#38 母への手紙@麻友菜の真心



母さんをうちに呼んで誕生会をすることになった。急いで下校をし、麻友菜にはすぐに部屋の飾り付けをしてもらい、俺は料理を作ることに。



「脚立から落ちないように気をつけるんだぞ?」

「うんっ!」



カーテンレールに飾り付けをする麻友菜がどこか危なっかしくて、俺は唐揚げの下準備を中断して、麻友菜を手伝うことにした。ここで脚立から落ちて大怪我をされたら嫌だからだ。



「大丈夫だって。本当に過保護なんだから」

「過保護でもなんでもいい」

「こんな三〇センチくらいの高さから落ちてもなんともないって」

「高いところは俺がやる。麻友菜は低いところを頼む」

「もう……本当に彼女バカなんだからっ!」



せっかくだから、脚立から降ろすのにお姫様抱っこをしようと麻友菜を抱きかかえる。背後から急に脇の下と太ももの裏に触れたものだから、麻友菜は驚いたようでビクついた。



「ちょっと〜〜〜びっくりするじゃん」

「ついでにキスしたくなった」

「ついでって……今はそれどころじゃないじゃん」

「ダメか?」

「……むぅ。いいよ。いいに決まってるじゃん」



お姫さま抱っこをしながら麻友菜にキスをした。麻友菜を床に降ろしてからも抱きしめて、再び唇を重ねる。



(ご主人さまぁ〜〜〜満足しましたかぁ〜〜〜)



不意打ちのように麻友菜が俺の耳元で囁かれて、相変わらずの吐息のくすぐったさに鳥肌が立ってしまった。それで麻友菜のスイッチが入るのはいつものこと。いたずらっぽい笑顔を浮かべて、俺の耳に顔を近づけたまま、なにをするのかと思ったら耳たぶを優しく噛んだ。



「やめろって……」

「仕方ないじゃん」

「なにが?」

「わたしの癒やしなんだもん」



そして、また顔を近づけて首筋に唇を這わせた。再び鳥肌が立って、麻友菜は嬉しそうに、



(麻友菜のこと可愛がってくれる気になりましたかぁ〜〜〜)



しかも、調子に乗った麻友菜はそのまま背伸びをして、俺のうなじから耳の後ろに掛けて、あろうことか、唇ではなく舌の裏で舐めた。さすがに限界で、変な声——というか息が漏れた。



(ご主人さま可愛いですねっ)




「悪い子にはお仕置きが必要だな」



麻友菜両腕ごと抱きしめて身動き取れないようにし、麻友菜の背中に回した手で脇の下と横腹をくすぐる。しかも軽い麻友菜の身体を浮かせているために絶対に逃げられない。



「きゃ、ちょ、ちょっと、くすぐったい、くすぐったいって〜〜〜」



麻友菜は足をバタバタさせて大笑いをする。



「許してください〜〜〜もうしませんから〜〜〜」

「絶対に許さない。一生こうしてくすぐり続けるからな」

「ひゃ〜〜〜〜もうらめぇ〜〜〜〜お願い、限界れす〜〜〜」

「ダメだ」

「もうしません、もうしませんからっ!」」

「多分だろ?」

「多分」



くすぐるのを止めると、麻友菜はぐったりしてそのまま寝転んだ。俺も横になって、麻友菜に再びキスをする。



「終わらなくなっちゃうね。大変」

「ん。そうだな。そろそろ再開するか」

「うん。あ〜〜〜今日もいっぱい笑ったなぁ〜〜〜」



それから、俺が代わりに脚立に立って飾り付けをする。HAPPY BIRTHDAYの文字をかたどった風船を膨らませて紐に通し、壁に貼り付けて飾り付けは終了。今まで母さんの誕生日を祝うのに、こんな飾り付けをしたのははじめてだ。麻友菜がいなければこの発想はなかったと思う。飾りはすべて麻友菜のチョイスで、女の子らしさが全面に出ている。



俺が再びキッチンに戻ると麻友菜も付いてきて、俺の隣に立った。



「春輝一人じゃ心細いだろうから、わたしも手伝う」

「休んでいて大丈夫だぞ?」

「春輝くんが指切ったら大変じゃん。わたしも過保護ごっこするからね?」

「……過保護ごっこか。分かった。じゃあ、エビに衣つけてくれるか?」

「うんっ!」



二人で料理をするのは何回目だろう。他人を入れるのが嫌だった頃からは想像できないほど、麻友菜がキッチンにいることに違和感がない。しかも勝手知ったる他人の家ではないが、麻友菜は我が家のようにうちに馴染んでいる。



「あ、そういえばソース切らしてたと思うけど?」

「……ああ、そうだった。忘れてたな」

「エビフライだもんね」

「俺よりも冷蔵庫の中身把握してるのか」

「まあ。ほぼ毎日来てるしね」

「ん。じゃあ買ってくる」

「うん。わたし下準備しておくね」

「頼む」

「いってらっしゃい」



麻友菜は玄関まで付いてきて、「ねえ、」となにかを待っている様子。ああ、これはアレだな。麻友菜の肩を両手で持って引き寄せて、お約束のキスをする。麻友菜は満足そうに笑って、再び、



「いってらっしゃい」

「ん。行ってくる」

「はやく帰ってきてね」

「ん。分かった」

「春輝」

「なんだ?」

「キスもう一回して?」



もう一度麻友菜を抱きしめながらキスをする。



「新婚さんごっこも楽しいね」

「ん。じゃあ、行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」



はやく家から出ないと麻友菜に引き止められてなかなか外出できそうにない。スーパーまで行く時間がないために、近くのコンビニに行くだけなんだが。麻友菜を家に一人で置いておくのも心配なために(たとえば強盗が押し入ったら大変だし、巨大地震が来ないとも限らない)、ジョギングしながら向かうことに……たしかに過保護かもしれないな。



ソースを買って、急いで家に帰ると麻友菜は下ごしらえがちょうど終わったところらしく、「おかえり~」と出迎えてくれた。



それから二人で料理を作ってテーブルに並べ終えると、麻友菜は部屋を移動してあえて制服に着替えた。結局、制服が一番無難だと結論付けたらしい。



そして、しばらくすると母さん——並木秋子が到着した。玄関まで黒服の男数人に送ってもらったようで、人払いをして家に上がった。麻友菜の顔は強張っていて、かなり緊張しているのだろう。青空青春コンテストのダンスを披露したときよりも表情は硬い。



「は、はじめまして。霧島麻友菜です。春輝さんとお付き合いさせていただいております」

「はじめまして。麻友菜ちゃんですね。今日は私のためにありがとうね」

「いえ。あの……春輝さんのお母様ですよね?」

「うん。そうよ」

「綺麗……すごくお綺麗で……あ、ごめんなさいっ!!」



もっと貫禄があって怖い人だと麻友菜は思っていたのかもしれない。母さんが俺を養子縁組にしたときの年齢は二〇歳ちょうど。今日で三七歳になった。他の同年代の高校生の母親の平均年齢よりもかなり若いのかもしれない。仕事柄、誰よりも美容には気を使っているだろうし、人当たりも良い。お客さんに気分良く酒を飲んでもらうのだから当然だ。今は一線を退いて経営の方に回っているが。



「麻友菜ちゃん、いつも春輝をありがとうね。この子は無愛想だから心配していたの。でも、麻友菜ちゃんみたいな子がそばにいるなら、わたしも安心して仕事に専念できるわね」

「いえ。お世話になっているのはわたしのほうなので」

「そんなことないと思う。そうそう、お祭りのときの報酬を渡していなかったわね」



そう言って、母さんはご祝儀袋を麻友菜に手渡した。



「こ、こんなにいただくわけにはいきませんっ!!」

「いいの。仕事をしたら対価をもらうのは当然の権利だから。麻友菜ちゃんのおかげで焼きそばが売れたのでしょう? なら、ちゃんと報酬は受け取らなきゃ」

「……ありがとうございます」



やけにご祝儀袋の厚みがあるような気がする。おそらく“対価”以上の金額が入っているのだろう。実は、母さんは祭りのときお忍びで焼きそば店を見たらしく、麻友菜のことをとても気に入っていた。わざわざ会わせろとラインを寄越すくらいに気になっていたのだ。



「こんなにいっぱい飾り付けをしてくれたの?」

「はい……ちょっと子どもっぽかったですか?」

「可愛らしくて好きよ。それに、こうして準備をしてくれる気持ちが嬉しいもの。麻友菜ちゃんは良い子だって吹雪が言っていたわ。あんな真っ直ぐな子は見たことないって」



コンテストの二次審査を見ていた吹雪さんも麻友菜のことを気に入っていた。麻友菜は誰からも好かれる性格をしている。



「えっ!? 吹雪さんが……そうですか」

「あの人、春輝と鞍楽以外を褒めることなんてほぼないのよ。雪が降るかと思ったわ」



母さんには席に着いてもらって、俺と麻友菜で料理を運ぶ。母さんには俺と麻友菜で作った料理だと説明して、一緒に食べることに。緊張して食べられないかも、と麻友菜は言っていたが、いざ食べ始まるとそんなことはなかった。母さんは人たらしだから、すぐに誰とでも打ち解けることができる。それは麻友菜も例外ではない。



「春輝、からあげの味が変わったわね」

「ん? 今までとそんなに変わらないと思うが」

「ごめんなさいっ!! わたしのせいです。わたしが下味つけたから……失敗しちゃったかな。本当にごめんなさいっ!!」

「違うわよ。今までよりも美味しくなったの。これ、麻友菜ちゃんが味付けをしたの?」

「……はい」



麻友菜には俺の味付けの分量のメモを渡しているし、一緒に同じものを何回も作っている。



「優しい味。春輝、あなた良い子を見つけたわね」

「それはそうだろ。麻友菜はかわいいし気立ても良い。それに素直で優しい」

「春輝、恥ずかしいって」

「いいだろ。事実だ」



料理を食べ終えて、ケーキを冷蔵庫から取り出す。これは麻友菜と一緒に作った力作で、味には自信がある。



ロウソクを立てて母さんに消してもらい、それからケーキを切り分ける。食べ始めるタイミングで、俺はあらかじめ用意しておいたシルバーニードルという紅茶の茶葉の木箱を母さんに手渡した。包装は自分でしたから、あまり綺麗ではないが。



「いつもありがとう」

「あの……実は、わたしからもあるんです」

「麻友菜ちゃんも?」

「はい」



俺も初耳だった。まさか麻友菜が母さんにプレゼントを用意してくれているなんて思ってもみなかった。麻友菜はバッグから小包を取り出して、母さんに手渡した。



「開けていい?」

「はいっ!!」



母さんが開いた箱の中からは入浴剤等の詰め合わせだった。加えて、プレゼントには手紙が添えられている。



「ごめんなさい。すごく悩んだんですけど、これくらいしか思いつかなくて。それに、目上の方になにをプレゼントしていいかも分からなくて、失礼だったらごめんなさい」

「手紙、読んでもいい?」

「はい」



母さんは、麻友菜の手紙を声に出さずに読み、終えたところで再び封筒に戻し、入浴剤とともに箱にしまい込んだ。



「麻友菜ちゃんは芯が強く、まっすぐな子ね。本当にありがとう。こんなにうれしいプレゼントをもらったのは初めて」

「そんな。ただ気持ちを書いただけで……」

「私も麻友菜ちゃんに出会えてよかった。これからも春輝をお願いね」

「はいっ!」



多忙な母さんは八時には帰路につき、俺も麻友菜を家まで送っていくことにした。



「今日は助かった。ありがとうな」

「ううん。春輝のお母さんにちゃんと挨拶できてよかった」



手を繋いで駅まで行き、いつもどおり電車に乗って麻友菜の家まで送り届ける。このルーティンをするとき、いつも麻友菜は寂しそうな顔をする。別に会えなくなるわけではないのに、今生の別れのごとく甘えモードになる。



だが、今まで以上に俺達に注目が集まってしまう。麻友菜がCMに出ているからだろうか、視線が痛い。俺たちは今まで空気のような存在だったのに、それがいつからか色がついてしまったようだった。



だが、麻友菜は意に介さない様子でいつもどおり別れ際に俺に抱きつき、「また明日ね」と言ってマンションのエントランスの中に入る。そして、振り返るといつまでも手を振っていて、それは俺が去るまで続く。いつものルーティンだ。



その後、ラインが続き、家に帰るとライン電話で寝落ちするまで話す。



正直、麻友菜が芸能界に入る決心をしなくて、安心した。もし芸能界に入ってしまったら、麻友菜の笑顔が俺だけのものじゃなくなってしまう気がして。








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