#32 海鮮焼きそば(試作)@リアルメイドごっこ



七月も終わり八月の上旬、今日も麻友菜はうちに泊まりに来ている。夏休みに入ってから、毎週水曜日はうちに泊まりに来る。なぜ水曜日なのかというと、俺のバイトが緩く、シフトを休みにしても問題がないためだ。それに、週に一回ならと弓子さんも麻友菜の宿泊を許可をしてくれているために、俺も麻友菜を安心して迎え入れられる。



麻友菜に泊まりに来てもらっているのに、今日は少しだけ翌週に向けて準備しなくてはならないことがある。それは、来週は二番街で開催される祭りの仕事の件だ。お盆の時期に毎年恒例となっている祭りには屋台も多く出店され、二番街で働く者にとって稼ぎ時。



当然、母さんのグループと吹雪さんが祭りを取り仕切っているために、俺はその巻き添えを食らうことになる。



「それで、春輝はなにをするの?」

「焼きそば屋」

「ふーん。なんか楽しそうじゃない?」

「そうか? 暑いし忙しいし大変だぞ」

「お祭りを彼氏と歩くのが夢なんだけど」

「ずいぶんと小さい夢だな」

「春輝は忙しいんでしょ……」

「売り切れば暇になるぞ」

「じゃあ、早めに売り切れになれば遊べるってこと!?」



ダイニングテーブルに置いたノートパソコンで、発注書のフォーマットに書き込んでいると、麻友菜は身を乗り出して嬉しそうに顔を近づけてくる。そもそもそんなに簡単に売り切れることはない。グループ内で売上を競い合っていて、どこの店舗も工夫をこらしている。俺たちの焼きそば屋がそんなに繁盛することはまずない。



その理由は絵面だ。



クロさん(スキンヘッドにヒゲ)、それからミーくんとヤマさん。どう見てもヤクザ経営のぼったくり焼きそば店で、これではいくら俺が焼きそばを研究して毎年改良しても売上が伸びるはずがない。



「なるほどなるほど〜〜〜じゃあ、じゃあ、わたしも売り子していい?」

「麻友菜がか……」



確かに、この美少女が焼きそばを売ってくれるなら、決してキャバ嬢なんかに負けない。負けるはずがない。



「麻友菜が可愛すぎて、大繁盛して忙しくなるな」

「……そんな大げさな。わたしなんかよりも可愛い子いっぱいいるでしょ」

「そうか? 俺には麻友菜しか可愛く見えないが?」

「だから、それは春輝だけだって」

「そんなことないだろ。俺には麻友菜以外の女は、すべて同じ顔に見えるぞ」

「出たよ……彼女バカ。それは目がおかしくなってるからね?」

「そんなことないだろ」



発注書を昨年通り仕上げて、母さんの事務所にメールを送る。あとは、試作だけ。麺と具材は一式用意してあって、昨年の反省点を活かして改良しつつ作ってみることに。



「麻友菜には味見役をしてほしい」

「どんな焼きそばなの?」

「今年はエビ、イカ、ホタテ、チンゲンサイで作る海鮮焼きそばの予定だ」

「えぇ〜〜〜っ!? どんな屋台の焼きそばっ!? いくらなの……?」

「一皿千円だ」

「たかっ!! そんな設定で売れるの?」

「ちなみにとなりのコンカフェ嬢のマーガリン蜂蜜パンケーキは、サービス付きで一皿三枚千円だぞ」

「価格バグってるでしょ、それ」



業務用の冷凍食材を活用して作る焼きそばで、本来これにタコを入れたいところだが、原価が高くて利益が出ないために泣く泣く却下した。



「作るところ見てていい?」

「ん。なにも面白くないが」

「わたしも作り方覚えたいな」

「? 別に俺が作るから覚えなくてもいいぞ?」

「ううん。個人的に。お母さんに作ってあげたいなって」

「そうか。なら教える」



教えるといっても、普通に焼きそばを作る要領で解凍した海鮮の具材を混ぜるだけなんだが。それに、特製のソース(これは分量を教えればすぐにできる)を混ぜて炒めれば完成。大した難しい作業はない。もし冷凍食材を使わずに金をかけるなら、もっと自由度の高くうまい焼きそばができる。



さっそくできあがった昼飯代わりの焼きそば二人前を皿に移して、ダイニングテーブルに着く。麻友菜に正直な感想を言ってもらいたいのだが、どうだろう。



「いただきま〜〜〜〜すっ!」

「いただきます」



麻友菜は一口食べて、「おいしすぎじゃん、これ」とにっこり笑う。



そうだった。麻友菜に感想を聞いたのが間違いだった。麻友菜はなにを食べさせても同じことしか言わない。俺の料理にケチを付けたことが一度もない。失敗作であろうとなんだろうと、笑いながら食べてくれる天使だ。



「麻友菜がまずいと思う料理はなんだ?」

「うーん。たまにあるよ。ファミレスとかは当たり外れが多いかな」

「そうじゃなくて、俺の料理での話だ」

「全部美味しい。いや、変に気を使っているわけじゃなくて、本当に美味しいんだもん。この焼きそば、秒で売り切れると思うよ」

「そうだといいんだが。麻友菜だけだと心配だな。あとでクロさんにも食べてもらうか」

「え〜〜〜なんでっ? わたしの舌を信用してよ」

「どうだろうな」

「もうっ! わたしを信用できないなんて」

「変なバイアスが掛かってるから、味見役に向いてない」

「わたしを信用しない不敬罪により断罪しますっ!」

「なにしたら許してくれる?」

「キス一回」



麻友菜の席まで移動して、仕方なく椅子に座る麻友菜に屈んでキスをすると、



「今日も大好きっ!」



と俺の腰に抱きついてくる。いつものルーティンだった。



食べ終わって二人で洗い物をしているとインターホンが鳴り、手を拭いて玄関の扉を開くとクミさんが訪ねてきた。



「春輝ちゃ〜〜〜〜ん、おっじゃま〜〜〜ってありゃ。麻友菜ちゃんいたの」

「あ、クミさんこんにちは」

「こんちゃ〜〜〜! えっとね、春輝ちゃん、吹雪さんにトラブル発生って伝えて」

「また出禁のおっさんですか?」

「違うのよ。来週のお祭りの警備に不備があって、うちの店だけ誰も担当付いてないのよ」

「それはまた。確認しておきます」

「うん、よろしく〜〜〜あ。そうだ。麻友菜ちゃんいるなら、良いローションあるから置いておくね〜〜〜じゃね〜〜〜」

「だから、いりませんからッ!!」



いらないと言ったのに透明な容器(しかも無駄に洒落た容器)を玄関に置いて、クミさんは自室に戻っていった。



「ローションって、ボディーローション? 見たことないやつだ。今晩使ってみようかな」

「……用途が違うんじゃないか」

「え? じゃあなにに使うの?」

「ん。風俗で使うらしいぞ。身体に塗って抱き合うと客が喜ぶとか言ってたな」

「……ごめん」



麻友菜は赤面してキッチンに戻っていった。本当に知らなかったんだろう。とりあえず吹雪さんにラインを入れておく。いつも祭りの一週間前あたりはバタバタで落ち着かない。



「あのさ」

「ん? なんだ?」

「春輝は……やっぱりそういうことしたいでしょ」

「急にどうした? ローションの件か?」

「そういうわけじゃないけど……ほら、我慢させちゃっているのかなって」

「別に」

「……エッチはしなくても——してあげる……春輝の……したいこと」



ふざけているのかと思ったら、麻友菜の顔は真剣そのものだった。洗い物を終えて麻友菜はローションのボトルを片手に俺に迫ってきた。



「気持ちは嬉しいが大丈夫だ」

「わたしは……男の子の気持ち……分からないから。でも……ね。したいでしょ?」

「前にも言ったが、麻友菜と一緒にいられるだけで俺は満足だし、そういうことは将来に取っておきたい」

「それって、わたしに気を使ってない?」

「ない」

「ほんとに?」

「ん。本当に」



最近では麻友菜の気持ちがよく分かるようになってきた。俺のシャツの裾をつまんで、少し恥ずかしそうに視線をそらす。そうなると麻友菜は甘えモード(子猫モードともいう)に移行して、イチャイチャしたい形態になる。麻友菜をお姫さまだっこしてソファに移動し、頭を撫でる。それからキスをして、気の済むまで抱きしめてあげないと拗ねる(拗ねるといっても本気ではないが)。



「麻友菜、今日も家でまったりでいいのか?」

「うん……おうちデートがいい」

「そうか。麻友菜、俺は麻友菜に気なんて使っていないからな」



そして、再び麻友菜にキスをする。



「あのさ、春輝」

「ん。なんだ?」

「いつもありがとうって伝えたくなった」

「突然どうした?」

「ワガママ聞いてくれて、甘えさせてくれて」

「それは告白のとき約束したろ」

「ううん。それはそうだけど……彼女として春輝になにもしてあげられていないのに、春輝はわたしにいっぱくれるじゃん」



俺が麻友菜からなにももらっていない?

それはない。毎日楽しい時間を過ごせているし、写真も沢山撮らせてくれる。だが、一番はそんなことじゃない。麻友菜がいなければ絶対にもらえなかった唯一のことがある。



「俺は麻友菜からもらったものがある」

「……なにもあげられてないよ」

「……人を好きになるってことだ」

「え……」

「麻友菜じゃなければ、誰のことも好きにならなかっただろうし、そうなるといつまでもその感情を知り得なかったと思う。だから、麻友菜には感謝してる。麻友菜はそのままでいい。そのままの麻友菜がいい。だから麻友菜が無理することはない」

「もう。ほんとに……ダメ人間製造機なんだから」

「そうだな。だが、麻友菜もダメ人間製造機だぞ?」

「えっ? わたしのどこが?」

「麻友菜以外、目に入らなくなる」

「だから、そのセリフがダメ人間製造機なの! もう好きが止まらなくなっちゃうじゃん」



それで麻友菜は俺に抱きついて頭をすりすりしてくる。しばらく麻友菜を可愛がっているうちに麻友菜は眠りについた。俺も麻友菜につられてウトウトして、そうしているうちに寝てしまった。



目を覚ますとちょうど午後三時くらいで、二時間近く寝ていたことになる。俺の腰に絡みついていたはずの麻友菜はいなくなっていて、見回しても部屋のどこにもいない。外出でもしたのかと思ったが、二番街を一人で出歩かない約束だからどこかにいるはずだ。洗面所かトイレにでも行っているのだろう。



「あ、起きた?」

「ん。ずいぶん寝たな」



風呂場の脱衣室の引き戸を少しだけ開いて、麻友菜は顔を覗かせた。なにをしているのかと思い、立ち上がって近づくと、



「まだ……来ないで」

「? 風呂にでも入るのか?」

「違うの。あのね、引かないでね」

「……ん。分かった」

「じゃあ、行くよ?」



いったいなんなんだと思ったら勢いよく引き戸が開いた。麻友菜はメイド服を着ていて、恥ずかしそうにスカートの裾をキュッと持っている。ミニスカートにニーハイ。胸のあたりが開いていて、谷間が見える。それになぜか猫耳。プリクラのときのような安っぽい衣装ではなく、生地を見るかぎりちゃんとした衣装のようだった。



「今日は、ホンモノのメイドさんになってみました……。どうかな?」

「……かわいすぎだろ」

「あのね……今日はこれを着て春輝——ご主人さまにいっぱいご奉仕しようって。これでメイドさんごっこをしたら……春輝喜んでくれるかなって」

「喜ぶもなにも……色々な麻友菜を見たいから。嬉しいに決まってるだろ」

「わたし、春輝にも幸せになってもらいたいの」

「だから、俺は麻友菜が近くにいるだけで……」

「それ以上に

「……分かった」

「じゃあ、まずは日頃の疲れを癒やしてあげますねっ! ご主人さまぁ〜〜」



俺の手を引き、麻友菜に寝室に連れて行かれた。「横になってくださいねっ」と促されてベッドにうつ伏せに寝かせられて、麻友菜は背中を指圧した。そんなに疲れていないし、肩も凝っていないが気持ちいい。



「前にもこんなことあったな」

「そうですね。ご主人さまぁ〜〜〜今日は寝起きですから、寝ないですよね?」

「ん。眠くはないな」

「マッサージが終わったら、次はお風呂ですよぉ〜〜〜」

「いや……それはいい」

「え〜〜〜〜」



前にもマッサージをしてもらったことがあったが、今回は黙って施術を受けている場合ではない。仰向けに寝返りを打って上半身を起こし、麻友菜を抱きしめる。こんなに可愛いのに抱きしめない理由がない。



「もう〜〜〜マッサージ中ですよぉ〜〜?」

「ダメか?」

「……ダメじゃない。けど……いじわる」

「なにがだ?」

「もっとご主人さまのマッサージしたかったのに」

「じゃあ、キスと抱擁は終わりな」

「イヤ。ダメですっ! 麻友菜を……もっと可愛がってください……」



メイドごっこなのか、そうじゃないのか分からなくなってきた。キスをしたあとの麻友菜のキラキラした瞳がキレイで、俺は麻友菜の頬を両手で挟んで再びキスをする。何回目のキスか分からないが、キスをするたびに麻友菜をメチャクチャにしたくなる。だが、理性を保ってなんとか衝動を抑えた。ここまで気持ちを持っていかれたのははじめてだ。



「ヤバい。麻友菜、これ以上はダメだ」

「なにがですかぁ〜〜〜〜?」

「したくなる」

「ご主人さまぁ〜〜〜目的語が抜けていて分かりませんよ?」

「だからそういうことだ」



抱きついてくる麻友菜をなんとか引き剥がして、俺は立ち上がる。少し気分を落ち着かせないと暴走しそうになる。しかし、そんな俺の気も知らずに、今度は背中から抱きしめてくる。



「つかま〜〜〜えたっ! 逃がしませんよぉ〜〜〜」

「……待て。今はまずい」

「なにがですか? 次は麻友菜がイタズラする番ですからねっ!」



俺はまだなにもしていない。抱きしめてキスをしただけで、いつもと同じことをしただけなのに、まるで俺が麻友菜に仕掛けたような言い草だ。しかし、そんな俺の言い分なんて聞こうともせずに、背中に胸を押し当てて(ブラをしていないんじゃないかってくらいに今日は柔らかい)、背後から俺の耳元に息を吹きかけながら、



(ベッドで麻友菜を可愛がってくださいね……ご主人さまぁ)



まさか麻友菜を力任せに投げ飛ばすわけにもいかないために、麻友菜の言いなり状態で再びベッドに押し倒された。麻友菜は両手で俺の両手首を押さえながら、麻友菜の唇が俺の耳たぶを優しく挟んだ。そして、俺の肌から唇を離さないまま匂いを嗅ぐように鼻を鳴らして首まで移動する。くすぐったくて、思わず変な声が出た。



(かわいいですっ! 麻友菜はご主人さまをもっとイジメちゃいますねっ!)



「ヤメっ」

「……めてあげない」



首から唇に移動した麻友菜の吐息が、再び俺の口を塞ぐ。舌から体温を感じて、ゆっくりと麻友菜が頭を上げると目が合う。光りを浴びて、とろっと溶けるぷるぷるのゼリーのような瞳が可愛くて、また理性が飛びそうになる。



「麻友菜、イタズラは終わりだ。もうヤバい」

「ご主人さまは……麻友菜のこと好きですか?」

「好きだから……好きすぎるからヤバいんだろ」

「麻友菜もです。でも、これはご主人さまがいけないんですからね?」

「なんでだ?」

「マッサージ中にえっちなことするから」

「それは、」



確かに発端は俺だった。キスをして抱きしめて、理性が飛びそうになったのは俺の落ち度だ。しばらくリアルメイドごっこは続いて、結局夕飯を作るまでイチャイチャしてしまった。



なんとか理性を保つことができたが、今日はヤバかったな。


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