#62 ビンゴカード@純白【前編】



わたしの彼氏なのに、影山さんが春輝に話しかけた。



ずるい。



内容はきっと例のノンフィクションの話なんだろうけど、なにを話していたのかモヤモヤする。



「霧島氏のそういう顔〜〜〜かわちぃ〜〜の〜〜〜。妬いてるのかい?」

「嫉妬なんてしてないもん」



顔に出ちゃっていたのかな。あれ、ちゃんと表情は隠したはずなのに。影山さんには通用しないってこと?



「霧島氏、本当に演劇部に入らない?」

「うん。ごめんね。遠慮しておく」



ビンゴ大会がはじまるからと言って、影山さんは立ち上がり弟くんに合流した。春輝は影山さんのことをなんとも思っていないのは変わりないらしく、無表情のまま立ち上がる。



「嫉妬していたのか?」

「うん。だって、春輝はわたしの彼氏なのに」

「さっきはしてないと言っていたような気がするが?」

「すごく嫉妬した。わたしの春輝に話しかけないでって」

「ん。悪かった」

「わたしの心の狭さがバレちゃったね」

「? そうなのか? もし麻友菜が他の男と二人きりで話していたら、俺も同じことを思うぞ。勢い余ってぶちのめすかもしれないな」

「暴力はダメだからね? 春輝が刑務所入っちゃったら嫌だもん」

「冗談だが?」

「冗談に聞こえないよ?」



そういえば夏祭りのときはそうだった。



わたしがおじさんに絡まれたとき、春輝がテントから飛び出してきて怒っていたのを思い出した。春輝の場合は嫉妬というよりも、わたしを守ってくれていることのほうが多いような気がする。そもそもわたしは春輝に嫉妬されたいって欲望もあるくらいだから、むしろそういう状況が作ることができれば……いや、わたしに話しかけたゆえに、不幸な男子がボコボコにされちゃうからやっぱり却下。



嫉妬してくれるってことは、わたしのことをすごく思ってくれているのは確かだよね。それはきっとわたしのことを好きだっていう裏返しで、わたしだけの特権。つまり、春輝はわたし——麻友菜ファーストに変わりなし。



「うん。やっぱり好き」

「なんでそうなる?」

「春輝は好きって言われて嫌?」

「嫌じゃないが」

「ならいいじゃん」



嫉妬したり嬉しくなったり、気持ちがコロコロ変わってごめん。でも、好きなものは好きなんだから仕方ない。



「あ、ビンゴカードもらわなきゃ。ほら、春輝、いこ〜〜〜」

「ん。分かった」



春輝の手を引いて、ビンゴカードを配る生徒会の人たちの方に向かう。ちょうど貴崎先輩の周りには女子が群がっていて、なんとなく敬遠しようと思ったら、



「霧島さんと並木くんじゃないかっ!」



と声を掛けられてしまった。この人混みの中でよく見つけられたな、なんて思っていると、貴崎先輩はわざわざ春輝の前に移動してきてビンゴカードをわたし達に渡してきた。



「ダンスなかなか良かったぞ。並木くん、今度私と踊ってくれないか?」

「ん。別にいいが」

「あ〜〜〜〜春輝忙しいので」

「並木くん、そうなのか?」

「……そういえばそうだったな」



影山さんに引き続き貴崎先輩までも。こうなると春輝から目が離せない。でも、春輝は心底面倒くさそうな感じの顔をしているし、まず問題はなさそう。でも、虫が寄り付かないようにちゃんと見張っておかないと。まさか四天王に興味を持たれるとか、本当に厄介。彼氏がモテると苦労が多いとは言うけど、それをここまで実感するなんて。気苦労が耐えないなぁ。



「そうか。残念だ。霧島さんも並木くんもサンタが来ると良いな」

「はい。ありがとうございます」

「ん。どうせなら二等の肉が欲しい」

「一等じゃなくていいのか? 並木くんは欲がないな」



ビンゴ一等の景品はテーマパークの入場ペアチケットだった。ああ、それはわたしもいらないかも。二等のお肉を春輝と一緒に焼いて食べたほうが絶対に楽しい。



貴崎先輩をわたし達が独占していると女子も男子も睨んでくるから、早々に切り上げて体育館の端まで移動する。ビンゴの数字を発表するのはステージ上で、プロジェクターを使用するために遠くからでもよく見える。こういうのはどうせ当たらないから、期待しないでやってみようと思う。



「麻友菜」

「なに?」

「肉を取ろう。ダメなら三位の鍋具材セットでもいい」

「お。やる気だね。去年までまったくイベントに参加しなかった春輝くんが、ここに来てようやく本気を出すとか。お姉さん嬉しいです」

「山形牛がもらえるなら本気にもなるだろ」

「ちなみに、もし当たったらどんな料理にするの?」

「すき焼きだな。肩ロースなら間違いなくすき焼きにしたい」

「春輝が作ってくれる?」

「もちろんだ。取れたら一緒に食べような」

「やったっ! じゃあ、わたしもがんばる」



3の数字が呼ばれて、ビンゴカードを見るとどこも開かない。一方春輝は開いたようで、しかも角だったから、分かりやすく喜んでいる。わたしと二人きりのときと同じように感情豊かな表情になっていて、



「見ろ、角だったぞ」

「良かったね。これで三方向狙えるね」

「ああ。肉が近づいたな」



とまあ、可愛いこと。わたし達も角に座っているから周りの人から死角になっていて、二人きりになったような錯覚に陥る。実際、今はビンゴの真っ最中で、みんなステージを見ていて一喜一憂していて盛り上がっているために、誰もわたし達のことなんて気にもとめないと思う。



「春輝、」

「ん?」

「当たると良いね」

「ああ」



腰を浮かせて少しだけ移動し、春輝の肩にわたしの肩を触れさせて密着する。暖房は利いているようだけど、それでも少しだけ寒くなってきた。そもそも服装がドレスで肩が露出しているからだと思う。そんなわたしに気づいたのか、春輝はスーツの上着を脱いでわたしに掛けてくれた。



「ありがとう。いつも気を使ってくれて」

「ん。麻友菜に風邪を引いてほしくないだけだ」

「そっか」



いくつか数字がステージ上のスクリーンに映し出されて、わたしも春輝も少しずつカードに穴が開いていく。でも、まだビンゴには程遠い。そんな中、次に数字が呼ばれた直後、「ビンゴ〜〜〜」と声が上がった。



「なんと一位は、かの有名な四天王の一人、影山樹さんだぁーーーッ!!」



大きな拍手が上がる。嬉しそうにテーマパークの写真の描かれたパネルを受け取って、ステージ上で掲げて、まるで勝鬨のような声を上げた。



「影山さん、テーマパークは誰と行くんですか?」

「お金ないので行けません」

「えっ?」

「だから、お金がないのでいけないですって。チケットの他に交通費とか食事代、それに行ったら行ったでお土産が欲しくなっちゃう。ボクの給料じゃ学費で精一杯じゃないですかぁ〜〜〜」

「そ、そうですか。でも、おめでとうございま〜〜〜す」



その割に影山さんは嬉しそう。さっきのはリップサービスなのだろう。さすが作家なだけあって、意表を突いた回答をする。



まだまだビンゴは続く。結果的にわたしが五位のお茶漬け一〇〇日分をもらい、春輝は参加賞のキッチン洗剤セット(定価一五〇〇円)だった。



「お茶漬けもらっちゃったね」

「洗剤か……まあ、ないよりはマシだな」

「そうだよ。ちょうど洗剤切れてて、水でかさ増ししてたじゃん」

「なんでうちの台所事情に詳しいんだ……?」

「えへへ」



ビンゴが終わっていよいよコンテストとなり、投票の結果の発表が盛大に行われる。司会の生徒会女子がマイクを握ると、拍手が沸き起こった。



「さあ〜〜〜それでは一〇位から四位までの方々はステージにお上がりくださいっ!」



総勢二〇名がステージに上って、それぞれ記念品をもらっている。そして、第三位の発表。



「砂川美保ア〜〜〜〜ンド高山景虎のペア〜〜〜〜おめでと〜〜〜ございま〜〜〜す♪」



まさかのミホルラ&景虎ペアだった。わたしと春輝は祝福したくてステージ下まで移動した。ミホルラと目が合って、手を振ったらミホルラも手を振り返してくれる。今日のミホルラも本当に可愛くて好き。同じクラスになってからずっとわたしに絡んでくれてありがとうって言いたい。もう少しで進級だから、別々のクラスになっちゃうかもしれない。そう考えたら寂しいな。



「ミホルラ〜〜〜〜おめでと〜〜〜」

「まゆっち、ありがと〜〜〜」



ミホルラは感極まって泣いていた。ミホルラは去年、「絶対に来年は取りたい」って意気込んでいて、そのために今日まで色々と考えて用意していたことを知っているから、わたしも本当に嬉しい。



「景虎死ね〜〜〜〜」

「お前、キャラじゃねえだろ〜〜〜」

「っせぇ!!!」



対して、景虎は男子にイジられていた。



二位は一年生のカップルペアだった。そして一位の発表となる。



「それでは一位の発表です。条島高校クリスマスパーティー。クリスマスコンテスト第一位は」



お決まりのドラムロールが鳴り響き、真っ暗になったステージに光が当たる。そして、プロジェクターから映し出された番号は。



24。



「うそ……」

「ん……俺たちの番号は何番だ?」



春輝は自分に付けた番号の数字と、ステージに映し出された番号を何度も見比べている。同じであることに気づき、春輝は珍しく呆然としていた。間違いなく、わたし達が一位。



「霧島アンド……並木ペアだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



わたし達を見つけた照明係の生徒がスポットライトを当ててきた。春輝はあまり目立ちたくないって言っていたのになんかごめん。



「春輝、行こう」

「ん。そうだな」

「これもきっと良い思い出だよ」

「ああ、麻友菜」

「なに?」

「嬉しいか?」

「嬉しくない……わけないじゃん! すっごく嬉しい」



だって、春輝と二人で学校一番のカップルだって認めてもらえたんだよ?

嬉しくないわけないじゃん。春輝とわたしがコンテストで優勝できるなんて、半年前まで想像しなかった。



「ステージにお上がりくださ〜〜〜〜いっ!!」



ステージに上がると貴崎会長が、「二人ともおめでとう」と記念品を贈呈してくれた。ステージ下に集まった生徒の多さに少し緊張したけど、でも堂々としていなきゃ。司会の子に一言どうぞとマイクを渡された春輝は意外にも緊張した面持ちだった。



「これは、俺じゃなくて麻友菜の……おかげだと思います。麻友菜がいてくれるから、いつも俺は……こういう恩恵に預かれるわけで、」

「並木氏、それは違う」



ステージ下のど真ん中にいた影山さんがそう大きな声で言った。



「並木氏がいるから霧島氏が輝けるんだ。昨年に比べて、霧島氏は随分とキレイで可愛くなった。みんなそう思うだろ? 思うよなーーーーーっ!?」

「おおーーーーーーーっ!!」

「そうだーーーーーーっ!!」



一斉にみんなが影山さんに賛同して大声を上げてくれる。



影山さんの言うとおりだ。わたしには春輝がいて、春輝がいるからわたしは幸せで、春輝にほめてもらいたくて色々がんばっちゃう。だって、“麻友菜かわいいな”って素直に言って欲しいから。



「ん。そうか。だが、俺は麻友菜がいるからこうやって、このイベントも参加する気になった。それだけじゃなくて、色々な経験をさせてくれる。だから、この場を借りて礼を言いたい。麻友菜、いつもありがとう」

「嬉しい……」



込み上げてきて、思わず泣いてしまった。こぼれた涙を拭くためにハンカチを出そうと思ったら、スッと春輝が自分のハンカチを差し出しくれる。そういうところなんだよ。だからダメ人間製造機なんだっていつも言っているのに。



「それでは、霧島さんにも一言いただいてよろしいでしょうか?」

「はい……。えっと、わたしは……春輝がいてくれたから……自然体でいられるので」



こんなに泣き虫じゃなかったはずなのに、なんでだろう。涙が止まらないし、頭の中が真っ白になってなにも言葉にできない。ただ、嬉しいし幸せだなって。



「霧島さんが泣いてしまったので、以上でコンテストを終了いたします。今一度、二人に大きな拍手を〜〜〜〜」



春輝と二人で頭を下げて、ステージを降りるために移動しようとすると、司会の子が、



「あ、お二人はそのままで。この後すぐにサプライズイベントに移ります」



と引き止められてしまった。サプライズイベントっていったい……?

それに吹奏楽部とジャズ部、それに軽音楽部が登壇して、楽器の調整をはじめた。貴崎先輩がわたし達の前に現れて、なぜか頭を下げた。いったいどういうこと?



「みんな彼女が来ようが来まいが、練習をして演奏するつもりだったんだ」

「? なにをです?」

「うちの生徒の門出だからな。祝福するに決まっているだろう」

「ん。そういうことか」

「だから、なに? 春輝教えてよ」

「サプライズだ」

「え〜〜〜〜ひどい。わたしだけ仲間外れにして」

「すぐに分かる」



みんなの準備が整ったところで、ステージの幕が上がる。それと同時に背後から、



「わっ!!

「きゃあッ!?」



と声をかけられて、思わず驚いて声を上げてしまった。振り返るとクララちゃんがいて、華やかなステージ衣装を着ている。



「クララちゃん!? なんで?」

「なんでって呼ばれたから。それに学校の友達に呼ばれたら来ないはずないじゃんか」

「ん。そういうことだ」



ステージの下にはほぼ全校生徒が集まっていて、クララちゃんの名前を呼んでいる。クララちゃんは応えるように手を振りつつ、「ありがと〜〜〜〜」と声を上げた。とびきりの笑顔を振りまいて、本当に輝いている。



「二人も盛り上げてよね。ほら、まゆりんはあたしのダンス覚えてる?」

「うん。もちろん」

「じゃあ、一緒に踊ろ!」



春輝は首を横に振っているけど、この際一緒に踊ってもらうことにする。みんなの演奏が始まり、クララちゃんは曲の紹介をする。



「あたしのデビュー曲、みんなも一緒に踊ってね、いっきま〜〜〜す!」



声援の中、クララちゃんの顔つきが変わった。

そして、クララちゃんが曲名をつぶやく。




「純白」




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