親友編

#37 手作りケーキ@誕生会大作戦



夏休みも終わり、新学期が始まった。



送迎をしてもらった車を降りて驚いた。校門の前でなぜかたむろしている人、人、人。それは昇降口から廊下に至るまで生徒で埋め尽くされている。先日の青空青春コンテストでは、物の弾みで一位を取ってしまい、また面接で選ばれてトントン拍子でスポーツ飲料のCM出演に抜擢された。そしていざ撮影に入り、一昨日放映されて今日に至る。



面接から撮影、そして放映までのスピード感が半端なかった。



「霧島さんすごいですッ! すげえ可愛かった!」

「友だちになってくださいっ!!」

「隣のクラスの佐川ですけど、もしよければ連絡先を……」



思いほか、わたしの出演するCMが好評で、ネットニュースに載ってしまったのが運の尽き。今朝からこんな感じで注目を浴びてしまっている。でも、わたしには最愛の彼氏がいる。その彼氏が、



「麻友菜にそれ以上近づくな」



なんて目を光らせていてくれている。学校生活が大変になるだろうと吹雪さんが気を利かせてくれて、毎日送迎の車を出してくれることになった。吹雪さんは春輝にわたしの護衛を命じて、一緒に車に乗ってエスコートしてくれているから安心といえば安心だけど。



「ごめん。なんだか大変なことになっちゃって」

「ん。気にするな。そのうちほとぼりも覚めるだろ。それよりも麻友菜は本当にいいのか?」

「なにが?」

「麻友菜ならクララ以上に人気者になれるかもしれないって吹雪さんも言ってたろ」

「あぁ。うん。いいの。わたしはそういうの向いていないから。それにクララちゃんより売れるなんておこがましいよ。わたしはそんなキャラじゃないし、褒めて伸ばしてくれようとしてるだけだと思う」



吹雪さんが社長を務める事務所(クララちゃんも所属している)に一時的に登録させてもらって、スポーツ飲料のCMに出させてもらった。本来なら、このまま芸能活動を続けるべきなんだろうけど、わたしには荷が重い。



吹雪さんはそんなわたしを見て、芸能活動を無理には勧めてこなかった。本当は売り出したいんだ、と春輝に説得を試みてほしかったみたいだけど。吹雪さんにはちゃんと事情を話して、頭を下げて謝った。吹雪さんは笑って許してくれた。むしろ、筋が通っていて大したものだ、なんて褒めてくれたことには驚いた。



「でも、吹雪さんに悪いことしちゃったなって」

「そもそもコンテストの目的のCMには出たんだから、それでいいだろ。その後の活動のことについては契約書に書いていなかったからな」

「うん……」



午後からホームルームとなって、文化祭について話し合わなければならない。条島高校の秋のメインイベントである文化祭が一〇月の上旬に控えている。九月から準備をしなければ間に合わないし、一週間後には生徒会に内容を提出しなければならない。学級委員はこれから忙しくなる。



「というわけで、文化祭のクラス催し物を決める」



一学期のときは黙っていた春輝も、二学期になって積極的に学級委員として発言してくれる。まるでわたしと立場が逆転したみたい。わたしはあまり発言できずにいる。コンテストのときに自分のことを大暴露してしまったのが一番の原因だ。自分をどう演じていいのか迷っているといったら大げさかもしれないけど。今までのように無理に笑わなくていいし、むしろ素でいるべきなのかも。そんなことを考えていたら、いつの間にかコミュ障みたいになっていた。



「料理系なら俺が作ってもいいぞ?」



去年まったく参加しなかった(なんなら三〇分で早退した)と自分で言っていた春輝がそんなことを言う。林間学校の件もあって、クラス内で春輝には一定の信頼が寄せられている。去年は春輝とは別のクラスで、春輝のことはよく分からなかったけど、影が薄いキャラということだけは知っていた。その春輝が、自分から率先して文化祭を盛り上げようとしている。



成長というよりも、わたしのためだよね。



「並木の料理は確かにうまいけど、そうじゃなくて、みんなでキャッキャ言えるやつやりたくない?」



ミホルラが発言すると、みんなは「だよな」と同意する。



「ミホルラとまゆっちの絡みが見たい」



クラスの男子が発言した。そもそもわたしとミホルラの絡みってなんだろう。漫才でもすればいいのかな。



「はい、却下」

「は? 並木なんで?」

「麻友菜は……分かるだろ。できれば表に出したくない」

「……でも、まゆっちがいれば人気すごいじゃん」

「却下だ」



クラスメイトの独断の提案はあえなく却下された。



結局、持ち帰って各自考えてくるということになってホームルームを終えた。下校するときにも校門に黒塗りのワゴン(防弾仕様だって春輝が教えてくれた)が横付けされていて、黒服の厳つい男の人が三人、スライドドアを開いて待っている。



「春輝さん、麻友菜さん、おかえりなさいッ!!」



三人の黒服が斜め45度にお辞儀をして、わたしと春輝を迎えてくれた。いやいや、恥ずかしいなんてレベルじゃない。春輝と急いで車に乗ったけど、近くに居合わせた生徒たちは騒然としていた。まるでどこかの極道の子息を迎えに来た車みたいじゃん。なんて思ったけど、春輝を見て、そのとおりじゃんって思って一人可笑しくなってツボに入った。



「なにが面白かったんだ?」

「ご子息の春輝が一般ピーポーのわたしを護衛してるんだもん」

「ん……? どういう意味だ」

「なんでな〜〜〜い」

「よく分からないが、今日やっと笑ったな」

「えっ?」

「気づいていないのか?」

「なにを?」

「クラスで顔が強張ってるぞ」

「あー……うん。大丈夫。そのうち元通りになるから」



春輝と二人きりのときは癒やされるし、素を出せるから発散できる。ソファみたいな後部座席に二人並んで座って、春輝はわたしの手を繋いでくれる。



「でも、俺は心配だ」

「うん……ありがとう」



夏休みが終わっても、学力が落ちないことと、学生らしい行動をするなら夏休みと同様、お泊りを継続してもいいとお母さんから許可が下りて、わたしは胸をなでおろした。今日はお泊りの日じゃないけど、春輝のバイトが休みのために家で一緒に勉強をすることになった。



ちょうど家の中に入ると雨が降ってきて、窓ガラスが雨粒模様になった。ダイニングテーブルで肩を並べて座り、教科書とノートを広げる。



「あ~あ」

「ん? どうした?」

「なんだか大変なことになっちゃったなって」

「気にするな。それに麻友菜は俺と一緒にいるのがイヤか?」

「イヤなわけないじゃん」

「なら、一緒にいられる時間が増えると思って、プラスに考えろ」

「今までと同じだよ、それ」

「ん。だな」



現国と漢文、それから英語の課題の分からないところを春輝に聞きながら進めていく。中学校のときに来てもらっていた家庭教師よりも断然分かりやすいし、好き。教え方が優しくて、自分の力で解けたときに頭を撫でてくれるのも好き。それから、近づくと良い匂いなのも好き。



それで、わたしがくんくんって春輝の匂いを嗅ぎ、勉強を中断して抱きしめても、



「宿題もあと少しだし、休憩にするか」



そう言って微笑んで、わたしの頭を撫でてくれる。このやり取りは数百回以上していると思うけど飽きない。それどころか。



「もうっ!! 好きが止まらないじゃん」

「? いきなりどうした?」

「感情が高まりすぎちゃったの。春輝が悪い」

「ん? 俺がなにかしたか?」

「今日も優しすぎるの。たまにはわたしを叱ってくれないと、フニャフニャになっちゃう」

「叱ると言ってもな。そんな要因ないぞ」

「まだ終わってないぞ。勉強しないとバカになるじゃないかっ! とか言って、怒ってよ」

「別にいいだろ。それより、ケーキでも食べるか?」

「えっ!? 食べたいっ!!」

「昨日作った新作だ」



春輝が冷蔵庫から取り出したのは、ブルーベリーとラズベリーが飾られたホールケーキだった。チーズケーキみたいで見た目もゴージャス。こんなすごいケーキを作れるなんて、パティシエかよって思う。これで素人とか神なのか。神なんだよね?



「おいしそ~~~~っ!」



わたしの顔を見て、春輝が吹き出した。笑いを堪えていたようで、顔を手で隠してお腹の底から笑っている。



「なんでそんなに笑うのよ~~?」

「さっきまで、“叱って”とか言っていたのに切り替えが早いなと思って」

「だって、仕方ないじゃん。これも春輝が悪いんだよ? わたしを餌付けして喜ばすんだもん」



春輝がそんなに笑うなんていつぶりだろう。でも、笑ってくれて嬉しい。春輝が笑うと、わたしも幸せな気分になる。そしたら自然と笑いがこみ上げてくる。春輝がツボるなんて、面白すぎじゃない? わたしもお腹を抱えて笑った。



「さて、今日も麻友菜を太らせないとな」

「いいよ。ほら、いっぱい太らせて」

「ぶっ飛ばすとか言わないのか?」

「太っても春輝が責任取ってくれるんでしょ?」

「太ったら放逐する」

「えっ?」

「冗談だ」

「もうっ! そんなことしたら一生許してあげないんだからねっ!」



春輝は笑いながらケーキを切り分けてくれた。太ってもいいから好きなだけ食べろと言って。春輝と一緒にいると本気で太りそうで怖い。食べた分、ちゃんと運動して消費しないとね。



「そういえば、もう少しで春輝の誕生日だね」

「……覚えていたのか?」

「うん。九月一四日でしょ。なにしようか?」

「別に」

「別にってことはないでしょ」



わたしの誕生日は付き合う前(しかも偽装交際をする前)だったのに、しっかりといただいてしまった。春輝は実用的なものをあげられてよかったと言っていた。春輝らしいなって思う。春輝の欲しいものってなんだろう。本人に探りを入れてきたけど、イマイチ分からない。



「やっぱり誕生日プレゼントはわたしかな。首にリボン付けて」

「それがいいな」

「って、それはもうあげているでしょ。春輝が受け取らないだけで」

「? 受け取っていない?」

「あ~~~なんでもないです」



ケーキを一口食べてみる。うん、春輝の作ったものにハズレ無し。美味しすぎて思わず「しあわせ~~~」って声が出ちゃう。



「喜んでくれてなによりだ」

「もう太ってもいいや……ごめん。麻友菜はもうダメ人間にされてしまいました」

「諦めるのが早いな。とりあえず一口でやめておけ。今、シルバーニードルを淹れる」

「シルバーニードル?」

「紅茶だ。ケーキに合うか飲んでみよう」

「もしかして春輝も飲んだことないの?」

「ない」



聞いたことがないからググってみたら、思わず声が出た。五〇グラムで数万円って。いったいなにを買ってるのよ。



「そんな高級なの……悪いよ」

「俺が試飲したかったから。ついでだから気にするな」

「試飲って、どういうこと?」

「誕生日なんだ」

「春輝の?」

「母さんの。紅茶好きだから今年はこれを贈ろうか迷ってな」

「……なるほど。お母さんの誕生日はいつなの?」

「明後日だ」

「そっか。あのさ、ずっと前から思ってたんだけど」

「ん?」

「わたしも挨拶しちゃダメかな?」

「……いいぞ。むしろ連れてこいっていつも言われてる」



春輝はうちに挨拶に来てくれたのに、わたしがなにもしないのはやっぱり変だと思う。春輝のお母さんはすごい人だと聞いたからすこし身構えちゃうけど、それじゃダメだ。春輝を見習わなくちゃ。



「じゃあ、誕生会するか」

「うんっ! 飾り付けしていっぱいお祝いしようっ!!」



その後、春輝と一緒に部屋の飾りを買いに行ってから、家に送ってもらった。春輝のお母さんに認めてもらわないといけない。けど、なにをしたら喜ぶんだろう。



翌日は春輝と一緒にケーキを作った。これで春輝のお母さんが喜んでくれるといいんだけど。




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