#47 花束@カレシの悲しみ
文化祭まで一週間を切った。
そろそろ車での登下校はしなくていいだろうということで、一学期と同じように電車を使うことになった。CMの放映開始時よりは熱は冷めたのだと思う。それと下校の際には、毎日、小夜さんの施設に通うことにした。今日で四日目で、優愛ちゃんも学校帰りにボランティアをしているみたいで、よく顔を合わせている。
面会に春輝はあまり乗り気ではなかったけど、わたしがお願いすると素直に応じてくれる。
小夜さんと会って、いっぱいお話をして家路につき、また次の日同じことを繰り返す。五日目の日、家に帰ってから秋子さんに連絡を取った。内容は、小夜さんのことだ。小夜さんが外出できるのかどうか。また、秋子さんの予定はどうなのか。
小夜さんに学校での春輝を見せてあげたい。来週の文化祭は絶好の機会といえる。
わたしの提案に秋子さんはかなり乗り気だった。問題は春輝だ。
そして、文化祭二日前のお泊りの日となる。
「春輝に話したいことがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「あのね……明後日の文化祭なんだけど、秋子さんと小夜さん呼んでもいい?」
「……別に俺は」
「嫌な気持ちにならない?」
「ならない。だが病気で、来て大丈夫なのか?」
「うん。スタッフさんに訊いたら、病院の先生に確認取ってくれて、少しの時間なら大丈夫って。むしろ好きなようにさせてあげてくださいって言われたよ」
「そうか。なら俺は……。麻友菜」
「なに?」
「ありがとうな。色々と気を使ってくれて」
「ううん。むしろごめんね。これは、春輝のためというよりも、秋子さんのためだから」
「分かってる。それに対して礼を言ったつもりだ」
「うん。春輝もありがとう」
学校での春輝の様子が気になるという小夜さんの話を聞いて、せめて最期くらいは学校での春輝を見せてあげたかった。秋子さんもきっと小夜さんに後悔のない残り時間を過ごしてもらいたいって思っているはず。文化祭に来ませんかって訊いたわたしの提案を喜んでくれたのだから、きっとそうだと思う。
「でしゃばり過ぎかな」
「そんなことない。むしろ、麻友菜がいてくれてよかった」
春輝がどう思っているのか分からないから、わたしも不安になっちゃう。けれど、そんなわたしの気持ちを察してくれたのか、ソファでとなりに座るわたしを抱き寄せて頭を撫でてくれる。いつもと同じだけど、同じじゃなくて、その指先から春輝の気持ちが伝わってくるような気がした。すごく優しい。あ、やっぱりいつもと同じか。
「春輝、なんだか今日は写真撮りたい!」
「……ん。急にどうした?」
「外じゃなくて、春輝の家で」
「? どんな写真だ?」
「春輝の家って一見、カフェっぽいじゃん。だからここでコスプレして撮りたい」
「エミリラの衣装持ってきたのか?」
「うんっ! だから撮ろう?」
「分かった」
話をしているだけだとどうしても沈みそうな気がして、それなら別のことをして気持ちを盛り上げたかった。わたしは、人の死を身近に感じることはおそらく人生はじめてで、祖父母はまだピンピンしているし、周りで亡くなった人がいないからそういう経験がなかった。でも、目の前の人がもうすぐ死んじゃうっていう現実を見せられて、わたし自身も動揺していることは確か。
春輝を見ているだけでそれを思い出してしまう。わたしが悲しい顔をすると春輝も悲しくなっちゃうみたい。だからわたしは笑顔を見繕っている。きっと春輝にはバレバレなんだろうけど。まるで一学期までのクラスでのわたしみたい。
「よし、じゃあ折角だから花束を作るか」
「えっ?」
「バイト先に行くぞ」
「うん」
コスプレをする前に春輝のバイト先の花屋に行き、春輝は花を選び始めた。まだオープン前で誰もいなくて、少し薄暗い中に窓から陽光が漏れている。色とりどりの香りに満たされた空間はどこか
その様子をスマホで収めると春輝は、
「ん? なにか珍しい花でもあったか?」
「ううん。春輝くんがいつも以上にかっこいいなって」
「いつもどおりだぞ?」
「いつもかっこいいじゃん。今日はなんだかすごく良いなって」
「そうか。麻友菜も……と言いたいところだが、無理してるだろ」
「……やっぱりバレてたか」
「麻友菜の笑顔が本物かどうかかくらい見れば分かる」
「うん……ねえ、これ、今撮った写真なんだけど」
薄暗い中に漏れる光に包まれた春輝が花を扱っている写真。その写真を春輝に見せる。春輝は「まあ、俺だな」と言った具合だった。
「これ、秋子さんと小夜さんに送ってもいい?」
「別にいいが。そんなに珍しいか?」
「うん。きっと喜ぶと思う」
「ん。いいぞ」
「そっか。送るね」
秋子さんはすぐに既読が付き、小夜さんは数分後に既読が付いた。秋子さんには小夜さんにも送りましたとメッセージを送信してからスタンプを押す。小夜さんはパソコンかららしく、返信には時間がかかるみたい。だけど、返ってきたメッセージは、
SAYO>麻友菜ちゃんありがとう。春輝くん素敵だね。
まゆっち>本当に素敵です♡ いつもかっこいいんですよ!
SAYO>次は麻友菜ちゃんと二人の写真も見てみたいです。
その返信を受けて、わたしは春輝のとなりに立った。ちょうど花束が完成したらしく薔薇を中心とした秋の季節が濃縮されていて、その香りが気持ちを満たしていく。
「ほら。麻友菜。麻友菜をイメージして作ったから」
「えっ? わたし?」
「ん。可愛いながらも凛々しいだろ。それでいて香りは優しい」
「……うん。ありがとう。あのね、二人で写真撮りたいんだけど?」
「わかった」
春輝がわたしの肩を抱き寄せて、掲げたスマホでパシャリ。
「この写真の中の麻友菜は自然な笑顔だな」
「うん。嬉しかったから」
普通は言うのも躊躇するような恥ずかしいセリフを堂々と言ってくれる。だけど、言われて嬉しくないわけがない。
「やっぱりダメ人間製造機じゃん。そうやってわたしをダメにするんだから」
「ダメになってないだろ。むしろ、壊れた笑顔を直したんだからな」
「ああ、そっか。ダメ人間製造機も役に立つときがあるんだね」
「言っておくが」
「うん?」
「麻友菜のほうが遥かにダメ人間製造機だからな?」
「え〜〜〜〜っ!? そんなことないよ?」
春輝にエアドロしてもらった写真をさっそく小夜さんと秋子さんに送る。すると、今度は小夜さんからすぐに返信があった。
SAYO>二人とも可愛いです。ありがとう。
まゆっち>春輝はすごく優しいんですよ。今も、すごく嬉しいこと言ってくれたんです!
SAYO>なになに?
まゆっち>それは内緒です♡ でも、きっとそのうち見られますよ、春輝のそういうとこ
SAYO>楽しみにしてるね。邪魔しちゃってごめんね。デート楽しんでね。
まゆっち>ありがとうございます!
この会話をしている中身の人ともうすぐ話せなくなってしまう。そんな考えを頭から振り払って、春輝の腕に絡みついた。
花屋から帰る途中、少し遠回りをして駅前に寄ってスタバのフラペチーノを買って、二人でまた自撮りをして、それから無くなりそうなボディソープをドラッグストアで買い、ようやく家に帰ることになる。
帰っている途中で、ミーくんとヤマさんに遭遇して一言二言言葉をかわす。
やっと家の前にたどり着き、部屋に向かう途中の階段でクミさんとすれ違い、また冗談交じりの会話をして、ふと思った。
春輝と付き合うようになってから、いろいろな出会いがあった。みんな春輝のことが大好きで、春輝は色々な人から愛されていて、わたしはそのおこぼれをもらっている。だから、小夜さんの存在意義はやはり大きかったということ。それを本人に知ってもらいたい。たとえ、この世界から小夜さんが消えても、春輝という輝かしい存在は今後もずっと残る。
なんて考えていると、やっぱり沈んでいく。
ダメダメ。そんなこと考えている場合じゃない。わたしは持参した衣装に着替えて、春輝の前に姿を表す。メイクもいつもよりもエミリラたんに寄せて、少しチークを多めに入れたり、目もばっちり作ってみた。
「とりあえず、窓際で花束を持つか」
「うんっ!」
何度目の撮影だろう。春輝の撮ってくれる写真はどれもエモくて、その全部がお気に入り。光を捉えた写真がキレイ。春輝が撮ってくれる瞬間が好き。良い写真が撮れたとき、春輝はすごく嬉しそうな顔をする。その顔が見たいから、わたしもがんばっちゃう。いや、がんばると言っても、春輝の指示通りにしているだけなんだけど。
「物憂げな表情がかわいいな。バックストーリーがありそうで良い」
「ほんと?」
「ん。コスプレと表情のギャップも良い感じだ」
花の香りで満たされて、酔いしれるように自分の役に引き込まれていく。春輝がどんな表情を求めているのか分かる。エミリラたんのコスプレ衣装じゃなくても良かったのかもしれない。
「麻友菜……俺は、やっぱり悲しいのかもしれない」
「えっ?」
「麻友菜の顔を見ていたら、きっとそうなんだと思った。抽象的でよく分からないが。これは小谷小夜が自分と血の繋がった関係だからとかそういうことじゃないと思う。あと少しで話せなくなることが、なんとなく寂しいというか」
「うん。そうだよ。それが悲しいってことだよ」
「よく分からないが、数日、小谷小夜と話していて分かったんだ」
春輝はカメラを手に持ったまま、レンズの絞り環をカチカチと回しながら、照れくさそうに話す。
「この人も俺たちや他の人と同じように感情があり、色々と考えている。自分が死ぬことに対してなにも言わないが、多分怖いんだろうな。今まで孤独の中、一人戦ってきたんだろうなって。その人が最期まで俺に会わないようにしていたのは……」
「……うん。そうだよ。春輝」
「俺に合わせる顔がなかったんじゃなくて、俺を悲しませないように一人で死ぬつもりだったんだ」
秋子さんはそれを理解していた。でも、死んでしまってからでは言いたいことも言えない。文句の一つも言えない。優愛ちゃんも同じことを言っていた。同じような経験をした莉子ちゃんがいたからこそ、そう思ったんだと思う。
「それを考えたら……急に悲しくなった」
春輝はファインダーを覗き込み、レンズをわたしに向けてシャッターを切った。
「今日一番の写真が撮れた」
「わたし……今、どんな顔してた?」
「はじめて……泣き顔が撮れた」
「そっか。ごめんね。悲しい顔はしないってがんがっていたんだけど」
「いや。すごく良い写真だと思う」
わたしは春輝のもとに駆け寄って、春輝を抱きしめた。小夜さんが死んじゃうってことも悲しいけど、悲しい顔をする春輝を見ていると、切なくて。でも、どことなく嬉しくて。嬉しいというとわたしの性格が歪んで見えちゃうかもしれないけど、純粋に小夜さんに悲しみを覚えてくれて……ホッとしたというのが正解かも。育ての親と生みの親。どちらも大切な存在で、悲しみは悲しみとしてわだかまりを捨てて、泣いてほしかった。
「麻友菜、そんなに泣くな」
「だって、春輝が悪いんだもん」
「ああ、悪い。突然変なことを言ったな」
「ううん」
でも、なんだか逆だ。泣きたいのは春輝のはずなのにわたしが泣きじゃくって、春輝を困らせている。結局、ソファに座りながら春輝に甘えて頭を撫でてもらうパターンになった。
「俺の代わりに泣いてくれてありがとうな」
「勝手に涙が出ちゃうんだもん。なんでお礼なんて言うのよ」
「麻友菜がいてくれるからこそ、俺は自分でいられる気がする」
そういて、わたしは今日も甘やかされて、春輝を慰めるつもりだったのに慰められて、ダメ人間にされた。
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