#50 脚本@眠りの古城、廻る運命
『眠りの古城 廻る運命』という題目は、
呪いにかけられた姫が目を覚ます条件は、ありきたりな王子の口づけだ。その王子役が並木春輝でなければ絶対に出ない。と麻友菜は条件をつけた。理由は、演劇部のエースである佐々木さんがいなくてもクオリティ、リアリティに妥協をしたくないから。つまり、フリではなく、ちゃんとキスをしなくてはならない。
そうなると、キスをするなら俺でなければ駄目。
それで急いで台本を見せてもらうことにした(というよりも演劇指導してもらった)、俺のセリフは少なく覚えられないほどではない。ちなみに麻友菜のセリフはヒロインだけあってかなり多いが、本人は大丈夫だと言っている。
そして客席はほぼ満席。なんでこんなに人気があるのかと思ったら、IT部が暗躍していた。即席で作ったチラシを昼過ぎから配布していたのだ。
『主演:霧島麻友菜 脚本:影山樹 “眠りの古城 廻る運命” 15:00開幕』
いいように使われたな。麻友菜が出演といっても後半部のほんの少しだけで、露出はそう多くはない。衣装は佐々木さんと同じサイズで入るからなんとかなる。問題は俺の方で、演劇部員の役を取ってしまった形になった。だが、演劇部員は快く譲ってくれた。その演劇部員とは体型が違うために急ピッチで手芸部が直してくれて助かった。
「それで、お前がなぜいる?」
「それはこっちのセリフだな、並木」
舞台裏では
「俺は麻友菜の依頼で仕方なく」
「そういえば佐々木の代役を引き受ける条件が並木だったな。それはそうと並木。お前俺に怒ってないのか?」
「別に。コンテストのときの莉子と優愛を見ていれば、なんとなくお前の行動は分かったからな」
「……いや、そうでもない」
「ん? 莉子の話を鵜呑みにしたわけじゃないのか?」
中学の頃、麻友菜にイジメられていたと莉子は話していた。だから優愛は麻友菜を嫌っていた。莉子に言われて村山は麻友菜を騙して陥れようとしたのではないか?
「莉子が霧島にイジメられていたってことは話半分に聞いていた。霧島を落として、ひどい目に遭わせろなんて莉子は言っていたが、そんなことできると思うか?」
普通に考えて、いくら村山がモテるといっても、自分に興味のない相手と付き合うためには相当な体力と精神力が必要だ。それだけ自分を好きになってもらうことに難儀する。それは心理的な手法を用いても、素人ではどうにもならないことがほとんどで、恋愛的に弄ぶなんてことはあまりにも幼稚な計画と言わざるを得ない。結婚詐欺師だって相手を選ぶし、長い時間をかけて用意周到に準備をする(と思う)。
麻友菜は条島高校の四天王だ。自身がその二つ名を嫌っているとしても、周りは四天王の一人だと認識をしている。もし、村山に弄ばれて麻友菜が傷ついたとする。そうなると周りの女子はどう思うだろうか。女子だけではなく、男子も同じだ。
麻友菜が俺に偽装交際を持ちかけたのは、麻友菜のことを好きだと漏らしている村山が、もし告白をしてきたら断っても角が立ち、悪い噂が立つことを恐れたのが理由だった。当時の麻友菜は中学生のころのいじめ問題で弱々しかったから余計にそう思ったのだろう。
だが、モテるということなら、麻友菜は村山の比ではない。よく考えてみれば、それを一番知っているのは村山だったはずだ。莉子がなんと言おうと立場的に村山がそれをすれば、四面楚歌に陥るのはむしろ村山の方だ。麻友菜の人柄と人気を見てもそれは間違いない。
「できないな」
「だろ」
「優愛は莉子が麻友菜にイジメられていたと信じていたみたいだが、お前は違うのか?」
「霧島はそんなヤツじゃねえだろ。優愛ははじめから毛嫌いしていたみたいだが、俺はそう思わなかった。莉子は昔から嘘を付くヤツで、俺も話全部は信じていねえよ」
「優愛と温度差があるな」
優愛は莉子の話すべてを鵜呑みにしていたが、村山は違ったようだ。なんとなく三人の関係性が見えた気がした。優愛と村山は仲が良いのかもしれないが、莉子と村山はそれほど、か。
「そうなると、お前、本気で麻友菜を?」
「ああ、そうだよ。悪かったな。去年の文化祭のステージで霧島と一緒だったんだ」
そういえば麻友菜もそんな話をしていた気がする。文化祭での村山は、至極まっとうなヤツだったと評していた。それが、アホみたいなチンピラキャラになってどうしたんだと不可思議に思っていたくらいだ。
「四天王で一番かわいいのは間違いなく霧島だ。去年の文化祭で一緒になってからずっとそう思ってる」
「茶化して言っていたわけではないと?」
「そうだ。それでお前に嫉妬したんだ。付き合い始めたって聞いたときにはマジでムカついた」
「だろうな。だが、お前は林間学校でも、ラムダの裏でもカッコ悪すぎだったぞ」
「……それは謝る。だが、俺はお前を本気でボコボコにしてやりたかった。どうせ霧島が振り向かないなら、せめて腹いせになんて、男らしくないこと考えてた」
「ああ、なら死ね」
「お前に言われると腹立つ」
「冗談だが?」
「並木は顔が真顔だから冗談に聞こえねえんだよな。っていうか、お前、ヤクザなの?」
「違うが?」
「まあいい。深く追求はしねえよ」
莉子と優愛、それに村山は幼馴染(女子二人は姉妹でもあるが)で、おそらく優愛は村山のことが好きなんだろう。反応を見れば分かる。麻友菜と付き合った俺を本気で恨んでいたんだと思う。莉子の件は関係なく、俺とケンカをしたかっただけなのだ。まあ、やっていることは最低なのだが。
「で、なんでここにいる?」
「だから、俺は演劇部だ」
「ん? お前が? 似合わない」
「将来役者になりたいんだ。悪いか?」
「悪くない。モブのチンピラ役なんて適任じゃないか?」
「だから、そういう冗談はやめろ」
「冗談なんて言っていないが?」
「……もういい。仕事に戻る。お前もセリフ忘れんなよ」
忘れるもなにもあんなに少ないセリフを忘れるわけがない。
舞台袖から見ていると、いよいよ麻友菜の登場シーンとなる。魔女との盟約を破って恋に落ちた王女が塔の最上階へ行くと、老婆がゼンマイを巻いていた。
ここで、コーラス部のミュージカルパートとなる。この劇のステージは多くの部が参加していて驚く。演劇部だけではなく、コーラス部やら吹奏楽部、そしてジャズ部(存在をはじめて知った)が忙ミュージカルを担当している。その背景を描いたのは美術部。チラシはIT部が制作し、衣装は手芸部、といった具合に様々な人が絡んでいて、佐々木さん一人が欠員になったところで中止にできない理由が分かった。
また、生演奏もそうだが、ステージとしてのクオリティはかなり高い。麻友菜が出演しなくても客は多かっただろう。
麻友菜は一度舞台裏に戻ってきて、「ふぁ~~~」と背伸びをした。
「麻友菜おつかれ」
「うん。春輝もね」
「お茶買っておいたぞ」
「ありがと〜〜〜」
椅子に腰掛けて、麻友菜は台本をチェックする。さっきはじめてステージに立った麻友菜に大歓声が上がって、その人気ぶりが健在なことを証明していた。
「ね、春輝」
「ん?」
「メイク大丈夫かな? 汗で落ちてない?」
「……ん。大丈夫だ」
「次のシーンもがんばってくるね」
「ああ。すごく良かったぞ。麻友菜はすごいな」
「じゃあ、あとでナデナデしてくれる?」
「分かった」
「それから、春輝エキス吸わせて?」
「……なんだそれは? サキュバスかなにかか?」
「うん。実は隠していたんだけど、サキュバスなんだよね。夜な夜な春輝の生気吸っていたんだよ。気づかなかった?」
「ん。多分そうなんじゃないかと思っていた。朝、誰かさんが絡みついて熱くて起きるからな。あれは、そういうことだったんだな」
「冗談だよ?」
「冗談じゃなかったら怖いだろ」
「えへへ。でもエキスは本当。いっぱいキスしてってこと」
「……分かった」
「うんっ! がんばってくるね」
演劇部の子が「霧島さんスタンバイです」と呼びに来た。
麻友菜は緊張した面持ちで立ち上がって振り返り、俺に小さく手を振る。俺も手を振り返すと、こくりと頷いて袖で登場するタイミングを窺った。
それまでの幼少期の王女は別の演劇部員が演じていて、麻友菜は一七歳になってからの王女を演じる。王女が恋をしていると知った魔女が愛する者に会えるとそそのかし、王女を古城の塔の最上階の時計の部屋に呼び出したシーンだ。
老婆は問う。
「王女よ、お前は約束を破ったな?」
「なんのことですか?」
「お前の死ぬ運命を変えてやっただろう。その条件として、恋心を抱いてはいけない。聞かされなかったのか?」
「……お父様とお母様に聞かされていました」
「知っていて破ったとなると重罪だよ。お前の心と体はあたしの息子のものだ。それを破っておいてただで済むと思うなよ」
「あなたは……誰なのですか?」
「あたしが古城の魔女さ」
「教えて下さい。なぜ、わたしが恋をしてはいけないのですか。あまりにもひどすぎます!」
「ちょうど一七年前の雨の夜のことだ。王国では王女の誕生を心待ちにしていた。そんな中、生まれたお前は息をしていなかった。運悪く死んでしまったのだ。たまたま王国を訪れていたあたしのところに噂を聞きつけた使者が来た。王女を助けてほしいと。条件を提示し、王と妃はそれを飲んだ。お前は一生恋に落ちてはいけないという盟約を結んだのだ。あたしの息子に嫁ぎ、子を宿すのが条件だったのだ。身も心も清らかでなくてはいけない」
魔女のセリフが長い上に、さすが演劇部で雰囲気がおどろおどろしい。しかも、息子とは人間ではなく魔物で、それが描かれた背景を見れば明らかだ。
「それで……わたしは恋すらしてはいけないと?」
「そうさ。身も心もすべてあたしの息子のものだ。お前が生まれて死んだ日から決まってるのさ。あ〜〜〜〜はっはははははッ!!」
「そんな……それじゃ、わたしは運命から逃れられないのですか?」
「ほら、見てみろ。これが運命だ」
どこで手に入れてきたのか、ゼンマイに見立てた紡ぎ車を黒子の生徒が回している。
「運命とはこういう事を言うのさ」
「運命……ですか?」
「そう。このゼンマイがお前の運命さ。この秒針が止まればお前も止まる。このゼンマイがお前の命だ」
スポットライトの当たった二人の姿が印象的で、光の中、埃がゆらゆらと舞い上がる。あえて数十秒の間、BGMもセリフのないシーンを演出している。ただ、ゼンマイ(紡ぎ車)の音だけがカチカチと響く。
「わた……しの……ですか?」
麻友菜の演じる王女の声が震えた。演技がうまい。胸元のピンマイクを通した、麻友菜の扮する王女の息遣いから悲壮感が漂っている。
「そう。運命から逃れることはできない。さあ、王女よ。見てごらん。これがお前の運命だ」
「これが……わたしの……運命」
ゆっくりと老婆に近づいた王女がゼンマイに手を伸ばした瞬間、ゼンマイがぴたりと止まって王女はその場で崩れ落ちた。刹那、美術部の黒子によって背景が引き下げられて、真っ暗な夜空に浮かぶ星がブラックライトで煌めいた。すごい演出だ。照明を落としてブラックライトを当てるという発想がすごい。
ここで再び王女もとい麻友菜が舞台袖に戻ってくる。ジャズ部と吹奏楽部が演奏をはじめて、最大の山場を迎えた。ナレーション役の女子が大仰な仕草で場を盛り上げる。
『時の止まってしまった姫を救うことができるのか。我が、条島高校四天王にして、現役作家である影山樹の奇想天外なストーリーに目が離せない!! 王女の運命の行方はいかに。一〇分の休憩後、ラストシーンとなります。なお、当高校は全敷地内禁煙となっております。ご了承願います』
「ん。今、作家がどうとか言っていたか?」
「あ〜〜。一組の影山さんだよ。ほら、作家活動していてこの前賞取った人」
「四天王とか言っていたが?」
「うん。すごく美人だよ」
「ん。そうか」
麻友菜以外の四天王は正直知らなかった。麻友菜も同じクラスになったからこそ、四天王だと認知していたが。他の四天王が誰なのか未だにしらない。
幕が下りたステージでは、人が入り組んでラストシーンの準備に取り掛かっている。その中心で演劇部に演技の表現指導をしているのが影山さんか。メガネをかけた美人で、大真面目にセリフを言って見せている。
「霧島さん、少しいいですか。あと、並木くんも」
「あ、はいっ!」
「ん。なんだ」
その影山さんが俺達を呼び、ラストシーンについて語り始めた。俺は王女の幼馴染の騎士役。期待をしていないから無愛想なままでいいと言われた。ちなみに幼少時の騎士はもちろん演劇部員が演じたから、俺の出番はなかった。
影山さんは麻友菜に「こう表現してほしい」ということを一方的に言って去っていった。まるで嵐のような人で、自分で書いたストーリーということもあって熱がこもっている。正直、絡みづらい。
そういえば、このステージは映像部によって撮影されていて、ユーチューブで公開されるらしい。
さっきから俺と麻友菜を映像部の一年の女子がジンバルに乗せたスマホで撮っている。舞台裏の撮影をしているらしく、これもユーチューブ行きらしい。
「あの、霧島先輩、並木先輩、インタビューいいですか?」
「うん。大丈夫だよ」
「ん。本番前だが」
「すみません。本番前の緊張感を撮りたいんです」
「それで、なにを撮りたいのかな?」
「お、お二人は付き合っているのですか?」
「えっと……うん」
「付き合ってる。以上だ」
「は、はい。ありがとうございます。では、もう一つ。今回の影山先輩の脚本は、主に運命を扱っていますが、お二人はどうお考えですか?」
「運命は信じない」
「春輝はそうかもね。わたしは……信じるよ?」
麻友菜はそう言って笑った。
「運命ってね、出会いだと思うの」
「出会い……ですか?」
「そう。わたしは春輝に出会えて、それに付随して色々な出会いがあって。それらがゼンマイのピースとなって運命を形作っているんじゃないかなって。この眠れる古城、廻る運命も」
「眠りの古城、です」
「あ、ごめん。間違っちゃった。眠りの古城、廻る運命もそうでしょ」
「というと、どういうことですか?」
「小さい頃の王女は幼馴染の貴族の息子と出会って、恋をして、運命変えたんだよね」
二人は“親友”だった。大人になるまでは。
城を抜け出して城下町に遊びに行ったり、冒険と称して裏山を駆け回って大臣に怒られたりと、王女はかなり活発な性格をしている。
だが、ある日。
貴族は謀反を起こして追放されてしまう。息子も同じく辺境へと追放されてしまった。父親の独断であり、息子は悪くないと王女が否定しても王は聞き入れなかった。突然の別れに、王女は悲観してしまう。あくる日も遊んだ日々を思い出して、自分になにかできないかと考えていたのだ。
そうして、一七歳になり、自分に協力してくれる侍女を通して、ようやく貴族の息子を見つけることに成功した。だが、再会したときの姫は自分の心に気づいてしまう。貴族の息子に恋をしてしまった、と。あれほどまでに人を好きになってはいけないと両親に止められていたにもかかわらずに。
「姫は、貴族の息子と出会わなければ、魔女の息子と結婚させられていたんだよね。出会いがあったからこそ、だと思うの」
「そうですね」
「出会いこそが運命で、その人の人生を変えるってこと」
「はい、協力ありがとうございました」
ただ、この脚本のエンディングは少し違う。本当にハッピーエンドなのか。それとも……。観客の想像によって、印象が変わるストーリーだった。
そうして、ラストシーンでいよいよ俺たちの出番となった。
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