#36 マイク@VS早川莉子



青空青春コンテストの第一次審査で、麻友菜は結果的に三位通過を果たした。



第二次審査の内容は、会場に赴き審査員の前で実際にダンスを披露するというもの。その審査を通過すれば残りは面接だけとなる。第一次審査において、ほとんどの参加者は足切りに遭い、一〇名程度しか残っていないことに麻友菜は恐れおののいていた。



今日はその第二次審査の日。場所は都内にあるホールで、関係者のみならず一般の人も自由に観ることができる。そのため会場は応援に駆けつけた人たちで賑わっている。もちろん砂川さんや高山をはじめとしたクラスメイトも応援に来てくれた。



「麻友菜、緊張しすぎだ」

「うん。でも、莉子ちゃんがいると思うとさ……」

「ん。それは仕方ない。会っても無視しろ」



早川莉子は一位通過しており、当然ながら会場入りしているはず。俺は会ったことがないが、動画で見るかぎりなかなか手ごわそうだ。莉子はどことなく、やさぐれた目をしている気がしてあまり麻友菜に関わらせたくない。



「春輝く~~~ん、麻友菜ちゃんの応援にきたぜ」

「ミー君はしゃぎすぎ。静かにしてろよ」

「分かってるって。ヤマさん」

「ふたりとも落ち着け。麻友菜ちゃん、応援に来たッスよ」

「みなさん、ありがとうございますっ!」



ミー君とヤマさん、それにクロさんが麻友菜の応援に来てくれた。祭りのときから麻友菜のことをいたく気に入ってくれていて、今日はわざわざ駆けつけてくれたのだ。厳つい三人組が来たことで、クラスメイトの表情が固まる。



「まゆっち……知り合いなの?」

「うん」

「どう見てもカタギに見えないんですけど?」

「ミホルラ、しッ!!」



極道三人組を見て、砂川さんは臆すること無く俺にそんなことを訊いてきた。ちなみに高山は必死に砂川さんを制止している。極道三人組は前方の席を陣取って、開始するのを静かに待っている。



「そろそろわたし控室行ってくるね」

「まゆっちファイト~~~っ!!」

「応援してるからなっ! まゆっちならやれる!!」

「ミホルラ、景虎、ありがとう! がんばるねっ!」



道中で莉子と再会した際に、なにかしらの危害を加えられないように俺も付いていくことに。



それにしても人が多い。二次審査自体がイベントと化していて、ユーチューブに上げられることは確実。しかもハッシュタグを付けてインスタに上げてほしいと、主催者側からも案内があるほどだった。



控室に行く途中の廊下を歩いていると、向こうから歩いてくるアッシュの髪色の子がこちらを睨んできた。間違いなく早川莉子だ。麻友菜は無視して通り過ぎる——と思いきや。



「莉子ちゃん」

「……麻友菜?」

「がんばろうね」

「……ちっ」



なんだかどこかで見たことのある反応だ。確か、以前二番街で宮崎優愛に会ったとき、俺に同じような反応をしていた。それに、よく見ると実際の莉子はどことなく優愛に似ている気がする。動画で見ただけでは気づかなかったが、実際に会ってみると間違いない。宮崎優愛となにかしらの関係があると思う。舌打ちをして通り過ぎた莉子の後ろから優愛が現れて、俺も麻友菜も面食らった。



「なに?」

「いや、莉子と似てるなと」

「当たりまえだろ。姉妹なんだから」

「ん? 姉妹?」

「えっ? ユウちゃんと莉子ちゃんが?」

「苗字が違うだろ」

「親が離婚してんの。間違いなく二卵性双生児だよ。ばーか。気づけアホ」



以前、村山との関係を訊いたときには、「お前に関係ないだろ」と切り捨てたのに、莉子との関係はすんなり話すところを見ると、おそらく莉子を誇りに思っていて、とても仲が良いのだろう。それにここに来た理由は応援なのだろうから。



優愛も「ちっ」と舌打ちをして莉子に追従するように去って行った。



「知っていたか?」

「ううん。あ、でも両親が離婚していることは聞いたかも。まさか双子だったなんて……知らなかった」

「同じバイト先……仲が良いのに離れて暮らしているのか」



その後、麻友菜を控室まで送っていき、俺は客席まで戻った。一〇位から順にダンスを披露していく予定だが、麻友菜の出番は八番目ということになる。一番前の席に座っているのは宮崎優愛と村山直継、それに村山の取り巻きが数人。まさか麻友菜の妨害はしないだろうが、気を抜かないほうがいいな。



一〇位からダンスが披露される。同じ振り付けとは思えないほど、個性豊かで演技力が高い。麻友菜はあれからミツキ先生の元で数回レッスンを受けているし、家でもかなり練習に励んだのだと思う(俺には一切努力したことを言わないが)。



「やばいって、並木。こんなにレベチなの?」

「ミホルラ落ち着け」

「ん。まあ、一次通過者だからそうだろうな」

「まゆっちの動画にクララたん出てたけど、あれって本当に本人?」

「おそらく」



さすがにクララと俺の関係を話すわけにもいかず適当に流した。今日は当然、クララは来られない。



いよいよ麻友菜の出番になった。麻友菜の顔を見るかぎり、緊張でガチガチというほどではないが多少強張っているように見える。だが、音楽が流れると顔つきが変わり、海で踊ったときからは見違えるほどダンスは洗練されていた。



「まゆな~~~~~」

「まゆながんばれ~~~~~」



麻友菜のダンスにとんでもない歓声が上がる。それまでの参加者とは比べ物にならないほどの声援が湧き上がる。後ろを振り返ると、クミさんやその仲間、そして、祭りのときに屋台で隣同士になったキャバ嬢とコンカフェ嬢が勢揃いしていた。麻友菜はとなりの屋台だろうと敵視せずに明るく振る舞って、なんなら仲良くなって連絡先を交換したくらいだ。



そんな麻友菜だからこそ、人を惹きつける魅力があるのだろう。陽キャを演じていると本人は言っているが、そんなことをしなくても十分に陽キャで、誰からも好かれる性格をしている。どこかで殻を破れるといいんだが。



「うしろの派手な人たち……なに?」

「ん。気にするな」



砂川さんは興味津々だったが、また流させてもらった。まさか二番街の風俗嬢とキャバ嬢、それからコンカフェ嬢が応援に来てると知ったら、説明が面倒になる。



麻友菜が踊り終えると拍手喝采が鳴り響いた。割れんばかりの声に審査員も振り向くほどで、麻友菜は深くお辞儀をしてステージを降りる。



次に二位の人がダンスを披露したが、どう見ても麻友菜のほうが実力は上だった。そして、いよいよ莉子の番だ。



「すげえ。なにあの子」

「ヤバいな」

「エグすぎ」



キレキレのダンスを披露した。舌打ちをした莉子とはまるで別人のようで、どこからどう見ても爽やかな少女にしか見えない。さすが一位通過だけあって迫力が桁違いだった。



そして審査員による審査を経て、順位の発表となる。ここで三位以内に入らなければ最終面接には行き着かない。出場者一〇名がステージに立ち審査員の講評を待つ。



「では、第三位から。第三位は阿部クルミさん〜〜〜〜!!」



拍手が沸き起こる。第一次審査を二位で通過した人だった。ここまでは予想通りの展開だ。次に呼ばれる名前に会場の誰もが耳を傾けた。麻友菜が呼ばれるのか、それとも莉子なのか。はたまた予想外の展開になるのか。



「第二位の発表」



いつもうるさい砂川さんと高山が固唾を呑んで見守っている。それほど緊迫した空気が流れていた。



「第二位は、早川莉子さん〜〜〜〜おめでとう〜〜〜っ!!」



瞬間、莉子が「えっ」と言う顔をした。寝耳に水のような雰囲気で呆然と立ち尽くしている。前に座る優愛と村山も驚きを隠せない様子だ。



「それでは、栄えある第一位の発表です」



ここで麻友菜が呼ばれるのか、あるいは他の人なのか。クラスメイト達はみんなキリスト教徒のように指を組んで祈りを捧げている。



「第一位……」



——霧島麻友菜さんです。



割れんばかりの大歓声。観客は総立ちで拍手喝采を送り、キャバ嬢たちは「せーの」とタイミングを合わせて、



「まゆな〜〜〜〜〜おめでと〜〜〜〜」



と祝福を送った。コンカフェ嬢たちも同じように麻友菜の名前を叫ぶ。誰も彼も麻友菜に心を奪われていた。麻友菜は口を押さえてただ震えている。対して、莉子は麻友菜を睨みつけている。だが、麻友菜の本番はここからだ。一位になれば会場に向けてスピーチがあるとプログラムに書かれていた。麻友菜にとって、莉子に一言物申す絶好のチャンスだ。



「それでは、一位の霧島さん一言どうぞ」



司会者にマイクを手渡されて、麻友菜が一歩前に出る。麻友菜はこの瞬間のためだけにコンテストに出場したと言っても過言ではない。麻友菜は深く息を吸って、俯いた。



次に顔を上げたとき、強い意志を持ったようにキリッと目つきが変わる。



「この度は……応援に来ていただいたご来場の皆様、本当にありがとうございました。みなさんのおかげで、わたしは力を出し切ることができたと言っても過言ではありません。ここで、一つお話したいことがあります。わたしの友達のことについてです」



実は、わたしはとなりの早川莉子さんとは同じダンススクール出身で、小学校は違えど同じ中学出身でした。いつも一緒に遊ぶ仲で、きっと未来永劫親友として付き合っていくものだと信じていました。



けれどある日、莉子さんとわたしとは別の友人がケンカをしてしまい、わたしは仲良くしてほしいという理由から、莉子さんを傷つける言葉を口にしてしまったのです。だから、この場を借りて言わせてください。



「本当にごめんなさい。わたしが莉子ちゃんを傷つけたのだとしたら、心からお詫びします」



会場が静寂に包まれて、ただ頭を下げる麻友菜が異質のような雰囲気となる。莉子は声を上げることはなく、無言で麻友菜を睨んでいた。



「それから、わたしは莉子さんに無視されるようになりました。莉子さんだけではなく、クラス中から無視をされて居場所を奪われました。同じクラスの中で誰も話しかけてくれない。話しても答えてくれない。つらい日々でした。莉子ちゃんとは一緒にいられないと思い、大好きだったダンスも辞めました」



きっとわたしが悪いんだ。なんであんなことを言ったのだろう。空気を読めないからダメなんだ。そう思うと次第に人が怖くなり、“いつも笑顔で、誰からも愛されるキャラ”という自分を演じることでアイデンティティを保つようになりました。



「まゆっち……ばか。なんでそれをあたしに……」



砂川さんが不意に呟いた。



「それから誰もわたしを知らない高校に進学しました。大好きな彼氏もできました。本当に幸せな毎日を送っています。そして最近、不意に中学の友達に再会したんです。その子は言いました」



莉子ちゃんが怖くて、麻友菜を無視をするしかなかった、と。そのことについて、わたしは許すことができません。本人の意志を蔑ろにして、わたしを無視することを強要したことは絶対に許せません。みんな罪悪感があったんじゃないかと思います。わたしなら大切な友達を無視するように強要されるなんて、絶対に耐えられません。



「麻友菜ッ!!!!」



客席の中の一人が立ち上がった。そこには新井瑠奈の姿が。さらに周りの何人かも立ち上がってみんな頭を下げる。いったい何事かと思ったら、



「みんなに声かけたッ!! 一緒に謝ろうって。私からも言いたい。莉子は間違ってる」

「ごめん、麻友菜。当時のあたしも莉子になにも言えなかった。怖かった」

「私も」



何人も声を上げて莉子を糾弾する。普通、こんなことあるだろうか。多数の意志によって、流されてイジメは加速するもの。集団心理が働いて罪悪感はなくなってエスカレートしていくものだ。それにもかかわらず、現状ではほとんどの元クラスメイトが謝罪をするために立ち上がり頭を下げた。



「麻友菜にいつも助けられたのに、本当にごめん」

「あたしも。麻友菜は友達想いで、すごく良い奴だったのに。ごめん」

「麻友菜に悩み聞いてもらったときは、本当に友達で良かったって思った。それなのに、ごめんなさいッ!!」



麻友菜は嗚咽を上げて泣いてしまった。マイクがその声を拾い、なにも知らない観客ももらい泣きをし、当然、悪いのは莉子という流れになる。実際そうなのだろうが、莉子は決して折れようとしない。ここで謝罪をすれば丸く収まると思うのだが。



「あたしは……麻友菜のことが嫌いだった。はじめから嫌いだった」



スタスタと司会者のところまで移動してマイクを奪い、低い声でそう言い放った。まるでなにかに取り憑かれているような顔をして。クラスメイトが怖いと評するのは理解できる。まるで鉄砲玉になってこいと命じられた組員の最期のような顔をしている。



その逆張りのような主張は観客の敵意を一身に受けるような形になった。



「誰にでもいい顔をして、大した練習もせずにダンスは常にセンター。当時好きだった男は瑠奈に取られて、次に好きな男に告ったら、俺は麻友菜が好きだとフラレた。クラスでは誰もが麻友菜、麻友菜って。知ってる? あたしさ、虐められてたんだよ?」

「え……?」

「小学校のとき。それでお父さんはお母さんのことを殴った。お前の育て方が悪いからだって。あたしのせいで親は離婚して、優秀な優愛はお父さんに引き取られた。お母さんは意地でもあたしを守るって。ちゃんと育てるって。それで小6の十二月に転校して……。友達なんてできるわけねーじゃん。それで中学に行って。大人しくしてたらナメられるって。あたしは変わった。外面を良くして、攻撃してくる奴らは徹底的にぶちのめす」

「莉子ちゃん……」

「そうだよ。はずかしくて言えねえよ。苛められっ子だったなんてよ。あぁ、こんなクソコンテストこっちから願い下げだよ。村山をけしかけたのもあたしだよ。同じチームだからな」



優愛が立ち上がりステージに手をかけて無理やり登った。そして、パンッ! と音が鳴り響く。優愛が莉子に平手打ちを食らわしたのだ。



「ナメてんのはてめえだろ。まだ負けてねえだろ。二位だったら最終残るんだろ。あたしはあんたのために色々やってきたよ。でもな、聞いてた話と違うじゃん。霧島は酷いやつだって、中学に入って自分をイジメてた奴だって言ってたろ」

「……くっ」

「あたしは、莉子のためならなんだってやってやるよ。でもな、なんであたしに嘘つくんだ。そんなにあたしが信用できないのかッ!!」

「違うッ!! 麻友菜さえいなければ、全部うまくいくはずだったんだ」

「いかねえよ。お前は、霧島の言葉聞いてなかったのか!? お前に謝ったんだぞ。普通、自分をイジメてきたやつにそんな真似できるか? お前ならできるのか? 小学校の頃のイジメてきたやつに謝れるかッ!? ふざけてんのはテメエだ」



優愛は莉子の腕を引き、ステージ裏へと消えていった。



司会者はどうしていいのか分からずに、インカムで指示を仰ぐ。



すると、パチパチパチと拍手をしながら現れたのは長髪の男。鋭い眼光で客席を見渡して麻友菜からマイクを受け取る。クロさんとミーくん、ヤマさんが硬直した。



「トラブルがありましたが、暫定一位の霧島麻友菜さんに大きな拍手を」



自ら拍手をすることによって、客席からも拍手が起こる。



「本日はお越しいただき誠にありがとうございました。なお、ダンスショー以外の撮影物をSNSに上げることはご遠慮ください」



そう言って、社長自ら頭を下げた。



山崎吹雪。



俺の父代わりの人だった。

主催が吹雪さんだったなんて初耳だ。これはクララに一杯食わされたな。







コンテストが終わり、莉子ちゃんと話したくて会場を探したけど見つからなかった。莉子ちゃんにも事情があって、つらい過去があったのだと思うとなんだか放っておけない気がした。



春輝と合流して、応援に来てくれた人たちにお礼を言うと、みんな笑顔で褒め称えてくれた。ミホルラや景虎、クラスの人たちにはわたしの過去がバレてしまったけど、それに言及する人はいないし、「がんばったね」と言ってくれるだけで、とくにわたしに対する接し方を変えるような人はいなかった。



「いや〜〜〜〜疲れたぁ」

「ん。おつかれ。ほら、マンゴージュース」

「ありがと〜〜〜」



春輝の家に帰ってきて、春輝に癒やしてもらうことにした。どんなに辛いことがあっても、春輝と話をすればチャラになる気がする。心がクリーニングされる感じ。



「少しは気持ちが晴れたか?」

「……どうだろう。むしろモヤッたかも」

「そうか」



そんな心の霧を晴らすために春輝に抱きつく。春輝はそんなわたしを抱きかかえて、ソファに移動して抱っこしてくれる。今日も好きすぎて辛い。好きが限界突破をするとどうしていいのか分からなくなる。抱きしめても、キスをしても、いっぱい甘えても気持ちが収まらない。



「春輝〜〜〜」

「ん?」



(わたしはご主人さまのモノですからねっ!)



春輝の耳元で囁くと、春輝は顔を歪めた。相変わらずの反応が可愛い。



「なんだ急に?」

「ほら、コンテストに出て、芸能人になっちゃったら、みんなのものになっちゃうじゃん。でも、わたしはそういうの向いていないし、春輝だけ見てくれればいいのかなって」

「……ん。じゃあ、俺だけ見てろ」

「うんっ!」



春輝の首の後ろに手を回してキスをして、抱きしめて匂いを嗅ぐ。春輝はそんなわたしの頭を優しく撫でた。春輝の横顔に夕焼けの光が差し込み、瞳がキラキラと輝いた。すごく優しい光が瞳に灯り、やっぱり好きだなってわたしは思う。



春輝がいなかったら、きっと莉子ちゃんに謝れなかったかもしれないのだから。








__________

ここからは本編関係ありません。


近況ノートに解説を書いています。


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