#35 バスタオル@尽くしたい二人
これだけイチャイチャしていれば、一緒にお風呂に入るくらいわけない。そう思っていたけど、いざブラウスのボタンを一つ外すと自分でも驚くほど躊躇した。まだ春輝の前で裸になったことはない。春輝にあれだけ密着しているのに、どうしても恥じらいが先に出ちゃう。
そんなわたしの心情を悟ったのか、春輝は、
「分かったから、せめてバスタオルを巻け」
「……うん」
顔を背けたまま、春輝は大判の白いバスタオルを手渡してきた。春輝はこちらに背を向けて、決して振り返ろうとはしない。結局裸にバスタオル一枚の状態になって湯船に浸かる。春輝は一度脱衣室に戻り、服を脱いでバスタオルを腰に巻いた状態で戻ってきた。
二人で向かい合って湯船に浸かる。春輝の家のお風呂は広いから、二人で入っても悠々と足を伸ばせる。あんなに広いお風呂が素敵だと思っていたのに、今は狭かったら良かったのになんて思ってしまう。春輝との距離が遠い。水着で一緒に泡風呂に入ったときのほうが近かった。こんなの想像していたのと違う。イヤ。こんなのじゃイヤ。
「つまんない~~~」
「なにが?」
「だって、春輝が相手してくれないんだもん」
「……どうしてほしい?」
「抱っこ」
「? 抱っこって?」
バスタオルに巻かれた胸を押さえたまま浴槽の中を移動して、春輝のとなりで寄りかかる。わざと頬を膨らませて(あざとく、ぶりっ子なのは自覚しているけど、春輝と二人きりのときはふざけてよくやる)、相手にしてくれない(というよりイチャイチャしてくれない)春輝を見る。
「春輝に抱きしめてもらいたいの」
「バスタオル一枚だぞ?」
「ダメ?」
「……分かった」
こうして、春輝はわたしのワガママをいつも聞いてくれる。後ろから春輝に抱きしめられると安心感があって、幸せを感じられる。背中に鼓動を感じるのも好き。バスタオル一枚だからいつも以上にダイレクト。やっぱりこれが好き。
「ふふふ~~~~ん♪」
「機嫌がいいな」
「だって気持ちいいんだもん」
夏とはいえ、お風呂は大好き。少しぬるめに炊いたから長風呂もできそう。それに春輝が一緒に入ってくれるなんて、最高のお風呂じゃん。泡風呂とまではいかずとも、入浴剤くらい入れれば良かったな。
抱きしめてくれる春輝の手がふいに胸に当たる。わざとじゃなくて、多分偶然。春輝もさすがに気づいたようで、
「ごめん」
「なにが? 触りたければ触っていいよ?」
「……いや」
あくまでも紳士的。この状況的からして、しようと思えばいくらでもえっちなことができるのに、そういうことをしないのが春輝。もししたくなってもちゃんと聞いてから触るんだろうな。絶対に無理には迫ってこない。少し強引でも春輝なら別にいいのに、と思うけど春輝がそれをするところは想像できない。
「あのさ、春輝。思ったんだけど」
「ん?」
「身体どうやって洗おう?」
「……見ないようにする」
「見たくないの?」
「見たら見たで、理性が飛びそうになるから」
「そっか。別にわたしはいいんだけどなぁ~~~」
理性が飛んでそういう行為になっても、男女一つ同じ屋根の下にいて、その二人が好き同士の恋人なら当然の行為だと思うんだけど。たしかにお母さんとの約束を反故することになるかもしれない。でも、避妊をしろという意味でお母さんは“責任のある行動をしなさい”って言ったんじゃないのなって思う。違うのかな?
男の子の気持ちはわたしに理解できないけど、クラスの子たちの話は聞いているから、なんとなく想像はつく。むしろ、イチャイチャしているのにその先に進まないのは、男の子にとって残酷だってミホルラが言っていた。けれど、それを考えてイチャイチャしないのは……ちょっと違うと思う。好きだと思った瞬間は単純にくっつきたいし、キスもしたい。それに春輝にも触れてほしいし、キスもしてほしい。抱きしめてほしい。
これってわたしのワガママなのかな。
「どうした? いきなり黙ると心配になる」
「ううん。春輝、辛くなったらいつでも言ってね?」
「? なんの話だ?」
「えっち」
「? だからなにが?」
「だから、えっちなの」
「この状況を作り出したのは麻友菜なんだが?」
伝わらなくていい。伝えたところで春輝は大丈夫と言ってお母さんとの約束を忠実に守ろうとするだけ。けど大局的思考で考えれば、春輝の考えていることは正解なんだと思う。おそらくわたしとの将来を考えていて、ここでお母さんの信頼を裏切るようなことをしたくないんだろうな。
春輝の生まれは特殊で、実の両親に育てられていない。春輝のお母さんは立派な人だと思うし、お父さん代わりの吹雪さんは極道の人。お母さんはともかく、春輝の慕っている吹雪さんとは関わりたくないと思うのが一般的だと思う。そんな人と付き合うとなると、どうしても身構えてしまう。もしその先の未来を考えたらなおさらだ。だからこそ、約束を守って、誠実を貫かなければならないって思っているのだと思う。春輝がうちに挨拶に来たときもスーツだったし、手土産のリサーチも欠かさなかった。
あのときの春輝は、実際の春輝以上に礼儀正しく真面目で、人に好かれる努力をしていたと思う。
だから気持ちよりも理性が勝っているんじゃないかなってわたしは思っている。刹那的に感情に流されずに、きっちり将来まで考えてくれている。うん、好き。絶対的に好き。
「やっぱり好きが止まらないじゃん」
「? だから急にどうした?」
「ちょっと考え事してたの。春輝はさ、わたしがイチャイチャしたいとき、うざい?」
「全然うざくないが?」
「ほんとに?」
「ん。それがうざかったら、付き合えないだろ」
「そっか」
「麻友菜は少し肩の力を抜け」
「えっ?」
「今の麻友菜は本当に彼氏バカになってるぞ」
「そう?」
「ん。俺は別に今のままでも十分満足だし、幸せだ。それに付き合っている上で、そういう行為をすることだけが最上ではないだろ」
見抜かれていた。
なんでわたしの考えていることが分かっちゃうんだろう。振り向くと春輝はわたしの頭をぽんぽんと優しく叩いて、抱きしめ直した。ちょうど花火を見ているとき、座ったままお姫様だっこをしてくれたように横向きになり、わたしは春輝に身を委ねる。
「ここ最近の麻友菜は、俺のためになにかしたいって思って行動してだろ?」
「……うん」
「麻友菜は好きになると尽くすタイプだろ?」
「……そうかも」
「それで麻友菜は幸せを感じるのか?」
「うん。すごく幸せ」
だって、春輝の喜ぶ顔も恥ずかしそうな顔も全部好きだもん。春輝に喜んでほしくてがんばっちゃうなんて、痛いくらいに自覚している。
「なら、尽くせ」
「春輝もわたしと同じタイプでしょ?」
「だろうな。だから俺も麻友菜に尽くす。それでお互い様だ」
春輝もわたしに色々としてくれるし、甘えさせてくれる。好きをいっぱいくれる。
「それで麻友菜が嬉しいなら俺も嬉しい。麻友菜の喜ぶ顔が最高にかわいいからな」
「分かりみが深すぎる……わたし達って似たもの同士だよね」
「ん。そうだな。でも約束しろ」
「なにを?」
「自分の持つ力以上のことは尽くそうとするな。たとえば誕生日に借金をしてまで尽くすとかは絶対にダメだ。これは約束してくれ」
「うん……分かった。でも、それは春輝もだよ?」
「ん。約束する。無理はしない」
「絶対だよ?」
「ああ。麻友菜、いつもありがとうな。少しだけお返ししてもいいか?」
「? お返し?」
すると春輝が強く抱きしめて、わたしの耳元で吐息混じりに、
(麻友菜……ずっと俺だけを見てろ)
全身に鳥肌が立った。もちろん拒絶からじゃなくて、抱きしめられながら耳元でそんなこと言われたら、好きが止まらなくなる。
「春輝しか……見てないよ?」
「祭りで……麻友菜目当てでいっぱい男が来てただろ」
「それは偶然——」
「ほとんどの奴が麻友菜を見てただろ。顔には出さなかったつもりだが、俺は内心嫉妬してた」
「春輝が?」
「ん。俺の麻友菜を変な目で見るなって」
そんなこと言ってくれるなんて。嬉しい。好きとかかわいいはすごく言ってくれるけど、そのほかの感情をあまり口にしてくれないから、嫉妬をしてくれたことはすごく嬉しい。だって、わたしのこと好きだっていう証明のような気がするじゃん。
「春輝がそういうこと言うの珍しいね」
「言わないだけで思うことはある。麻友菜は可愛いからたまに心配になる」
「だから、それは春輝だけが思っていることで」
「そんなわけあるか。分からず屋にはお仕置きが必要だな」
春輝は片手でわたしの両手首を掴む。バンザイさせられるように持ち上げられて、しかもわたしの腕の力よりも春輝の握力の方が強くてなかなか抜け出せそうにない。身動き取れない状態で、春輝はわたしの横顔に唇を近づけて、優しく耳たぶを噛んだ。そっと唇で。
「んっ!! くすぐったいよぉ~~~~」
「我慢するしかないな」
これがお返しか。やられるとかなり悶えてしまう。くすぐったいのと好きって気持ちが混ざって、どうしていいか分からなくなる。やり返したくても手を拘束されているからなにもできない。耳から移動した唇がわたしの口を経て、首筋に到達する。また鳥肌が立ってしまった。
「もう……許してください……」
「許さない」
「そん……なぁ……」
ようやく止めてくれたと思ったら、またキスをする。少し長めのキスをして。
「ずるい~~~~」
「なにが?」
「春輝ばっかり」
「麻友菜にやられたことをやり返してるだけだが?」
「それでもずるいの~~~」
わたしが抗議しても、春輝はわたしの手を拘束したままで離してくれない。
「わたしも春輝をいじ——んぅ」
言い終わる前にキスをされて封じられる。ようやく解放されたかと思ったら、そのままお姫様抱っこされて浴槽の外に運び出された。
「のぼせそうだからな」
「うん。確かに熱いね」
「俺は一度上がる」
「えっ?」
「少し頭冷やす」
「ちょ、ちょっと~~~春輝~~~」
「悪い。麻友菜が上がったら入りなおす」
そう言って、春輝は浴室を出ていってしまった。
もうっ!
次はわたしの番だったのに。
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