#61 サンドイッチ@カノジョとダンス
条島高校のクリスマスパーティーは想像以上に本格的だった。体育館の窓のすべてに暗幕が引かれて、緑、赤、白の光が円を描いて会場の至るところに照らされている。そして、真っ暗な室内の入口付近には二本のクリスマスツリーが立てられていた。三メートルほどの巨大なツリーに青いLEDの光が灯っていて、多角的に置かれたプロジェクターはステージ向かって投射されており、驚くべきことにプロジェクションマッピングを作ったらしく映像が浮き出ている。
IT部の作品らしい。
受付を済ませて、俺と麻友菜はそれぞれ二四番と書かれたバッジをもらい、これを服のどこかにつけなければならない。これが参加券なのだとか。
「すご〜〜〜いっ! 去年よりもバージョンアップしてる」
「そうなのか?」
「うん。あ、でも吹奏楽部とジャズ部、コーラス部は相変わらずレベル高かったよ」
「文化祭のときも力の入れようがすごかったからな」
「ステージイベントの演劇は動画で見てもいい感じだよね」
麻友菜とそんな会話をしていると、貴崎生徒会長が俺達を見つけて近寄ってきた。
「並木くん、例の件は本当に助かった。心から礼を言う。ありがとう!」
「ん。俺は別に」
「いや。君のおかげだ。本当にありがとう」
パンツスタイルの白いスーツというコーデで、胸には赤いポインセチアの花を差した貴崎生徒会長が踵を返すと、複数人の女子生徒が黄色い声援を上げた。貴崎生徒会長はステージの舞台袖に消えていく。
「貴崎先輩かっこいいな」
「麻友菜もあんな女子が好きなのか?」
「好きっていうよりも凛々しくて素敵って感じ? 春輝はどう思う?」
「俺は興味ない。それよりも麻友菜のドレス……可愛いな」
「えっ……ほんと?」
胸元にリボンのついたドレスのような洋服だった。
というのも、今日のクリスマスパーティーではドレスコードはないものの、コンテストが開かれるためにテーマに沿ったコーデをしている人が多い。テーマは毎年生徒の投票で決まるらしく、今回はプリンセスとプリンス。もちろん男女のペアだけではなく、同性でも参加は可能。つまり、プリンセスとプリンセス、プリンスとプリンスでも評価対象になるのだとか。貴崎会長のスーツはプリンスを意識していると思われる。
「どこからどう見てもプリンセスだ。どこかの国のお姫さまと紹介されたら誰もが信じるだろ」
「そんなこと思ってるのは春輝だけだと思うよ? でも、」
麻友菜は俺の腕を引き、身体を密着してきた。胸元の空いたドレスだから感触がダイレクトに伝わってくる。谷間に二の腕が挟まれている形だ。こういう状況になると未だに動悸がする。そして、麻友菜は俺の耳元に口を近づけて、
(春輝も王子様みたい。いつも以上にかっこいいよっ!)
「ッ!? なにも耳元で言わなくても」
「だって、春輝にしか聞こえてほしくないから」
「どうせガヤガヤして聞こえないだろ」
「それでも。わたしの言葉は春輝だけのものだから」
「……いや、俺の反応を見て楽しんでるだけだろ」
「えへへ。今日はちゃんとわたしのことエスコートしてね?」
「ん。分かった」
よく見ると女子のみで参加しているグループは、男子のグループに話しかけていて、ナンパされているようだ。特に上級生が下級生を狙っているケースが多く見受けられる。おそらく毎年これが恒例なのだろう。運良く連絡先を交換できた男子がガッツポーズをしてはしゃいでいる。
「去年はこれで楽しめなかったわけか」
「うん。しつこくて」
「確かに」
となりの麻友菜を見ると、大勢の集まる会場の中で一人だけ輝いて見える。とてもじゃないか、他の女子と生きている世界が同じには見えない。麻友菜は一人浮いていると思う。良い意味で。
「並木氏、ようやく見つけた」
「お前は確か、深沢……さん?」
「春輝、影山さんだって」
「ん。なんでもいいが、ノンフィクションは断る」
「えーーーっ!?」
身長はおそらく一五〇センチあるかないかだが、麻友菜が言うには影山さんも四天王の一人に数えられるらしい。ということはモテるのだろう。どうりで周りの男子からの視線が痛いほど刺さる。俺はさっきから四天王の三人から話しかけられていたこととなり、また奇跡が起こったわけだ。
「霧島氏からもお願いしてくれよ〜〜〜」
「ごめんね〜〜〜。デリケートな話題はちょっと」
「うぅ……ボクはただ並木氏の過去を取材して、本にしたいだけなのに」
影山さんは天然なのだろうか。普通は一度断られたら諦めるだろう。それも人にあまり触れてほしくない過去の件を取り上げることに執着するのは、あまり好ましくない。
「あれ、いつきっちなにしてんの?」
「おお〜〜〜ミホルラ氏。並木氏に取材の依頼をしてるんだが、なかなか首を縦にふろうとしないんだ。君からもお願いしてくれないか?」
「あんたはそういうことしてるから……。だから顔は良いけど頭は残念なんて言われるのよ」
「それは言わないでくれよ」
「あれ、ミホルラって影山さんの知り合いだったの?」
「言ってなかったっけ。うちら中学一緒だし」
砂川さんもドレス姿で髪型もキマっているところを見ると、やはりコンテストを意識しているのだろう。砂川さんに二の腕を掴まれて、引きずられるようにして影山さんはフェードアウトしていく。影山さんのペアは下級生の男子らしく、影山さんよりも少しだけ上背はあるが、同年齢の男子から比べると俄然低い。それにどことなく顔も似ている気がする。
その男子がこちらに向けて頭を下げた。
「あれって、影山さんの弟くんだよ」
「ん。だから顔が似てるのか」
「うん。でも姉弟のペアでクリパに参加って、なんだか羨ましいな」
「麻友菜は一人っ子だから、そう思うのか?」
「弟とか妹はほしいって思ったことあるよ。だからクララちゃんが妹だと思うと嬉しいっていうか」
一人っ子の割には面倒見も良いような気がする。いや、一人っ子は関係ないか。麻友菜は基本的に心が清らかで優しく、天使のような子だからそう思うだけなのかもしれない。
一六時ちょうどになり、ステージに掛かっていた幕が上がる。吹奏楽の演奏がはじまり、コーラス部が美声を発した。クリスマスソングを生演奏で聴くのははじめてかもしれない。そして、クリスマスらしいクリスマスを過ごすのも。とはいえ、イブは明日だからイブイブになるが。
演奏とコーラスが終わると歓談タイムとなる。軽食が用意されていて、先生たちと交流してもいいし、普段話す機会のない人たちと交流を深めるのもいい。そんな理由から時間が設けられている。いかにも条島高校らしく、クリパといえどもコミュニケーションを重視して、親交を深めようという趣旨なのだろう。
「俺はパスだな」
「なら、わたしも」
「別に俺に気を使わなくてもいいぞ。たまには俺から離れて、話してきたらどうだ?」
「ううん。せっかく春輝と一緒に来たんだもん。それにわたしが一人でフラフラして、ナンパされてもいいの?」
「……してきたらぶっ飛ばす」
「本当に……分かりやすく顔に出過ぎ」
「そうだな」
サンドイッチを紙皿に適当に乗せて、体育館の二階席に移動した。今日俺があまり他人と話したくない理由は、この前の記事のことに触れられることが嫌だからだ。説明も面倒くさいし、同情されるのは一番腹が立つ。むしろ影山さんのように遠慮なくえぐってくるほうが扱いやすい。
しかし、二階席は座席が備え付けれているために意外と人も多かった。少し離れた席に砂川さんと高山もいたが、手を振るだけで近づいては来なかった。最近では、お互いに適度な距離感を保つのが暗黙のルールとなっている。
砂川さんも高山もいがみ合っているようで、実はとても仲が良い。クラスの中でと二人きりのときでは接し方が違うことでも有名だ。
「霧島四天王とあの並木くんじゃん」
「普段から人の目を気にせずイチャイチャできるのってすごくない?」
「だって、そうしないと四天王さまは人気だから」
「ああ、彼氏いるって見せつけておかないと面倒だからか」
そういうわけではない。だが。噂話が独り歩きをして、麻友菜が彼氏いるアピールのためにイチャイチャしていると思われているらしい。だが、麻友菜はまったく意に介さない。俺と麻友菜の関係は学校中に周知されていて、仲が良いことも同様で、むしろ俺と麻友菜が離れていると心配されるほどだ。
「はい、春輝〜〜〜〜あ〜〜〜〜ん」
「……視線が気になるんだが」
「今更じゃん」
口を開くとサンドイッチを食べせさせてくる。
「えへへ。なんか嬉しいな」
「なにがだ?」
「去年は彼氏と一緒にこうしてクリパ来るなんて思わなかったから。憧れもあったんだよね」
「ん。そうか」
「うん。まさかこんなに大好きな人と一緒にクリスマス過ごせるなんて、夢みたいだなって」
そういえば受付でもらったパンフレットの中身を見ていなかったことを思い出して、クリパのスケジュールを見てみる。歓談タイムのあとはダンスの時間らしい。それからビンゴゲーム、そしてコンテスト。最後にサプライズイベントとなっていた。
「このコンテストはもしかして強制参加なのか?」
「うん。クリパに参加した時点でね。今日一番ステキだなって思ったペアに投票するんだけど、この番号……わたし達は二四番。素敵だなって思った番号のペアに投票するの。校内のアプリのアンケート機能でやるんだけど、無投票だと生徒会が飛んでくるから」
「あの会長か?」
「うん。真面目な人だからね」
うちの学校は校内で使う独自のアプリが存在していて、これで出欠を取ったり、連絡網を回したり、あるいは課題の管理をすることになっている。
「ちなみに自分たちに投票は却下みたい。それをすると」
「また会長か」
「うん」
俺は麻友菜にしか投票したくないのだが、できないなら誰に投票するかという問題に直面する。
「やっぱり麻友菜一択なんだが」
「はいはい。彼女バカなのは分かったから」
「麻友菜のほかに投票したいヤツなんていないぞ」
「……あくまでもペアに投票だからね」
「じゃあ、麻友菜はいるのか?」
「うーん。友達目線でいけばミホルラと景虎かな」
「そうなると仲が良いヤツ……友達が多いやつに票が集まらないか?」
「そうだよ。それも含めてコンテストだもん」
陽キャがトップに君臨する歪なコンテストというわけか。
「あ、そろそろダンスタイムがはじまるよ。ここでアピらないとコンテストで上位に食い込めないって話だからみんな気合入ってるね〜〜〜」
「麻友菜はコンテストで上位入賞したいのか?」
「別にどうでもいいかな。でも、楽しむって意味ではみんなに合わせないと」
「もう別に空気を読まなくてもいいんじゃないのか?」
「うん。そうだね。あの頃のわたしじゃないもんね。でも、せっかく来たから楽しまないともったいなくない?」
「ん。麻友菜がそう思うならそうなんだろうな」
俺たちも階段を降りて会場に戻ると、ジャズ部の演奏が始まった。生徒会の司会の女子がマイクを手にして、「ん。んん、あー、あーあー」と喉の調子を整えはじめた。
『今宵は聖夜。親しき友人や恋人と手を取り合い、踊りながら親睦を深めましょう』
正しくは二三日で聖夜ではないのだが、雰囲気づくりのためにそう言ったのだろう。なんともセリフがこの前の文化祭の演劇の脚本くさい。
「踊りって、したことないぞ」
「大丈夫。わたしに任せて」
そういえば麻友菜はダンス経験者だった。言われるがままに麻友菜の腰に左手を回し、向かい合って右手を麻友菜の左手とつなぐ。周りを見てみると、ダンスの形式は決まっていないらしくそれぞれ適当に踊っていた。だが、今回のテーマはプリンセスとプリンス。つまりそれらしいダンスをするのがマナーだろう。麻友菜はそれを理解していて、まるで中世の舞踏会のように優雅に振る舞う。
「うん。上手。次は右足、はい、左足。そう、その調子」
「ああ。覚えたぞ」
「春輝は覚えがいいんだよ」
「麻友菜の教え方が上手だからだ」
ジャズ部の優雅でスローな演奏に合わせて踊る時間は、まるで周りの時が止まったような錯覚に陥る。麻友菜のドレスの裾が花びらのように舞い、笑顔が咲くと鼓動が早くなる。周囲の生徒たちは動きを止めて、みんな麻友菜に釘付けだった。
それほどまでに麻友菜のダンスは、魅惑的だったのだと思う。俺も酔いしれるように、麻友菜の表情に吸い込まれるように見つめていたと思う。
「すげえ。霧島と並木のダンス……見てみろよ」
「かわいい〜〜〜〜」
「やば……」
俺の姫はまさに可憐で、優雅で、今日も惹きつけてやまない、魅惑の人だった。ダンスをする楽しさが少しだけ理解できた。
「春輝、やばい」
「ん? なにがだ?」
「楽しい〜〜〜〜」
「このダンスがか?」
「うん。それと春輝と一緒に踊るのがっ!!」
そのときの麻友菜の笑顔が可愛すぎて、思わず抱きしめたくなった。今度は、ジャズ部に演奏に合わせてDJ女子が登場し(何部なのかもはや不明)、エレクロリカルスウィングを披露する。歌は軽音楽部の女子ボーカルらしく、ハスキーボイスでとんでもなく巧い。これまでの曲調とは変わって、テンポの速い曲が流れる。
「曲変わっちゃった!」
それまでのダンスを一度止めて、俺は疲れたために端で休むことにした。横を見ると疲れた生徒たちがこぞって壁側で座っている。麻友菜は踊り足りないらしくて、フリーダンスを披露した。運動部の何人かと混ざって楽しそうに踊る姿はもはや女神以外の何者でもない。
眼福すぎて、これを見るためだけに来てもいいくらいだ。
「並木氏の彼女はダンスも得意か」
「……深沢さん」
「影山なのだ。そろそろ覚えてくれると嬉しいな」
「ノンフィクションは断る」
「……う。ヤダなぁ。たまたま君を見つけたから声を掛けたんじゃないか」
「相方の弟はどうした?」
「さあ。友人と楽しくやってるんじゃないかな」
「ん。なんで俺のノンフィクションなんて書きたいんだ?」
「君の話には愛があったから」
「? そうか?」
「ふふ。うむ。それに羨ましかったんだ」
「俺が? ちゃんと読んだ上で言ってるのか?」
「君は両親がいなくても愛があったじゃないか」
「……ん。そうかもな」
「去年かな」
影山さんは体育座りをしたまま天井を見上げた。まるで役者のような所作に違和感を覚えなくもないが。演技指導をしているうちに自分でも身についてしまったのかもしれない。
「母が交通事故に遭ってね」
「……そうか」
「ああ、勘違いしないでくれ。ピンピンしてるよ」
「ん。それはなによりだな」
「でも、一歩間違えれば命はなかったって言われたよ。軽自動車で後ろからトラックに突っ込まれたんだ。胸骨の骨折で済んだのは奇跡だって医者に言われてね」
「なにが言いたい?」
「そのとき思ったんだ。母子家庭のうちの環境で、母親がいなくなったらどうなるんだろうって。ボクも弟も生きていく術をなにも持ち合わせていないって。家事なんてなにもできないんだから、弟とボクは毎日コンビニのお弁当で暮らすしかないって思ったんだ」
コンビニで弁当を毎日買えるような収入があるのだから問題ないだろうと思う。実際、世の中食えなくて野垂れ死にしそうな奴は多い。作家という職業で食えるならなにも問題ないだろう。
「でも、君は違う。生きる術も、注がれる愛もあるじゃないか。そう思ったら。興味が湧いてね」
「俺にはまったく理解できないな」
「だろうね。ボクの思慮深く崇高な思考なんて理解できる者はいない」
「……ん。そうかもな」
なにを言っているのかさっぱり分からない。至極どうでもいいし、興味がない。
「簡潔に言えば、君は泥臭いんだよ。なのに愛に満ち溢れてる。そんなレアな人いないだろ?」
「……影山さんは変わり者と言われないか?」
「う。そんなこと……言われたこと……」
ようやく曲が終わり、息を切らした麻友菜が戻ってきて、笑顔のまま俺と影山さんの間に座り込んだ。
「なーんの話してたの?」
「ん。この人とは会話のキャッチボールが難しい。この人は変わり者で友達にもなれそうにない」
「ひどい」
麻友菜は笑った。
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