#55 お粥@スキャンダル




学校に行きながら仕事を続けること十日間。今までの芸能科での活動とは違って、なかなかハードなスケジュールを送っている。



毎日春輝の姿を見ることができるのは幸せだし、こんなに毎日話せるのも久々で嬉しい。



今、春輝がどこでなにをしているのか。春輝がどこの誰と付き合おうが、最終的にあたしのところに戻ってきてくれればいいって宣言したこともあったけど、そう言わざるを得ないじゃん。だって、キーキー騒いだら余計に春輝に嫌われるだろうし、これまで何回も告白をしてきたけど、ことごとく砕けてきたんだから、よっぽど策を練らないと無理だと思う。



春輝がまゆりんと付き合ったのは、きっとまゆりんが特別ななにかを持っているからだと思う。単に優しいとか、可愛いとか、美人だとか、そういう端的な理由だけではないはずだ。もっと違う何かを持っていて、それに当てられた春輝がまゆりんに落ちたんだから、あたしもそれを知る必要がある。他人の長所を吸収して成長するのがてっとり早いし、タイパ(タイムパフォーマンス)とコスパの面から考えても最適だと思う。



だけど、まゆりんといくら話しても、遊んでも、それが分からない。春輝はまゆりんのどこに惚れたというのか。



「クララさん、本番一分前でーす」

「は~~~い」



今日も番宣でクイズをやらされている。本気でやれば全問正解できるけど、馬鹿なフリをしろってプロデューサーに言われている。本当にくだらない。



二一時に撮影を終えて、家に帰る頃にはすでに二二時を超えていた。疲れた体をベッドに落とす。気づけば部屋を掃除する暇も気力もなく、ただゴミだけが散乱していく。インスタも更新しなきゃだし、台本も覚えなくちゃいけない。それに、学校の勉強も進めないと進級できなくなってしまう。もうすぐ中間テストの時期だから、せめてテストだけでもなんとかしないと。



なんて考えているうちに意識が朦朧として、夢か現実か分からないまま、世界が闇に覆われていく。



ふと目を覚ますと朝日が窓から降り注いでいた。やばっ!!



「はッ!? 一〇時!?」



今日の撮影は九時ちょうどからだったはず。スマホを確認すると、



ジャーマネ>クララどこ?

不在着信。

ジャーマネ>電話でなさい

不在着信。不在着信。不在着信。

ジャーマネ>どうしたの?撮影はじまる。

不在着信。不在着信。不在着信。



急がないと、と思ってベッドから降りようと床に足をつけた瞬間、膝が折れて脚に力が入らずに崩れてしまった。



「なんで……こんな」



どこかが悪いとかではないと思うけど、極度の疲労感があって身体がだるい。もしかしたら風邪を引いたのかもしれない。まったくこんなときに。マネージャーに電話をすれば怒られそう。今まで遅刻なんてしたこと一度もないし、現場にだけは迷惑をかけないようにしてきた。それなのに。



ガチャっと玄関の鍵の開く音がした。あたしの部屋の合鍵を持っている人は二人しかいない。一人はパパ。そしてもう一人は。



「どうした? 具合でも悪いのか?」

「春輝……どうして?」

「吹雪さんから連絡があったんだ。クララが現場に来ないってマネージャーから電話があったってな」

「ああ、ごめん」

「俺に謝られても。吹雪さん心配してたぞ」

「なんでパパは来ないの?」

「マカオに行ってるんだから来るわけないだろ」

「ああ、そっか」



パパが海外に行っていることすら知らなかった。そこまで時間にも心にも余裕がなかったことははじめてだ。それでも心配して、春輝を寄越してくれた。あたしを心配してくれたんだ。嬉しいな。え、でも、それだと……。



「春輝、学校は?」

「学校よりもクララのほうが大事だからな。部屋で死んでるかもなんて思ったら勉強どころじゃないだろ、普通」

「いつも、あたしのことなんてどうでもいいとか思ってるじゃんか」

「平常時ならどうでもいい。クララがどこでなにをしてようが勝手だろ。だが、連絡がつかないとなったら話は別だ」



あたしは春輝にまで迷惑をかけてしまったんだ。プロとして失格だ。それに一度被ってしまった汚名は、そそぐまでに時間がかかる。最悪、一生残ることも考えられる。それほどまでにあたしのいる世界は過酷で、残酷で、心無い人たちで溢れかえっている。まゆりんが足を踏み入れることを拒否したのは、ある意味正解かもしれないな。



「顔色も悪いし、その様子だと病院は確定だろうな」

「それはダメだ。撮影に行かなきゃ」

「俺の方から吹雪さんには連絡しておく。あとはなんとかしてくれるだろ」

「そんなわけないじゃんって。あたし一人のせいでどれほどの人に迷惑がかかるか」

「ここでクララが倒れたら、それこそもっと多くの人に迷惑かかるだろ。それに、そんな状態で撮影なんてできるのか。昨日、帰ってきてから着替えてもないし、メイクすら落としてないだろ」

「……そうだけど」

「いいから。俺の言う事を聞け。俺はお前の兄だ。義兄だとしても兄に変わりない。お前の身体のほうが絶対に大事だ」

「……イヤだ」

「イヤじゃない」

「だって、あと少しなのに」

「なにが?」

「夢を掴むまで」

「……諦めるな。なんて簡単なことは言わないが、ここで身体を壊したら一生後悔する。夢よりも身体のほうが絶対的に大事だ」



春輝はそう言って、あたしをお姫様だっこして玄関に向かう。



「ちょっと、どこに行くの?」

「病院だ。ミーくんとヤマさん待たせてるからな」

「行かないって」

「強情だな」

「だって、」

「お前は俺の家族だ。撮影なんて行かせられないからな」

「……家族、か」



家族じゃなければよかった。そうじゃなければ、春輝と恋人になって、まゆりんのように春輝のとなりで支えて、冗談言って笑って、仲良く買い物とか行って。学校では楽しくお昼を食べて、もっと幸せだったかもしれないのに。もし春輝と付き合えるなら、夢なんていらなかった。春輝が『夢を見ているクララは可愛いな』なんて言うから。



「バカッ!!」

「なんで怒られる? 病院に行くのは当たり前だろ」

「違うし」



さすがにお姫様抱っこをされたままではまずい。春輝に支えられながら足で立ってマンションの正門から出たときに強烈な違和感を覚えた。



向かいのマンションの外廊下に望遠レンズを持った男が立っている。おそらくもう撮られた後だ。いまさらどうしようもない。



「春輝、向かいのあそこに記者がいたかも」

「……まずかったか?」

「ごめん。あたしが迂闊だった」

「あとから考えるとして、とにかく今は一刻も早く病院だろ」

「どうしよう。春輝まで迷惑かかるじゃん」

「だから今はどうでもいい。それよりも、はやく車に乗れ」



急激に悪寒がしてきて震えが止まらない。熱があるのか、鳥肌が全身に浮き立つ。春輝はそんなあたしに気づいたのか、上着を脱いで掛けてくれた。こうやってまゆりんにはいつも優しくしているのかと思うと複雑な気持ちになる。



病院に着くと、すぐに診てもらえることになった。大きな病気が見つかったらどうしようとか考えていたけど、診断の結果は単なる過労。睡眠不足と栄養が足りていないことが原因だから点滴をすることになった。ミーくんとヤマさんは仕事があるからと帰ったけど、春輝は点滴の間付き添ってくれるらしい。



「まゆりんが嫉妬するんじゃないの?」

「麻友菜には言ってある。クララちゃんに付き添ってあげてってライン返ってきたぞ」

「信用されているってことか」

「妹の病院付き添いで嫉妬するなんてありえないだろ」

「それは、春輝の言葉として?」

「いや。麻友菜ならそう言うと思う」



一応検査はするが、おそらく入院までの必要はないと医師が言ったことは幸いだったけど、しばらく安静にして身体を休まなくてはならない。医師からはそんな指示がくだされた。春輝もそれを聞いていて、



「医者の言葉は絶対だからな。当分仕事は禁止だ」



と念を押されてしまった。一通りの検査を終えて(やはり大きな病気は見つからなかった)点滴をし、家に帰るとすでに夕方近くて、撮影はどうなったのかと思うと罪悪感を覚える。それから、まゆりんもうちに来てくれて、春輝と二人で部屋の掃除をしてくれた。



「お前、少しは掃除くらいしろよ」

「まあまあ。忙しかったんだよね。仕方ないよ」

「だが、食べた菓子パンのゴミくらいゴミ箱に捨てられるだろ」

「クララちゃん、食欲はある?」

「ない。あたしはいいから、二人とも無理しなくていい」



すっかりキレイになった部屋で、今度は二人肩を並べてキッチンで料理をしてくれる。



春輝がまゆりんに見せる顔は、あたしも見たことのない優しい顔だった。



あたしを看病してくれるつもりが、心をえぐっていることに二人は気づいていない。あたしがどれほどまでに、春輝のその顔が欲しかったのか。まゆりんはきっと知らないだろうな。



「クララちゃん出来上がったよ~~~わたし達の特製おかゆだから」

「ああ、ありがと」

「ん。とにかく栄養をつけないとな」



スマホが鳴った。マネージャーからだった。内容は、予想通りのもの。



「やっぱりな」

「ん? どうかしたか?」

「どうかしたかじゃないって」



マネージャーからのラインに添付されていたのは、明日発行予定の週刊誌の電子版の記事だった。内容は、



“西谷鞍楽、イケメン一般男性と愛の巣から外出へ”



「やられたね」

「……今日、病院に行くときに撮られたってこと? 春輝、これって……」

「今朝のか。俺はどうでもいいが……クララは」

「こうなったらなるようにしかならないって。仕方ないよ」

「悪い。俺のせいだ」

「春輝のせいじゃない。すべてあたしのせい。あたしがへこたれたから」



春輝はあたしのためにしてくれたことなんだから、そこに責任転嫁なんてしている場合じゃない。



「まゆりんも……ごめん」

「ううん。春輝には悪いけど仕方ないよ。それよりもこれだとクララちゃんが」

「あたしは大丈夫。別に結婚しているわけでもないし、不倫じゃないから。これを機に既成事実作ってもいいし」

「……そんなことが言えるなら大丈夫だな」



だけど、これでデジタルタトゥーは残ってしまう。西谷鞍楽にしたにくららには彼氏がいたことがある。そこから飛躍して男好きだとか、セックスが大好きな女だとか。色んなことがネットで飛び交って、あたしは死んでいくんだろうなって思うとやるせなくなる。



「だって、あたしはあの山崎吹雪の娘だから。少しくらいじゃなんともならない」

「……クララ、無理はするなよ」

「ああ、心配しないで。あたしはへーき」

「クララちゃん、力になれなくてごめんね」

「まゆりんもありがと。あたしは大丈夫。おかゆいただく」



春輝(と、まゆりん)が作った料理がおいしくないわけがない。なのに、それなのに。



味が全くしない。それに……おかしいな。



なんで。なんでこんなに、目から。



こんなに涙が溢れてくるんだろう。

おかしいな。どこで狂っちゃったのかな。あたしがんばったのに。いつもそうだ。

がんばっても、なにをしても報われなくて。



春輝に好きになってもらいたくてがんばったのに。

夢を掴むために無我夢中で仕事をしたのに。



「クララちゃん……」

「麻友菜……いい。一人にしてやろう」



春輝とまゆりんが部屋を出ていった後も、あたしは一人部屋の中でみじめな自分を嘲笑しながらおかゆを胃に押し込んだ。






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