#54 海賊パスタ&ナポリタン@クララの夢


今日は久々にデートの日。



紅葉を見ながら写真を撮りに行こうなんて、インドア派の春輝からは想像もつかないような提案を受けて、電車に乗ってやってきたのは紅葉と吊り橋が有名な渓谷だった。大自然の中、空気が美味しい。



インドア派といっても写真を撮るときだけは動きが活発なんだよね。夏はプールにも行ったし、グランピング旅行もした。どの写真もアイフォンの中で大切な思い出として残されている。季節が移り変わるごとに作品は増えていき、やがて春輝との幸せな色でアイフォンの中が染まっていく。それがすごく嬉しい。



「思っていたよりも寒いな」

「うん。東京とは違うね。この冷気はもはや冬だもん。もっと厚着してくればよかったなぁ〜〜」

「だろうな。そう思ってナイロンパーカー持ってきたが着るか?」

「春輝は着ないの?」

「麻友菜が寒いって言ったら出そうと思ってた。おれは十分に厚着しているから大丈夫だ」

「わたしのために用意してくれたってこと?」

「ん。もし予想が外れたらリュックに入れておけばいいしな」

「ありがとう〜〜〜。祝。ダメ人間製造機復活だね」

「それは喜んでいいのか」



渓谷に行くっていうからアウトドアらしく動きやすい服装で来たけれど、さすがにスウェット一枚では寒すぎた。まさか気温が一桁台だとは思ってもみなかった。春輝の持ってきてくれたナイロンパーカーはかなり高性能らしく、風を通さない上に保湿してくれるからかなり温かい。



麻友菜ファーストな春輝がやっぱり好き。大好きすぎてやばい。夏の頃よりも気持ちが大きくなっていて、好きが止まらなくなる。



「やっぱり春輝は春輝だね。責任取ってね?」

「……なんの責任なのか分からないと、答えようがないが」

「わたしをこんなにダメ人間にしてってこと」

「ん。責任は取ってやるけど、俺も同じだぞ? 麻友菜にも責任取ってもらう必要があるな」

「わたしはもう春輝から一生離れないから別にいいよ? 責任なんていくらでも取ってあげるよ」



春輝はそう言ってわたしの手を握った。春輝の手が暖かくて気持ちいい。



「そういえば、麻友菜が旅行に行っている間にクララがうちに来たんだが、ローションの件バレたぞ」

「……クララちゃんが来たの? 撮影で忙しいんじゃなかった?」

「ん。ドラマの撮影の合間に来たとか言っていたな。しっかりとローションが減っていることを把握していて焦ったぞ」

「え……。えっちなことしたのバレちゃったのかな」

「一応誤魔化したが」



えっちなことと言っても、二人でお風呂に入って試しに使ってみようってやってみただけなんだけど。ネチョネチョしていて不思議な感じで楽しかった。もちろんえっちはしていない。いや……したかも。えっちはしていないけど、春輝の欲求を解消するようなことはした。



「帰ったら隠し場所変えないとね。安易すぎたかな……」

「ん。だな」



広い駐車場から真っ直ぐ進むと渓谷が見えてきた。左右に滝が二つあって、風光明媚な景色が広がっている。もちろん観光客も多いけど、大混雑の新宿駅に比べれば一〇〇分の一もいないと思う。写真を撮るくらいなら簡単そうだ。



「麻友菜、そこの足場に乗れるか?」

「うん。やってみ、うわぁぁぁ〜〜〜」



川に浮かぶ石をみんなアクションゲームのように踏んで飛び越えていたから、わたしもやってみたら、グラッと石が動いて転落しそうになった。どうやら運が悪かったみたい。でも、春輝がしっかりとわたしの腕を支えてくれて間一髪のところで岸に戻る。そのまま春輝に抱きつき、春輝の匂いを嗅いだ。いつもどおりの良い匂いに酔いしれる。



「あ~~~なんか幸せ」

「なにがだ?」

「マイナスイオンと春輝エキスの香り」

「ん。今日もサキュバスなのか?」

「そうだよ。隙あれば春輝エキス吸っちゃうんだから」

「さすが平安時代生まれだな」



そんな冗談を言いながら撮影スポットを探す。滝の方に近づくと真っ赤で燃えるような紅葉が視界に映る。風に揺れてざわざわと音を立てていた。



「大自然の紅葉は大きいな」

「うん。すごい」



そして、滝の飛沫に太陽の光があたって、葉脈がキラキラしていた。本当にキレイ。春輝は紅葉を見上げるわたしにレンズを向けて、なにも言わずにシャッターを切っている。その顔を見るかぎり良い写真が撮れたんだと思う。そんな顔の春輝も好きだから、わたしもすかさずスマホを取り出してパシャリ。後ろから光の差す神々しい春輝の写真が撮れた。



「そういえば、クララちゃんのドラマって春輝はチェックしてるの?」

「ああ。してない」

「妹が出てるのに。わたしはちゃんと観てるよ。サブスクだけど。クララちゃんって本当にがんばってるよね。応援したくなるキャラっていうか」



クララちゃんはヒロインの友達で、ヒロインの恋人を好きになってしまうといういわゆる負けヒロインの役柄だ。ドラマの中のクララちゃんは少しヘイトを上げている感じがする。難しい立ち回りの演技が必要で、NTRを仕掛けるために人によっては嫌われてしまうような、そんな役どころ。



現実にまで飛び火しないといいけど。



「クララは昔、あるキャバ嬢に憧れていたんだ」

「へ~~~それはどんな人だったの?」

「そこのキャバクラでは、着るドレスによってランク分けされていてな」

「うんうん」

「普通のキャバ嬢は青とか緑とかのカラードレスなんだが、売上が一〇位から三位までに入るとゴールドのドレスを着ることが許される。二位になると黒。そして、一位が純白のドレスだ」

「それで競い合うみたいな感じ?」

「ん。そうだったんだろうな。だが、純白のドレスのキャバ嬢は不動の女王だった。当時、二番街で一番のキャバ嬢と言われたその人のことを、クララは母親のように慕っていたんだ」

「そうなんだ」

「それで、当時のクララはキャバ嬢になりたいって騒いでいたな」

「なんだか可愛いね」

「その夢がいつか、世界で活躍するモデルになったわけだが」

「春輝はクララちゃんを応援してる?」

「ん。俺は、その夢を後押しした立場としては応援をしている。ドラマは完結後に一気見するつもりだ」



意外だった。春輝はクララちゃんのことに対する辛辣な言葉とは裏腹に親身になっているような印象だ。もっと突き放しているのかと思っていたけど、やっぱりお兄ちゃんとしては放っておけないんだよね。クララちゃんは春輝にとって妹だから、その思いは大事にしてほしいって思う。



「俺はあいつが夢を叶えた時だけは精一杯の祝福を送るつもりだ。だからドラマでがんばっていようが、今は褒めるつもりはない」

「そっか」



それから少しだけ渓谷に沿って道を歩いていくとキャンプ場が見えてきた。キャンプ場の上に吊り橋が架かっていて、その橋の両サイドには大きな紅葉が見頃を迎えている。まるで紅葉のアーチがトンネルのようになっていて、観光客が写真を撮るのに列を作っていた。



せっかく来たからわたし達も並ぶことにして、前の人たちが撮る番になったらスマホを預かって撮ってあげることに。そうして、わたし達の番になったら今度は後ろに並んでいた人たちが撮ってくれるんだけど、



「え……もしかして、霧島麻友菜さん?」

「あ、はい」

「CM観ました~~~うわ~~~彼氏さんですか?」



少し年上の女性にそう声をかけられて、なんとなく恥ずかしい。



「ん。そうです」

「尊いですね。素敵です」

「ありがとうございますっ!」



春輝とのツーショットを撮ってもらい、吊り橋を渡って反対側に移動した。わたしが出演したのは夏限定のCMで、それ以降はインスタすら控えている状況。秋になってからは別な人がCMに出演している。



「麻友菜は一度見たら忘れられないインパクトがあるからな。しばらく麻友菜人気は続くぞ」

「……それってどういう意味?」

「そのままの意味だが。キレイで可愛いし、笑顔を見れば癒やされる」

「それは春輝だからでしょ。一般の人に当てはめちゃダメだと思う」

「そんなことない」

「どうかな~~~」



本当ならここで春輝を抱き寄せて耳元で囁きたいところだけど、さすがに人が多すぎて実行する勇気がない。



しばらく周辺の秋を満喫して、バスに乗って駅に戻ることにした。お腹が空いたから周辺でなにか美味しいお店がないかとスマホでググっていると、気になるカフェを発見。ちょうど駅に戻るバスに乗って、しばらく走ったあたりのバス停で降りると目の前らしい。春輝にサイトを見せると行ってみようと乗り気だった。



ネイキッドオータムカフェは地元民に愛される人気店らしく、店内もかなり凝った造りでインテリアはすべて昭和時代のもの。いくつものドライフラワーが吊るされていて、レトロなおもちゃやポスターで飾られる店内は控えめに言っても独特の雰囲気。レコードプレイヤーから流れる昭和のジャズがどこか懐古主義的な雰囲気で心地よい。



「いらっしゃいませ。二名様ですね。空いてるお席にどうぞ」

「朱莉、二番席のレモネードついでに持っていって」

「うん」



奥から出てきたマスターらしき人が、ウェイターさんにそう言ってレモネードを手渡していた。グラスの中の気泡が瑞々しくて、ライムとレモンの色が映えている。おいしそう。



奥の座敷の席(少し高くなっている床の間)に座って、壁を見たら充希先生の現役時代のポスターが額縁に入れられていて掛けられていた。充希先生は、わたしがコンテスト出場をしたときにダンスのレッスンを付けてくれた先生で、元々芸能人。よく見るとポスターにサインが書かれている。



「メニュー表です。当店おすすめのレモネードはいかがですか?」

「はい、じゃあ、わたしはそれで。春輝は?」

「俺も飲んでみるか」

「お二つで」

「あの、充希先生ここに来たんですか?」

「もしかして充希ちゃんの生徒さん?」

「はい。小学校の頃教えてもらいました。あと、夏に個人レッスンも」

「そうだったんだ。充希ちゃん近所なの。実は、あたし高校の頃からずっと一緒でね」

「ええええ。本当ですか?」

「うん。奇遇ね。ゆっくりしていってね」

「はい、ありがとうございますっ!」



たまたま立ち寄ったカフェで共通の知り合いに会うなんて偶然すぎる。充希先生がこのあたりに住んでいたなんて知らなかった。また会いたいな。



それから春輝とメニュー表を一緒に見て、海賊パスタとナポリタンを頼んでシェアすることにした。



「そういえば、今はあの売れっ子のクララちゃんだっけ。充希ちゃん、あの子の振り付けしてるよ」

「え?」

「クララの?」

「そう。なんでもクリスマスに歌手デビューするとかなんとか」



店員さんがさらりと爆弾発言をした。モデルから女優、そして歌手ってまるでマルチタレントのような売り出し方。確かに時の人だからそれくらい当たり前なのかもしれないけど、一気に売りすぎて、すり減ってそれでフェードアウトしそうな予感。芸能人ってそういう人がいっぱいいる気がする。いわゆる一発屋みたいな。



「取り皿いる?」

「はい、お願いします」



二つのパスタを前にして、春輝は特にクララちゃんに対する反応を見せずに、取り皿に分けてくれる。春輝はクララちゃんが活躍して、手の届かないところに行ってしまったときにどう思うのだろう。なにを感じるのか。もし、クララちゃんが春輝のもとを去るとすれば、春輝はきっと寂しいんじゃないかな。



なんて考えてしまう。



ネイキッドオータムカフェを出て、駅に戻って電車に乗った。二時間あまりの短い旅だけどなかなか楽しかった。朝出発して、夕方に帰ってくるくらいの日帰り旅行がわたし達にはちょうどいい。



駅に着いて、春輝はいつもどおりわたしを家まで送ってくれる。少し遠回りをして、小夜さんの暮らしていた施設の横の道を通って、すぐ近くのお墓に立ち寄り、小夜さんに手を合わせてから帰宅するのがルーティンになりつつある(あまり夜遅いときはさすがに無理だけど)。



翌日の月曜日に登校すると、クララちゃんはさっそく休んだようだった。その翌日も。



春輝は、そんなクララちゃんを心配する様子を見せなかったけど、内心では案じているだろうなと思う。






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