#76 シェイク@ガチギレの貴崎由芽


麻友菜と久々に昼休みを一緒に過ごして思ったことがある。



麻友菜はやはり俺のことを考えてくれているのだ。普通はモテる女子が彼氏の隣の席にいて、話しかけられたら嫌だろう。とくに麻友菜は嫉妬するところがあるからなおさらだ。その麻友菜が貴崎由芽と仲良くしたほうが良いと言ったのだ。



確かに俺がクラスで浮いてしまうと、その彼女である麻友菜にも影響が出るかもしれない。だがそれ以上に、麻友菜がいなくてもクラスでうまくやっていけるように助言してくれているのだ。



考えてみれば、二年のときは麻友菜がいたからこそ、俺もクラスでやっていけたのだと思う。いつも麻友菜が潤滑油になって、俺という歯車を動かしていてくれていた。今は別のクラスになって、麻友菜がいなくても俺がうまくやっていけるように考えてくれている。



やっぱり好きだな。俺は麻友菜のことが好きだ。



廊下で麻友菜と別れてクラスに戻ると男子たち(今までにまったく接点のない奴ら)がなにやら俺のことを話している。



「並木って、去年有名になったよな」

「クララちゃんのやつ!!」

「そう。すげえよな」



最近ではあまりなくなったが、クララを紹介して欲しいという依頼をする奴らが多かった。クララとお近づきになりたいとか、ラインの連絡先がほしいだとか。挙げ句、どうやったら付き合えるのか、とか。



そういった類の話かと思ったら少し違うようだ。



「親が失踪して、やっと見つかったのに結局死んだんだろ」

「不幸を地で行くみたいな?」

「そうそう。マジで日本一不幸だよな」

「日本一は言い過ぎだろ」



俺に聞こえないと思っているのか、教室の後ろで四人組がそんな話をしていた。陰口だの、悪口だの、そういう話をされることには慣れているから気に留める必要はない。ただ、不幸なのかと訊かれれば、むしろ俺は幸せな方だと思っている。血は繋がっていなくても母はいるし、父親だって吹雪さんがその役をしてくれていた。いや、今でもそうだ。



仕方のないことなのかもしれないが、週刊誌の記事だけで人のことを不幸と決めつけてほしくない。まあ、言っても仕方ないから無視を決め込むが。



「おい……さっきから聞いていれば好き勝手言って」

「え……貴崎?」

「ふざけてんじゃねえぞッッッ!!」


俺の隣の席の陽キャJKが立ち上がりながらそう発した。麻友菜の話だと貴崎由芽きさきゆめはこれまで学校生活において、怒りを見せたことがなく非常に温厚な性格だったはず。それに誰に対しても分け隔てなく接するコミュ力の鬼だと聞いていたが。



ガチギレしてるのはなんなんだ?



「並木が不幸? 本人がそう言っていたのか?」

「いや、別に俺らはそんな深い意味で言ったんじゃなくて」

「あんたらにしてみれば深い意味じゃなくても、並木にとってはデリケートな話題かもしれねえだろ」

「貴崎、悪かったって。だから怒るなよ。らしくねえぞ」

「っていうか、貴崎、お前こそそんなにキレてるけど分かんの? お前は親が議員だから幸せだろうけど、並木は違うだろ。お前だって、心のどっかで同情してんだろ?」

「は? あたしが幸せ? 並木と比べて? その基準を言ってみろよ」

「いや、だから、お前は家が金持ちじゃねえか」

「金があるから幸せ? 親がいるから幸せ? そんな単純なことで人の幸せを推し量れるわけないじゃん。ふざけんなよッ!!」



貴崎由芽はそう叫んで教室を飛び出していった。教室の後ろで話していた男子は、全員貴崎の悪口を言いながら席につく。女子たちは何事かとヒソヒソ話しをしており、雰囲気は最悪だった。貴崎が飛び出していくのと入れ替わりで現国の先生が教室に入ってくる。



仕方ない。



「先生。突然お腹痛くなったのでトイレ行ってきます」

「ああ、はい。並木さんどうぞ」

「失礼します」



貴崎が廊下を走っていく姿が見えた。その後を追って四組の前を通ると廊下側の席だった麻友菜と窓越しに目が合った。麻友菜は驚いたような顔をして視線で俺を追っていた。あとで説明するしかない。



貴崎由芽は階段を下っていき、昇降口を飛び出していった。意外にも走るのが速い。

元はと言えば俺の話題に対して貴崎由芽は怒ったのだ。クラスの雰囲気を悪くしたのも俺の噂が発端となっている。俺がトリガーならばなにかしらの悪い噂が立ち、結果的に麻友菜が悲しむ。それは避けたい。



“女子の世界は怖いから、嫌われないようにね”



つまり、ここでケアをしなくてはいけないのは、男子のバカどもではなく貴崎のほうだ。打算的にならなければ、コミュ力は上がらない。



どこに行くのかと思えば体育館脇の桜の木の下だった。東屋とベンチがあって、ちょっとした公演のようになっている。この時間は人がおらず、校舎からも目立たない。



「貴崎、いったいどうした?」

「ごめん。あたしさ、バカだから空気読めなかったんだよね」



東屋のベンチに腰掛けて、貴崎はそう言って笑った。いつもの貴崎由芽に戻っているが、どことなく表情は暗い。後先考えずに怒ってしまったのだろう。よく考えればやらなきゃ良かったと思うことは多々ある。それも誰からも好かれている陽キャの貴崎由芽からすれば、ダメージは相当なはず。



「空気が読めないとかそういうレベルではなかったぞ」

「でも、許せなかった」

「なにが?」

「人のこと勝手に幸せだとか不幸とか決めつけること」

「……どうでも良くないか?」

「良くない。聞いてて腹立つじゃーん。金持ちだから幸せとかってバッカじゃないのって思っちゃう」

「まあ、金があっても幸せにはなれないからな。無いに越したことはないが」

「うん。でもまさか並木が追いかけてくるとは思わなかったなぁ。国語の授業大丈夫なの?」

「仕方ないだろ。クラスがうまくいかないと」



麻友菜が悲しむとは言えなかった。それを言うと馬鹿にされそうな気がする。



「やっちゃったなぁ。高校生活だけは順風満帆にしかったのになぁ〜〜」

「他は違うのか?」

「うーん。内緒。別に大した事ないよ」

「ん。そうか。貴崎、ありがとうな」

「……なに? いきなりどうしたの?」

「いや、俺のために怒ってくれたのは確かだからな」

「違うよ。並木のためじゃないって。自分のためじゃんね。あたしさ、去年付き合ってた彼氏にある悩みを相談したら言われたことあるんだよね」



貴崎はそう言って立ち上がった。手を組んで背伸びをする。



「お前の家は政治家で金持ちのくせに贅沢だって」

「……どんな悩みかにもよるな」

「あはは。そうだね。お姉ちゃんと比べられてさ。お母さんに嫌味言われて悲しかったときかな」

「それはひどいな」

「でしょ。でもまあ、倦怠期だったからなー。おそろコーデとかしたけど、結局ダメだったんだよね。あたしがいけないのかな。ねえ、どう思う?」

「そんなこと俺に訊かれても分からん」

「あたしのこと恋愛マスターとか言うけど、並木と霧島カップルのほうがよっぽど恋愛マスターだと思うよ? もう一年なんでしょ?」



なんで貴崎がそんなこと知っているのか。俺と麻友菜はそんなに有名なのか?



「ん。そうだな。だが俺も麻友菜も恋愛に関しては知識がない」

「うそだーーーっ! まさか付き合うのはじめてだったとか言わないよね?」

「そのまさかだが」

「……ガチ?」

「ん。そうだ」



貴崎の顔が引きつったのが分かった。確かに麻友菜は異常なくらいにモテるために、俺がはじめての彼氏というのは引くほど驚くかもしれない。



「並木……なんで今まで誰とも付き合わなかったの?」

「好きなやつがいなかった」

「あ、そ。ちょっと意外すぎて脳の中が驚きの白さなんだけど」

「悪かったな」

「別に悪くないけど。あ〜〜あ。霧島がいなければなぁ」

「いなければなんだ?」

「並木をものにするチャンスだったのになーって」

「俺はお前が嫌いだ」

「やだな〜〜〜冗談だって」



貴崎は俺の顔が真面目すぎると大笑いをした。



「それにしても戻りにくいな」

「ならこのまま帰れ」

「それはできないよ」



貴崎の顔から笑みが消える。どこか儚げで、見た目の派手さには似つかないような悲しげな表情をした。



「さて、気を取り直してハイテンションで行くよ〜〜〜〜」

「ん。先に戻れ」

「並木は?」

「俺はトイレに行っていることになっているから、保健室で休む」

「あ、そ」



貴崎由芽の背中を見送ってから、宣言どおりに保健室で現国の授業はサボることにした。



放課後になって、四組まで麻友菜を迎えに行く。麻友菜はすでにクラスで打ち解けているようで女子の輪の中に入って楽しげに会話をしていた。邪魔するのもどうかと思い廊下で待っていると、女子の一人が俺を指差して、麻友菜の肩をたたく。



「ごめん。声かけてくれてもよかったのに」

「いや。せっかくの会話を邪魔したくなかった」

「うん。ありがとう」



それからファストフードのどこかの店に寄っていく話になった。最近では外食をよくするようになって、とくにハンバーガー店にハマっている。というのも、俺が作れない(作れるがノウハウが乏しい)料理だからだ。ハンバーガーも作ってみたいと俺が言うと、麻友菜もそれを食べてみたいという話になり、研究をしようと意気投合をしたのかはじまり。全品制覇までもう少し。



「それで、貴崎さんを追いかけたわけなの?」

「ん。正直疲れる」

「ずるい」

「そう言うと思った」

「けど、追いかけたのは偉いと思う」

「そうか?」

「うん。ミホルラ情報によると、女子のほぼ全員が貴崎さんの味方をしているっぽいもん」



俺から聞かなくても、すでに情報は麻友菜の耳に入っているというわけか。さすがの女子のネットワークだ。他にも砂川さんは“情報屋”の二つ名を持つくらいには恐ろしい存在となっている。



「女子はなんで貴崎側につくんだ?」

「だって、貴崎さんだもん。悪く言う人はいないし、女子にしてみたら男子の肩入れなんてできないよ」

「そういうものか?」

「そういうものだよ。でも、怒り出しちゃった貴崎さんにも悪いところはもちろんあると思う」



確かにあの男子四人組はどちらかというと陰キャの部類だろう。クラスの女子たちの立場からしたら、味方をしてもメリットが少ないという打算的な要因も含まれると思う。ただし、単なる噂話にガチギレをした貴崎のほうにも落ち度があるのは間違いない。男子側としては、いきなり角から出てきた狂犬に足を噛まれたようなものだ。



俺の前で気にせず噂をしていた男子も悪いし、貴崎の言い分は正論だとしてもキレてしまったのは悪手だったわけだ。それを麻友菜は言っている。



「この場合、男子サイドは大丈夫なのか?」

「まあ、二組の男子は貴崎さんに対するイメージが少し変わったと思うよ」

「それも砂川情報か?」

「うん。ミホルラたち中立女子はわずかで、対立しそうな予感だって言ってる」

「面倒だな」



麻友菜はシェイクをずずずと啜って頬をすぼめた。



「ところでシェイクを啜る麻友菜も可愛いな」

「……もしかして馬鹿にしてる?」

「してない」

「してるじゃん」

「してない。本心だ」

「もうっ」

「そういえば、もうすぐ一年だな」

「早かったなぁ」

「ん。だな。記念になにかしたいこととかないのか?」

「一緒にいたい」

「それは一緒にいるだろ」

「わたしは、春輝と一緒に過ごせればなんでもいいよ」

「相変わらず欲がないな」



それから俺の家に寄って夜まで勉強をすることに。三年生になってからは、少しだけ勉強時間を増そうと話していた。麻友菜は俺と一緒に料理の道に進むことを選択したが、進学するかしないかは別の問題だ。進学することによって幅は広がるし、大学を卒業してからでも俺の夢に付き合ってくれるのは遅くない。すべては麻友菜次第だ。



「コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「この前のロイヤルミルクティーがいい」

「ん。分かった」

「来週は面談か~~~」

「そうだな」



茶葉をパックに詰めてからポッドに入れてお湯を注ぐ。隣の部屋のクミさんにもらった高級茶葉だ。なんでもお客さんの差し入れ(貢物ともいう)だそうで、いらないからとくれたのだ。同時に鍋に入れたミルクを温める。



「麻友菜」

「なに?」

「大学行きたいなら行っていいぞ」

「春輝は?」

「俺はこれ以上、母さんには迷惑かけたくない」

「迷惑……ね。本当はどうなの?」

「それは……店を出す上では勉強をしてみたい気もするが」

「そっか。少し考えてみるね」

「ん。そうだな」



ロイヤルミルクティーを飲みながら勉強を進めていく。ちょうど一年前、麻友菜は勉強ができずに悩んでいたが、今では学年でも五番以内に入るくらいにはなった。とんでもなく頭の良い大学じゃなければ進学も大丈夫なくらいに勉強はしている。この一年間は一応備えていたのだ。もし進学したうなら、その希望にも添えられるように。



「疲れた」

「だな」

「ねえ、春輝」

「ん?」

「キスしたい」



勉強をして二時間ほど経つと、いつも同じタイミングでキスをする。春休みの旅行の際の経験によって、なんとなく愛情が深くなったと俺は思っている。キスをした後の麻友菜のキラキラした瞳が好きで、そこからは止まらなかった。



「はる……き……好き」



麻友菜と溶け合う瞬間がなによりも愛おしい。







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