#58 週刊誌@味方はたくさんいる
春輝とまゆりんが片付けてくれた部屋はすぐにゴミだらけの元通りとなった。
片付けられないんじゃなくて片付ける気力がないだけ。そんな部屋を見て春輝は呆れ返った。春輝は話があるといって来てくれたけど、内容はかなりヘビーだった。あたしのためにしようとしてくれていることの大体の内容を話してくれた。あたしはそれでいいけど、春輝は本当に良いのか。実行すれば春輝だって自身の過去が知れ渡ってしまう。
あたしにだって感情はある。もし謂れのないことで春輝が傷つくようなら……それは心苦しい。
「というわけだ。俺がしてやれるのはそこまで。もしクララが反対するなら実行しない」
「あたしは……別に。むしろ、春輝がそうしてくれるなら……信じるっていうか」
「分かった」
春輝はあたしの承諾を得るなり、部屋を後にした。
一週間後。
ちょうど十二月に入って一週目の二日の月曜日。春輝の記事が掲載された。驚いたことに春輝は週刊誌に顔を出した。モザイク無しで真剣な顔で記者の問いに答える様子の写真は、控えめに言ってイケメンだった。まるで陽の光を浴びる陰に咲く花のように、それまで注目されなかったことが不思議と言わんばかりに、話題はそこに集中した。
撮影に向かう途中、コンビニに立ち寄ったら、女子高生がペットボトルを書いながら、
「クララちゃんのお兄ちゃんって、めっちゃイケメンじゃない?」
「それな!」
「血がつながっていないってところがまたドラマチックじゃない?」
「でも、恋人いるらしいよ」
「えーっ!! なんかショック」
記事に内容よりも先に写真のほうが目に付くらしい。エゴサーチは普段しないけど、春輝が身体を張ってくれたのだからと思って、“西谷鞍楽”で調べてみると予想以上に春輝の作戦の効果が出ている。記事の内容のインパクトが凄まじい勢いで伝わっているのが実感できた。
“西谷鞍楽の過去を義兄が激白。幼少時から同じ環境で育った少年が赤裸々に語る”
あたしが過労で倒れたときに心配して来てくれた春輝が、あたしを病院に連れて行こうとしたときに撮られたのが先月の写真。記者に対して春輝ははっきりと答えた。そして、春輝とあたしの関係も。春輝自身の育った環境とあたしのすべてを記者の問いの元、すべて話した。あたしは知っている。春輝が自身の生まれをコンプレックスに思っていることを。だって、あたしも同じだから。
あたしの母親はあたしがうまれてしばらくして脳出血によって死んだらしい。あたしの父親——西谷秀長は母親を毎日のように殴っていた。それが脳出血の原因とは認定されなかったけど、因果関係はあるだろうってあたしは思っている。今さらどうなることでもないけど。
だけど、一番の衝撃はそこではない……。
あたしと血の繋がった父親が……殺人者だったこと。
西谷秀長はヤクザだった。酒乱でどうしようもなくて、金の稼ぐことのできないヤクザでクズ。母親が死んだというのにすぐにキャバ嬢のヒモになって、酒を飲んでは暴れて迷惑をかけていた。そんな西谷のことを警戒していたパパ(吹雪)は、あたしを西谷から取り上げて保護してくれた。あのとき、恐怖から解放してくれたパパのことを今でも感謝している。
そして、あたしは春輝とともに秋子さんの元に預けられた。もちろん、パパは時間に余裕があればあたしと遊んでくれた。はじめて愛情というものを知ったのもこの頃だった。
そんな小学校低学年のあたしが憧れていたキャバ嬢がいた。いつも笑顔で可愛くて素敵で。キレイで華やかで、親切で。子どもだったあたしと春輝にも同じ目線で話をしてくれた。二番街で一番の女と言われていたことにも、小学生ながらも当然だと自分のことのように誇らしかった。
だけど、ここで問題が起きる。西谷は彼女に目をつけた。元カノのキャバ嬢とは早々と別れて彼女に入れ込んだ。そう、西谷は容姿だけは良かった(悔しいけれどあたしは父親似だと言われていた)し、初対面では物腰も柔らかかったらしい。だけど西谷は……なにも変わっていなかった。
嫌なことがあると暴力を振るい金をせびり、挙げ句、DVをして恐怖で彼女を支配した。
そして事件は起こった。
あたしとパパが用事(小学校に持っていく用具を取りに行くため)で西谷の家に帰ると、そこには惨劇が広がっていた。彼女が横たわっていて、純白だったドレスが真っ赤に染まっていた。急いで救急車を呼んだけれど、手遅れだった。ちなみに西谷は逃亡し指名手配の後に逮捕された。
そのときの光景が一七になった今でもフラッシュバックするほど、当時はショックだった。だから血を見るのは嫌いで、見ただけで手が震えて倒れるほど頭が真っ白になる。
そのことも春輝は語った(もちろん、あたしの承諾を得たからだけど)。あたしは彼女のことが好きだった。憧れだった。純白のドレスをいつか着てみたいって思った。
記事を読んで思ったことが一つある。春輝の口からも語られたことで、あたしは春輝の言葉で再認識した。
パパ——吹雪はあたしを娘のように可愛がってくれた。本当の娘だと言ってくれた。だからあたしはここにいる。パパは厳しいけど、ちゃんとあたしに教育と生きていく術を教えてくれた。スパルタだったけど、決して手を上げなかった。ピンチのときにはいつも守ってくれた。悪いことをしたら叱ってくれて、がんばったときにはいっぱい褒めてくれて、運動会をがんばったときには焼き肉に連れて行ってくれた。動物園も行った。遊園地に行きたいといえば連れて行ってくれた。忙しい時間を割いてまで、あたしと春輝を笑顔にしてくれた。
その思い出が蘇ってきて、涙が溢れてくる。そうだ、あたしは思い違いをしていた。パパのために仕事をしているなんて思い上がっていた。違う。逆だった。あたしのためにパパがしてくれている。あたしは馬鹿だ。
最高のパパだった。あたしと春輝の過去が語られている記事の中で、見つけたのはネガティブな部分じゃなくて、血の繋がっていないあたしと春輝を育ててくれた人たちの愛。たとえ世界が敵に回ってしまっても、パパや秋子さん、それに春輝やまゆりんは味方でいてくれる。ううん、それだけじゃない。ちゃんと心を持って接すれば、言葉を交わせば味方になってくれる人は増えていく。
“面と向かって話せば、きっと分かり会える人たちはいると思うんです。身分とか職業とか関係なくて、こうやって赤の他人を育ててくれる人たちがいる世界なら、まだまだ希望はあるって思います”
そう春輝の言葉で締めくくれれていた。あたしはハッとした。
家に帰ると春輝とまゆりんが会いに来てくれた。相変わらず汚部屋で申し訳ないと今は思う。
「クララ、少しは部屋を片付けろ。こんな部屋にいたら死ぬぞ」
「まあまあ。クララちゃんは忙しいんだよね」
「そう。多忙すぎて片付けができない。春輝がたまに来て片付けて」
「……俺はお前の召使じゃないぞ」
そう言いつつ、春輝とまゆりんは片付けと掃除をしてくれる。今日はあたしも掃除をしたいと思ったから、三人で分担で片付ける。そしてようやく座る場所を確保して、本題に入る。
「学校ではみんな同情してるみたいだよ。クララちゃんと春輝は過酷な子ども時代を送っていたって」
「ん。だが、後戻りはできないぞ」
「分かってる。でも、パパに言われたんだ」
「吹雪さんに?」
「うん。そういう生まれたときの情報とかは調べればすぐに分かるって。だからいつかは絶対にバレるって」
だから、遅かれ早かれ露見するはずだったから仕方がない。あたしはそういう星の下に生まれてしまったのだから。他の人みたいなちゃんとした家庭で生まれてはいない。
「クララは不満か?」
「え?」
「吹雪さんに育てられて不満か?」
「まさか。むしろ感謝してる」
今日、改めて気付かされた。あたしは恵まれている。
「辛いこととか、未だに傷は残っているかもしれないが、お前には味方がたくさんいるだろ」
「……うん。春輝ありがと」
「いや、俺は別に。礼を言われることはなにも」
「それと、まゆりんごめん」
「わたし?」
「うん。あたし少しだけ嫉妬してた。まゆりんみたいなちゃんとした家庭に生まれて、幸せに育った子だから、春輝が好きになったのかなって。きっとあたしよりも幸せなんだって」
「……うん」
「でも考えてみたら……あたしね、幸せだった。何不自由なく育って、不満なんてなかったんだ。でも、ないものねだりして、まゆりんに嫉妬してた。自分の育った環境のせいにして」
もしかしたら、パパもそんなあたしを見抜いていたのかもしれない。もっと強くならなきゃ。
それから一週間が過ぎて、ドラマの中のあたしの役はクランクインを迎えた。不気味なほどにあたしのスキャンダルは忘れ去られていて、あたしの過去のほうに注視しているような状況だった。ワイドショーにまで取り上げられる事態になっていて、正直少し生きにくい。でも、あたしは以前のあたしじゃない。今はそれもどうでもいいって思えるほど強くなった……と思う。
久々に学校に登校すると、以前よりも入待ちと出待ちは少なくなった。その代わり、
「クララちゃん、学校に来られなかったときのノート作っておいたよ」
「今までごめん。クラスメイトとしてよろしくね」
「あ、春輝先輩のこと紹介してほしいっす」
「お前はちゃっかり、クララちゃんになにお願いしてんだよっ!」
意外にも受け入れてもらえていた。春輝、あたしやってみる。自分から心を開かなきゃ、誰からも受け入れてくれないんだよね?
「ありがと。あの、みんな聞いて。あたしもみんなに言いたいことがあるの」
あたしが電子黒板の前に立つとみんなが注目してくれる。息を大きく吸った。肺に空気が満たされる。その空気がすごく清らかで気持ちがいい。なんだか世界が明るく見える。
「みんな、あたしと友だちになってください。あたしはみんなも知ってのとおりで、最悪な過去があります。でも、多分、性格とかは歪んでいません。サイコパスとかでもありません。血を見るのが苦手ってだけで、あとは普通です」
クラス中がシーンとなる。それまでザワザワしていた空気が張り詰めて、男子も女子もあたしに釘付けになった。廊下にいたみんなもクラスに入ってきて、その中に春輝とまゆりんの姿も確認できた。きっと心配で見に来てくれたんだ。なんだか嬉しいな。
「あたしは夢を掴むためにモデルになって、インスタで有名になって、それで駆け抜けてきましたが、心はみんなと同じ……同じ単なる女子高生です。生まれは複雑だけど、誰かを好きになって、甘いものが好きで、流行りを追いかけて遊びに行きたい。そんなみんなと同じ単なる女子高生です。特別なことはなにもなくて、少しだけ仕事をしているけど、それでもみんなと同じ高校生です」
今まであたしは自分をさらけ出せなかった。いつも自分を偽って生きて。壁を高く築いて。自分が有名人だから囲まれるのが嫌だとか、生まれが普通じゃないから蔑まれるとか。そんな言い訳ばかりをして。そんなあたしだったから、心を許せる友達もいなかったし誰も相手にしてくれなかった。
結局は自分のせいだ。
「だから、あたしと……友達になってください」
拍手がなった。誰がしたのだろうと見ていたら、クラスメイトの一人だった。つられるようにみんなが拍手をしてくれて、
「なろうよ。クララちゃん。友達に」
「水くせーよ。うちらならすぐになれるって。友達に」
「お願いされたからには友達になるしかないって」
「っていうか、血を見るのが得意なやつっている?」
みんなフランクに接してくれた。これまでみたいに、ガラスの壁の向こう側の特異なものを見るような接し方ではなく、ちゃんと人として接してくれる。そんな気がした。みんなちゃんと話せば言葉は返ってくるし、あたしを一人の人間として見てくれる。
昼休みはみんなと一緒に教室でご飯を食べて、久々に笑った気がする。あたしは撮影の裏側とかを話したり、女子たちが噂話に花を咲かせるのを嬉々として聞いたり。学校であの人がかっこいいとか。誰々が可愛いとか。他愛もない話をして。
学校がこんなに楽しいなんて思わなかった。
放課後は駅までみんなと歩いて。街行く人たちの視線が鋭い気がしたけど、クラスメイトのみんながガードしてくれた。駅で別れて、あたしは車に乗り込み、そのまま撮影と向かった。
春輝にラインをする。
クララ>色々とありがとう
並木春輝>別に。あとは自分でがんばれ
クララ>まゆっちにもよろしく
並木春輝>となりにいる。伝えとく
やっぱり春輝のことが好き。ますます好きになったけど、まゆっちには敵いそうにない。もし、あたしがまゆりんの立場なら、今回の暴露の件は止めていたと思う。だって、春輝にとってなんの良いこともない。まゆりんは春輝の彼女なんだから、自分も巻き込まれるかもしれない。そんな不安もあったはずなのに。
春輝のすべてを信じるって言って、背中を押したって聞いた。
まゆっちは……やっぱり春輝のとなりにいるべくしているんだ。
そう思い知らされた。
あたしの完敗だ。
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