#53 モンブラン&チーズケーキ@騒がしい転校生



クリスマスカラーに染まる街並みは、いつもの雰囲気をどこかメルヘンな世界観に仕立て上げている気がする。とはいえ喧騒は止むことはない。二番街にもクリスマスはやってくる。イルミネーションに飾られた店舗や街灯。そして、サンタコスをした店員。



相変わらず人の出が多く配達に支障をきたしている。



配達中の俺たちの前を酔っ払いが道を塞ぎ、邪魔をしてくるがその都度クロさんが対処。酒に飲まれてしまった人たちに歩道を歩けと言ってもなかなか理解をしてくれない。納品に訪れた店はどこも大盛況で、今日も二番街は平和(いつも通り)だった。



納品を終えて店舗に戻ると、美少女が今日入荷したばかりの花の本数と銘柄を、納品書を見ながらチェックしていた。



「あ、おつかれさまですっ!」

「ん。検品は慣れたか?」

「うん。でもまだお花の名前で分からないのあるかも」

「どれだ?」

「このかわいいの」

「ラナンキュラスだな」

「あ、やっぱりそうなんだ。じゃあ、この納品書がおかしいんだ」

「ん。どれ」



確かにラナキュラスの納品書がなく、代わりにカトレアと書かれた納品書がある。カトレアは今日の入荷分はなかったはず。そうなると卸しのほうで間違えたか。納品書が違えば、請求される金額も違ってくるために正さなければならない。



「麻友菜、お手柄だな。よく気づいた」

「ううん。そんなことないよ」



麻友菜がこの花屋でバイトをはじめたのがちょうど先週の話。十一月になってすぐに、バイトをしたいと相談があった。その申し出を吹雪さんは快諾した。吹雪さんは、あわよくば麻友菜を芸能界に誘い込もうなどと企んでいる。だが、麻友菜にそのつもりはないらしく、この前店にふらりとやってきた吹雪さんの誘いを軽く断っていた。ちなみに、麻友菜がバイトをはじめた理由は単純に金がほしいからだと言っていた。



確かにこの時期はなにかと物入りだ。



バイトを終え、麻友菜を家に送り届けて今日一日が終わる。



そして翌日、また麻友菜と一緒に登校する。だが、今日はなにやら様子がおかしい。



「あのさ。なんだか昇降口に人多すぎじゃない?」

「……事件か」

「殺人事件?」

「人が死んでいるのはさすがにないと思うが」



この人の多さは麻友菜がCMに出演したとき以来だ。あのときは朝から麻友菜の出待ちならぬ入待ちで人が溢れて、身の危険を感じたほどだった。だが、今はそんなこともなく、多少は麻友菜ファンがいるものの、夏休み明けのような過激さはない。



「……え」

「……なにしてんだ」

「よっ! 来てやったぞ」



他校の制服を着たクララが、よりにもよって一番目立つ昇降口前で俺達を待ち構えていた。生徒がいようがお構いなしに俺と麻友菜に声を掛けてくる。そして、あろうことか、クララは俺の左腕に抱きついてきた。



「ちょっと、クララちゃん?」

「春輝、会いたかった〜〜〜」

「……クララ離れろ」



俺と麻友菜の言葉を無視して、俺の腕に顔をくっつけてくるクララにその場にいた生徒が絶叫する。



「クララ、うざい。離れろ」

「え〜〜〜だって、春輝はあたしと特別な関係でしょ」

「クララちゃん、そんなこと口にすると……」



俺に刺さる視線が痛すぎる。そうじゃなくても四天王の一人である霧島麻友菜と恋人関係にあるのに、それに加えて大人気モデルで、最近では女優としても売出中の西谷鞍楽までもが俺との関係を匂わしてくるのはさすがにまずいだろう。まるで俺が二股を掛けているように見えてしまう。



「えっと、落ち着いて。みんな。春輝の義妹なの」



さすがにこのままだとまずいと思ったのか、麻友菜がそう言ってフォローに回る。だが、騒然とした場はさらに混沌とする。



「えええええええええええええええ」

「義妹って、妹ってこと?」

「は? 脳がバグるんだけど」



正式には義妹ではない。だが、関係が複雑すぎて説明するのが面倒だから義妹ということで通したほうが楽だろうな。しかし、現実世界の、それも美少女のモデル兼女優の懐いている義妹なんて普通に考えてありえないだろう。誰がどう見ても美少女のクララが義妹で、四天王の麻友菜が彼女。



嫉妬を買うには十分だった。



クララは学年が一つ下のために一年生のクラスとなる。西谷鞍楽が転校してきたという噂でご多分に漏れずうちのクラスももちきりだった。それに俺の義妹であるということも。



「並木はさ、義妹が結婚できるって知ってる?」

「ミホルラ、直接的すぎ。普通に考えて義妹と結婚するヤツなんてそうそういないだろ」

「意外といるし」

「どこ情報で?」

「これこれ」

「ネットマンガじゃねえか。そうじゃなくて、リアルで」

「そんなの知らぬ。自分で調べろし」



砂川さんと高山がさっそく俺の前でクララの話をはじめた。麻友菜はそれを聞いて分かりやすく終始浮かない顔をしている。もちろん、俺とクララの関係を悩んでいるのではない。今朝、俺とクララの関係を暴露してしまったことに罪悪感を覚えているらしい。ここまで噂が広がってしまったのは自分のせいだと思い悩んでいるらしい。気にしていないと何度も言っているんだが。



「まゆっちも並木と結婚したら、クララちゃんが義妹になるんじゃん。あ、それで一緒にインスタに映ってたのか。俺、クララちゃん結構好きなんだよな。並木にサインお願いすればもらえる?」

「サインをもらうのに条件をつけられて不利になるから無理だ」



今度は三河だ。三河が以前からクララのファンだと話していたことは知っている。クララと関係があると知られたら面倒なことになるから黙っていたが、それが今では仇となっている。



「並木も水くせーよな。言ってくればいいのに」

「義妹と言っても、なんの関係もない赤の他人だ」

「それは嘘だろ。そうじゃなきゃ、クララちゃんはああやって並木を待ってなんかいねえだろ」

「たまたまだ」



昼休みは麻友菜と二人で逃げるように屋上プールに駆け込んだ。正直、朝からクララの件で持ち切りの話題に辟易していた。

今日も朝から弁当と作ってきたために麻友菜とシェアするつもりだったが、麻友菜はどうも食欲がないらしく、それに元気もなかった。



「どうした? 朝のことなら俺は気にしていないぞ」

「うん。本当にごめんね」

「別にいい。悪いのはすべてクララだ」

「クララちゃんなんで転校してきたんだろうね」

「ん。俺も聞いていない。勝手に転校してきてどういうつもりなんだろうな」

「前の学校でなにかあったのかな」

「さあな」



クララの考えていることはよく分からないが、いちいち気にしていたら身が持たない。それに麻友菜が気にしてもはじまらないし、麻友菜がどう行動しようとも騒ぎはしばらくの間収まらないだろう。俺たちのできることは一つだけ。



「クララとはあまり関わらないようにしたほうがいいな」

「それでいいのかな……」

「それでもクララはしつこく絡んでくるだろうからな」



時間は有限であるために、とにかく弁当を食べることに。麻友菜と俺は相変わらず食べさせ合って、弁当をシェアしている。そうしているうちにいつもの麻友菜に戻ってきた。やはり麻友菜が笑っていないと俺も気持ちが落ちていく気がする。笑顔になってよかった。



「タコさんウィンナーが神なんだけどっ!!」

「普通のウィンナーだぞ」

「絶対に普通じゃないじゃん。味付けが抜群だって」

「麻友菜」

「んっ」



咀嚼を終えたタイミングを見計らい、俺は麻友菜にキスをした。なんとなく、そうしたかった気分だった。付き合って約半年になるが、未だに麻友菜に対する熱は冷めないし、麻友菜もそれは同じだと思う。麻友菜は俺に応えるように俺の背中に手を回して抱きしめてきた。そうするのが当たり前のようにぬくもりをくれる。



「やっぱり春輝エキスは偉大だね」

「まるで人外生物のような表現だな」

「わたしサキュバスだから。夜な夜な春輝のエキス吸い取って、若さを維持してるの」

「ん。じゃあ、本当は何歳なんだ?」

「今年で一〇二三歳くらい」

「ということは、一〇〇一年生まれで、枕草子の完成と同じ時期に麻友菜は生まれたわけだな。平安時代か。平安ロマン溢れるな」

「でしょ。ほら、もうちょっとエキスくれないと満足できないんだから」



再び麻友菜とキスをする。エキスの補充はできたのかどうかは分からないが、麻友菜は満足そうな顔で両手の指を組んで伸びをした。秋と冬の中間のような空を押し上げる麻友菜が可愛くて、俺はバッグからカメラを取り出してシャッターを切る。



「今日の麻友菜もかわいいな」

「どのあたりが? 二〇〇字以内で述べよ」

「透き通る肌と宝石みたいな目。それに食べたくなる唇。優しい声。あとはそうだな。全部だな」

「それ毎日言ってるよね。嬉しいからいいけど」

「ダメ人間製造機じゃないのか」

「そろそろ“愛の言葉”を刷新しないと。耐性つきはじめちゃってるよ」

「ん。なら麻友菜の決定的にかわいいところ教えてやる」

「おっ! 聞きたい」



麻友菜を抱き寄せて、今日三回目のキスをする。



「キスしたあとのとろけそうな顔」

「もうっ! 学校でこんなことしていけないのに」

「じゃあやめるか」

「イヤ。だめだよ、やめちゃ」



そして四回目のキスは麻友菜から。それまでとは打って変わって生ぬるいキス。舌触りが気持ち良くて俺も麻友菜を求めた。麻友菜は呼吸困難になることもなく、しばらくキスをして、気づくと昼休みが終わりそうだった。



慌てて教室に戻る途中、一年生のクラスは大騒ぎになっていた。おそらくクララが原因だろうからあまり近寄らないようにして俺たちの教室に戻ることに。上級生までもがクララの教室の前にいて、一目見ようと躍起になっている姿が滑稽だ。クララといえども所詮は単なる高校生で、姿を見たところでどうにもならないし、いきなり友達になれるわけでもない。クララは媚を売らない性格で俺や麻友菜の前ではともかく、他人の前では塩対応もいいところ。



ファン離れしないのが不思議なくらいだ。



放課後になってからは、クラスメイトに捕まらないように急いで教室を出て下校をすべく昇降口を飛び出すと、



「まゆりん、ケーキ食べていこっ!」

「麻友菜先輩な?」

「いいよ。別に。クララちゃんどこのお店にする?」



ツインテールにした金髪を揺らしながら、クララは麻友菜に近づく。麻友菜も麻友菜だ。クララに付き合うことはないのに馬鹿正直にケーキ屋を検索しはじめた。



「ここのお店とかおいしそう」

「お。いいね。そこにしよーっ!!」

「でも、お店なんか入って大丈夫?」

「なにが?」

「クララちゃん有名人じゃない?」

「春輝がいれば大丈夫でしょ。ねえ、お兄様?」

「……好きにしろ」



麻友菜が行きたいなら反対はしない。なぜクララがわざわざ芸能科もない条島高校に転校してきたのか麻友菜は探りをいれるはずだ。なにか意図があるはず。もしくは、前の学校でトラブルを起こしてきたのか。後者ならば麻友菜は首を突っ込むだろう。面倒事に巻き込まれたくはないが、麻友菜がそうするなら仕方ない。



「ほら、お兄ちゃん。めんどくさそうな顔してないで行こう」



麻友菜はそう言って、俺の手首を引っ張った。



「春輝、悩みごとか? 可愛いクララ様が聞いてやる」

「別に」



一番の悩みはお前だ、と言いたかったが周りにはクララファンの生徒が多くいるために無駄口を叩くのは止めておいた。どこで揚げ足を取られるか分からない。



ケーキ屋に向かう前に背後のストーカー達を撒くことにした。方法は簡単で、事情を説明して吹雪さんの事務所の人に送迎をしてもらうのが一番だ。クララと俺のピンチだとすぐに飛んできてくれる。そして、黒服のワンボックスカーがやってくるとストーカーと化した生徒は蜘蛛の子を散らすように解散した。



「わざわざヤマさんが来てくれなくても」

「いいって。クララちゃんと春輝くんのためなら人肌脱ぐってもんよ」

「わたしまで……すみません」

「麻友菜ちゃんならいつでも迎えにくるぜ。俺、麻友菜ちゃん推しだから」

「ありがとうございます」



そしてケーキ屋の前で降ろしてもらった。本気でケーキを食べるらしく、嫌な予感しかしない。俺と麻友菜だけなら何の問題もないのだが、クララが一緒となると話は別だ。基本的にクララは登下校時に変装をしない方針らしく、客も店員もクララに釘付けになった。初日からこんな調子で大丈夫なのだろうか。



席に案内されて、麻友菜と俺が横並びに座り、クララが向かい側に腰掛けた。それぞれおケーキと紅茶をオーダーして待つ間に、麻友菜が「ねえ、クララちゃん」と口を開いた。



「なんでクララちゃんは転校してきたの?」

「スキャンダルを起こすため」

「えっ?」

「ん?」

「だからスキャンダルを起こして、幸せになるため」

「あの……言っている意味が分からないだけど」

「冗談。ただ、人並みの幸せが欲しかっただけ」

「それって……」



麻友菜は俺に視線を寄越した。



「正直に言うと、まゆりんと春輝が仲良すぎて嫉妬した」

「それだけの理由で転校するのか?」

「ダメ?」

「ダメとかそういうことじゃないだろ。お前は芸能活動がしたくて、芸能科のある学校に通っていたんだろ」

「そうだよ。でも、全然楽しくないじゃんか」

「俺と麻友菜は迷惑だからな」

「わたし達はクララちゃんが転校してきてくれることには歓迎だし、こうして一緒に帰れることは楽しいよ」

「だろ~~~?」

「だろ、じゃない。もう少し麻友菜先輩を敬え」



そんな会話をしていると店員がケーキと紅茶を運んできた。女子二人はモンブランで、俺はチーズケーキ。紅茶は全員アールグレイで、茶葉の香りを嗅ぐかぎり中の下といったところ。どうせなら紅茶にもこだわってほしかったというのが本音だ。



「でも、ちょっと騒ぎが大きいかもね。クララちゃんみたいな有名人がいきなり転校してきたら大騒ぎになっちゃうよね?」

「それは……ごめん。まゆりんに迷惑をかけるつもりはなかった」

「ん。俺は?」

「春輝は仕方ない。あたしを守って」

「断る」

「あたしは功労者だよ?」

「なにがだ?」

「まゆりんのダンスを手伝って、青空青春コンテストで上位に食い込んだじゃん。そのときのお礼くらい欲しかったな」



今さら恩着せがましくそんなことを言われても困る。そもそも、参加しないかと言ってきたのはクララだ。



「うん。優勝できたのはクララちゃんのおかげだね。その節はお世話になりました。ありがとう」

「どーいたしまして」

「それで、ケーキ屋に誘った理由は?」

「別にないよ。ただ、春輝とまゆりんと一緒にケーキを食べたかっただけだし。こういうの憧れてたんだ」

「クララちゃんは、前の学校ではこういうことしなかったの?」

「芸能科はさ、やっかみとかイジメの巣窟だからな。少しでもなにかあれば、人の足を引っ張るやつばっかりで、気の許せる友達なんてできなかったっていうのが本音」

「そっか」



それは以前にも聞いたことがある。クララは学校で素を出したことがない。まるで少し前の麻友菜のようだった。普通科のJKのように放課後に遊んで帰るようなことはできなかっただろうし、学校生活も生き地獄だと言っていた。だが、それで音を上げるようなクララではなかったはずだ。



「じゃあ、わたしといっぱい遊ぼうよ。あとは、もっと友達作って、いっぱい」

「ああ。そのつもり」



麻友菜は信じたようだが、本当に転校の理由はそれなんだろうか。

クララは嘘をつくのがうまい。伊達に二番街で生まれ育っていない。客を喜ばし、おだてて酒を飲ませて良い気分にし、沼にハマらせるキャバクラで育ったのだから当たり前だ。根性もあり、人間関係ではむしろ自分が優位に立つくらいの身の振り方はできる。吹雪さんに育てられているだけあって、人間的な強みもある。度胸も人一倍。



絶対になにか裏がある。



だが、クララの笑顔は澄んでいて、とてもそんなふうには見えなかった。






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