#60 チキン@三人の四天王
クリスマスパーティーの当日。終業式が終わり、いよいよ生徒会を中心としたクリスマスパーティー実行委員の準備が始まる。条島高校の生徒会を仕切っているのが四天王の一人、貴崎彩乃先輩。貴崎先輩が来春で卒業をすると四天王の一人は欠けることになる。いや、そもそもその制度というか、枠組みがくだらなすぎると思うからどうでもいいけど。
そんな貴崎彩乃先輩が廊下の向こうから歩いてくる。なんで三年生の大先輩が二年生のクラスにいるんだろう。
「霧島麻友菜さんだろうか」
「はい?」
「並木くんはいるか?」
「えっと、教室の中に」
「そうか。ありがとう。失礼する」
ポニーテールがトレードマークで、少しだけ目付きの鋭いクールビューティーな生徒会長。それが
「そんなの本人に言えばいいんじゃないのか?」
「だから、本人と交渉の場を設けられなかったのだ」
「あいつは多忙だから無理だと思うが。それに今日は休むと言っていたしな」
「うぅ……私の失態だ。私は生まれつき運が悪い。西谷さんに会おうとすれば私の叔父の忌引で休む羽目になるし、登校してくれば西谷さんは休んでいるというし」
「今日の今日では無理だと思うぞ」
「分かっている。だが、同じ学校の生徒としてなんとかお願いできないかと……虫のいい話だとは理解している」
教室の中では春輝と貴崎先輩との間でそんな会話が繰り広げられていた。あの生徒会長が春輝に対して頭を下げている。クララちゃんになにかお願いしたいことがあるのだと思うけど、春輝の言うようにクララちゃんは歌手デビューをして大忙し。
生徒会長は結局、クリパの準備で体育館に戻り、春輝は仕方なくクララちゃんに電話をしていた。
春輝の過去に触れるような人は誰もいなくて、不思議なことに陰口とか噂を囁く人もいなかった。とはいえ、みんなわたしが春輝の彼女だということを知っているから、わたしの前では謹んでいる可能性もある。でも、クラスの中では今まで通りの変わらない様子だった。
「並木氏。お話があるのだけど」
「ん? ああ、確か……誰だ?」
「影山さん?」
「ああ、君かい。霧島氏」
生徒会長が去ったと思ったら、今度は
「ひどいな。ボクを忘れるなんて」
「忘れるもなにも……話したことないだろ」
「春輝……ほら、文化祭のときに演技指導で」
「ん。ああ、そうか。そういえばそうだったな。すまない、忘れていた」
「ボクってそんなに存在感ないかな。ちょっぴり傷つくよ。それはそうと君の記事読んだよ。あれ、実に感動したんだ」
「ん。そうか。じゃあ忙しいから」
春輝はわたしの腕を掴んで踵を返して教室を出た。わたしやクララちゃん以外には本当に塩対応で困る。影山さんにも貴崎先輩にもまったく興味がない様子が顔に出まくっている。しかも、うざいとか思っているんだろうな。
「まあまあ、並木氏そう言わずに」
影山さんは春輝の正面に回り込んで行く手を塞ぐ。小柄な身体がまるで小動物のような俊敏な動きをする。ズレたメガネを直して春輝を見上げた。
「並木氏、君のノンフィクションを書かせてくれないかーっ!!」
「ん。断る」
「え、いや、即答しないでーーーーっ!! 謝礼はするからーーーっ!!」
「行くか。麻友菜、昼食食べよう」
「う、うん。でも、」
「いいから」
「ま、待ってーーーっ!!」
影山さんを押しのけて廊下を進む春輝の前に、再度影山さんは立ちふさがって両手を広げる。まるでバスケのディフェンスのような立ち振舞だけど、小柄な身体はまったく相手にならずに、春輝に肩を掴まれて簡単に押しのけられてしまう。
「あ、諦めないからなーーーっ!!」
影山さんの叫びを無視して、わたし達は階段を下る。そして校舎を後にした。四時のパーティー入場までの時間で一度家に帰って着替えてくることに。わたしは春輝の部屋に服とメイク道具を置いているために、一緒に帰宅することにした。
「なんだか人気者だね」
「ただ絡まれているだけだろ」
一日のうちに四天王の三人(わたしを含めて)に話しかけられているなんて奇跡に近い。クラスの男子が春輝を見てそう言っていた。でも、わたしの彼氏なんだから、あんまり関わるのは遠慮してほしいな。春輝は基本的に他人に塩対応だからいいけど、わたし以外(クララちゃんは例外)に優しい顔なんてしたら発狂して、わたし泣き出すかも。
「なに拗ねた顔してる?」
「えっ? そんな顔してた?」
「ん。別に俺はなんとかっていう生徒会長と深沢さんには興味がないぞ」
「……分かってるよ」
名前すら覚えていないっていうね。深沢さんって影山さんのことかな。一文字も合っていないんだけど。眼中にもないって感じ。貴崎さんも影山さんも超が三つ付いても足りないほど美人で、男子なら眼福イベントだと思う。でも、春輝はまったく興味がないみたい。
「麻友菜、たまには外食でもするか」
「え〜〜〜いいねっ! なに食べるの?」
「たまにはファストフードとかはどうだ?」
「あ。そういえば二人で食べたことないね?」
「ん。人は多そうだが、何事も経験だろ」
「うん。いいねいいね! 行ってみよ〜〜〜」
意外にもわたしと春輝は、二人でファストフードもファミレスも入ったことがない。なんで今まで行かなかったんだろうって思いを巡らせてみる。ああ、単純に人混み問題だった。わたしも春輝も人の多い所が苦手で(用事があれば混んでいるお店も入るけど)、無意識に敬遠していたんだと思う。
「人が多そうだけど大丈夫?」
「それも経験してみるのもいいかと思ったんだ。だが、麻友菜が嫌ならやめてもいい」
「ううん。春輝とはじめての経験したいもん」
「そうか」
マックとケンタでどちらにしようという話になったが、今日はケンタにして、クリスマス以降にマックに行くことになった。いざ、ケンタに行くと、うるさめのJKが群がっていて店の前で怖気づきそうになる。けど、今日の春輝は違った。堂々とお店の中に入り、メニュー表を見上げる。
「やはりチキンか。それとバジルツイスター、ポテトでいこうと思う」
「わたしも同じ……いや、チキンはいいとして、てりやきのツイスターにすればシェアできるよね」
「ん。だな」
二人でシェアをしたほうが色々な味を楽しめるし、それがわたし達だからといつもの感覚で注文をして商品を受け取り席についた。
座ってみると隣の席との距離が近い。周りがガヤガヤしていてなかなか落ち着ける雰囲気ではない。でも春輝は周りのJKやDKのことなんて眼中にないらしく、いつもどおりの優しい顔でわたしに接してくる。春輝はノイズを無視するスキルを手に入れたみたい。
「麻友菜、俺のツイスター一口食べるか」
「うん」
春輝のツイスターを一口齧る。
そうだよね。周りの目なんて気にしていられない。そう思って今度はわたしから。
「はい、あーん」
「ん」
春輝の口の前にツイスターを持っていくと、春輝は当たり前のように食べた。そして春輝も再度わたしにツイスターを差し出してくる。口の中でバジルの香りとレモンの風味が広がって美味しすぎる。空腹を美味しさで満たされると自然と笑顔になっちゃう。だって、ほっぺが落ちそうになるんだもん。
「尊いわ……」
「やっば〜〜〜カレシもカノジョもかわいくない?」
「あたしもあんなカレシほしい〜〜〜」
嫌でも耳に入ってくる会話。ここで恥ずかしいなんて思っていたら負けのような気がする。はじめてのファストフードなんだから、もっと楽しまなきゃいけない。最近では春輝と一緒にいることが多くて、ミホルラ達とこういうところに来ていない。久々すぎて忘れていたけど、やっぱりケンタは美味しい。チキンが最高すぎる。
「うまいな。このチキンの味は食べたことない」
「……もしかして、ケンタ自体がはじめて?」
「ん。来たことない」
「そうなんだ」
わたしと二人で来ることがはじめてなだけで、食べたことはあるのかと思っていた。そういえば、春輝は外食をあまりしたことがないと言っていた。それはファストフードも例外ではなかったみたい。色々と教えてあげないと。
「チキンは手が油まみれになるから、紙使ってね」
「ん。分かった」
二人でチキンにかぶりつく。すると春輝は、
「麻友菜、そのまま」
「なに?」
春輝はバッグからノンアルコールのウェットティッシュを取り出して、わたしの口を拭いてくれた。いつものようにメイクが落ちないように軽くポンポンと叩いて。相変わらず準備が良くて恐れ入る。
「ん。取れたぞ」
「ありがと。春輝も付いてるよ?」
「……そうか」
春輝は自分で拭きそうになったところで、わたしがすかさずウェットティッシュを手にして春輝の口を拭いてあげる。でも、二口目を食べたら、口の周りがまた油まみれになった。
「今、キスしたら大変なことになっちゃうね」
「してみるか?」
「ここで?」
「あとで」
「いいよ。でも、やっぱりヤダ」
「ん。歯磨きしてからだな」
「うん。そう、それそれ」
そんな会話をしながらチキンを食べて、店を後にした。こうして新しい経験をいっぱいして、思い出が積み重なり、春輝と共に歩む道が伸びていくような気がして、毎日が貴重なんだって思う。
その後、春輝の家に一旦帰り、約束通り歯を磨いてからキスをして、イチャイチャしているとすぐにクリパに行くための出発の時間となった。
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