#43 リムジン@カノジョの役割
春輝の腕の中で目が覚めた。少しだけ肌寒く感じる朝で、タオルケットの掛かっていない肌を、秋を帯びた空気が撫でていく。寒くて思わず春輝にくっついて丸まってしまう。起きているのか寝ているのか分からなかったけど、春輝はわたしを抱き寄せてくれた。
日中と朝晩の寒暖差の激しい秋はあまり好きじゃない。寒い冬に近づく寂しさがあるから。
「起きてたのか?」
「うん。寒くない?」
「そうか? なら、もっとこっちに来い」
タオルケットを首まで掛けてくれて、わたしの首の下に腕を伸ばしてさらに密着する。昨日のお風呂場でのことを思い出すと、少しだけ恥ずかしくなった。わたしのことをえっちな子だって春輝がドン引きしていないか心配だけど、こうしていつもどおり抱擁してくれるところを見ると変わりないのかなって思う。
「あのさ、春輝」
「ん?」
「昨日のお風呂場でのことだけど……」
「……ああ」
「恥ずかしいから忘れて?」
「……それは無理だな」
「なんで」
「ますます麻友菜を好きになったから」
「えっ?」
春輝がなんでそう思ったのか分からないけど、春輝はわたしの頭を優しく撫でながら、おでこにキスをした。しばらくそのままタオルケットの中でイチャイチャして、平日なら学校の二時間目がはじまるくらいの時間に起きて、一緒に朝食を作った。
朝食を食べながら、今日はなにをしようという話になり、
「今日は写真撮りたいんだが」
「別にいいけど、外行くの?」
「ん。晴れているしな。たまには外に行かないか?」
「うん、いいよ。あ、でも衣装持っていないよ?」
「いつもの服でいい。麻友菜を撮りたいだけだから」
「それでどこに行くの?」
「海はどうだ?」
それでやってきたのが臨海公園。前にクララちゃんと行った海みたいなロングビーチではないけど、一応砂浜がある。水族館もあるんだけど、わたしも春輝も行きたいとは思わなかった。土曜日は家族連れで混み合っているし、人混みが苦手なわたし達は海でのんびり写真を撮りたいって意見で一致した。
春輝はこの前話していたお弁当を作ってくれた。保冷バッグに入れて持ってきてくれて、まずはレジャーシートを砂浜に敷いて、のんびり海を眺める。
「さざ波の音って気持ちいいよね。静かなこの空間が好き」
「ん。だな。麻友菜、日焼け止め塗ったか?」
「うん。日差しが強いもんね。朝はあんなに寒かったのに」
「麻友菜の肌のためなら、バイト代全部注ぎ込んでケアするぞ」
「なにそれ〜〜〜。人並みのことはしてるから大丈夫だよ」
しかも真顔でそんなこと言うんだから、本当に彼女バカなんだと思う。でも、わたしも春輝のためならなんでもしてあげたいって思っちゃう。今日も優しい瞳がキラキラして、いつも以上に柔和な表情をしていて、好きが止まらなくなる。
「紫外線は肌にとって大敵なんだぞ。もし麻友菜を傷つけるようなことがあれば、俺は紫外線をぶっ飛ばす」
「すごく不毛な戦いになりそう。でも、太陽光線に向かって戦ってる春輝を想像したら可笑しいね」
えい、えい、このぉ〜〜って春輝がなにもないところを殴ったり蹴ったりしている様子を想像したらツボに入ってしまった。笑いが止まらない。
「冗談のつもりだったんだが」
「真顔だから冗談に聞こえなくて。そんな春輝が可笑し〜〜〜〜って」
春輝の作ってくれた神サンドイッチを食べてから、いよいよ目的の写真撮影となる。サンダルを脱いで、ロングスカートの裾を持って波打ち際で遊んでいると、後ろから金属と金属の弾けるシャッター音が響く。
「かわいすぎだろ」
「そんなことないよ。春輝が彼女バカだから変なバイアス掛かってるんだって」
「むしろそうだったら良かったのにな」
「え?」
「俺だけが可愛いって思っていれば、誰も麻友菜を見なくなる。そうなれば、麻友菜は俺だけのものになるだろ」
「今だって、春輝だけのものじゃん」
春輝は、「そうだな」と言って振り向いたわたしを写真に収めた。
「ねえ、春輝も靴脱いであそぼ〜〜〜〜っ!」
「ん。よし、遊ぶか」
波打ち際で二人手を繋いで足首まで浸かった。ひんやりした水が気持ちいい。小気味よいシャッターの音が聞こえて、横を見ると春輝がわたしの横顔を撮っていた。お返しにわたしもスマホで春輝を撮る。すると春輝はわたしの手を引いて、
「一緒に撮るか」
「うんっ」
身体を密着させて、春輝のスマホでパシャリ。幾度となく撮ったわたし達の写真の中でもかなりよく撮れたほうだと思う。エアドロで送ってもらって、さっそく待ち受けに設定して春輝に自慢した。
「ん。奇遇だがその写真は俺も持ってる。実は世界で二枚しかないんだぞ。知ってたか?」
「知ってた。世界で一番幸せな二人の写真でしょ」
「そうだ。俺も待ち受けにするか」
「えっ!? 珍しい〜〜〜〜春輝のロック画面っていつも単色じゃん」
「麻友菜に感化されたのかもな。設定しておけばいつも麻友菜を見られるだろ」
「そうだよ。わたしのご尊顔を二十四時間拝見できるんだから、設定しなきゃもったいないって」
「確かにそうだな。今すぐ設定するか」
二人でお揃いの待ち受けにする。スマホを並べてみると瓜二つ。海に差す光が反射して、わたしと春輝の横顔を太陽色に染めている。
それから海ではしゃぎまくった。笑いまくって、一週間分くらいの笑力(なんて言葉は無いと思うけど)を使い切ってしまった。インドア派だけど、たまにはこういうふうに外に出るのも悪くない。人が少ない場所で、開放的な気分になれてすっきりした。
そういえばコンテストの後あたりから人の目を気にして、学校でも学校の外でも窮屈な思いをしていた。CMに出演してからはインスタにもそれまで以上にDMが届くようになり、中には見たくもないような卑猥な言葉を並べてくる人もいた。
それらがストレスだったのは確かで、もしかしてそんなわたしのために春輝は外に連れてきてくれたのかもしれない。
「春輝、ありがとね」
「ん? なんだ?」
「ううん。海に連れてきてくれて」
「別に。俺が写真を撮りたかっただけだ」
「そういうことにしておく」
春輝の腕を引いて、頬にキスをした。別に誰に見られても構わない。決めた。芸能人になんてなるつもりはないんだから、人目なんて気にしていられない。わたしはわたしのやりたいようにやる。
「麻友菜、今の顔、いつも以上に可愛かった」
「えっ?」
「笑顔がすごく良い」
そう言って春輝は、入ったカメラのシャッターを切る。フィルムは残りラスト一枚だったはずで、予備のフィルムは持ってきていないらしい。
しばらく波打ち際で遊んでいると、春輝のスマホにラインが入ったみたいで、足首に波を打ち付けられながら春輝は返信をしている。
「どうしたの?」
「ああ。母さんからだ。最近、なんだかウザいくらいに絡んでくる」
「いつもはそうでもないの?」
「ん。一日一回生存確認くらいだな。ここ数日は多めに来る」
「春輝のこと心配なんじゃないの?」
だけど、そうでもないらしく、「大事な話があるから会ってほしい」ということだった。
「この前も会ったんだから、そのとき言えばいいのに」
「……わたしがいたじゃない? わたしの前では言い難かったとか」
「それはないだろ。そんな大事な話なら、麻友菜のいない時間を見計らって、うちに直接来ればいいだけだからな」
臨海公園から引き上げて、東京駅まで移動すると今日はリムジンバスが迎えに来ていた。こんな車に今まで乗ったことない。運転手さんがドアを開けてくれて、春輝と一緒に乗り込むと秋子さんが座席に座っていた。
車内はソファのほかにカウンターが設えてあって、キラキラのグラスが並んでいる。パーティーもできると聞いたことがある。実際に乗ってみると、驚きの連続だった。秋子さんはグラスにアイスティーを淹れてくれて、「いただきます」と受け取った。
近況報告のほか、談笑をして時間が過ぎる。秋子さんは終始機嫌が良さそう(悪い時を見たことがないけど)で、わたしにもいっぱい話しかけてくれて、いっぱい褒めてくれる。春輝と同じだ。
「それで大事な話って?」
「……あの、わたし途中で降りましょうか?」
「ううん。麻友菜ちゃんはむしろいてあげてほしいの」
「わたしがですか?」
「そう。春輝は麻友菜ちゃんと一緒にいると普段とは違う顔をするでしょ」
「俺はいつも同じだ」
「そう? 自覚はないのね」
「別に」
「この前話そうと思ったんだけどね。あなたを生んだ人のこと」
「……だから今さらだって」
「蒸発と言ったけど、違うの。今まで嘘をついてごめん」
「……別に」
「春輝、会ってくれない?」
意外にも春輝は平然としていた。だけど、わずかに手が震えていることに気づき、わたしは春輝の手を握る。はじめは怒っているのかと思った。でもそうではなく、なにか違う感情のような気がする。春輝が怒っているときの顔は何度か見たことがあるけど、今の春輝の顔はそういうのじゃない。はじめてみる顔だ。
もしかして……不安なの?
「会わない」
「それも自由よ。でも、少し考えてみて。数日後ちゃんとした答えを訊くから。麻友菜ちゃん、春輝をよろしくね」
「は、はい」
秋子さんは春輝に何かしらの負い目があると推測したけど、おそらくそれは事実なんだと思う。秋子さんは春輝に背を向けて、わたしだけに分かるようにウィンクをした。なにをどうよろしく頼まれたのかは秋子さんからは語られなかったけど、なんとなく自分の役割を理解した。
この前ごちそうしてくれたのは、わたしの心を掴むためだ。そして、春輝の答えを導く役目を担ってほしい。きっとそういう意味でわたしに合図を送ったのだと思う。きっと、それが秋子さん、もしくは春輝のためになることなんだろうと思う。
でも、なんで今さら……?
今さら“その人”に会うことが、春輝にとってなんのメリットになるのか分からない。むしろ、“その人”の存在を知らせなければ良かったんじゃないかとさえ思ってしまう。秋子さんの意図が分からない。
でも、わたしは秋子さんが悪いように考えているようには見えない。それよりも、春輝のことを第一に思っているとさえ、見ていて感じ取れる。きっと、なにか理由があるはずだ。わたしなんかに春輝のことを頼むと言うくらいには困っているのかもしれない。
家まで送ってもらって、過ぎ去る秋子さんに手を振った。
「麻友菜、悪かったな。せっかくの外出だったのに」
「ううん。楽しかったよ。秋子さんとも話せたし」
「ん。今度ちゃんと埋め合わせする」
リムジンを降りてから、春輝はいつもの春輝に戻っていた。でも、どことなく春輝の瞳には不安な色を湛えているような気がして。
今度はわたしが春輝の力になってあげたい。
そう思いながら部屋に戻った。
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