#57 バスケットボール@信じること
クララちゃんは学校を休んでいるらしく、いなければいないで平和な日常が過ぎていく。一年生のクラスに人だかりができることもなければ、入待ちも出待ちもなくて、クララちゃん転校前の条島高校に戻りつつあった。
でも、わたしも春輝と同じでモヤモヤする。
「
「あ〜。相手は一般人だっけ。あんなに有名人なら芸能人の相手くらいいてもいいのに」
「ちげーだろ。芸能人の彼氏もいて、一般人の愛人もいるってことじゃん?」
「いいな〜〜〜俺もクララちゃんだきてー」
「童顔のくせにあのスタイルだもんな。やりてーーーっ」
昇降口で男子生徒がそんな話をしていた。男子だけではなく、女子も似たり寄ったりの会話をしている。あの記事が出て以降そんな噂が蔓延っていて、クララちゃんの評価はかなり落ちてしまった。となりを歩く春輝はまったく顔に出さずにいつもどおりの様子。はらわたが煮えくり返ってもおかしくない状況だと思うけど、平然として(おそらく内心は怒っている)、なんだか嵐の前の静けさのような雰囲気。いや、目つきが違う。やっぱり春輝は怒っているんだ。
「春輝」
「ん」
春輝の手を恋人握りして、わたしは落ち着かせるように指の腹で春輝の手の甲を撫でる。これでわたしの気持ちが伝わるのもすごいと思う。春輝は、「大丈夫だ」と言って昇降口の生徒に突っかかることなく、大人な態度を徹してやりすごした。
春輝とわたしはクララちゃんとなんらかの関係があることに気を使ってなのか、クラスの中ではクララちゃんの話は一切聞かない。ただ、このままだとクララちゃんはなかなか登校できないだろうなと思う。ドラマには出演をしているけど、不思議とバラエティ番組では見なくなった(そもそもテレビをあまり見ないけど、クララちゃんの出演だけはチェックしている)。
今日の体育はバスケで、春輝は少し荒れていた。荒れていたと言ってもラフプレーをするわけでも暴言を吐くわけでもなく、ただ一人無双状態でゴールを決め続けている。おそらく、これまでの体育の授業は手を抜いていたのだと思う。バスケ部相手でもまったく怯みもせずに、それどころかバスケ部のエースがまったく相手にならないほどのプレーを見せつけている。女子からの声援も大きい。
「はるき〜〜〜〜〜ッ!!」
「いけ〜〜〜〜はるきぃぃぃ〜〜〜」
春輝はわたしの彼氏なのに。ずるい。
今まで“並木”とか呼んでいたくせに、この期に及んで“春輝”なんて軽々しく呼ばないで。なんて口に出せるわけもなく。見て見ぬふりしかできない。いちいち怒っていたらわたしの心が狭いことがバレちゃう。彼氏がモテると心労が募る。さすがにもう慣れたけど。
「並木、てめえ実力隠してたな」
「ん。別に」
「バスケ部入れよ」
「今さらだろ」
「来年の総体は間に合うだろ」
「遠慮しておく」
となりのクラスのバスケ部の男子とそんな会話をしながら、春輝がコートの外に出てきた。そのままみんなの輪に混ざろうとせずに、一人体育館の隅に座って膝を抱えている。きっと考えていることはクララちゃんの件だと思う。声を掛けてあげたいけど、わたしも試合があるからそばに居てあげられない。歯がゆいなぁ。
「なあ、霧島」
「ああ、優愛ちゃん」
となりのクラスの宮崎優愛ちゃんが声を掛けてきた。最近はよく話しかけてきてくれる。見た目と口調は少し怖いけど、中身は真っすぐで良い人なのが分かった。
「並木どうしたんだ?」
「ちょっといろいろあるみたいで」
「西谷鞍楽のことか?」
「うーん。どうなんだろ。分かんない」
正直に答えるわけにもいかないから、ここはお茶を濁す。
「お前らが西谷とどういう関係か知らないが、あたしはくだらないと思ってる」
「くだらない?」
「別に西谷だって同じ女子高生だろ。お前らと同じようにカレカノの関係があったっておかしくねーだろ」
「うん。そうだね」
「だから、ネットで変な書き込みするやつが頭悪いんだ」
「……そうかもね」
「だから、噂なんて気にすんじゃねえ、って西谷に言っておけ」
「うん。会う機会があったら伝えておくね」
「それと」
優愛ちゃんは飛んできたバスケットボールを受け止めて、コート内に投げ返した。そして改まった様子でわたしに一歩近づく。距離が近いけど、きっと周りの人たちに聞かれたくないからなのだと悟った。
「莉子とは仲直りした。今度ちゃんと謝らせるからな」
「あー。その件は大丈夫」
「なにが?」
「もう謝ってもらったんだ。前にばったり会ったことがあって」
「そうか。じゃあ、また試合でな」
「うん」
優愛ちゃんはそう言って、自分のクラスのチームに戻っていった。優愛ちゃんはテンションの高い陽キャではない(どちらかというと静かで少し怖い)ものの、クラスの中では一目置かれる存在らしい。静かなるクラスのリーダーって感じ。
昼休みになって、いつものように屋上の廃プールで春輝と一緒に昼食を食べることに。やっぱり春輝は考え事をしているようで元気がなかった。きっとクララちゃんのことで思い悩んでいるんだろうな。春輝のせいではないって言っても、春輝からしたら自分のせいでクララちゃんに傷がついたと思っていて、それを軌道修正できないっぽい。
「ねえ、春輝」
「ん? どうした?」
「どうしたじゃないって。それはこっちのセリフだよ?」
「ああ。悪い」
「辛かったらわたしに話して?」
「……そうだな」
「クララちゃんのことなんでしょ?」
まったく手を付けていないお弁当を横の椅子に置いて、春輝は一つため息をついた。
「暴露しようと思う」
「暴露ってなにを?」
「俺とクララの関係。それで、あのとき一緒にいたのは俺だってことを言おうと思ってる」
「……そうなると春輝も大変じゃないの?」
「だろうな。記者に追われるかもしれないし、俺もクララ自身も普通の環境で育ってないことが露見する。それに麻友菜に迷惑を掛けるかもしれない。それに、それをして事態がどう転ぶか予想がつかない」
「怖い?」
「ん。少しな」
「春輝」
「ん?」
わたしもお弁当を置いて、春輝の手を握った。わたしには励ますことと、春輝を信じ切ることしかできない。
「クララちゃんのことを守れるのは春輝しかいないんでしょ?」
「そうだな。連日ネットの書き込みが過激になってるし、クララはそれくらいでめげるようなヤツでもない。だが、心は確実にすり減る。強いとか弱いとか関係ない。誰でも嫌なものは嫌だろ。それを止められるのは当事者の俺しかいない」
「それならわたしは大丈夫。気にせず、春輝の思うようにやって。いざとなったら、春輝がわたしのこと守ってくれるんでしょ?」
「それは、もちろん全力で守る」
「なら安心だね」
あのとき一緒にいたのが自分だとバラして、春輝とクララちゃんが幼馴染で、兄妹のような関係だと話せば火に油を注ぐことになるかもしれない。義兄と義妹と言っても実際のところは赤の他人だし信憑性にも欠ける話と取られる可能性もある。でも、春輝にはなにか考えがあって、そうしたほうがいいって判断したのなら、わたしはそれを信じるのみ。
「うん。わたしはいつでも、いつまでも春輝の味方だから」
「ん。ありがとうな」
「ううん。春輝を信じるよ」
クララちゃんが今、どこでなにを思っているのか分からないけれど、きっと救いの手を待っているはず。だって、ネットであんなにひどいことを書き込まれていて、傷つかない人なんていないと思う。わたしは当事者じゃないからあまり口出しできないけど、春輝が苦しいならわたしも苦しい。
「麻友菜、ごめんな」
「えっ?」
「本当は麻友菜のことだけ考えていたいんだが」
「だからそれは大丈夫だよ。それに、わたしが辛いときに春輝は助けてくれたから。だからこうして笑っていられるんだもん」
少し暗い話題が重かったのか、それともわたしに気を使ったのか春輝は、
「なあ、そういえば今年は参加しようと思う」
「なにに?」
「クリスマスパーティー」
「あ〜〜〜。わたしも誘おうと思ってた」
条島高校では毎年クリスマスイブの前日の十二月二三日の日にクリスマスパーティーが行われる。この日は終業式のため学校が午前中で終わり、午後から準備をして夜にはクリスマスパーティーが行われる。生徒会主催で完全に生徒の自主企画となっているが、文化祭同様に生徒の協調性とプランニング、それから予算管理などの勉強になるために主催を後援してくれている。
「去年は行かなかったんだよね?」
「ん。行く相手もいなかったしな。麻友菜は?」
「ミホルラとね」
女子同士、男子同士で出ても構わないけど、必ずペアにならなければいけない。これが参加の条件になっている。
「じゃあ、今年は俺と一緒に行ってくれるか?」
「もちろん。こちらこそよろしくお願いします」
「去年はどんな雰囲気だったんだ?」
「あー……」
去年はミホルラと二人で行ったからか、当時の三年生と二年生の男子数人にナンパをされたのと、なぜか一週間前から色々な人にひっきりなしに呼び出されて告白をされて、散々な目に遭った記憶しかない。だからクリパの内容がどんな感じだったのか思い出せないし、ゆっくりしていられなかったから全然楽しくなかった。今年は春輝が守ってくれるから、ゆっくり楽しめそう。
「それが、色々あってあんまり覚えていないかも」
「ん。そうか。なら今年は楽しめるといいな」
「春輝と一緒なら絶対に楽しいよ」
やっぱり明るい話題になると幸せな気分になるし、わたし達のいつもの日常に戻ったみたいで嬉しい。わたしは調子に乗って、春輝の膝の上に跨って座る。ちょっとはしたないけど、春輝以外に誰もいないしいいよね。
「麻友菜、弁当食べないと時間ないぞ」
「うん。でも、少しだけこうしてクンクンしたい」
「ん。分かった。少しだけだぞ」
春輝の手がわたしの背中に置かれて、わたしも春輝を抱きしめる。十一月も下旬になるとかなり寒くて上着を着ていても冷気を防げなかった。でも、こうして抱き合っていると暖かくて気持ちいい。
「麻友菜、俺と付き合ってくれてありがとうな」
「……なにをいまさら?」
「この前、吹雪さんと話していてよく分かったんだ。俺は恵まれているって」
「どういうこと?」
「普通ならもっと蔑んだ目で見られてもおかしくないだろ」
「? そうなの?」
「ん。血の繋がった両親はいなくて、母親は水商売で父親代わりの人はヤクザだからな」
「それってダメなことなの?」
「……麻友菜はなんとも思わないのか?」
「だって、秋子さんも吹雪さんも良い人じゃん」
水商売だってちゃんとした仕事だし、需要と供給でなりたっているんだから誰からも文句を言われる筋合いはないと思う。法律に抵触しているわけでもないから、悪いことなんてしていない上になんで蔑まなくちゃいけないのか分からない。
ヤクザがどうとかわたしには分からない。もしかしたら怖い人なのかもしれない。でも、わたしには優しいし、現に春輝をこんなかっこよくて優しく、立派な人間に育ててくれた人だから悪い方向には考えたくない。
それに。
「春輝自身のことが好きで付き合っているんだもん。秋子さんとか吹雪さんは関係ないよ」
「だが、もし……将来、ちゃんとするときのことを考えたら、」
「だからわたしは関係ないって」
そのコンプレックスがあるから、勉強も運動も、料理も……すべてのことに必死に努力してきた春輝を見ている。そんな春輝のことを馬鹿にしたくない。その努力自体がわたしに対する愛の結晶——なんて言ったらちょっと臭いけど。でも、わたしはそんな春輝だからこそ好きになった。
大好きになった。
きっとクララちゃんも。
「春輝は春輝でしょ。わたしはそんな春輝もすべてひっくるめて好きなの」
「ん。麻友菜がこの世界にいてくれて良かった」
「なにそれ。ちょっと笑わさないで」
大事な話をしているのに笑わせてくるなんてひどい。ツボに入ってしまってお腹が痛い。この世界じゃない世界にも春輝が行ったことあるみたいじゃん。異世界出身ですってその真顔で言われたら死ぬほど笑うーーーーッ!!
わたしが笑っていたら、春輝もつられて笑ってくれた。やっぱり春輝の笑顔が好き。
「あーー笑った。面白いこと言わないで」
「どこがツボなのか、そこだけが未だに分からないな」
「えー?」
「でも、ありがとうな。なんだか楽になった」
「うん」
そしてもう一度抱きしめて、春輝の匂いで満たされて幸せな気分になったところで昼休みが終わり、昼食を食べそこねた。
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