#45 チャイナ服@お人好しのカノジョ




小谷小夜こたにさよさんという当時二〇歳のキャバクラ嬢は、春輝を生んですぐに姿をくらましたらしい。当時働いていたキャバクラに春輝を置いて。小谷さんは秋子さんので、そのとき二人の間にどんなやり取りがあったのかまでは聞けなかった。でも、秋子さんは親友の子を引き取り、たくましく育てた。



昨日、秋子さんにまたごちそうになり、そのときレストランで聞いたのはそんな話だった。その他に聞きたいことがあれば、本人から直接話を聞いたほうがいいと秋子さんは言っていた。わたしが聞いていい話なのかどうかは分からないけど、春輝の力になりたいと思った。



春輝がどんな思いで小谷さんに会うのか。悲しみか不安か、それとも怖いのか。



時間があっという間に過ぎて、来週が文化祭だ。今日は春輝のコスプレ衣装を買うために買い物に来ている。小谷さんとは明日会う予定で、そうなるともう時間があまりない。今日買い揃えないと文化祭に間に合わなくなる。



「あ。ねえねえ、春輝こんなのも良くない?」

「……麻友菜、これは特攻服といって」

「知ってるよ〜〜〜。関リベのやつ。春輝似合うと思うんだけどなぁ〜〜〜」

「これを着て接客するのはさすがにヤバいだろ」

「そうかな? 意外にみんな着そうだけど。関東リベンジャーズって今、映画やっていて流行ってるし」

「そんなに有名なアニメなのか?」

「うん。わたしでも知っているくらいだからね」



とはいえ、特攻服を買っている場合ではない。今回はツバルのタキシードにするつもりだから探さないと。と思って、かれこれ一時間コスプレ衣装専門店の中を探し回っているのだけど、なかなか見つからない。せっかく秋葉原まで来たのだから、絶対に見つけ出したい。



「あ。見て、春輝、これわたしが着たら興奮する?」

「……さすがにこれで接客はさせられない。却下だ」

「しないよ〜〜〜。そうじゃなくて、春輝の家でするの」



ちょっとだけえっちなチャイナ服だった。スリットが太ももから胸にかけてざっくり入っていて、紐で縛るみたいなんだけど、横乳とお尻が丸見えだと思う。



「……いや。それはマズイ」

「なにがマズイ?」

「色々とだ」



(ご主人さまぁ〜〜〜これを着るからぁ、させてください〜〜〜)



「だから、耳元でやめ」

「春輝ちゃん、お顔が真っ赤でしゅね〜〜〜」

「……違う。暑いだけだ」



その他にもなんだかエロい衣装がいっぱいあって、どれか一つ買おうかなって言ったら春輝に腕を掴まれながら引っ張り出されて、売り場を離脱させられる。でも、春輝がトイレに行っている間にこっそりと買ってしまった。そしてバレないようにリュックにしまいこむ。



春輝が戻ってきてから次に来たのは別のコスプレ専門店。有名店らしく、さっきのお店よりも人が多い。



「あ、エミリラたんのアニメのコーナーあるよっ!! メリムとメレムもあるじゃん」

「あのメイドか」

「こっちのキャラもかなり人気だよね」



ツバルのタキシードを見つけて、春輝にさっそく試着してもらうことに。試着室のカーテンが開くと、そこにはイケメンが。メイクとかをして完璧に仕上げたいと思うくらいに似合っている。だけど、これはこれで不安になっちゃう。



「春輝……それで人前に出てほしくないかも」

「ん? なんでだ?」

「女の子寄ってきたらイヤ」

「それはそのまま言葉返すぞ」

「えっ?」

「麻友菜も同じ状況になるからな。屋台のときもそうだっただろ」

「ならないって。ミホルラとか他にも可愛い子いっぱいいるじゃん」



少し値が張ったけど、バイト代を駆使して購入。ちなみに金銭的に余裕のない人は、クラス割当の文化祭予算で購入するドンキの衣装になる。それはそれでいいのかもしれないけど、至極恥ずかしい思いをするかもしれない、と購入担当のミホルラが言っていた。絶対にネタになる衣装を買ってくるつもりだと思う。



春輝の衣装を買って、店の外に出ると、



「……は?」

「えっ!? り、莉子ちゃん?」



たまたま歩いている莉子ちゃんと遭遇してしまった。莉子ちゃんは以前すれ違ったときのような獰猛な黒豹のような顔つきではなく、牙を抜かれた猫のような顔をしていた。威勢がないといえばそうだけど。どことなく悲しそうな顔をしているような?



「莉子ちゃん、久しぶりだねっ!」

「麻友菜……あたし、急いでるから」

「あのさ、ちょっとだけ時間ない?」

「……ない」

「おい、莉子。少し付き合え。麻友菜がそう言ってるんだから」

「……わかった」



春輝が睨むながら凄むと、莉子ちゃんは渋々同意した。

莉子ちゃんはラムダで使う物品の買い出しに来たらしく、ちょうどお店に入ろうとしたところをわたし達と遭遇してしまったのだとか。



「莉子ちゃん、コンテストのときはごめん」

「なんで麻友菜が謝るわけ?」

「あんな大勢の前で暴露されたら……ショックだよね」

「別に。あたしが麻友菜にしたことに比べたら」

「じゃあ、お互い恨みっこなしってことで」

「お前……そんなんだからダメなんだよ」

「そう?」

「絶対に裏がある。こいつはみんなの前では良い顔をして、裏では絶対に悪口言ってる。そう思うヤツもいるからな。あたしみたいに」

「そっか」



莉子ちゃんは小学校のときにイジメられていたからこそ、そう思ってしまったのかもしれない。自分を見てくる人たち全員を悪い方に捉えて、自分から敵を作りに行くような、そんな見方しかできなかったんだと思う。莉子ちゃんがわたしを嫌った理由は、わたしの余計な一言が原因だったんじゃなくて、わたしの存在自体が気に入らなかったのかも。そう思うとなんだか悲しくなる。でも、過去は過去。今は今だ。



「気をつけろ。あたしみたいなひねくれたやつはいくらでもいるからな」

「そのときは俺が守る。俺は麻友菜の彼氏だからな」

「並木だっけ。あんたの話は優愛と村山に聞いてる」

「優愛ちゃんと村山くんとは仲直りしたの?」

「してねえよ」

「そっか……仲直りできるといいね」

「自業自得だ。でも、それでいい。あたしなんかどうせ底辺の人間だからな。あたしがいなきゃ、両親だって離婚もせずに幸せだったろ。お父さんだって……」

「そんなことないッ!! 莉子ちゃんがいたからなんて、絶対にないッ!」



許せない。莉子ちゃんのせいでお父さんとお母さんが離婚したなんて。離婚の原因を莉子ちゃんに押し付けるなんて、それが親のすること?

ありえない。そんなの絶対に間違っている。



「麻友菜、落ち着け」

「うん……ごめん」

「莉子、お前も少しは両親と話し合え。本当にお前が離婚の原因だったら、お前の父親を俺がぶっ飛ばしに行ってやる」

「ちっ。なんなんだよ。あたしは別に」

「とにかく、莉子ちゃん、またあの頃のように友だちになろ。今からでも遅くないよ」

「お前、馬鹿だろ。究極の馬鹿だろ」

「誰だって一人はつらいよ。わたしは気持ちがよく分かるから」



莉子ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をして、うつむきながらため息をついた。



「……悪かった」

「えっ?」

「今までのこと謝る。悪かった。あたしは……麻友菜が羨ましかった。それだけだったんだ。あたしみたいな虚勢を張った馬鹿とは違う。コンテストのときのダンスも良かった。クールだった。あたしは……注目されたかっただけで」



それまでの莉子ちゃんの態度からは一変して、眉尻を下げた顔はどことなくしおらしく感じる。今、きっと莉子ちゃんは孤独を感じている。自分では自業自得って言っているけど、それでも信頼していた姉妹や、友達との離縁はつらいはず。



莉子ちゃんとラインを交換して、それから少しだけお話をした。小学校のころのダンススクールの話とか、最近はなにをしているのかとか。



『麻友菜、来週のイベの掛け声決めよう?』

『うんっ! わたしは莉子ちゃんのこと、りこり〜〜〜んって呼ぶね』

『それはやめろ。りこでいい。あたしは、まゆーって叫ぶ』



莉子ちゃんとの思い出はいっぱいあって、わたしにはそれをすべて捨てることができない。嫌な思い出もあるけど、それ以上に良い思い出のほうが多いから。



莉子ちゃんと別れて帰路につく。



「本当によかったのか?」

「なにが?」

「莉子を一発ぶん殴っても文句は言われないぞ」

「そんなことしないよ。友達だもん」

「そうか。麻友菜」

「なあに?」

「莉子の言うことも一理ある。だから、そうなったらすぐに俺に相談しろ」

「うん。わかった。春輝がいたら安心だね」



春輝の家に着いてからは、ゆっくりお茶をして、しばらくしてから脱衣場で、買ってきた衣装に着替えてみることにした。ちなみに春輝にはセクシーチャイナのことは言っていない。いきなり飛び出して驚かせてみようと思う。どんな反応をするのか楽しみっ!



「じゃ〜〜〜〜〜んっ!!」

「……ん。ま、麻友菜!?」



春輝は驚きのあまり固まってしまった。ソファに座ったまま動けないでいる春輝の隣りに座って、



「どう? ねえねえ、どう? 似合う〜〜〜?」

「ん……あぁ……可愛いと思うが」

「春輝の前以外でしないよ?」

「当たり前だ。絶対にダメだからな?」

「うん。約束する」

「麻友菜は俺だけを見てろ」



そう言って、春輝はわたしを抱きしめてキスをした。そのままソファの上で押し倒されて、さらにキスをする。そのまま首筋に唇を這わせて、耳元に吐息を感じて。



(麻友菜、好きだ)



囁いた言葉はいつもと同じだけど、声音がいつも以上に優しくて、気づけば全身に鳥肌が立っていた。春輝はさらにわたしの着ているチャイナ服のスリットに沿って(脇の下から)、キスをする。おヘソの脇あたりがかなりくすぐったくて、身をよじるほどだった。さらにキスは続く。わたしが動けないように両手を腰のとなりあたりで拘束して、春輝の掴む手を振りほどけない。



「くすぐったいよぉ〜〜〜」

「こんな姿になるからだ」



そのままイチャイチャして、気づけば帰る時間になっていた。結局、春輝はわたしを唇でいじめるだけいじめて、満足(していないと思うけど)して、最後はキスをして、「好きだ」と言って抱きしめた。



今日も幸せな日だったな。



そう思いながらも、終わってしまう一日を惜しんだ。





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