#70 ソフトクリーム@一泊旅行前編



結局出演することになった、樹ちゃんのミュージカルの練習が一段落したところで、春休み前から計画をしていた旅行に来た。春輝共々なかなかハードなスケジュールをこなして、ミュージカルはそれなりの形となり、本番まで一〇日を切っている。それでも、以前から旅行の予定は伝えてあり、練習は休ませてもらうことに。



旅行の行き先は近場で、来ようと思えばいつでも来られる場所なんだけど、わたし達にしてみれば十分すぎるほど遠出だ。



春輝は最近写真を撮っていないから、撮らせてあげたいって思ったのもチョイスした理由の一つ。二人で選んだ場所は茨城にあるネモフィラで有名な国立公園。昼間の予定はここで過ごすこと。もちろん一泊する予定でいる。



「わぁ〜〜〜〜すんごいっ! チューリップってかわいいよね」

「ん。木漏れ日もいい感じだな」



入口から入って、少し歩くと森が見えてくる。その森の中にはいろいろな種類のチューリップが植えられていて、まるでメルヘンの世界に迷い込んだみたい。それに事前に調べた情報よりもかなり空いていて、写真は撮り放題だった。やっぱりネモフィラの時期じゃなければ全然混み合わないみたい。



「麻友菜のワンピースもなかなか映えるな」

「ほんと?」

「ん。その色にして正解だったな」



ネモフィラの色に合わせてブルーと翡翠色をベースにしたワンピースを着てきたけど、これがなかなか可愛い。リネン生地の長袖ワンピースで、裾は編み込みになっており少しアンティークな雰囲気。それにつばの長いハット。どこかのお嬢様のようなコーデで自分でもキャラじゃないと思うけど、春輝が褒めてくれるならむしろ良かった。



「ここらへんでいい?」

「ん。歩いていて、振り返ってほしい」

「オッケー!」



チューリップ畑の中の道を歩いて振り返ったところで、春輝がシャッターを切る。最近ではフィルムが価格高騰していて出費がかなり痛いらしい。でもフィルムで撮ることは絶対にやめないのだとか。無駄なショットを増やさないようなんて考えてしまうと、被写体のわたしにとってかなりのプレッシャーとなる。



「顔大丈夫だったかな」

「問題ない。むしろ、麻友菜はどの表情でも可愛いからハズレがない」

「変顔してても?」

「ん。変顔すら可愛いぞ」

「はいはい。彼女バカはいいから、次行こう?」



やっぱり写真を撮っている春輝は楽しそうで、わたしまで嬉しくなる。きっと良い写真が撮れたんだろうな。あとで二人で写真を見るのが楽しみ。



一面チューリップの咲く森の中に突如現れる卵。子どもが中に入って遊べるような遊具で、卵にはたくさん穴が空いている。穴から中にはいって、かくれんぼができそう。



「たまごの森という名前らしいぞ」

「へぇ~~~っ! なんだか可愛いね」

「そうだな」



春輝と二人でしゃがみ込んでチューリップを見てみる。よく見ると、どれも違う顔をしているみたいで健気な姿が見て取れる。やっぱりお花は好き。バイトのときも思ったけど、みんな一生懸命生きている感じがして、応援したくなっちゃうというか。春輝が花屋でバイトをしているのは単にお金のためだけじゃなくて、お花が可愛いからなのかなって、バイト中に時々思うことがある。



「麻友菜」

「なに?」



横を向いた瞬間パシャリ。不意打ちのシャッターに、



「もうっ! 絶対変顔撮ったじゃん」

「そんな顔してないぞ。真顔だったが、良いのが撮れた」

「その真顔がヤバいかもって話」

「麻友菜は変顔でも可愛いから大丈夫だ」

「やっぱり変顔撮ってるんじゃん」

「その麻友菜の反応が見たくて」

「なにそれ。本当に」



春輝は笑いながらわたしの手を引いた。今度はあっちに行ってみようって。海風が少し吹いているけど、暖かい春爛漫な日差しが気持ちいい。



横を見るとカップルが歩いていて、わたし達みたいに笑いながら手を繋いで歩いていた。なんだか付き合いはじめのわたし達みたい。



チューリップの咲く森を進んでいくとネモフィラで有名な丘が見えてくる。ネモフィラは、残念ながら三月下旬ではまだまだ咲かないみたいで三分咲。それでも緑色の丘にポツポツと咲くネモフィラブルーが綺麗で、これはこれでなかなか壮観。これが満開だったら、本当に凄いと思う。いつか見に来たいな。



「丘登ってみる?」

「せっかくだからな」

「うん」



林間学校のような山登りではなく、小高い丘といったところ。丘の下には菜の花が咲いていて、黄色の絨毯が空に映えていた。丘の途中までわたし一人で登って、下から春輝が写真を撮ってくれるらしい。シャッターを切った春輝が坂道を走って登ってくる。



「空とネモフィラ、それに菜の花でかなり良いのが撮れた」

「ほんと?」

「ん。スマホでも撮ったから見てみるか?」

「うん」



スマホのディスプレイには黄色と緑+青、それに空のブルーが三色構造になって映っている。その中にわたしがフレームインしていて、なかなかファンタジーな図。これはかなり素敵。ワンピースもこれを着てきて良かった。



「いい感じだろ?」

「すごい! フィルム写真も楽しみだなぁ〜〜〜」



そこからもう少し登っていくと海が見えてきた。丘の上には鐘があって、カップルが鐘を引く紐を握っている。でもなにやら様子がおかしい。体調が悪いとか、そういうことじゃなくて二人の間に緊張が走っているというか。そんな雰囲気。



「凛子さん、結婚してください」

「え……嬉しい」



彼氏が彼女に指輪を贈っている。わたし達は運良く(タイミング悪く?)プロポーズのタイミングに出くわしてしまった。数メートル離れていてもその様子が分かる。思わず、わたしは握っていた春輝の手をそれまで以上に強く握った。全然知らない他人のことだけど、彼氏さんの一世一代のプロポーズがうまくいきますように、って願いを込める。



願うように見守っていると、彼女さんは涙ぐみながらこくりと頷いた。そして、二人で鐘を鳴らしたところで二人肩を並べて、自撮りをしようとしている。そこで春輝がめずらしく赤の他人に自分から声をかけた。



「撮りましょうか?」

「え、いいんですか? お願いします」



彼女さんのスマホを借りてパシャリ。お返しにとわたし達も撮ってくれることになった。わたしのスマホを貸すと、彼女さんは「はい、ポーズ」と言ってシャッターを切る。確認するといつも以上に優しい顔の春輝と、笑顔のわたしが映っていた。二人に別れを告げて、丘の上のベンチに座る。



「プロポーズうまくいってよかったね」

「ん。そうだな」

「いつかわたし達もあんなふうに……なるんだよね?」

「今それを訊くか?」

「えへへ。そうだよね。聞いちゃったらつまらないもんね」



でも春輝は、さっきのプロポーズカップルの背中を目で追っていた。



丘の下の景色を眺めていると、今度は新婚さんらしき人たちが歩いてくる。お父さんが抱っこ紐を使って赤ちゃんを抱きながらゆっくりと丘を登ってきた。赤ちゃんに風が当たらないようにタオルケットに包んで、お母さんが赤ちゃんに「海だよ~~」と話しかけている。



「赤ちゃんか~~~」

「麻友菜は子ども好きか?」

「もちろん。かわいいじゃん」

「うるさくてもか?」

「うるさくなかったら子どもじゃないって」

「そうだな」

「なんだかんだで、春輝もそうなるでしょ」

「……実感がないから分からない」

「彼女にすらバカがつくほど甘いんだから、子どもなんてできたら、とろけちゃうんじゃない?」

「そうかもな」

「そうだよ」

「そうか。ならそうなんだろうな」



北側に海を、南側に丘を見下ろしてしばらく笑いながら話していると寒くなってくる。春とはいえ、海風は冷たい。寒くなってきたために丘を下ることにした。



丘の下には古民家があり、その前にはお店が出店されていて、まさかの青いソフトクリームが売られていた。



「これ食べたい」

「寒いって言ってなかったか?」

「それはそれ、これはこれだって」

「なら食べてみるか。麻友菜は荷物持って座ってもらっていいか?」

「わたし買ってくるよ?」

「いやいい。歩いて疲れたろ」

「わたしはおばあちゃんかっ!」



でも、春輝はわたしに荷物を預けたままソフトクリームを買いに行っちゃった。確かに足が疲れていないといえば嘘になるけど、まさか立てないほどじゃないしまだまだ余裕で歩ける。



「お待たせ。ほら」

「うわ~~~青いね」



春輝とベンチに座って青いソフトクリームを食べる。お花の形をしたクッキーが添えられていて、なかなか可愛い。しかも観光名所にありがちな単なるソフトクリームではなく、生乳の濃厚な味が際立っている。



今度は中高年の男性がソフトクリームを買っていた。二本買っているところを見ると、春輝みたいに奥さんに買ってあげているのかな。嬉しそうに二本のソフトクリームを両手に持って、隣のベンチに座る奥さんに手渡していた。



二人は嬉しそうに丘を見上げながらソフトクリームを食べている。なんだか可愛いな。



「あなた、今日は連れてきてくれてありがとう」

「いいや、いいんだ。ついでだからな」



ソフトクリームを食べ終えて入口の方に戻ると、その途中で老夫婦に追いついた。老夫婦もおそらく帰る途中なんだろうな。奥さんは車椅子に乗っていて、足が悪いみたい。旦那さんが車椅子をゆっくり押している。旦那さんも足が丈夫というわけではなさそうで、ゆっくりと進んでいく。



風が吹いて、旦那さんのハンチング帽子が飛ばされたところを春輝が拾ってあげた。



「はい、これ」

「ああ、ありがとう」



ゆっくりと歩みを進める老夫婦の二人の表情はどこか穏やかで、なんだか見ているこっちまで幸せな気分になった。



「なんだか自分たちのたどる末を見ているような感じだったね」

「そうだな」

「ねね、遊園地も寄っていこうよ」

「そう言うと思った」

「なんで?」

「観覧車乗りたいんだろ」

「え~~~読心術とかやめてよ?」

「麻友菜の考えそうなことは手に取るように分かる」



海浜公園には遊園地も併設されていて、ネモフィラの丘から歩いていくこともできる。意外にもちゃんとしたアトラクションがいっぱいあって、遊園地エリアに近づくと絶叫が聞こえてきた。ディスクマシーンという絶叫マシーンは、まるで電動の草刈り鎌のように円盤が回って、さらにその円盤の支柱が空へと浮き上がり、回される。まるで太陽系の公転と自転を激しくした感じといえば分かりやすいかな。



「あれ乗るか」

「……観覧車は?」

「楽しみは後に取っておこう」

「ええっと……」



普通に怖い。



遊園地に来たことなんて小学生のとき以来だ。中学校の頃は両親ともに多忙でそれどころではなく、また友達もいなかったために来る機会はなかった。高校に入ってからはそういう機会も訪れず、そもそも人混みが嫌いということもあって、テーマパークに誘われてもなにかと理由をつけて断ってきた。



小学生のときの記憶は当てにならない。だから、こういう絶叫系に耐性がないといっても過言じゃない。



円盤に乗り込んで、立たされてベルトで固定される。正直言ってこれは不安。となりの春輝は涼しげな顔をしているけど、大丈夫なのかな。



「ねえ、本当にこれ大丈夫?」

「大丈夫じゃない麻友菜の顔が見たい」

「えっ?」

「絶叫している麻友菜なんて普段見ることできないだろ」

「ど、どんだけなのよ~~~っっっ!!」



動き出す合図のブザーとともに軽快な音楽がスピーカーから流れる。えげつない重力のかかり方からかけ離れたメルヘンなメロディーに思わずツッコミを入れたくなるほど。はじめはゆっくり回っていたけど、空に浮いた瞬間内臓を持っていかれるかと思った。でも、意外と大丈夫そう。これは結構気持ちいいかも!



「はるきぃ~~~~たのしい~~~ね~~~~っ!」



意味不明に気分がハイになってきて、逆さになった空に手を振り上げる。なんだか空を掴めそうな気がした。



「っ!!」



横を見たら春輝が歯を食いしばって俯いている。あの春輝がそんな顔をするところなんてはじめて見た。



あっという間に楽しい時間が終わっちゃって、固定具を外して地面に足をつけるとふらっとする。でもまだまだ余裕。対して、春輝は酔っちゃったみたいでふらついて、柵を伝わらないと歩けないほど。あの春輝にも弱点があったなんて意外。



「大丈夫?」

「……大丈夫じゃないかも」

「わたしの肩掴まって」

「ん。ありがとうな」



近くのベンチに座って、春輝を休ませることに。



「もしかして、絶叫系ってはじめて?」

「ん。乗ったことないかもな」

「遊園地は?」

「それはある。昔、クララと一緒に吹雪さんに連れてきてもらった」

「そっか。そのときは乗らなかったの?」

「身長が足りないだろ」

「あ、そっか」



春輝の顔は真っ青。まさかこんなに苦手だなんて知らなかった。これは覚えておかないとダメかもしれないな。もし、わたし達だけじゃなくて、たとえばクラスのみんなで行くことになったり、仲の良い友達同士で来ることになったりしたら、ノリで乗せられちゃいそうだもん。



「春輝、ほら」

「ん?」

「膝枕してあげるから」



寝かせてあげることに。少しでも横になれば楽になるはず。人の目なんてどうでもいい。どうせ知り合いになんて会わないだろうし。それよりもこれで春輝が楽になるならいいと思う。



「気持ち悪い?」

「ん。少し」

「良かった。春輝にも弱点があることが分かって」

「良くないだろ」

「だって、いつも完璧すぎてわたしがしてあげられることあんまりないんだもん」

「そんなことない」

「あるよ。この前のホワイトデーだって、あんなクッキー食べたことないよ。義理返しだって、気合入りすぎてて彼女のわたしでもドン引きだったからね?」

「悪かったな」

「ううん。でも正直、彼女としてちょっと鼻が高かった」

「正直すぎるな」

「えへへ。だって、わたしの彼氏すごいんだぞ~~~って自慢したくなっちゃったもん」



本当に自慢なんてしたら、多分ドン引きの上に陰口叩かれるだろうけど。でも、それくらいに春輝のホワイトデーはすごかった。



膝枕をしているとだいぶ調子が戻ったようで、顔色も良くなってきた。



その後観覧車に乗って、相変わらずイチャイチャして海浜公園を後にした。






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