純白編
#52 豚しゃぶサラダ@クララの思惑
仕事が忙しくて、ようやく春輝と会えたと思ったら、なんと一ヶ月ぶり。
でも考えてみたら今までもそんなことは何回かあったし、これまでは仕方のないことだと思っていた。
今、あたしはヒロインの友達役でドラマに出演していて、ワンクールの長さは以前出演した映画(脇役だから)の比ではない。
そんな多忙な毎日の中、合間を縫って春輝に会いに来た理由は、生みの母親が亡くなったということで落ち込んでいるんじゃないかって思ったからだ。
春輝にとっての母親は間違いなく秋子さんで、生みの母親のことを恨んでいるものだと思っていたけど、会ってみたら全然そんなことはなかった。むしろ感謝の言葉を口にしていたくらいで、違和感すら覚える。あの春輝がまろやかになっているのは、多分まゆりんの影響なんだろうなって思う。なんだかな〜〜。
春輝が料理をするために脱いだアウターと一緒にペンダントが首元から飛び出してきて、あたしは偶然見てしまった。
その鎖に通されたリングを。
どう見てもペアリングの片割れで、まゆりんとお揃いなんだろうなって思ったら、急激に春輝が欲しくなった。
まゆりんが現れる前は、間違いなく春輝はあたしのモノだった。
どうせすぐに別れると思って
まゆりんが芸能界に入り多忙になって、どこかの俳優とかモデル、アイドルにナンパされて恋に落ちて、二人の仲に亀裂が入り春輝とは別れるに違いない、というあたしの算段は大きく外れてしまった。
でも本当に驚いたな。パパ(吹雪)に『まゆりんは光るものを持っている』って口添えをしたとはいえ、まさか本当にグランプリを取るなんて。あたしの言葉くらいではパパがえこひいきをするわけがない。つまり、まゆりんの実力ということになる。
確かにまゆりんは可愛いし美人だし、性格もいいし話しやすい。友達としては最高に良い奴だと思う。今は、本当に自分の姉妹みたいに仲が良い。一緒にいてすごく心地良い。でも、恋愛となるとまた違った話になる。
春輝はあたしのモノ。それは絶対。
「で。今日はなにしに来た?」
「なにって、たまに春輝に会わないとダメじゃん」
「別にダメってことはないだろ。それに今日は麻友菜がいないからな。帰れ」
「なんでまゆりんいないと帰らなくちゃいけないの?」
「麻友菜に疑われたくない」
そんなの疑われる余地なんてない。
まゆりんは、あたしと春輝の関係を義兄妹だと思っているし、バカ正直にあたしを素直な義妹だと信じてやまない。そんなあたしが春輝と二人きりになってもまゆりんはなんとも思わない。現に、『春輝と二人でデートしてくるか』とラインをしたら、『またには兄妹でいいじゃん。行っておいで』と返ってきて、あたしを信用しきっている。多分、春輝もあたしになにもしないとまゆりんは信頼しているんだろう。
「珍しいじゃんか。土曜なのにまゆりんが来ないって、どうしたの?」
「家族旅行に行った」
「へー」
「どうでもよさそうな反応だな」
「実際どうでもいいし。つまり、まゆりんはしばらく帰ってこないってこと?」
「ん。今ごろ、秋田の乳頭温泉だろうな」
十一月の二日が土曜日、三日が文化の日、そして四日は振替休日となっている。今日は十一月二日の土曜日で、本来ならまゆりんが春輝の家に泊まりに来る日。あたしはそのルールを知らないフリをして春輝の家にアポ無し訪問をしたわけだけど、どうやらあたしにも運が巡ってきたみたいだ。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。
来たぜ。あたしの時代。
「じゃあ、春輝もあたしの温泉に入る?」
「……言葉の意味が分からないんだが」
「一緒にお風呂入ってやるってこと。まゆりんとは風呂場でヤッたんでしょ?」
「してない」
「したね」
「してない」
「したったらしたの。まゆりんがしたならあたしもする。いつしたの? どんな感じ? どういうふうに楽しんだの? 気持ちよかった? ねえ、教えてよ」
「だからしてない」
「嘘じゃん。だって、棚に入っていたローションの中身減ってたし」
「……なにチェックしてんだ?」
隣の部屋の風俗嬢が置いていったものだけど、何もしていないならローションなんて減るわけがないし、春輝が一人で使うなんてことは性格的にも、生まれ育った環境的にも想像できない。つまり、使ったのはまゆりんということになる。どうせまゆりんが春輝を誘惑して、あんなことやこんなことをしたんだろうって想像するに容易い。
モヤる。
めっちゃモヤる。モヤモヤしすぎて、闇落ちしそう。
「まゆりんがしたならあたしもする。ほら、昔は一緒に入ったじゃんか」
「小学校の頃の、しかも低学年だろ」
「今と変わらないじゃん」
「全然違う」
「どう違う? 体つき? おっぱい大きくなった?」
「当たり前だろ。普通の人間は成長する」
そう。普通の人間は成長する。あたしもあの頃のあたしじゃない。出るとこは出たし、締まるところは締まった。知識も増えた。ないのは経験だけだ。春輝のために大事に取っておいたのに。
それに今のあたしは、SNSやテレビ、雑誌に露出をして多くのファンから愛されるようになった。それに、頂点を目指してそれなりに努力もしている。
「あたしって魅力がないの?」
「そうは言っていないだろ」
「ならいいじゃん。春輝の好きにしていいよ? あたしのはじめてをあげる」
「遠慮しておく」
とまあ、このやり取りも三桁に上るくらいの回数はしている。だからこそ、冗談と取られているのかもしれない。でも、あたしはいつだって本気だ。
「ほら、帰れ」
「そんなに邪険にしないでよ。その料理一人前?」
さっきからキッチンでなにかを作っている春輝の顔は真剣そのもの。料理に対する熱は尋常ではなく、あたしがキッチンに入っただけで怒るくらいだから、春輝のすべてがキッチンに詰まっていると言っても過言ではない。料理は春輝のすべてだ。
「ん。俺は大食いだからな」
「ウソばっか。男子の割に少食じゃん」
「そうかもな。仕方ない。分けてやるから食べたら帰れよ?」
「……そこまで言うなら食べてあげてもいいよ。ほら、用意したまへ」
「偉そうだな。自分でやれ。皿はどこにあるか分かるだろ」
「なんだよ。冗談の通じないヤツだな〜」
今日は豚しゃぶサラダと味噌汁、それからきんぴらごぼう。なんだかんだで春輝はあたしが来るたびに美味しいご飯を作ってくれる。
「いただきます」
豚しゃぶサラダが美味すぎ。ごまドレがよく合う。
「あのさ。そのネックレスってペアリング?」
「ん。そうだ」
「いつも身につけてるんだ?」
「まあな」
「まゆりんとお揃いってことか」
「ああ」
「春輝はさ」
「ん?」
「まゆりんのこと本気? 結婚したいとかって思ってる?」
分かりきったことを訊いてしまった。女は誰も彼も同じ顔をしているとか、恋愛なんて興味がないとか言っていた人に急に恋人ができたんだからおかしいとは思っていた。
二番街で生まれた春輝の周りには綺麗な人、可愛い子が多い。また普通の男の子なら悶絶してしまうような状況に出くわしても春輝は平然としている。そんな春輝の恋人に対するハードルはかぎりなく高いと言わざるを得ない。それをクリアしたのがまゆりんで、おそらくまゆりん以上の人は今後現れない。
それを考えると危機感を覚えてしまう。このままだと、あたしは本当に義妹で終わってしまう。それでいいのか。ずっと好きだった人がこんなにも近くにいるのに、手を伸ばせば届くくらいに、触れられる距離にいるのに遠くに行ってしまう。あたしはそれを受け入れられるのか。
「ん。そうかもな」
春輝は否定することなく、照れくさそうに答えた。こんな顔をする春輝を見たのもはじめてで、一番の衝撃だった。春輝はもうあたしの知っている春輝ではない。春輝はもうまゆりんの色に染まってしまっている。
「あたし帰る」
「言われたとおり、食べたらすぐに帰るとか、今日はやけに素直だな」
「こうしちゃいられないから」
「気をつけて帰れ」
「りょ。ありがと」
帰る足でパパの事務所に乗り込むことにした。あたしがインターホンを押すと門扉が開く。あたしのことは顔パスで通してくれる。
事務所の中には凶悪そうな顔の男がいたけど、あたしはもう慣れっこだ。そんなの気にせずにズカズカと奥の部屋に行き、扉を開く。
そして、パパに会ってあたしの希望を伝える。あたしは稼ぎ頭なんだから、少しくらいのワガママ聞いてくれるよね。だって、あたしはパパにとって可愛い娘でしょ。あたしはパパのためにやりたくもないドラマの撮影もガンバっている。
あたしは、
将来、日本のエンタメを統べる存在。
あたしはしたいようにする。
「パパ、お願いがあるの」
あたし、転校する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます