#33 りんご飴&パンケーキ@モテるカレシとマスコットガール
お祭り当日、早朝七時に春輝と二人で屋台の出店場所に行くと、すでにお祭りムードでどこもかしこも和気あいあいとしていた。屈強な男の人たちがテントを組み立てていて、春輝もすぐにそこに加わる。楽しそうな雰囲気になんだかワクワクしてきた。
わたしは売り子として立ってほしいと言われて、なぜかアニメのコスプレをすることになった。これがなかなか可愛い。どこかのお店の衣装らしいんだけど、本格的でかなり着やすく肌に馴染む。春輝は「本当に着るのか?」と心配してくれたけど、わたし的には全然あり。
前に撮影のときお世話になった美容師さんがメイクもしてくれて、すごく楽しい!
テントが組み上がって鉄板の準備が整い、今日一緒に屋台の仕事をすることになったクロさんとミー君、そしてヤマさんに挨拶をした。
「春輝さんの彼女さん可愛すぎッスね」
クロさんがクーラーボックスを軽トラから降ろしながら褒めてくれた。
「いえ、そんなことないです。衣装が可愛いだけで!」
「麻友菜ちゃん、なにかあったらすぐに言って。俺とミー君がちゃんとボディガードするから」
「あ、はいっ! よろしくお願いしますっ!!」
「そうそう。酔っぱらいの親父とかナンパ野郎が毎年現れるから。あんまり離れないようにね。春輝くんの彼女さんになにかあったら大変だから」
「ありがとうございますっ!」
ミー君とヤマさんは確か、春輝にケンカを売ってきた村山をこらしめた人たちだ。見た目の柄の悪さからは信じられないくらいに笑顔で、話してみるとクロさんをはじめ、みんな紳士的で優しくて面白かった。仲良さそうに冗談を言い合いながら焼きそば作りの準備を進めていく。
「麻友菜ちゃんと付き合ったって聞いたときには、春輝さんも男だなって思ったッスよ。本当に可愛い子ッスね」
「ええ。それは否定しないです。俺にはもったいないくらいに可愛いですよ」
いや否定してよ。世の中、謙遜というものが必要なときもある。春輝が可愛いって思っていても、他の人はどう思っているのか分からないんだから。春輝がまるでノロケの彼女バカみたいになっちゃっているじゃん。
「クロさんの奥さんだって美人じゃないッスか。その人相で、なんで結婚できたのか信じられないッスよ」
「そうそう。美女と野獣って感じ。それに比べてヤマさんの彼女おっかねえの。この前手料理ごちそうになったときに、ゴムみてえな味だなって言ったら本気で怒られたかんな」
「おいコラ!! っていうかそれはミー君が悪いだろ」
そんな会話で盛り上がっていて、爆笑しながら仕事を進めていく。春輝は取り置き分の焼きそばを作りながら会話に参加している。それにしても両隣のお店のキラキラ具合がすごすぎる。
右隣はキャバクラで、今流行りのりんご飴(切られたリンゴがガラスのように飴でコーティングされているやつ)のお店で、売り子が四人体制で全員キャバ嬢らしくみんな可愛い。勝てる気がしない。
左隣はコンカフェで、全員ひらひらのメイド服姿。パンケーキのお店であまり美味しくなさそう(絶対にレンチンのやつ!)なものの、女の子が「あ〜ん」してくれるサービス付き。男の子のみならず女の子からも人気が出そう。とにかく絵面が華やか。
それに対してうちのお店は、
そしていよいよお神輿が担がれて、封鎖された道路でよさこいがはじまる。
「海鮮焼きそばいかがですか〜〜〜〜〜っ!」
「うぉ! どこの子!? めっちゃかわええええええ」
「マジ!! エミリラたん!! アニメから出てきちゃった!?」
「あのぉ〜〜〜順番でおねがいしま〜〜す! 最後尾はこちらですよ〜〜〜」
「エミリラたんのとこ並ぼうぜ。鬼かわじゃん」
なぜか呼び込みをして、一〇分くらいでうちの屋台に列ができた。両脇のキラキラ屋台にも負けず劣らずの行列で、春輝とクロさんが汗水たらして焼きそば作りに専念している。
「春輝くん、エビ抜きできる?」
「了解! パックにピンクのシール貼っときま。ミー君よろしくです」
「オッケー! 千円になりまーす!」
連携がすごい。いつの間にか夜のお店の女の人がいっぱい並んでいて、なんでだろうと思ったら。
「春輝〜〜〜焼きそばプリーズ!」
「写真一緒に撮ろっ!!」
「いつの間に髪切ったの〜〜〜」
って、春輝目当てかっ!!
それも数人じゃなくて、数十人はいる。バイトの関係上、二番街で春輝が有名人なのは知っていたけど、まさかこれほどまでとは思わなかった。わたしの彼氏なのにベタベタ触らないで。って言いたいけど、女の子の圧倒的な雰囲気に
「ん。忙しいから。買ったら帰れ」
と塩対応。わたしに見せる笑顔とか優しい表情は皆無。とにかくクールに振る舞わっていて無愛想そのもの。それでも女の子はみんなキャッキャして、春輝と一言二言会話をして、写真を勝手に撮って散っていく。
「君どこのお店の子? かわいいね。今度行くから教えてよ」
「あ、いえ。お店とかじゃなくて」
「え? もしかしてデリバリーのほう? こんな可愛い子いるお店知らないな〜」
「えっと、そういうのじゃなくて」
嫌な感じのするおじさんが近寄ってきた。なんだか視線がいやらしい。それに距離が近くて、なんとなく触ってきそうな感じがする。
「あの。ちょっといい?」
声の主は春輝だった。焼きそばを作るのを中断してテントから飛び出し、わたしとおじさんの間に入った。この瞬間、周りの視線(とくに女の子)が春輝に集中する。エプロンを脱いで近くの知り合いらしきキャバ嬢に「持ってて」と手渡し、おじさんに詰め寄った。
「俺の彼女だけど。なにか用?」
「僕はこの子のお店に行きたいだけだよ。別に君に用なんて」
「だから、俺の彼女なんだけど」
「でも、この子も働いてるんでしょ。僕は売上に貢献しようって言ってるだけだよ」
「おっさん……嫌がってんの分かんねえのかよ。これ以上関わるようなら……ぶち殺すぞッ!!」
「ひっ!!」
いつも冷静な春輝がガチギレをするなんて思わなかった。ミー君とヤマさんが春輝を「まあまあ」となだめると、春輝はため息をついて、「すみません」と二人に謝った。春輝に凄まれて、おじさんは事の重大さに気づいたのかもしれない。その上、ミー君とヤマさんの異様な雰囲気と睨む目つきに固まって後退りをし、おじさんは青ざめたような顔をして逃げていった。
「春輝くんが怒るとか珍しいな」
「麻友菜ちゃん守られてんなー」
「ごめん。焼きそば中断しちゃったね」
「ん。いや。それよりも、なにもされていないか?」
「うん……大丈夫だよ」
「怖かったな。もう大丈夫だから」
人前だっていうのに春輝はわたしを優しく抱擁して、頭を撫でる。今までの無愛想な表情から一変して、優しい顔になった春輝はわたしに、
「次に怖い目遭ったら、テントの中に逃げてこい。俺が守るからな」
なんて言って焼きそば作りに戻っていった。周りの女の子がキャーキャー騒いでいて、その声でわたしは我に返る。なんだか急激に恥ずかしくなって俯いていると、ミー君が「はいはい、見世物じゃねえぞ〜〜〜」と茶化すように周りの子たちに声を上げてくれた。
「春輝くんの彼女さんだって」
「春輝の顔見た? やばっ!!」
「クソ羨ましい。でも、彼女さん可愛いもん。超お似合いって感じ」
「今の尊くなかった?」
嫉妬されるのかと思ったらそうでもなく、むしろ春輝の株が爆上がりしただけだった。恥ずかしかったけど、春輝は大真面目にわたしを守ろうとしてくれた。人前でも変わらないんだ。やっぱり好き。好きが止まらなくなる。
「春輝さんと麻友菜ちゃん、昼休憩先取ってもらっていいッスか?」
「ん。分かりました」
交代でお昼休憩をしていいということになって、焼きそば作りはクロさんが一人でがんばってくれるらしい。呼び込みはミー君とヤマさんがしてくれることに。一抹の不安は残るけれど、春輝は気にしていない様子だった。
「ねね、となりのりんご飴食べていい?」
「ん。買ってみるか」
「うんっ! さっきから美味しそうだなって思ってたんだ」
数分並んで、わたし達がりんご飴を買う番になった。
「さっきからすごく可愛いなって思ってたんです。みんなキラキラして可愛いですね〜〜〜」
「そう? 春輝の彼女さん名前は?」
「麻友菜です」
「麻友菜ちゃんも可愛いじゃん〜〜〜将来、うちに来なよ」
「え〜〜〜」
キャバ嬢のお姉さんたちは意外にも話しやすくて、すぐに打ち解けることができた。といっても、学校のときの偽笑顔なんだけど。
「買ってくれてありがと〜〜〜麻友菜ちゃん、春輝のことよろしくね」
「はいっ!」
「……さすが陽キャ。コミュ力が半端ないな」
偽物の陽キャですけど。
次は反対側のコンカフェ嬢の屋台に並んでみることに。レンチンのパンケーキにマーガリンを塗って、ハチミツをたっぷり掛けてくれた。そして、
「麻友菜ちゃんあ〜〜〜〜ん」
「あ〜〜〜ん」
「春輝さんもあ〜〜〜ん」
「ん。俺はいい。自分で食べる」
すっかりコンカフェ嬢とも仲良くなってしまった。そして、自分のお店の売上貢献のために海鮮焼きそばを買って、静かな裏通りのベンチで春輝と並んで座る。海鮮焼きそばを一人で平らげる自信のないわたしは、春輝とシェアすることに。パンケーキの残りとりんご飴もあるから、十分お腹いっぱいになると思う。
「ねね、春輝」
「ん?」
「コンカフェみたいにわたしもしてあげる」
「ん。わかった」
「あれ、さっきは自分で食べられるとか言ってたのに」
「麻友菜なら食べさせてもらいたい」
「なにそれ。ああ、そっか彼女バカだもん、仕方ないよね〜〜〜」
「だな。それにあのメイド服よりも麻友菜のコスプレのほうが断然可愛いぞ」
だから否定しろし。
割り箸で摘んだ海鮮焼きそばを「あ〜〜〜ん」と言って、春輝の口の前に持っていくと、春輝はすんなりと口を開く。
「おいしい?」
「ん。うまいな」
「自分で作った焼きそばじゃん」
「麻友菜の笑顔見ながら食べるとうまい」
「そうだ。さっきはちゃんとお礼言えてなかったね」
「ん? ああ。いや」
「春輝、ありがとう。ちゃんと守ってくれて」
「俺自身のためでもあったからな。麻友菜に誰も触れてほしくなかったんだ。もしあのおっさんが麻友菜に触っていたら、どうなっていたか分からないな」
「暴力はダメだよ? 春輝捕まっちゃうからね?」
「ああ。気をつける」
竹串に刺さったオシャレりんご飴を一口頬張る。なかなか固くて噛めないと思っていたら、春輝が突然キスをしてきて、舌を入れてりんご飴を取られてしまった。
「なかなかうまいな」
「なんで人の口の中のやつ取っていくのよ〜〜〜」
「あ〜んしてくれるって言ったろ」
「……そういうことか」
あ〜んの意味が少し違う気がするけど、まあいいか。
「一つもらうぞ」
「うん。気に入ったの? りんご飴」
「ん。それもあるが」
春輝はりんご飴を咥えながら、再びキスをしてくる。酸味の効いたリンゴの味と硬い飴の味が口の中に広がり、春輝と味覚をシェアした。呼吸が止まりそうになって、春輝の肩を叩いてキャンディータイムは終了。春輝とは肺活量が違うのに。
「もうっ! 息切れで死んだら春輝のせいなんだからねっ!」
「悪い」
「あ、もうこんな時間じゃん。はやく焼きそば食べないと」
「ん。だな」
残り時間十五分しかないから急いで食べないといけない。パックに入った焼きそばを二人で摘む。ついでにパンケーキも食べないといけないから切って分けようとすると、春輝は、
「面倒だからそのままでいいだろ。先に食べろ」
「うん」
わたしが半分齧ったパンケーキを春輝が食べる。もう一枚のパンケーキは春輝が先に食べて、わたしが後から残りの三分の一を頬張った。レンチンパンケーキだけど、なんだかすごく美味しい。焼きそばの後の糖分だからかもしれないけど、それ以上に春輝と一緒に食べると美味しく感じるから不思議。
「やばっ!! あと三分だって」
「ん。そろそろ戻るか」
「みんな忙しいのに、遅れたら悪いよ」
「大丈夫だろ」
戻ってみたらお客さんは皆無だった。作り置きの焼きそばが山のように積み重なっていて、三人とも暇そう。三人とも並んで焼きそばを食べていて、とても商売をしているようには見えない。
「な。大丈夫だったろ」
「……去年はこんな感じだったんだね」
「ん。出だしは良かったんだがな」
それって絶対に春輝効果じゃん。
今度は春輝も呼び込みをしてもらい、「海鮮焼きそばどうですか〜〜」と声を出すと、それまでの客足が嘘のように伸びて、また忙しくなった。
「春輝、これやっぱり楽しいね」
「良かったな。バイト代弾むぞ」
「よ〜〜〜し、まだまだがんばるっ!」
思いの外、お祭り屋台は楽しかった。
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