#59 おにぎり@カノジョの未来予想図


クララの件が落ち着いたところで、ホッとしたのも束の間。来週はクリスマスパーティーに参加を決めている。麻友菜と一緒にいるようになってから、季節をより色濃く感じるようになった。初夏の林間学校に秋の文化祭。そして、クリスマス。充実した季節を送れるのも麻友菜のおかげだろう。



「ねえ、春輝」

「ん?」

「クララちゃんのデビュー曲バズってるみたいだよ」

「ああ。あんな大暴露のあとの歌手デビューだからな」



もしかしたら、吹雪さんがそれを見越していたのかも。などと考えるのはやめよう。結果的にクララは学校でもうまくやれているし、歌手活動も順調だ。それにケチをつけたくない。



「それに振付がかわいいし、真似しやすいダンスだから、みんなショート動画撮ってSNSに上げて楽しそうだよ?」

「ん。だな」



ソファに座りながら麻友菜はインスタのリールをフリックしている。クララの曲に合わせてダンスをしている人たちの動画がかなり上がってくるらしく、クララの曲がバズることが自分のことのように嬉しいと話す。それに充希先生の振り付けだということも輪をかけて麻友菜は喜んでいる様子だ。麻友菜が幸せなら俺も幸せだ。



「さて、昼食もできたし。久々に麻友菜を太らせないとな」

「だから、ぶっ飛ばすよ?」

「でも実際、うまいぞ?」



今日はたこ焼き器に米を入れて焼きおにぎりを作った。もちろんただの焼きおにぎりではなく、並木特製ソースを塗ったものと、味噌焼き、それからそばめし握り。さらにオムライス握りもある。あとは肉巻きとチャーハン、そして極め付きは石焼きビビンバ風おにぎり。



「うわ~~~っ! キラキラしてる」

「どの辺がだ?」

「全部。宝石箱みたい」



それは褒め過ぎだろう。



「美味しそう。でも、こんなに種類作って疲れたでしょ?」

「そんなことはないぞ。大した作業量じゃない」

「だから、わたしも手伝ったのに」

「今日はサプライズしたかったからな」



最近はあまり麻友菜に構ってやれなかったから、少しでも喜んでほしくて作ってみた。見た目のインパクトもなかなかだが、少し焦げた匂いもアクセントになっていて食欲が湧いてくる。



まずは肉巻きおにぎりを一つ箸で取って、となりに座る麻友菜の口元に運ぶ。すると麻友菜は嬉しそうに口を開いた。



「よし、餌付け成功だな」

「人をペットみたいに」

「違うのか?」

「え。ひどい。人をペットみたいに」

「冗談だ」

「知ってる。でも、春輝が可愛がってくれるならそれもいっか」

「ん。なら今日からペットだな。首輪付けていいか?」

「カワイイのなら。びょう付きとかはやめて?」



そんな会話をしながら、今度はチャーハン握りを食べさせる。一口で食べられるサイズとはいえ、おにぎりばかりだと飽きるだろうから、別で作ったサラダも食べさせてみた。特にトマトの酸味が口の中をリセットしてくれる。それに白菜のお新香も。



「こっちは俺の特製ソースだが、少し甘ダレにしてある」

「うんっ! これも美味しい〜〜〜〜っ!!」

「寒いから温まるように生姜入りの味噌汁も作った」

「本当に神だよね。お店出せるレベルだと思うよ。じゃあ、今度はわたしが春輝に餌付けする」



たこ焼き器からビビンバ握りを取って取り皿に乗せると、麻友菜は皿に顔を近づけてふぅふぅと息を吹きかけた。そのまま食べると熱いからという気遣いだが、その顔がなんだか可愛くて、俺はすかさずカメラを手にしてシャッターを切った。



「今、変顔撮ったでしょ〜〜〜」

「いや。その息を吹きかけてる顔が可愛かったから」

「最近ダメ人間製造機が故障しているかと思ってたのに、また直したの?」

「故障なんてしていないぞ。ただ燃料切れだっただけで」

「ふ〜〜〜ん。燃料って?」

「麻友菜エキスに決まってるだろ」

「それってわたしの真似っこじゃん」



麻友菜は真横から俺を抱きしめて耳元で、



(麻友菜のエキス、どこから吸いたいのですかぁ〜〜〜ご主人さまぁ〜〜〜)



久々の耳攻撃に思わず麻友菜から距離を取った。だが麻友菜は逃がしてくれることはなく、さらに近づいてきて瞳をキラキラさせながら耳たぶを甘噛してきた。くすぐったすぎて悶絶していると追い打ちをかけてくる。



(今朝の寝起きみたいにまた気持ちい〜〜〜ことしちゃう?)



朝起きて、いつものように麻友菜とイチャイチャをして、その流れで麻友菜は布団に潜って俺を天国へと導いた。なんでそんなことをしてくれるのかと訊くと、俺の幸せな顔が見たいからと答えた。俺はいったいどんな顔をしていたのか。自分では分からないが、麻友菜が満足ならそれでいい。これは弓子さんとの約束を破っていないのか微妙なところだと思うが、ギリギリセーフだと思う(多分)。



「いや。いい」

「あれれ〜〜〜春輝くん赤くなっちゃって。わたしが帰る前にもう一回してあげようか?」

「……いい。本当に」

「そういう照れる春輝も好き。こんな顔絶対わたしにしか見せないもんね」



昼食を食べ終えて、満腹になったところでソファに腰を下ろす。こうして落ち着いた気持ちで麻友菜とゆっくりするのも久しぶりな気がする。麻友菜のコンテストでの莉子の一件。小夜さんのこと。そして、クララのスキャンダルと色々あったな。



「この前将来の話をしたでしょ」

「ん。そういえばしたな」

「わたしもあれから考えてみたけど、やっぱりまだ分かんない。でも一つ分かったのは春輝とこうして一緒にいることが夢というか」

「それはこの前も話したように、」

「違うの。春輝がお店を出すなら、一緒にわたしもやってみたい。料理は春輝ほど得意じゃないけど、前よりも上手になったでしょ」



偽装交際をしているときよりも、麻友菜の料理の腕は間違いなく数段上がっている。それに手際も良くなってきていて、今の麻友菜になら安心して任せられる料理も多い。俺は麻友菜がそう言ってくれるのはありがたいし嬉しいが、麻友菜はそれでいいのか。



「麻友菜はしたいことがないのか?」

「うん。大きな目標は持っていないというか」

「やりたいこともあるだろ?」

「うん。ダンスとかお芝居とかかな。ダンスはもともと好きで、お芝居は去年の文化祭ではじめて経験して、なんか向いてるなーって」



そういえばコンテスト以前の麻友菜は自分を偽ってクラスで陽キャのフリをしていた。最近はいつでも素でいるが、そもそも演じることに長けているのだろう。ダンスは言わずもがな。コンテストで一位を取れるほどだから、きっと狙えば上に行ける実力はあるはず。



「ダンスでコンテスト目指すとか、演劇のサークルに入って上を目指すとかあるだろ」

「それは働きながらでもできるし、別に夢とか、そんな大きなものじゃないよ。それにね、それを仕事にしたらきっと嫌になっちゃう」



言われてみればそうかもしれない。ダンスや演劇で食っていけるようになるには相当な苦労を強いられるし、弱肉強食で周りを蹴落とさなければ頂点を取れない。狭き門であることに間違いはない。麻友菜はあくまでも金を稼ぐ手段としての夢を語っているのだ。



「そうか。なら俺の夢に付いてきてくれるか?」

「うん。春輝と一緒ならなにをしても楽しいし、苦楽もともにして、将来そのことを笑い合いたいなって」

「ん。麻友菜、ありがとうな」

「なになに? お礼言われるようなこと言ってないよ? むしろ、わたしが春輝の重荷になるかもしれないのに」

「そうじゃなくて。麻友菜がいてくれるだけで、前に進めるからな」



クララの件もそうだ。俺にとって、麻友菜は絶対的な存在。麻友菜はいつも正しい判断をしてくれる。俺の背中を押してくれる。きっと辛いことが山積みになって立ちふさがる。だが、麻友菜がいればきっと乗り越えられる。それは確信している。



「それはわたしも同じ。春輝はわたしにとって心の拠り所だから。春輝がいなかったら今ごろつまらない高校生活……ううん、ちっぽけな人生送っていたと思う」

「そうか?」

「そうだよ。他人を信用できない高校生活を送って、卒業してもやりたくない仕事に就いて、恋人もいないまま独り身で死んでいくんだもん」

「いや、俺がいなくても恋人はすぐにできただろ」



麻友菜ほどの容姿と性格ならば男が放っておかない。



「そんなわけないじゃん。確かに告られたことは何回かあるけど、全然ときめかないっていうか」

「だが、そのうち現れた可能性もある。運命は出会いからだろ?」

「だからだよ。わたしの運命の人は春輝しかいないもん。だから春輝以外の人と出会う可能性はゼロ」

「言い切ったな」

「じゃあ逆に訊くけど、春輝がわたし以外の人と出会って付き合う可能性はあったの?」



麻友菜以外の女性と付き合う可能性は……ないな。麻友菜ほどの恋人は絶対にいないし、現れない。二番街にあれだけの女性がいて、なんとも思わないことが裏付けている。それを麻友菜は痛いほど知っている。俺のことを熟知した上での発言か。やはり麻友菜には敵わない。



「あり得ないな」

「えへへ。でしょ。そういうもんなんだよ」



やけに嬉しそうだな。



「そうか」

「うん」



麻友菜は横を向いて、俺の頬を指先でツンツンと突いた。



「良かったね。麻友菜ちゃんと付き合えて」

「麻友菜もな。俺と付き合えて良かったな」

「真似したなぁ〜〜〜」



麻友菜は俺の顔を両手で挟んで、強制的に変顔をさせた。俺も仕返しに同じことをすると急に、



「ねえ、変顔で写真撮りたい」

「……いや、それは」

「はい決定ね」

「そんな写真撮ってどうする?」

「色んな顔の春輝の写真を集めてるの。ほら、レアなトレカみたいに」

「つまり、変顔の俺の写真にプレ値が付くかもしれないってことか?」

「まあ、わたし限定だけど」



仕方なく、麻友菜の指示のまま変顔を作る。麻友菜も同じような顔をしたところでテーブル三脚に乗せられたスマホのセルフタイマーがカウントを始めた。それで撮れた写真を見て、麻友菜は大爆笑。たしかに変な写真だし、なぜこれを撮ろうとしたのか。



「あ〜〜〜面白い。春輝のこんな顔の写真ほしかったんだよね」

「……なぜだ?」

「不意打ちで撮った笑顔の写真もあるけど、あとはみんな真顔ばっかりだもん。あ、春輝の寝顔の写真と天国行ったばっかりの顔の写真もほしい」

「寝顔はともかく、天国は絶対にダメだ」



いや、よく考えたら寝顔もダメだろ。



「え〜〜〜〜って冗談だよ?」

「冗談には聞こえない」

「えへへ。春輝って意外とお茶目だよね。その顔も」

「麻友菜がそうさせてるんだろ」」



ちゃっかりスマホで写真を撮られてしまった。だが、麻友菜が満足そうに笑うから好しとするか。



昼食の後片付けをして、ダラダラしているとすぐに麻友菜の帰る時間となった。一泊二日はあっという間で、いつになっても別れが寂しい。だが、今日は麻友菜を家に送っていく途中で買い物に付き合うことになった。



「クリスマスだね〜〜〜っ! 春輝はなにがほしいの?」

「ん? 欲しいもの?」

「うん。クリスマスプレゼント。麻友菜サンタがお届けしちゃう」

「別に欲しいものは……特に。麻友菜はあるのか?」

「うーん。そう言われると難しいかも」

「ん。俺もそうだが、麻友菜も物欲があまりないからな」

「あるよ。春輝がほしい」

「それは物欲じゃないだろ」

「あ。そっか」」



麻友菜の買い物はだいたいドラックストアで済む。コスメやシャンプー。ヘアオイルにハンドクリーム。どれも庶民的な商品ばかりで、高価なものを使おうとはしない。



「そういえば前に春輝に選んでもらったコスメがすごく良かったんだよね」

「スモーキーピンクのやつか?」

「そうそう。でもほら、来週はクリパじゃん。だから、冬らしくしたいなって」

「麻友菜のパーソナルカラーは“ブルベ夏”だから、基本的にピンクはどれも合うと思うが」



ブルベ夏とはブルーベースの夏で、肌の色を指標化したもの(おそらく厳密ではないが)。コスメ選びやメイクの仕方で一定の基準になる。



「うーん。こんなにあると悩んじゃうんだよね」

「クリスマスだし撮影もしたい。となると、メイクもそれらしくしたいか」



ライラックのラメ入りも麻友菜なら似合うかもしれない。それからチークはローズのピンクが強めのもの。それから唇にはグロスも。



「この組み合わせでどうだ?」

「ラメか〜〜〜わたし大丈夫かな?」

「ん? 似合うと思うが?」

「ケバくならない?」

「なら、チークは二色にして、レイヤードを作ったらいいんじゃないか?」

「血色カラーを基本として、こっちの光沢っぽいのを薄めにすればいいのかな?」

「ん。それでいいと思う」

「じゃあ、これ買っちゃおうっと」

「ん。この一式は俺が買う」

「え。いいよ。前もそう言って買ってくれたけど、自分で使うものだし」

「撮影で使いたい。撮影をするのに麻友菜に負担を強いるのは違うだろ」



俺はシャッターを切るだけだが、麻友菜はメイクをして髪型をセットしなければならないし、そもそも準備に対する時間も消費させてしまう。せめて金銭的な部分だけでも俺が負担したい。



「それともう一つ頼みがあるんだが」

「まさか、えっちなコスプレさせたいとか?」

「違う。クララと二人でコスプレのショットを撮らせてほしい」



これはクララの依頼だ。麻友菜と二人でかわいい写真を撮りたいと言ってきたのだ。どういうことなのか分からないが、俺もその撮影には興味がある。もちろん、麻友菜が承諾しなければはじまらないが。



「うん。いいよ」

「多忙なクララも年末は休暇がもらえると言っててな。麻友菜と一緒に撮って、今年最後の撮影にしたいらしい」

「そうそう。それで、クララちゃんはこんな衣装で撮りたいって言ってるんだけど」

「……麻友菜にもクララからラインが来てたのか?」

「うん」



麻友菜が見せてくれた、クララの着たい衣装とはコスプレだった。しかもSFロボットアニメのパイロットの衣装らしく、なかなかエロい。ミニスカでボディラインがはっきり見えそうなスーツだ。しかも胸元がかなり開いている。



「クララはいったいなにを考えて……」

「多分、お礼なんじゃないかな?」

「礼?」

「うん。だって、こんな姿は春輝にしか見せられないでしょ。まあ、わたしもなんだけど」

「そんな礼なら……別に」

「クララちゃんはともかく、わたしのことは撮りたいでしょ?」

「それは……」



撮りなくないと言ったら嘘になる。エロさを求めて撮るのではなく、麻友菜のいつもと違った姿を撮りたい……麻友菜が俺の変顔写真を撮りたい気分が今分かった気がする。つまりそういうことだ。



「麻友菜のSSRは撮りたいかもな」

「SSR?」

「レアなカードのことだ」



このまえ高山から教えてもらったカードのことで、巷では人気のカードなら高価取引されるらしい。



あとで日程と撮影場所は決めるとして、麻友菜を家まで送り届けて俺は帰宅し、その後いつもどおりにライン電話をして麻友菜は寝落ちした。



今日も幸せそうな寝顔だった。






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