#42 防水タブレット@天国に一番近いトコ



麻友菜が泊まりに来る週末の金曜日、忙しいながらもバイトのシフトに入らなくてもいいと吹雪さんから許しが出た。今はバイトよりも麻友菜のことを気に掛けるほうが重要だという訳のわからない理由から、金曜の激務から解放されてしまった。なんだかクロさんに申し訳ない気がする。



臨時でミー君とヤマさんが金曜日のシフトに入ってくれることになったらしい。



麻友菜と一緒に下校して、家に帰ってきてまずは課題から取り組む。これは絶対。課題優先でやらないといつ宿泊許可を取り下げられるか分からないからだ。



「ねね、春輝」

「ん?」

「文化祭の衣装なんだけど、どうしよう。この前のエミリラたんでいいかな?」

「ん……麻友菜がしたいなら別にいいと思うぞ」

「それで、春輝はどうするの?」

「俺か」



そういえばなにも考えていなかった。なにが似合うのか分からないし、アニメも観なければゲームもしないからキャラクターを知らない。



「あのね、どうせなら二人で主人公とヒロインで合わせない?」

「……エミリラたんとかいうキャラの相手役なんているのか?」

「普通いるでしょ。いや、いないのもあるのかな。とりあえず、これらしいよ」



麻友菜がスマホに映したキャラは、どう見てもジャージ姿の冴えない男子。俺は別に構わないが、この前のエミリラたんとは釣り合わない気がする。アニメを見て知っている人ならともかく、知らない人が見たら、同じアニメに登場するキャラとは思わないだろう。



「あ、待って。これじゃなくて、こっちのタキシード」

「ん。それなら確かに釣り合うな」

「うん。わたしもアニメ観たことないんだけど、今日の夜観てみない?」

「別にいいぞ」

「ツバルっていうらしいよ」

「オセアニア人なのか?」

「えっ? 日本人らしいよ」



エミリラがヒロインで、主人公がツバルか。ツバルというのはオセアニアにある天国に一番近い島と言われている。将来的には海抜が上がり、水没してなくなってしまうからだ。なんだか死に近そうな名前のキャラだが、とにかく今は課題だ。



「麻友菜」

「なあに?」

「今はアニメよりも課題だッ!! ビシバシいくぞ」

「ひぃ〜〜〜春輝さま〜〜〜お許しを〜〜〜」



といいつつ麻友菜の頭を撫でてからキスをする。しばらくキスタイムを設けてから、再び勉強に勤しむことに。こうして定期的に勉強タイムをスケジュールに組み込んでいるのが功を奏したのか、二学期に入ってからの麻友菜の学力はかなり向上していると思う。とくに数学の上達が顕著で、中学時代の基礎を中心にやったこともあって、今ではクラスで三本指に入るほど数学ができるようになった。



「ねえ、この問題難しくない?」

「ああ。それはここに公式が載ってるんだが、ちょっと分かりにくい」



二時間半ほど課題を中心に勉強をして、余った時間は今日の授業の復習に充てる。だが、進学を考えるなら、少し勉強方法も考えないといけない。俺は進学予定がないから気楽でいいが、麻友菜はそうもいかないだろう。



勉強の時間が終わると二人で夕飯の準備をする。麻友菜の希望に沿って、今日はハンバーグを作ることに。互いに相手の分の種を作って、フライパンに落とす。



「わたしのハンバーグ愛情たっぷりだからね?」

「それは俺もだろ」

「うん、知ってる。でも、わたしにもくれる?」



IHにかけている時間は何もすることがない。麻友菜は暇を持て余して、俺に、



「抱っこ」

「ん。分かった」



スマホでタイマーを掛けてからソファに移動して俺が座り、それから麻友菜を抱える。今日はポニーテールをしていて、どことなくお嬢様なイメージの麻友菜が可愛い。とはいえ、麻友菜がどんな髪型をしようが可愛いことに代わりはないんだが。



幾度となくキスをして、抱きしめ合っているとすぐにスマホのアラームが鳴り響いた。



「もう終わっちゃうの?」

「焦げるだろ」

「……うん」



キッチンに戻ろうとすると麻友菜が後ろから抱きついてきて、俺の背中に顔を埋めた。麻友菜を引きずりながら移動するのはなかなか骨が折れる。



「わたしとハンバーグどっちが大事なの……?」

「……普通、食べ物と比較するものか?」

「えへへ。言ってみたかったの、これ」

「そういうのは、仕事とか別の女とかを引き合いに出すものだと思っていたが」

「そうだね。あぁ〜〜〜お腹すいたぁ〜〜〜」



以前はダイニングテーブルで食事をするとき、俺と麻友菜は向かい合っていたのだが、最近では隣り合わせに座っている。食事をシェアするためだ。今日のハンバーグは、焼いた後の油を半分にして、片方はトマトソース、もう片方はキノコを和えた和風ソースを作った。麻友菜がトマトソースで俺が和風。だが、それはどうでもいい。どうせ半分ずつ食べるから。



「和風もトマトもどっちも捨てがたいなぁ〜〜〜」

「ん。そうだな」



林間学校で作った、空(海にしか見えないが)と宇宙の二つのグラスにミネラルウォーターを注いで、乾杯をするのもルーティンになっている。ちなみに、似合う飲み物選手権では、俺の空グラスには炭酸水、麻友菜の宇宙グラスにはファンタグレープがそれぞれ優勝を果たした。



「食べ終わったら、第二回似合う飲み物選手権するか」

「おっ! いいですね〜〜〜っ! うちの宇宙子ちゃんグラスには、野菜ジュースを注いでみようかな」

「じゃあ、天空グラスには牛乳だな」

「牛乳は合わないでしょ〜。空だよ? 空には赤系じゃない? 夕焼けになりそうじゃん」

「それもありか」



食べ終わってから、二人で食器を洗ってさっそく冷蔵庫の中の飲み物を取り出して、ダイニングテーブルに並べていく。牛乳と野菜ジュース、それからスポーツ飲料にアイスコーヒー。緑茶。ジュース類は切らしていてなかった。



「じゃあ、俺はまず牛乳からだ」

「わたしは……あ。このスポーツ飲料……」

「麻友菜がCMに出てたやつだな」

「これ、春輝の天空グラスに注いでいい?」

「いいぞ。じゃあ、牛乳を麻友菜の宇宙子に注ぐぞ」



自分たちの作ったグラスをそれぞれ交換しあい、麻友菜の持つ空色のグラスにスポーツ飲料を注ぎ、今度は俺の持つ宇宙グラスを麻友菜が牛乳で満たしていく。黒いガラスに牛乳はどう見ても似合わなかった。とりあえず飲み干して、次は麻友菜の番だ。



空色のグラスに注ぐと、まるで曇天のような灰色の空がグラスに広がる。



「どうせならCMっぽくやったらいいんじゃないか?」

「……うん。春輝だけ特別ね?」



本来はダンスをして、汗だくになったところで最後にペットボトルを飲み干すのだが、今日はグラスだ。麻友菜は腰に手を当ててグラスの中身を片手に飲み干した。そして、



「届け、青春っ!!」



決め台詞を言い放ち、グラスをテーブルに置いた。言い終えた麻友菜は吹き出して笑った。今でも人気のCMで、麻友菜はSNSを中心に人気を博している。その麻友菜が俺のためだけに目の前で同じセリフを言ってくれるなんて、贅沢な話だ。



「このコップ、曇りすぎてて似合ってないね。全然、青春届かなかった」

「ん。だな。やっぱり炭酸水みたいな透明じゃないとダメだな」

「次は緑茶でいきますか。甘くて口直ししたい」

「俺はコーヒーにする」



そんなに何杯も飲めないから、第二回選手権は次回に持ち越しとなった。また二人で浴室清掃をしてから、沸き上がるまでなぜかタイムトラベルの話になった。全然笑える話ではなかったが、なぜか麻友菜はまたツボに入って爆笑する。



「よ〜〜〜し、お風呂沸いたぁ〜〜〜〜!! 春輝、入るよっ!!」

「一緒にか?」

「えっ!? 過保護な春輝くんは麻友菜が一人、お風呂で転んで大怪我するかもしれないのに心配じゃないんだ?」

「……それは」

「お風呂の中で倒れて、救急車呼ぶのが遅れて、“ああ、俺が一緒に入っていれば”って後悔しないんだ?」

「ん。分かった。入るから」

「えへへ。やったぁ」



だが、さすがにバスタオルを身体に巻いてもらった。麻友菜は防水タブレットを買ったらしく、風呂に入りながら例の“天国に一番近い島——じゃなくて天国に一番近い男、ツバル”のアニメを観て、コスプレの勉強をすることになった。



「うわ〜〜〜結構エグい」

「さすが天国に一番近いだけあるな。ツバルは」



可愛いキャラクターも多く出てくるのだが、ストーリーと描写はエグい。エミリラはともかくツバルがなかなかタキシード姿にならず、二話続けて観てのぼせそうになって湯船から出た。



「今日は少し進展しよ?」

「ん? 進展?」

「身体洗って?」

「それは……」

「じゃあ、わたしからね?」



麻友菜はボディソープのボトルを泡だてネットにプッシュして、モコモコと泡立てる。その泡を俺の背中に付けて、手で優しく洗ってくれる。背中はまだよかった。問題は前だ。俺に抱きつくように脇の下から手を回して胸のあたりを洗ってくれるのだが、当然、麻友菜の胸が背中に当たる。いや、押し当てていると言ったほうが正解かもしれない。



(ご主人さまぁ〜〜〜麻友菜の身体……気持ちいいですかぁ?)



「この状況でそれはまずい」

「なにがですかぁ?」

「色々とだ」

「麻友菜、そういうの分からないですぅ〜〜〜」



首だけ振り向くと、麻友菜はやけにニヤニヤしている。確信犯じゃないのか。



「そこまででいい」

「じゃあ、次はわたしが座るね」



だが、ここで問題発生。麻友菜はバスタオルを取って、



——裸になった。



裸体だ。まさか裸になるなんて思ってもみなかったために、俺は顔を背ける。



「ご主人さまぁ? 見て大丈夫ですよぉ〜〜?」

「ん……?」



胸や大事な部分に泡を付けて隠している。なるほど、と納得している場合ではない。目の前には鏡があって、曇っているから見えないが、シャワーで流せば麻友菜の生まれたままの姿があらわになってしまう。そうなるとまずい。



とりあえず背中を洗ってもらって、あとは自分で洗うから、と終わりにしようとすると、麻友菜は、



「ハグして?」

「今か?」

「ダメ?」

「ダメだ」

「イヤ。してったらして。してほしいの。今してくれなくちゃ死んじゃうの」

「……無理だ」

「お願い……」



仕方なく麻友菜を後ろからハグする。俺の胸に麻友菜の背中の感触が走る。麻友菜の胸の下あたりの当たり障りのない場所に手を置くと、こともあろうか麻友菜は俺の手首を掴んで自分の身体を洗いはじめた。腹のあたりから洗っていき、次に触れた場所は大きく膨らむ柔らかいところ。鏡が曇っていて見えないし、後ろからだと立たなければ見えない。だが、感触はある。服の上やバスタオル越しから見るよりもよりもかなり大きい。なんなら水着で見るよりも、こうして触れたほうが大きいと思う。



「ば、馬鹿、なにしてる」

「別にいいよ。恋人だもん、これくらい普通だと思うよ?」

「だからと言って」

「こうして触られたの、はじめて。はじめては春輝がいい」

「俺以外、触れるヤツなんて現れるのか?」

「あるわけないじゃん。春輝以外と今後付き合うつもりはないよ。それに別れるつもりもない。絶対に。でも、ほらもし、電車で痴漢にあったり、痴漢じゃなくても満員電車で間違って触られちゃうことだってあるかもしれないでしょ」

「事故なら……そうだな」

「そうなる前に春輝に触ってほしいじゃん」

「なるほど……」

「だから、これがはじめて。まずは第一歩だね」

「……そうだが」



そして、胸に触れていた手が下に降りていく。麻友菜の導きによってヘソのあたりを過ぎて、太ももに触れた。それもかなり際どい位置に手を置く。泡がなくなってしまいそのまま触れているためにダイレクトに感触が伝わってくる。



「あのね、春輝」

「……なんだ?」

「一応先に言っておくけど」

「? なんだ?」

「わたし、えっちな子じゃないからね?」



そう言って麻友菜は振り返って、膝立ちしたまま俺に抱きついた。泡がついていて見えなくて良かった。さすがに理性が保てない。いつも以上に麻友菜の身体が柔らかくて、このままだと弓子さんとの約束を守れそうにない。



「春輝のはじめてが欲しいの」

「それは、いずれ……」

「それじゃイヤ。今欲しい」

「なんで?」

「春輝が非行に走らないように」

「走るわけないだろ」

「分からないじゃん。魔が差すとかって言うじゃん。そうなったら一生後悔するもん」

「それは絶対にない」

「うん。信用してる。分かってるよ。でも……」



麻友菜はそう言って、俺のバスタオルを剝いだ。



「春輝にも幸せになってほしい」



麻友菜は俺の胸のあたりにキスをした。唇を這わせて、降下していく。

ツバルは天国に一番近い島と言われている。天国に行くときはこんな感じなのだろうか。



結果的に弓子さんの約束は守れたが、はじめての行為に今まで以上に麻友菜が愛おしくなった。








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