紅色編

#75 チュッパチャプス@四人目の四天王



わたしは四組になった。そして、春輝は二組。



春輝とクラスが別々になった。

分かりきっていることだけど、なんか悔しい。

だって、わたしと景虎は同じクラスなんだよ?



「景虎は四組か。あたしがいなくて大丈夫なのかよ」

「そういうミホルラだって寂しくて泣くなよ。って二組じゃねえか。並木と一緒で良かったな」

「並木〜〜〜よろ〜〜〜!」

「ん。こちらこそ」

「ずるい」



なんでミホルラが二組なのよ。ずるい。春輝と一緒だなんて信じられない。



「不貞腐れるなよ、親友。並木が浮気しないように見張ってやるから」

「浮気なんてしないが?」

「……待て。二組にはあいつがいる」



景虎が指差しているのは“貴崎由芽きさきゆめ”という女子だった。貴崎由芽さんは確か条島高校四天王の一人で、同じく四天王だった貴崎彩乃きさきあやの元生徒会長の妹である。貴崎彩乃元会長は卒業してしまい、この学校にはもういない。



「恋愛マスターの二つ名を持つギャルで、彼氏がいなかった時期はなし」



ミホルラが両手を腰に置き、胸を張りながら貴崎由芽さんのことを話す。それに関してはわたしも知っているし、貴崎由芽さんがお姉さんの貴崎彩乃元会長と正反対の性格(チャラい)なのも理解している。だけど、わたしは接点がない。今まで同じクラスになったことがないから話したことがない。悪い噂は全く聞かないけれど。



「あ〜〜〜。あのリンクコーデ流行らせた四天王!!」



景虎もピンときたようで相槌を打った。昨年の林間学校前に彼氏とお揃いのパーカーコーデをして、可愛いと評判になっていた。そんな矢先にイケメン彼氏を振って新しい彼氏を作ったのが貴崎由芽さん。恋愛に関しては右に出る者がいないくらいに恋多き子。恋愛マスターの異名も伊達じゃない。



ふと横を見ると赤髪の美少女が、チュッパチャプスを舐めながら掲示板を見ていた。スカートの丈は誰よりも短く、それでいてメイクはばっちり。ブラウスの胸元はブラが見えるんじゃないかってくらいに開いていて、見ているこっちが恥ずかしくなる。



「やっほー。恋愛マスターか。確かにぃ~~~なんて。あはは。んなわけないっしょ。恋愛マスターなら別れないって。ベストオブカップルの霧島ちゃんと並木くんのほうがよっぽどえぐいじゃん? それにあたし今フリーだけど?」

「ひっ!! 貴崎さん」



貴崎由芽さんの突然の登場に驚いた景虎がミホルラの背中に隠れる。ミホルラは呆れてため息をついた。



「ユーが並木くん?」

「ん。そうだが」

「ふーん。かっこいいじゃん。同じクラスか。今日から並木と呼び捨てにさせてもらうから、そこんとこよろぴく」

「ああ」



貴崎由芽さんはそう言って手を上げて昇降口に入っていく。なんだかモヤる。なんだかすごくモヤモヤする。名字呼びだとしても、いきなり呼び捨てとか軽すぎる。それにあの目!!



絶対に春輝を気に入っている目じゃん。



「ちょっとまゆっち。顔怖いって」

「えっ? そ、そう?」

「貴崎由芽に敵意むき出しじゃん。気持ちはわかるけど、並木は大丈夫だって。あたしが見張るから」

「……なぜ俺が浮気する前提なんだ?」

「貴崎由芽は可愛いからな。そして性格も良い。ガチで良い。でも、めっ!! 並木にはまゆっちという最上級の彼女がいること忘れんなよ? 浮気絶対ダメ。分かった?」

「……分かった」



ミホルラはそう言うけど、春輝に限って浮気はない。絶対に。

春輝はいつもの塩対応だし、それに貴崎由芽さんは春輝のことを狙っているわけでもなく、ただクラスメイトとなったことで挨拶をしただけだ。



「まゆっち、そろそろ行かないと」

「うん。春輝、また後でね」

「ん。麻友菜」

「なに?」

「心配するな。俺は麻友菜しか見ていない」

「うん……分かってるよ」



春輝はそう言ってわたしの頭をポンポンと叩いた。貴崎由芽さんに見せる顔とは全く違う優しい笑顔に癒やされる。やっぱり春輝が好き。好きが止まらなくなる。



「相変わらずだわ」

「ミホルラ、俺はミホルラしか見ていない」

「キモいからやめれ」



すごくディスられている気がする。でも、春輝を見てみたらさほど気にしている様子もなく、わたしの手を引いて昇降口に向かう。わたし達はわたし達のままでいいし、わたし達はいつもこうだ。そして、クラスが変わっても関係はなにも変わらない。



三年生の教室は東棟の三階に位置し、いつもわたしと春輝が昼休みに使っている廃プールの真下に位置する。教室の前で春輝と別れて、それぞれ自分のクラスに入った。見知った顔ばかりだけど、話したことのある子は少ない。意外にも自分の交友関係が狭いことに気付かされる。二年生時に同じクラスだった子も少しはいるけど、ほとんどが元は別のクラスの子。



今頃、春輝はなにしてるのかな。



景虎はさっそく同じクラスの男子に打ち解けている。サッカー部の人たちが何人かいるみたいで、そもそもクラスのほかに部活というコミュニティに属していることのアドバンテージを見せつけられた気分。



「霧島と同じクラスか、ついてるな」

「本当に可愛いよなぁ。彼氏いなければ……」

「お前じゃ無理無理」

「そんなの分かんねーじゃん」

「ケンジが一年のときに玉砕してたろ」

「え、マジ?」



聞こえている。本人たちは聞こえていないと思っているのかもしれないけど、ばっちりわたしの耳に届いている。そのケンジっていう人は、近くの席でため息をついていた。なんとなく告白されたのを覚えている。けど、印象は弱い。



「ね~~~お前ら」

「お前は、サッカー部の高山?」

「そそ。俺が高山。そんであいつは俺の彼女の親友のまゆっち」



いきなり景虎に話を振られて、焦ってしまう。



「同じクラスになったんだから、そういう話はやめて仲良くやろうって話。色恋沙汰を陰で言うのは、やめたほうがいい」

「別に俺らは深い意味で話してたわけじゃ……」

「なら言いけど、並木は敵に回さないほうがいい」



景虎の話を聞いて、男子たちの表情が強張った。春輝はクララちゃんを守るために、生まれてから今までの自身の環境を赤裸々に吐露したのが昨年。そのときに二番街の地名を出している。それから春輝は裏社会と繋がっているという噂が立った(実際そうなんだけど)。二番街というとどうしてもそういうイメージが付いて回っていて、そのイメージだけが独り歩きしている。



「ああ……並木はヤバいな」

「いや、全然ヤバくないから。春輝は普通の男子高生だからね?」



春輝は裏社会とのつながりを認めていない。週刊誌にもそのあたりは語っていないし、もちろん吹雪さんや秋子さんの名前も出していない。それを認めたらクララちゃんをはじめとした色々な方面に迷惑が掛かるからだ。そんな状況を知ってか知らずか、景虎が余計なことを言いそうだからわたしがフォローを入れておくことにした。



「並木ってどことなくミステリアスな感じなんだけど、えっと霧島さんの前でもそんな感じなの?」

「あ、俺もそれ気になる。並木って目立っているけど、なんかとっつきにくいよな」

「霧島とどういう感じで話してるのか、俺も聞きて~~~」

「いや……春輝とは」



まさかわたしの前だけで優しいとか、全然違う顔をするとか。そういうことを言いたくないし、春輝も自分の知らないところでそんな話をされているなんて嫌だろうから、適当にお茶を濁すことに。それに春輝のそういうところはわたしだけのものだもん。人に話したくない。後者が本命かな。



「あのまんまだよ」

「つまり、霧島は寡黙で少し怖い感じの男が好きってことか」

「俺もそうすればモテるのかな」

「お前じゃ無理だろ。鏡見てから出直してこい」

「あ? ふざけんなよ」



寡黙で少し怖い感じ。確かにわたし以外の相手にはそう映るのかもしれない。それでもなぜか下級生にはモテるし、同級生からもそんな話をちらほら聞くことがある。春輝が塩対応なのにもかかわらずモテるというのは、見た目によるところなのだろうか。それとも別のなにがあるのか。彼女である自分ではその辺が分からない。



「春輝ってなんでモテるんだろう……」

「それを彼女のまゆっちが言うか……」

「だって、他の人が春輝をどう見ているのか気になるから」

「俺も男子だから分からないけど、おそらくまゆっちの顔……というか表情を通してみんな並木を見ているんだと思う」



景虎にしては意味深なことを言う。なにも考えていない脳筋だと思っていたんだけど存外そんなことはないらしい。



「わたしの顔を見て、なんで春輝がモテるのよ」

「まゆっちっておそらく学校で一位、二位を争うくらいモテるだろ」

「そんなにモテないよ」

「今は並木がいるからな。並木と付き合う前は一年間でどれくらい告白されてた?」

「……そんなの覚えてない」

「あのな。普通は覚えているもんなんだ。多い人でも二、三人。それくらいだ。まゆっちは数十人だろ。しかもすべてフッてるんだから、難攻不落だとみんな思っていたのよ」



難攻不落って、わたしは戦国時代の城か。しかも数十人ってなんで景虎が知ってい……ミホルラか。確かに話したことあった。



「そのまゆっちが並木と付き合ってから、人前だろうとどこだろうかお構いなしにデレてるんだから、並木がすごいやつだと思うのは当然だろ」

「そういうものなの?」

「そういうもんだ。それに並木の普段の顔とまゆっちの前での顔は違うんだろうなと想像するに容易い。そのギャップがいいっていう女子が大多数なんじゃないのか」



当事者のわたしが絶対に耳にすることない情報だった。もっと早く教えてくれれば良かったのに。って、あれ。わたしってそんなに日頃からデレているんだっけ。



それから授業を終えて、ようやく昼休みになった。昼休みはいつもどおり春輝と……って教室にいないことを忘れていて、



「春、」



と名前を呼びそうになってしまい、かなり恥ずかしい思いをした。慌てて、「春ももうすぐ終わっちゃうな~~」と誤魔化す。



「麻友菜」

「ひっ!!」



そんな状態で、さらに教室の入口から声をかけられて驚いてしまった。振り返ると春輝が立っていて、わたしを呼んでいたみたいだ。



「ああ、うん。今行くね」

「ん。待ってる」



なんだかすごく目立つ。みんな一斉に春輝を見ている気がする。今までのクラスはわたしと春輝が一緒にいることが当たり前だったのに、三年生になってからはそうではない。「わざわざ呼びに来てくれるんだ」とか。そんな声も聞こえてくる。環境が変わっているから仕方のないことだけど、なんだか気まずい。



自分の席にバッグを取りに行って、それで廊下に出る。



「景虎、迎えに来てやったぞ。ありがたく思え」

「なんだよ。ミホルラか」

「なんだよ、とはなんだ。このあたしがわざわざ呼びに来たんだ。もっと敬いたてまつれ」

「どこの神様だよ」

「ミホルラ様だ。生きとし生けるものに慈愛で接する神なり〜〜〜」

「はいはい」



ミホルラがわたしにウィンクをした。もしかしたら、教室で誰かが言った言葉をミホルラも聞いていたのかもしれない。

廊下に出てからミホルラに「ありがとう」とお礼を言うとミホルラは笑った。



「一年とか二年はじめのまゆっちだったら、笑うだけでなにもできなかったかもな」

「……陽キャぶっていたからね」

「いっつも笑顔で空気ばっかり読んでさ。今のほうがずっと可愛いと思うぞ。親友」

「あら。ありがとう。親友」



それからミホルラと景虎ペアと別れて、屋上の廃プールに行くことにした。廃プールの存在は誰にも知られたくないから、人がいなくなった頃合いを見て階段を上がる。



「四組はどうだ?」

「まだ分かんないかな。春輝のほうは?」

「……別に。なにも不便はないな」

「そっか。まだ初日だからね」

「ただ、あの貴崎由芽が隣の席でうるさいな」

「えっ。隣の席なの?」



確かにうるさそうなイメージではある。



「ん。勝手に横から話しかけてくる」

「それで春輝はなんて返してるの?」

「うるさい。邪魔だ。話しかけるな。俺はお前が嫌いだ、とかだな」



相変わらずの塩対応……というよりも嫌悪してるじゃん。心底嫌な顔をして由芽さんを邪険にする春輝の様子が目に浮かぶ。



「春輝はさ、由芽ちゃんのこと可愛いとか思わないの?」

「思わないな。キャバクラ嬢となにも変わらない」

「それは……」



見た目の派手さはそうかもしれない。春輝はそうだった。とんでもなく美しく着飾った女の子を小さい頃から見ているから、慣れちゃっている。見た目だけでは春輝は落ちない。



「わたしは?」

「好きに決まってるだろ。何をいまさら」

「じゃあ、由芽さんとどう違う?」

「それは見た目か?」

「うん。そう、見た目で」

「目がキラキラしてるし、整った顔をしてる。それに肌感もすごく良いし、唇も鼻も俺は好みだ。あとはきりが無いが、首の細さと長さも好みだし、うなじはなにより美しい。それから、」

「あーーー、はいはい。分かった。もう大丈夫。ありがとう」



分かりきっていたけど、麻友菜ファーストは健在だし、すべて本気で言っているのが分かる。これだから彼女バカは。



嬉しすぎて好きが止まらなくなるけど。



「でも、同じクラスだからそんなに避けないで、ほどほどに仲良くしたほうがいいよ?」

「ん。分かった。努力はする。だが、生理的に無理なものは無理だ」

「そんなに苦手なの?」

「ん。何を考えているのか分からないやつは苦手なんだ」



由芽さんが何を考えているのか分からない?

そういえば、樹ちゃんに対しても同じことを言っていた気がする。そもそも他の女子にも塩対応なんだから、わたし以外(ミホルラは除く)みんな苦手なんじゃないの?



ミホルラ>貴崎由芽はああ見えて性格は悪くない。確かに恋愛マスターと言われていて、EXは多い。けれど、持ち前の明るいキャラと誰に対しても分け隔てなく話しかける様子や、怒ったことがないというおおらかな性格はとっつきやすい。



そうミホルラがラインを送ってきた。ちなみにEXというのは元彼のこと。



「女子の世界は怖いから、嫌われないようにね」

「別に嫌われても」

「ダメだよ。春輝が嫌われたら、わたし悲しいもん」

「……分かった。じゃあ、ほどほどに仲良くする」

「うん。それがいいね」



それから春輝とお昼を食べて、久々に学校での生活を満喫した。同じクラスじゃなくても、こうして会えるんだから今までなにを心配していたんだろう。



やっぱり春輝は変わらない。







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