#39 ペアリング@春輝の誕生日


春輝の誕生日は秋子さんと近いらしく、いつも一緒に祝っていたことを聞いて、なんだかほっこり。秋子さんはもっと怖い人なのかと思っていたら全然そんなことはなくて、むしろ優しいし、すごく話しやすくてびっくりした。春輝の優しさの根源を見せられた気がした。



「今日はちゃんとお祝いさせてね?」

「無理しなくていいぞ?」

「ううん。バイト代も入ったし、絶好の機会だと思うの」

「……わかった」



わたし達はあまり外食をしない。那須に旅行に行ったときとかプールで遊んだときはさすがに外食をしたけど、普段は食事目的で外出することはない。だから春輝の誕生日には、ちゃんとした場所での初めての食事をしたいと思ったのだ。それに、秋子さんから多額の給金をいただいてしまったから、それを春輝とシェアしたいと思ったのもきっかけの一つ。



「それにしてもホテルのレストランは入ったことないな」

「わたしはあると思うけど、小さい頃だったから忘れちゃった。緊張するよね」



春輝の今日のコーデは黒いジャケットに黒いスラックス。それでいて髪型もちゃんとワックスで整えているあたり、普段よりも少しだけ大人っぽい雰囲気でドキッとする。でも、わたしに対する春輝の反応も同じだったようで、



「麻友菜のドレス姿……すごく可愛いな。サイドレースのシフォンドレスか。あとで写真撮らせてもらってもいいか?」

「うん。ありがとう。もちろん。春輝もすごくかっこいいよ」



場所は高級ホテル(と言っても高校生の考える高級であって、一般的には並だと思う)の中のレストランで、ドレスコードがあるわけではないが、せっかくだからそれらしいコーデをしようという話になった。でもまさか、春輝がこんなに気合をいれてくるとは思わなかった。



かくいうわたしも気合入れまくって悩みすぎた結果、寝不足になった。ちなみにドレスはお母さんの借り物。お父さんと病院関係のパーティーに行くのに着ていくためのものらしい。結構高かったってお母さんは言っていた。



今日は手を恋人つなぎにするんじゃなくて、春輝の腕にわたしの腕を絡ませて組んだ。いかにも夫人ですって具合に春輝とは大人な距離感を保っている。春輝はちゃんとわたしをエスコートしてくれて、本当に結婚をして夫婦になった気分。アルバムの中の若い頃のお父さんとお母さんがこんな感じだったのを思い出した。



ホテルに入って二階に上がり、レストランの入口でスタッフに名前を伝えると、「どうぞ」と通された。



「うわ〜〜〜大人空間じゃん」

「ん。雰囲気がすごいな」

「ねえ、見て見て、ジャズの生演奏してるよっ!!」



さっきまで大人な気分だったのに、はしゃぎ方が子どもっぽくて注目を浴びてしまった。でも、春輝はそんなわたしの顔を見て微笑む。わたし以外の誰にも見せることのない優しい顔。この顔が好き。優しい声が好き。腕から伝わる温かい体温が好き。



席に案内されて座ると、ウェイターさんがメニュー表を持ってきてくれた。



「せっかくだからコース料理にしない?」

「結構高いぞ。別に奮発しなくてもいいんだが」

「だって、春輝の誕生日だよ? お祝いだもん」

「……分かった。じゃあ、コース料理にしよう」

「うんっ!!」



ファミレスのような押しボタンはなく、どうやって呼ぶのかと思ったら、わたしの顔を見てウェイターさんがすぐに来てくれた。コースでお願いしますと伝えると飲み物はいかがしましょうかって。



春輝は咳払いをしながら一瞬考えたようだったけど、結局、ドリンクメニューの一番上の飲み物を指差す。



「……アイスティーで」

「わたしもそれで」

「かしこまりました」



春輝と目が合って二人で吹き出した。まさか飲み物のオーダーが必須だったとは知らなくて、スマートな行動をしたいと思った結果、無難にアイスティーにしてしまった。ファミレスはドリンクバーだからなにも考えてなくていいのに。



「なんだか楽しい〜〜〜」

「そうか?」

「うんっ! だって、知らないことばっかり。これからも春輝と一緒にいろんなこと経験したいな〜〜」

「そうだな。海外も行きたいしな」

「え? また南半球の話?」

「夏は暑いからな。南半球の冬の国に行きたいって思うだろ」

「そうだね。春輝とならどこでもいいよ」

「麻友菜は行きたい場所とかないのか?」

「うーん。海外なら安全なところかな。治安の悪い場所は怖いから」

「治安の良い国は北欧あたりか」

「へぇ〜〜〜そうなんだ」

「いや、俺も分からない。あくまでも想像だ」



そんな会話をしているとアイスティーと小前菜が運ばれてきた。グラスに入ったトマトとカイワレ、それにチーズがかなり映えている。一口サイズでなかなかおいしい。次の前菜は見た目のインパクトもかなり強く、サーモンに巻かれた野菜と、皿の端っこにドレッシングで♡が描かれていた。彩りが鮮やかで、食べるのがもったいないくらい。



春輝は興味津々に見て、「作れるかもな」と頷いている。



前菜を食べて、スープ、魚、グラニテというレモンのシャーベットみたいな料理が来たときには、これでデザートで終わりなのかと思ったら違うらしく、メインの肉料理が運ばれてきた。ここでかなりお腹いっぱいなんだけど、そんなこと言っている場合じゃない。あらかじめレストランには伝えてある、春輝へのサプライズがある。



このレストランを選んだのはそれが理由。



突然、レストランの照明が落ちて、テーブルの上のシャンデリアに光が灯る。幻想的な雰囲気のなか、ウェイター数人がわたし達のテーブルにケーキを運んできてくれる。これは予約のときに伝えるとケーキ代だけでしてくれるバースデーサプライズというサービスらしい。





春輝は眉間に皺を寄せて、「停電か?」と呟いた。それが可笑しくてわたしは思わず笑っちゃった。でもウェイターさんがケーキを運んできて、春輝もようやく気づいたらしい。



「春輝、誕生日おめでとう〜〜〜っ!!」

「……ありがとう」

「驚いた?」

「ん。いきなりなにがはじまったのかと思った」



ちゃんとケーキには火の点いたキャンドルが立てられていて、さすがに一七本はないけど、息を吹きかけるには十分。春輝の驚いた顔も見られたし、わたしはかなり満足。それに恥ずかしそうに笑ってくれて、わたしも嬉しくなっちゃう。



「春輝にとって、一七歳が良い年になるといいね」

「こうやって祝ってもらっただけですでに良い年だろ」

「喜んでもらえてよかった」

「麻友菜、本当にありがとうな」

「ううん。いつもお世話になっているのはわたしのほうだからね」

「それはお互い様だろ」



ウェイターさんが一度ケーキを下げていき、切ってくれるらしい。その間に、わたしはバッグの中から包装された箱を取り出して、テーブルの上に置いた。



「これはプレゼント」

「いくらなんでも貰いすぎだ」

「ううん。わたしが買いたかったのもあるから」

「開けていいか?」

「うん。むしろ今開けてほしい」

「ん。分かった」



春輝は丁寧に包装紙のテープを剥がして、紙が破けないようにそっと開いていく。手のひらに収まるほどの箱で、はじめて高い買い物をした気がする。それも秋子さんからバイト代をいただいたおかげ。それにスポーツ飲料のCM出演に際して、報酬をいただけたことも大きい。おかげで満足の行く春輝の誕生日祝いができた。



「……麻友菜」

「はい……?」

「無理していないよな?」

「うん。約束は守ってるよ。ちゃんと自分の稼いだお金で買ったから」

「手を出して」



わたしが左手を差し出すと、春輝は箱から取り出した一つ目のリングを嵌めてくれる。そして、今度はわたしが箱から二つ目のリングを取り出して、春輝の左手の薬指に嵌める。ペアリングが欲しくて色々と探して、ようやく見つけたお気に入りのリング。実は、付き合ってすぐに見つけていたんだけど、お金がなくて買えなかった。夏祭りのバイトと、CMの出演料で買うことができて本当に良かった。



「春輝の誕生日なのに、自分の欲しいもの贈るのもどうかと思ったんだけど……」

「いや、嬉しいぞ。普通に。麻友菜とお揃いだろ。リュックに続いて二つ目だな」

「……わたしって、もしかして重い?」

「全然重くない。ありがとう」

「ううん。こちらこそだよ〜〜〜」



けど、学校でリングを付けるわけにもいかないから、一緒にチェーンも買った。チェーンに通してネックレスにすれば学校でも付けられると思い、セットで購入したのだ。



それからケーキを食べて、明日も学校のために早々に帰宅することになった。もちろん、春輝は家まで送ってくれる。帰り道は恋人つなぎをして。わたしの家の前に着いたら、周りに誰もいないことを確認してからキスをして。



「麻友菜、今日はありがとう。今までで最高の誕生日だった」

「良かったぁ〜〜〜。えへへ。春輝、喜んでくれてありがとう」

「ん。帰ったらラインしていいか?」

「イヤ」

「ん?」

「電車の中でも送ってよ」

「ああ、そういう意味じゃなくて、通話な」

「あ〜〜〜それって許可いる?」

「偽装のときもそんな会話してたな」

「そんなことあったね!」



そんな会話で笑い合って、春輝の姿が見えなくなるまでエントランスから手を振って見送った。



春輝とお揃いのリングを付けて、さっそくライン通話をして見せっこをした。春輝が指輪をしてくれている姿を見て、さらに幸せな気分に浸る。



「今日もいっぱい笑って、おいしいもの食べられて、春輝と一緒にいられて幸せだったなぁ〜〜〜」

『それ、毎日言ってるぞ』

「だって、本当のことなんだもん」

『ん。俺も同じだ』



春輝と一緒に過ごす時間が永遠でありますように。そんな思いを込めて贈ったリングがスマホの向こう側で輝いていた。



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