#48 電子黒板@後輩にモテるカレシ
文化祭前日に土曜日は前夜祭が開催される。
前夜祭は条島高校の生徒だけが参加できる、いわゆるプレ文化祭で、これを開催する理由は、一般客を呼ぶ前の練習のためとも言われている。翌日の本祭と同じタイムスケジュールで行われるために、朝早く登校しなくてはならない。
うちから麻友菜と一緒に登校するのははじめてで、今日はやけに麻友菜のテンションが高い。昨日泣きじゃくっていたのが嘘のように今日は笑顔だ。
「バカップルと一緒かよ。耐えきれねえ〜〜〜」
「いやいや、ミホルラに言われたくないんですけどぉ〜〜〜」
「っていうか、二人とも似合ってるよ。ミホルラもまゆっちも」
「景虎も似合ってるじゃん。ねえ、春輝」
「ん。特攻服もなかなかいいな」
砂川さんはまさかのアイドルのコスプレだった。アイドルと言っても、アイドルを扱ったアニメのキャラクターらしく、目の中に星が輝いている有名なキャラクターだと麻友菜が教えてくれた。高山は特攻服。関東リベンジャーズの特攻服で、コスプレ店で見つけたあの服と同じもので、なかなか似合っている。
「似合っているといえば、やっぱりうちのお姫さまと並木のお二人じゃん。まさか同じアニメの中でヒロインと主人公で揃えてくるなんて。最高かよ」
「でしょ。ミホルラ分かってるねぇ〜。見てみて、春輝のタキシードかっこいいでしょ」
「でたよ、彼氏バカ。あんたらには倦怠期とかないの?」
「倦怠期? ないよ? ね、春輝」
「ん。ないな」
麻友菜はクラスの中でも普通に俺のことを好きと公言している。まったく隠す気はないらしく、それでいて偽装交際をしているときよりも俺との距離感は近い。
「お、さっそく……お客さんって、うげぇ〜〜〜客多すぎじゃん。とりあえず接客するか〜〜〜。まゆっち、ミホルラ、並木、行くぞ〜〜」
「景虎が仕切るなし。うちの御大将は並木なんだぜ?」
「いらっしゃいませ〜〜〜ご主人さまぁ〜〜〜!」
「……まゆっちなんか手慣れてない? そういうお店で働いていないよね? あたしの見ていないところで非行に走らないでっ!!」
「えっ? 働いていないけど?」
「なんか言い方が妙にエロいと言いますか。なあ、景虎殿」
「ああ。妙にそそりますな。これは、もしかして、並木殿。まゆっちにご奉仕されているのでしょうか? どうなんですか? 並木殿?」
「ん。そうだな」
「って、認めんなや。まゆっちも赤くなるな。ミホルラ、こいつら真っ黒だ」
一気に押し寄せてきた生徒たちを接客していく。とはいえ、人数制限をしているために教室内が人で溢れかえることはないが、それでも繁盛している。
メニューは簡易的なもので、コーヒー、紅茶、それからオレンジジュース、アップルジュースとなる。食べ物はレンチンのパンケーキ……にしたかったが、それでは客(というか俺)が納得しない。生徒会に申請してカセットコンロの許可を取り、ホットケーキを焼くことにした。昨日の夜、麻友菜とふたりでしこたま焼いたものをここで再度焼くだけだから手間は掛からない。
「このホットケーキうめぇぇぇ!! 冷凍じゃないのかよ」
「ん。手作りだ」
「すげえ。コスプレだけが売りじゃないとかクオリティ高すぎ」
「あ、俺、霧島と写真撮りたい」
「ダメだ。却下だ。撮ったら殺す」
「ちょっと、春輝。それじゃ、なんのためのコスプレ喫茶なのよ」
「麻友菜はいいのか?」
「いいよ。それが目的のお客さんもいるじゃん」
「だそうだ。ただし、触ったらぶち殺すからな」
「は、はい……」
素直に麻友菜は撮影に応じる。砂川さんも人気のようでいつの間にか撮影会がはじまってしまった。ちなみに麻友菜と撮る場合は二〇センチ以上近づくのは禁止。これは絶対だ。
「ラッキー、運良く入れたっ!!」
「ねえねえ、いるじゃんっ!!」
「うそっ!? それラッキーなんてもんじゃないよ」
なんだかキャッキャした一年の女子が入ってきた。三人組の仲良し女子はそれぞれ飲み物とホットケーキをオーダーして、高山が準備に掛かる。
「あの……並木先輩……写真撮っていただいてもいいですか?」
「ん。いいぞ。三人一緒か? スマホは誰ので撮るんだ?」
俺が女子たちのスマホを預かろうとすると、女子生徒は両手を振って否定の仕草をしてみせた。
「あ、違います。そういう意味じゃなくて、並木先輩と一緒に撮りたいんですけど」
「俺と?」
「はい。駄目ですか?」
テーブルで接客していた麻友菜を見ると、話を切り上げてこちらに小走りで来てくれた。麻友菜は後輩女子に、
「春輝と撮りたいのね。いいよ。撮ってあげる。スマホ貸して」
「あ、ありがとうございます」
ちなみに撮影時、女子生徒は俺に二〇センチ以内に近づいてはダメだと麻友菜の注意事項をきちんと守ったのだが、撮影外であるからという理由で握手を求めてきた。ルールの抜け穴というやつだ。これには仕方なく応じることに。麻友菜は終始笑顔だが、どう見ても作り笑い。そして麻友菜の目が少し怖い。
それからなぜか女子生徒が立て続けに訪れて、その都度写真撮影に応じることに。そうしているうちにすぐに一〇時になって、交代の時間となった。
「お兄さん、今日もモテモテでいいですね」
「麻友菜も人のこと言えないだろ。ほとんどの男子が麻友菜目当てみたいだったが?」
「わたしの場合はCM効果だけど、春輝の場合は違うじゃん。全然露出していないのに普通に女子来るんだもん。ずるい」
「なにがずるい?」
「なんとなく。だって、わたしの彼氏なのに。さっきルール無視して春輝の肩に顔つけた子いたじゃん。ずるい」
全然麻友菜の話を聞かないで、そういう行動をする女子が数人いたような気がする。ルール無視をする男子は皆無で、俺と違って麻友菜は凄みがないためにナメられるのだ。
クラスからヘルプのラインが入らないかぎりここから俺たちは自由で、色々と遊び回れる。ちなみにいつクラスのヘルプが入ってもいいように、コスプレをしたままだ。どこを見てもお祭り騒ぎで文化祭の雰囲気が出ている。
とりあえず、麻友菜と二人でとなりのクラスに遊びに行くことにした。となりのクラスはお化け屋敷をしていて、毎日遅くまで準備をしていたらしくかなり気合が入っている。廊下まで絶叫が聞こえてきて、中でなにが行われているのだろうと、興味津々の生徒が暗幕の隙間から教室の中を覗いている。
「お。霧島と並木か。今ならすぐに入れるぞ」
「ん。じゃあ頼む」
「りょー」
受付の男子生徒が教室の引き戸を開けて、「二名様ごあんな〜〜〜い。霧島と並木だ」と声を張り上げた。
「大丈夫かな……わたし、こういうの結構苦手だから。あ、春輝もだよね」
「ん。大丈夫だぞ」
「だって、肝試しのとき……」
「あれは超常現象が苦手なだけで、人間は怖くない」
「……あ、そう。じゃあ、ちゃんとわたしを守ってね?」
「もちろんだ」
教室の引き戸を開けて中に入ると、お経が聞こえてくる。発泡スチロールで作った墓石がなかなかリアルでブラックライトで人魂を演出している。相当な凝りようだ。
「うぅ……なにこれ」
「芸術に値するな」
「春輝は見方が違うの。怖いじゃん」
「そうか?」
発泡スチロールの墓石と、黒に塗られたベニヤ板に挟まれた狭い空間を歩いていく。数歩進むと不気味な女子が立っていた。シーツに穴を空けて被っている。不自然に腹のあたりが膨らんでいて、その腹の下は真っ赤。まるで鮮血のようだ。
『あたしの……』
「え……」
「不気味すぎだろ」
顔は灰色に塗られていて汚れているし、片目は裸眼っぽいが、片目は黄色いカラコンを入れている。髪はボサボサでゾンビのようにゆったりとした動きでこちらに近づいてくる。
『あたしの……』
「な、なに?」
「……なにか言いたげだな」
突然、どこからか赤子の鳴き声が大音量で鳴り響く。ブルートゥースのスピーカーがどこかに仕込まれているのだろう。その音で麻友菜はビクついた。麻友菜は俺の腕にしがみつき、その指に力が入る。
『あたしの赤ちゃん返してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!』
「きゃあああああああああ」
麻友菜が腰を抜かしそうになるところを支えて、なんとか切り抜けて次の部屋(というか仕切りの向こう)に行く。演出したやつはおそらくお化け屋敷マニアだ。女子の演技力も凄まじかった。もしかすると演劇部の佐々木か。となりのクラスに演劇部のエースがいたことを思い出して、恐れおののいた。まさか演技であそこまで怖がらせるなんて反則だ。
「怖すぎるよ……なんで春輝は平気なの?」
「そもそもあれは人間だから。別に。それよりも胸当たってるが」
「そんなのもう、付き合ってるんだからどうでもいいよっ!!」
「ん。そうか」
とにかく、麻友菜の抱きしめる力がいつもよりも強い。
林間学校のときも肝試しをしたが(あれは付き合う前だった)、そういえばあのときも同じようなことがあって、麻友菜は終始怖がりだった。
“赤子を返せ女”にドキドキしながら、向かった次のステージは教室の横一直線を使った長い通路だった。今度の仕切りはベニヤ板ではなく、段ボールを四角くくり抜いて、そこにコピー用紙を貼り付けて障子を見立てている。
「あ、あのさ。そこから出てこないよね?」
「あれはモニターだからな」
「でも、絶対に出てくるって」
障子の隙間から見える反対側の部屋の電子黒板に映っているのは、薄汚れた白い服を着た髪の長い女の人だ。長い髪に隠れて顔を見ることはできないが、ずっと同じ姿勢のまま電子黒板の中でゆらゆらと揺れている。
「あ、あのさ。春輝。嫌な予感しかしないんだけど」
「じゃあ、俺が先に行くか?」
「ううん。わたしも一緒に行く」
しがみついたままの麻友菜を引きずるようにして障子の部屋を進んでいく。だが、麻友菜の予想は的中して、コピー用紙の障子から突然手が伸びる。しかもランダムで急に手が伸びてくるから、素早く切り抜けるわけにもいかず、ゆっくり歩かざるを得ない。
だが、その中の一本の伸びた手が、麻友菜の胸に触れた。
「きゃあッ!?」
「殺すぞッ!!」
しかもその手は、今度は麻友菜の肩を掴んで離そうとしない。俺が手首を掴むとやけに細い。しかも肌感からして、これは女子で間違いない。
「ふふ……生きて帰れると思うなよ」
「その声は——宮崎優愛だな」
「優愛ちゃん、もう、離して〜〜〜〜」
ようやく手が離れて、麻友菜を連れて次に進む。道順に沿って進んだ先の空間にはさきほどの電子黒板があって、相変わらず髪の長い女が映っている。ホラー映画かなにかのシーンを連続再生しているのだろう。妙にノイズも入って気色悪い。
「もう無理。吐きそう」
「大丈夫か?」
「うん。さすがだね、四組」
だが、優愛の言うとおりただで帰すわけもなく、ラストの部屋ではいくつのかの段ボールの棺の中から白い服を着た髪の長い女(というかカツラを被った男女)が起き上がって襲いかかってきた。突然飛び出してきたために驚かないほうが無理で、出口のほうに逃げてなんとかゴール。
「すごかった……」
「なかなか凝っていたな」
「よ。霧島。並木」
俺たちが廊下に出ると、後ろから手だけを灰色に塗ったジャージ姿の宮崎優愛が現れた。
「お前、麻友菜の胸触っただろ」
「ああ。ばっちり触った」
「殺すぞ」
「相変わらずだな、並木」
「もうっ! 驚いたじゃん」
「だろ。うちのクラスのお化け屋敷のデザインしたのあたしだからな」
「えっ!? これ優愛ちゃんが考えたの?」
「おもしれえだろ。ああ、そうだ。明日、小谷さん来るんだろ」
「ん。そうみたいだな」
「小谷さん喜ぶといいな」
優愛はそう言って、「じゃあな」と教室に戻っていった。
すべてのクラスを回るのは難しいだろうから、麻友菜の希望を中心に興味を引くクラスを回っていく。ちなみに昨年はステージイベントに麻友菜が出たらしい。演劇を披露したらしく、今考えると見てみたかったなと思う。今年は目立ちすぎるために出ないらしいが。
そういえば、となりのクラスの佐々木は出演予定で、麻友菜にも見てほしいと声がかかったのだとか。
「ステージイベントは一五時から一七時までだよね」
「そうみたいだな」
「佐々木さんの演劇楽しみだな〜〜〜」
その後、食べ物系のクラスを回ることにしたのだが、どこに行っても麻友菜人気がすごすぎて、身動きが取れなくなることもあった。
「あ、並木せんぱ〜〜〜い、うちのクラス寄ってくださいよ〜〜〜」
「並木先輩、うちのクラスに来てくれればおもてなししちゃいますよ〜〜〜」
一年のクラスに足を踏み入れた瞬間、麻友菜の顔つきが変わった。さっきと同じだ。麻友菜は見せつけるように俺の腕に抱きついて、いつも以上に笑顔を振りまく。
「モテモテでいいですね。春輝せ〜〜んぱい」
「モテモテじゃない。俺はモテたくないし、麻友菜にモテていればそれでいい」
「ふ〜〜ん。春輝せ〜んぱい。これでもモテていないと?」
麻友菜がわざとらしく、後輩女子の真似をして、『せ~~んぱい』と猫なで声で呼んでくる。これはこれで可愛いが、殺意が灯った目つきは怖い。
気づくと廊下にいる客引きの女子生徒に囲まれてしまった。これは二番街の客引き(禁止されているが)よりも酷く、ここまで悪質な客引きは見たことがない。強引に人の腕を引っ張るし、意地でも教室に引き込もうとする女子もいるくらいだ。
「うちのメイド喫茶はサービスしちゃいますから。せんぱ〜〜〜い」
「いや……」
結局、そこから逃げ出して一年のクラスは諦めることにした。それから、麻友菜と一緒にステージイベントを観て、前夜祭は終了となり、明日の本祭に備えることとなる。
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