#51 親友の写真立て@廻る運命と出会い


“時間”を止められてしまった王女は、古城の塔の部屋でもう動くことはできない。



騎士となった貴族の息子は、行方不明となって国中に捜索の手が回る王女を自分も探し回った。だが、やはりどこを探してもいない。そればかりか、国中のどこを訪れても誰もおらず、不思議なことに自分以外の誰にも遭遇できなかった。それに街中をゴーストや魔物(背景にプロジェクターを当てて演出している)が跋扈ばっこしている。



時計の鐘が鳴り響き、導かれるように騎士はようやく古城にたどり着く。



春輝はセリフがない分、動きだけで演技するから難しいと思いきや、なかなか上手に立ち回っている。さすが、春輝。なんでも卒なくこなしてしまう。



そして、いよいよ古城の塔のラストシーンになる。



騎士が古城の時計の部屋にたどり着き、一度照明が落ちる。この間にわたしは袖から飛び出してステージの真ん中に横たわった。そして、スポットライトがわたしと春輝扮する騎士に当たって、ここでようやく春輝のはじめてのセリフとなる。演技だと分かっていてもドキドキしてしまう。



「そんな……姫。僕はあなたを愛しています」



そして春輝の優しい唇がわたしの唇に触れる。わたしを抱きかかえたまま春輝が慟哭すると(演技だけど)、客席から歓声が上がった。



実は土壇場で影山さんから脚本の変更があった。それは、キスをされたあと、目覚めてはいけないということ。そのほうが、より自然だと言っていた。



スポットライトの当て方が上手で、演劇部の技術担当の腕が光る。また、ステージ脇のスクリーンにはリアルタイムで撮っている映像が映し出されているはず。映像部の腕の見せどころで、一番の見せ場だと思う。



「あなたがこの世界から消えても、僕はあなたを絶対に忘れません。僕はあなたの生きた証です。もしこの世界に未練があっても悲観しないで。



まさかの春輝のアドリブだった。脚本をすべて読んだ上では違和感のないセリフとなっているけれど、明らかに、誰かに対するメッセージだろうと思う。死んでそこですべてが無に還り、愛別離苦あいべつりくとなる現世は全然優しくない。



脚本ではここでナレーションが入る予定だ。わたしはこの脚本を読んだとき、予想を裏切られて驚いた。それは。



『この瞬間、病に伏せていた騎士は鐘の音にいざなわれるようにして、天に召されました。きっと今頃、王女とは永遠の愛を誓っているのでしょう』



意味深な終わり方にモヤモヤしてしまうが、これをどう解釈するのかは観た人の主観によるところらしい。結局、王女は運命に抗えずに寝たままで夢オチ的なエンディングだったのか。それとも騎士が迎えに来て、二人で別の世界へと飛び立ったのか。



愛別離苦の現世は優しくない。けど、もしそれに救いがあるのだとしたら、きっとまたどこかで再会して、今度こそ二人ともに暮らせる世界で幸せになれるのだろう。



『そして、二人、いつまでも幸せに暮らしましたとさ』



結果的には幸せに暮らしたと断定されている。いかにも宗教的で、現世とは別の世界を重要視していた中世の世界観を捉えた物語だと影山さんは熱弁していたが、わたしもそれは納得できる。いや、むしろそうあってもらいたい。



とはいえ、あくまでも演劇の中の話だけど。



カーテンコールが沸き起こる。家族が多いために当然かもしれないけど拍手喝采の雨だった。それに呼応するように役者と演奏者、それから黒子に美術部、そして映像部、IT部とみんな一斉にステージに立って頭を下げた。こんな貴重な経験ができたのだから、やっぱり出会いは運命だなって思う。



「終わったな」

「うん。もう真っ暗だね」

「片付けまでお疲れ」

「春輝もね。あ〜〜〜楽しかったぁ〜〜〜ねね」

「なんだ?」

「あんなんじゃキス足りないからね?」

「演技だったからな」

「緊張した? みんなの前でキスしてどうだった? ねね、教えてよ」

「別に」

「別にってことはないでしょ〜〜〜。じゃあ、あとで続きして? あ、そうだ。春輝エキス忘れてないよね?」

「サキュバスか」



余韻がまだ胸の奥でうずいている。客席からの息を呑むような瞳が忘れられない。やっぱり演劇は面白い。



「姫、そろそろ帰宅しましょうか」

「あら、騎士さま。今日は一段と輝いておりますわね」

「そういう姫こそ」



騎士の立ち振舞のままの春輝は立ち上がり、わたしに手を差し伸べた。わたしはその手に引っ張られながら立ち上がる。濃厚な一日を終えて、わたし達は体育館を後にした。



体育館の入口付近には見覚えのある二人が立っていて、わたしは思わず駆け寄った。



「お父さん、お母さん?」

「お久しぶりです。弓子さん。いつも麻友菜にはお世話になっています」

「もしかして、二人ともステージ観てくれたの?」

「内緒で文化祭の麻友菜の様子を見に来ようって。そしたら、劇に麻友菜が出演するってチラシもらったから。いい席取らなくちゃってお父さん張り切っちゃってね」

「ああ。良かったぞ。麻友菜がんばったな」



今年も来てくれないと思っていたから、来てくれて嬉しい。それに文化祭が終わって、ずいぶんと経つのにこんなに遅くまでわたしを待っていてくれたなんて。



「今まで来られなくてごめんね」

「ううん。そんなことないよ。来てくれてありがとう」

「麻友菜、こちらが春輝くんかな?」

「うん。春輝だよ」

「麻友菜さんとお付き合いさせていただいております。並木春輝です」

「そうか。娘がいつも世話になってるみたいで、ありがとう。お母さん、良い子じゃないか」

「だから、言ってるでしょ。春輝くんは頭もいいし、お料理もできるし。麻友菜の成績があんなに良くなるなんて、すごいでしょ」



お父さんが春輝に会ってなんて言うのか、少し怖かったけれど、褒めてくれて安心した。お母さんもお父さんも肌寒いのに外で待っていてくれて、風邪を引かないといいけど。



「今日は一緒に帰ろう」

「ごめん。お父さん、今日は春輝と反省会したいの」

「そうか。残念だ」

「いや。麻友菜、今日は家族と帰れ」

「でも、約束してたじゃん」

「それは明日でも大丈夫だ。今はもっと優先すべきことがあるだろ」

「……うん」



春輝はそう言って、再度頭を下げて一人校門を潜っていった。



久々に家族三人で外食をして、いっぱい話をした。文化祭のことや急に演劇に出ることになったこと。それから、春輝のこと。お父さんもお母さんも笑顔で聞いてくれた。春輝のことは包み隠さず話した。すべてを知ったうえで評価してもらいたいし、二人にも春輝のことを好きになってもらいたい。



中学校の頃のわたしだったら、こんなに両親と話せなかったかもしれない。空気のような存在だったわたしのことを案じて、お父さんは条島高校に入学させてくれた。だから春輝にも出会えたし、今こうして笑顔で過ごせている。そのことにもちゃんとお礼を言うと、お父さんもお母さんも「良かった」と言ってくれた。



「本当に笑うようになったな。麻友菜にとって、春輝くんは大切な存在みたいだね」

「うんっ!」



その日は家に帰って、いつもどおり春輝とラインで通話して一日を終えた。



翌日の振替休日は春輝と一緒に小夜さんの入所する施設に赴き、面会をした。小夜さんは条島高校のステージイベントの演劇、“眠りの古城 廻る運命”のユーチューブをずっと観ているらしく、本人は、



「カンドウシマシタ」



と言っている。



SAYO>本当によく出来たストーリーですね。

まゆっち>はい! ラストは賛否あると思いますが、小夜さんは賛成派ですか?



面会を終えて、帰りの電車の中で小夜さんとラインをした。眠りの古城がよほど気に入ったらしく、また、わたしと春輝の演技も好きだと褒めてくれる。



SAYO>もちろんです。それに騎士のセリフはなかなか刺さりました。

まゆっち>はい! きっと王女と騎士は今ごろ、幸せに暮らしています



あれが春輝のアドリブだということは伏せた。言ったほうが春輝の気持ちが伝わると思う反面、そのセリフを言った春輝というくさびが小夜さんの心の深いところに刺さってしまって、抜けなくなりそうだからだ。



「誰とラインしてるんだ?」

「ああ、小夜さんと。演劇面白かったって話」

「ん。そういえば何回も観てるらしいからな」

「ねえ、春輝はなんでアドリブを入れたの?」

「……なんとなく」

「そっか」

「あの脚本だと、騎士は病気で、魂だけが独り歩きしてたってことだろ」

「そうかもしれないし、違うかも?」

「違うのか?」

「うん。もしかしたら、騎士すら姫の夢の中の存在だったのかも? 結局、夢か現実か分からなければ、その夢が幸せならいいよねって話?」

「それは違うぞ」

「えっ?」



まあ、わたしも思いつきで言ってみただけで、深い意味はなかったんだけど。正解がないから、そんな解釈もあるんじゃないかって思っただけ。でも、春輝は明確に否定した。



「題名にめぐる運命ってあるだろ」

「うん」

「廻るの意味は、って意味だ。もし、麻友菜の解釈なら、タイトルとミスマッチになるだろ」

「つまり……どういうこと?」

「廻る運命ということは、また再会するってことじゃないか? 麻友菜が自分で言ってたろ」

「運命は出会い?」

「ああ。俺もそれが正解だと思ってる。麻友菜の言うことはいつも正しい。つまり、影山さんの言いたかったことは、」



春輝はそこでペットボトルの水を口に含んだ。



「また姫と騎士が出会うってこと。運命は出会いなら、廻る出会いということになる。次の世界でも廻って、二人は出会って幸せに暮らしたんだろ。と言いたかったんじゃないのか?」

「……うん。そうだね」



春輝は脚本を読んで、そこまで深く解釈した上であのアドリブを言ったのだとしたら。わたしはなんて浅はかなんだろうと思う。



「俺が騎士の立場なら魔女ぶっ飛ばすけどな」

「あはは。春輝らしいね」



秋空が高く、まるで息吹のような雲がキレイで写真を撮って小夜さんに送った。

運命は出会い、か。



それから一〇日ほど経って、小夜さんは息を引き取った。葬儀は身内だけで済ますと言って、春輝は忌引を取り学校を休んだ。わたしは学校を休むわけにはいかなかったけれど、放課後にお線香を手向たむけるために葬儀場に向かった。



葬儀場は意外にも和やかな雰囲気で、小夜さんの眠る部屋の片隅には、小夜さんの元気な頃の写真がいくつも飾られていた。その中の一つの、まだ春輝が生まれる前の写真のなかで、秋子さんと小夜さんがピースサインを作っている。



その写真にマジックで書かれた文字は、



“うちら一生親友”



泣かないつもりだったのに、不覚にも涙がこぼれた。一昨日までラインをしていたのに。分かっていたし、覚悟もしていたけど。



「麻友菜、泣くな」

「春輝……だって」



わたしを見つけた春輝がそう言って近づいてきた。



「廻る運命だろ」

「うん」

「先回りしただけだ。きっとまた会える」

「……うん」

「だが、ありがとうな」

「なにが?」

「泣いてくれて」

「ううん」

「俺にとって、麻友菜が運命を変えてくれた人だ」

「……どうして?」

「麻友菜が、俺の背中を押さなければ生みの母親に会えなかっただろ」

「そうかもしれないけど、きっと春輝はわたしがいなくても会っていたよ」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。だが、麻友菜がいなければ、多分泣けなかった」

「うん」

「だから、麻友菜は俺の運命の人だろ。廻る麻友菜とか」

「なにそれ。変なの」

「ああ、変だな」



不謹慎かもしれないけど、二人で笑ってしまった。そういえばわたし達が面会に訪れた施設の部屋で、小夜さんはわたしと春輝の会話を聞いているのが好きだと言っていた。笑い合って、幸せそうな顔をするわたし達のことが大好きだと言っていた。



だから、笑おうと思う。



廻る運命を信じて。











__________


第三章はここで終わりです。

お付き合いいただきありがとうございました。


近況に解説の挿絵置きます。



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