し伸べてもらえると思っているうちは無理だ」

「……なんで。だってあたしじゃ無理だもん」

「自分の力でなんとかしろとは言っていない。お前は誰かに救いを求めているか? 全力で助けてと声を振り絞っているのか?」

「そんなこと言ったって」

「心を開くことのできないやつのことを好きなんて言う男なんてたかが知れてる。いいか、由芽。お前自身が心を開かなければ誰も助けてはくれない。母親が嫌味を言ってきた程度の悩みじゃダメだ。本心でぶつからなくちゃ誰も助けてくれない」



春輝はそう言って由芽ちゃんを睨んだ。









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