#40 絆創膏@昼休み
今日はさっそく麻友菜からもらった誕生日プレゼントのリングにチェーンに通して、制服の下に付けてきた。
麻友菜が選んだリングの材質は、意外にもチタン製だった。チタンは強度が高い上に耐腐食性があり、また金属アレルギーが起きにくく、ずっと付けていられるという理由から選んだらしい。強さと優しさを選択した理由は、春輝みたいでなんかいい、ということだった。理由を聞いて笑ったが、麻友菜らしいチョイスだと思った。
そして、四時間目は体育の授業。さすがに外すしかない。運動をしているときに首が締まるかもしれないし、アクシデントで鎖が切れてリングを失くす可能性もある。それは避けたい。
今日はサッカーをするらしく俺はあまり好きではない。サッカー自体が嫌いなのではなく、狭い校庭でサッカーをするのが面白くないという意味だ。しかも、隣のクラスと合同の授業で前半が女子、後半が男子の試合となる。
「行け、ミホルラ、鈴木ががら空きだーっ!!」
「高山はサッカー部だけあって、サッカー好きか?」
「嫌いだったら部活やめてるだろ、普通」
「ん。違いないな。打ち込めるものがあっていいな」
「並木はないん?」
「そうだな。写真は好きだが、運動で好きなものがない」
とはいえ、小学生のころは吹雪さんに一通り経験させてもらった。野球にサッカー、テニスにバスケ、それから柔道と少林寺拳法。どれも肌に合わなくて長続きしなかったが、今考えれば良い経験をさせてもらったと思う。
砂川さんが鈴木さんにパスをして、そこから麻友菜にパスが回り、ドリブルをして攻撃に転じると隣のクラスの女子——よく見たら宮崎優愛だった——にボールを取られた瞬間、足がもつれて麻友菜が転んでしまった。
「あいつ殺す……宮崎優愛、絶対に許さないからな……」
「並木、いいから落ち着け。あれはラフじゃなくて、まゆっちが自分で転んだんだから仕方ない」
「怪我してたら、隣のクラスにカチコミかける」
「並木は、まゆっちのこととなると人が変わるよな。んとに、いい加減少しは熱が冷めてもいいんじゃないの?」
「高山は冷めたのか?」
「俺? うーん。あんまり熱してないが、冷めてもない感じだな」
女子の一五分のミニゲームが終了し、結果はうちのクラスの惨敗だった。宮崎優愛の一人勝ちになってしまった形だ。砂川さんは悔しそうにしているが、麻友菜はそうでもない様子。麻友菜は相変わらず競争心がない。
「怪我ないか?」
「うん。わたし鈍臭いからバランス崩しちゃって。でも大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
「ん。わかった」
麻友菜と付き合う前(偽装交際前)は、そこまで本気になって体育をしてこなかった。だが今は違う。全力でやって、麻友菜の隣に立っても笑われないような存在にならなければならない。サッカーとなると宮崎優愛のようにワンマンプレーの力任せではなく、チームプレイも意識して周りをよく見て、スマートに試合を進めるのがベストだろう。
さっそくサッカー部の高山がボールを蹴り、キックオフした瞬間、同じくサッカー部の三河がドリブルをして電光石火のごとく攻めていく。俺のポジションはミッドフィルダーだ。三河のシュートがキーパーに阻まれて敵に取られたボールを追い、全速力でパスカットをする。敵のフォーワード(サッカー部ではない素人)の視線を追えば割と楽にボールは取れる。
「すげえええ、並木、見直したッ!! あたしと付き合えっ!!」
「おいーーーーーッ! ミホルラァァァァァァァァ」
「冗談に決まってるじゃーーーーーん」
「あはは」
試合中なのに、高山は砂川さんにツッコミを入れられるくらいには余裕らしい。麻友菜はそのやり取りを聞いて顔を引きつらせて笑っている。嫉妬してくれているらしく、明らかな砂川さんの冗談にも反応してくれる麻友菜が可愛い。今の表情を写真に収めたかった。
そんな様子を見つつ(相手チームのサッカー部に視線を悟らせないため)、ボールを持ったままドリブルで突き進み、気づけばゴール前にいた。そこでシュートを決めるフリをしながら強くキックすると見せかけて、視線はゴールキーパーを捉えながら高山にパスを出す。オフサイドラインギリギリ手前の高山が敵のマークは剥がして、俺のパスを受け取りシュート。
サッカー部はさすがだな。俺の意志を的確に受け取って声もあげずにシュートしてくれたのだから、アホキャラでも高山はサッカー部のエースだ。
「並木、ナイス!!」
「ん。まずは一点だな」
「並木ってもしかしてサッカー経験者?」
「いや。大してやってない」
「すげえうまいんだけど」
高山とそんな会話をしているとクラスの男子が駆け寄ってきて囲まれた。小学校の頃のサッカーの経験は浅いが、バイトで培った足の筋力は役に立ったと思う。わずか一五分間の間に、俺のドリブルと高山のシュートで五点を取り楽勝で勝つことができた。
「お前、すげえな。マジでサッカー部入れよ」
そう言ってきたのは三河だ。三河も高山同様サッカー部所属で、クラスの中でもなかなか暑苦しい男だと認識している。とりあえず、「いや、遠慮しておく」と断った。
「並木くん、景虎との連携すごかった」
「うん、ほんと!!」
「うまいんだけど」
「惚れたわっ!!」
「イケメンすぎだろ。おーい、まゆっちぃ〜〜〜、一晩貸してくれ」
なぜか女子数人に話しかけられて、近くにいた麻友菜が笑顔ながらも、むっすぅーっとしている。これは絶対に良くないやつだ。砂川さんに嫉妬していたときよりも麻友菜の周りから暗黒のオーラが出ている気がする。女子たちから離れて麻友菜のもとに駆け寄った。
「モテモテでいいですね。お兄さん」
「モテてない。単に俺がたまたま活躍したからみんな話しかけてきただけだ」
「どうかな〜〜〜、本当は嬉しかったんでしょ?」
「嬉しくない」
「ホントに?」
「ん。本当だ」
「証明できる?」
「ああ」
「じゃあ、お昼休みにね?」
「分かった」
体育が終わると昼休みだ。付き合っているのだから当然クラス内でも麻友菜と二人きりになれるのだが、やはり雑音(麻友菜のCMの噂や俺のサッカーのことについて男子や女子が話している)が気になるために場所を移動することにした。向かった先は、以前林間学校の準備で訪れた屋上の廃プール。実は鍵が一箇所壊れている窓があって、そこから出入りできるのに麻友菜が気づいたのだ。先生に見つかれば怒られるが、おそらく大丈夫だろう。
「掴まれ」
「うんっ! ありがと〜〜」
窓を開けて侵入に成功し、陽の差すプールサイドに椅子を並べる。そのままだと制服が汚れるから、持参したウェットティッシュで拭いてから座り、コンビニ袋からおにぎりと焼きそばパンを取り出した。
「それでは春輝くん。わたし以外の女子にうつつを抜かしていないか証明してもらおーか」
「ん。どうしてほしい?」
「そうだな〜〜〜キス一回」
「……分かった」
隣に座る麻友菜の顎をクイッと引いてキスをした。学校でキスをするのははじめてで麻友菜は嬉しそうに笑う。学校とはいえ、ここは誰も来ないために見られる心配はないが、見られていたらそれはそれで気まずいだろう。
「これで証明になるのか?」
「どうでしょう〜〜〜足りないかも?」
仕方なくもう一回キスをした。今度はキスだけじゃなくて、軽く抱きしめながら。
「学校ではじめてチューしちゃったね」
「ん。だな」
「ここ好きだな〜〜〜っ。なんか陽があたる廃墟みたいでいいよね」
「そういえば前に写真撮ったな」
「そうそう。オーロラフィルム使ったの思い出した。夏休み前のことだと随分遠くに感じるよね」
俺はスマホを取り出して、そのときの写真を映す。麻友菜は俺のスマホを覗き込み、思い出話のように語って懐かしがった。麻友菜は焼きそばパンを一口齧って俺に渡してくる。受け取った焼きそばパンを一口食べてから麻友菜に戻す。最近は学校でも、麻友菜はシェアしながら食べるのが好きらしい。少食でもいろいろな種類を食べられるからだ。
「この焼きそばパンおいし〜〜〜どこの?」
「ん。となり町のスーパー。夕方のセール品だ」
「今度わたしも買おうっと」
おにぎりもスーパーで買ったもので、無難に梅にしておいた。ツナや鮭も好きだが、悪くなって当たっても嫌だし、それを気にしながら食べたくない。麻友菜の口にするものだから、なるべく悪くならない食品をチョイスしたい。
「今度弁当作ってくるか」
「朝大変じゃない?」
「そうでもないぞ。ただ、暑い時期は食中毒に気をつけないといけないからな。下手に作るよりも買ったほうが安全ってこともあるだろ」
「あー。そっか」
麻友菜の制服のスカートから覗く足が一箇所擦り傷となっている。サッカーで転んだときに付いたものだろう。大したことはなさそうだが、一センチ程度わずかに血が滲んでいる。
「麻友菜、足を見せてみろ」
「うん? あ〜〜〜大丈夫だよ」
「傷跡が残ったら嫌だからな。麻友菜の身体は綺麗なままでいてほしい」
「これくらい大丈夫だって」
「いいから」
体育がある日は毎回、消毒液とモイストヒーリング療法の効果のある絆創膏を持ち歩いている。大きな怪我なら保健室に行くか、最悪救急車になるだろうが、これくらいの傷なら保健室に行くまでもないと普通は判断するだろう。
「キズパワーのやつ持ち歩いてるの?」
「ん。ほら、足出して」
「うん」
消毒をして、汚れを落としてから絆創膏を貼る。傷の治りが早い上に痛みも抑える効果があるらしい。絆創膏を貼ってから、他に傷がないか入念に麻友菜の足から手をチェックする。
「本当に過保護なんだから」
「ダメか?」
「……嬉しいよ。なんか林間学校でテーピングしてくれたときみたい」
「ん。だな」
その後、麻友菜とくだらない話に花を咲かせて、笑い合っていると教室に戻らなければならない時間となった。鍵の壊れた窓から廊下に出て、階段を下ると踊り場に女子生徒が壁に寄りかかっていた。
「よ。霧島。それから並木」
「優愛ちゃん?」
待ち構えていたかのように宮崎優愛が手を上げて挨拶をした。
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