#31 際どい水着@義姉と義妹


那須に旅行に行ってから一週間が過ぎた。毎日春輝と会っては夏休みの課題をして過ごしている。計画的に進めないと終わらないからと言ってスケジュール表まで作り、毎日ノルマを課せられている。



「つまんない」

「ん。なにが?」

「もっと遊びに行きたい」

「仕方ないだろ。課題が多すぎるんだから」

「うぅ〜〜〜鬼じゃん」

「それに今日は午後からダンスレッスンも行くんだろ? なら午前中のうちにノルマを終わらせないと」



わたしのダンスのレッスンに春輝が付いてきてくれることになった。振りを覚えれば撮影が捗るとかなんとか。実際はわたしと一緒にいたいだけなんじゃないかって思う。かくいうわたしも同じで、春輝と一緒に過ごしたい。だから付いてきてくれて、わたしのレッスンを見てくれるのはありがたい。



中学のときまで通っていたダンススクールは、莉子ちゃんがまだ通っているかもしれないし、そうなると鉢合わせするから行かないことにした。そのスクールにゲスト講師として来てくださっていた先生に久々に連絡をしたら、週に一回だけ都内のスクールで個人レッスンをしているらしく、事情を話すと個人レッスンをしてくれることになった。



「ミツキせんせ〜〜〜〜お久しぶりですっ!!」

「麻友菜ちゃん久しぶりね〜〜〜元気そう」

「はいっ! 先生、こっちはわたしの彼氏の、」

「並木春輝です。お世話になります」

「彼氏か〜〜〜あの麻友菜ちゃんがねぇ〜〜〜」

「あの……連れてきて迷惑でしたか?」

「そんなことないよ。自分の若い頃を思い出しちゃうなぁ〜〜〜」



ミツキ先生は一昔前に芸能人をしていた経歴を持ち、そのオーラは今でも健在でキラキラと輝いて見える。結婚を期に引退をしたことを皮切りにダンス講師をはじめたらしい。現在は地方のスタジオを経営していて、週に一回ほど上京してはワークショップや個人レッスンをしている。また、ダンスグループなんかにもレクチャーしたり、振り付けをしたりするくらい実力のある人。そんな人が個人レッスンを付けてくれるのはありがたい話だ。



「さて、アップしたら振り付けの見直しをしようか」

「はいっ!」



ストレッチとアップをして身体を温めてから、青空青春コンテストの指定の曲を自分でアレンジした振りで踊ってみせた。スタジオの隅で春輝はじっとわたしを見ている。



「なるほど〜〜。麻友菜ちゃんブランクがあるのによくできたね。もう少し一捻りアレンジ加えたほうがいいかも。あとは力みすぎているところがあるから、もう少し脱力して力を流してみようか」



わたしとミツキ先生の踊るところを春輝に動画で収めてもらって、二時間の個人レッスンがあっという間に終わった。ミツキ先生は二時間できっちり仕上げてくれて、あとはわたしの練習のみ。春輝も「すごく良い」と褒めてくれた。まあ、春輝がわたしを貶したことなんてないけど。それでもわたしのやる気は爆上がり。



その帰り道、駅まで歩いていると、



「クララからだ。海で一緒に撮影しないかって言ってるぞ」

「えっ? 海!? 行くに決まってるじゃん」

「明日だぞ……」

「行く行くっ!」



クララちゃんは急にオフになったらしく、思いつきで海に行きたいと春輝にねだったらしい。しかも明日、海で青空青春コンテストの動画を撮るのを手伝ってくれると言っているけど、春輝は「どうせ遊びたいだけだろ」とクララちゃんの性格を見抜いていた。



「え〜〜〜どうしよ〜〜〜準備しなきゃ」

「本当にクララは計画性がないな」

「勢いがあっていいじゃん。クララちゃんと会うのも楽しみ〜〜〜」

「ん。麻友菜がクララと仲良くしてくれるのは俺も助かる」

「どういう意味で?」

「あいつの子守しなくていいだろ」

「お兄ちゃん苦労してますね〜〜〜」

「ヤンデレ妹の相手は大変だからな」



そうして翌日、春輝の家の前にクララちゃんが運転手付きのキャンピングカーで迎えに来た。



キャンピングカーの持ち主は吹雪さんの知り合いの人で、初対面のわたしにも快く接してくれた。行き先は関東の北端のビーチだと教えてくれた。しかも聞いたことのない地名の海岸だった。



「有名なビーチはダメだ。なるべく人のいない海水浴場にいかないと」

「そうそう。行くなら田舎! まゆりん、田舎だよ、田舎」



それで着いた場所は本当に人の少ない海水浴場。大洗よりもさらに北上した海水浴場だけど、びっくりしたのは砂が白い。さらさらの砂がずっと南北に伸びる、ものすごく広いロングビーチ。広すぎて人が密集していない上に海の家が三軒くらいしかない、驚きの海水浴場だった。



「ネットで調べた海って、もっと人がわさ〜〜っていたような」

「そんなところでダンス踊れないし。第一あたしが目立って遊べないじゃん」

「ここなら確かに人目につかないな」



それにしてものどかだ。まずはキャンピングカーの中で着替えをすることに。なぜかクララちゃんも居合わせている。



「クララちゃんも着替えるの?」

「海に来たら水着になるでしょ? まゆりんは服のまま海に入るの?」

「……ああ。いや、ダンスの撮影をするんじゃ? もちろん終わったら遊ぶ気ではいるけど」

「だから、水着で協力するって言ってるじゃん」

「えっ? 協力って?」

「? だからまゆりんを全力応援するってこと」

「水着で応援?」

「っていうかさ、まゆりん……その外見で色気使わないとか、絶対に損するよ?」

「えっ?」



そもそも水着で応援って、クララちゃんはなにをするつもりなんだろう。踊るわたしを見て、「がんばれー」とかしてくれるのだろうか。着替え終わってキャンピングカーの外に出ると、春輝はクララちゃんを見て呆れ顔で、



「クララ、お前な……絶対に遊びに来たかっただけだろ」

「まあまあ。クララちゃんのおかげで海に来られたんだし」

「? ダンスも遊びも全力だけど?」



しかも、クララちゃんは結構際どい水着を着ていて、人がいないからいいものの、人気のビーチだったら大変な騒ぎになっていると思う。



「海をバックにしたほうがいいな」

「うん」



さっそくミツキ先生に仕上げてもらったダンスを踊る。那須で踊ったときよりもグレードアップしていて、ここ一週間ほど身体もそれなりに動かしてきたからまずまずの仕上がりだと思う。



「なかなかいいじゃん! あのさ、次はダンスの途中であたしが乱入してもいい?」

「クララがか?」

「いいけど……クララちゃん勝手にわたしのインスタに登場して大丈夫?」

「? なにが?」

「事務所的に問題とかないの?」

「あたしのしたいようにする。事務所なんて関係ないって」

「……確かにクララちゃんが出てくれるのは心強いけど」

「っていうか、はじめからそのつもりで来てるんだけど?」



そういうつもりの応援だったのか。確かにクララちゃんが力を貸してくれるのはありがたい話ではあるけど、注目をすべて持っていかれそうで怖い。



「いくら麻友菜がバズってるとはいえ、フォロワー三〇〇万人近いクララが力を貸してくれるなら、かなり良い線行きそうだな」

「なんか反則みたいだけど……いいのかな?」

「そんなの全然いいっしょ。人脈も力のうち。文句あるやつはあたしがバシッと言ってやんよ」



今度はわたしがダンスを披露している途中にクララちゃんが乱入して、わたしと並んで左右ミラー状態(振りが逆になるから難しい!)のダンスを披露した。クララちゃんは一回見ただけで振り付けを覚えたことになる。しかもそれを脳内で鏡反転変換したなんて、もはや同じ人間とは思えない神業。



「どう? 春輝、撮れた?」

「ああ。一箇所クララがミスってるな」

「ちくしょーーー!! まゆりんツーテイク目行くよっ!!」

「う、うん」



けれど、クララちゃんは少し考え込んでいる様子でわたしをジロジロと見ている。そしてなにかを思いついたようで、



「まゆりん、水着バージョンも撮るぜ」

「えぇ〜〜〜〜〜!? それ本気?」

「持って来てるんでしょ」

「一応……」

「ほら、なら着替えろし」



再びキャンピングカーの中に押し込められて、クララちゃんに無理やり(ほんとに強引!)Tシャツを脱がされた。次にスカートも半ば強引に脱がされて下着姿に。クララちゃんは恥ずかしがるわたしを舐め回すように見て背後に回り、なにを思ったのか突然腕を脇の下に伸ばしてくる。



「いいもの持ってるじゃんか」

「きゃっ!? えっ、な、なに、なにするのっ!?」



胸を触ってきて、こともあろうことか揉んできた。まさか、クララちゃんにそんなことをされると思っていなくて、変な声が出そうになるのを必死に堪えた。



「うぅん……もうっ! クララちゃん怒るよっ!」

「悪い悪い。でも、触り心地最高じゃんか。これで春輝を誘惑してるの?」

「してないよ〜〜〜〜っっっ!!」



クララちゃんにやられっぱなしもなんか癇に障るから、わたしもクララちゃんに向き直って、抱きしめると同時にキュッと締まったお尻を両手で掴んだ。そして揉んでみる。



「や、やめろっ!! んあぁっ!! そこはくすぐった……お願い……やめて」

「クララちゃんもなかなか可愛い声出すじゃん」

「まゆりんが変なトコ触るからじゃんかっ!!」

「仕返しだよっ!」

「やられたらやり返すのがうちの家訓だからねっ!」



意趣返しのようににクララちゃんの手がわたしのお尻をに触れて、ゆっくりと揉まれる。



「ちょ、くすぐった……い……だめ……」

「ほらまゆりん、春輝なんて忘れて、あたしのテクに堕ちていいんだぜ?」

「クララちゃんこそ……そんなことばっかり言ってるとお仕置きしちゃうんだからっ!」

「ひゃっ、そ、そんなところ触るなんて反則……ちょ、本気でそこはダメだって」



いたずらしあって、結局二人で爆笑した。言っておくけど、わたしは百合の趣味はない。断じてない。もしかしてクララちゃんはそういうのに興味あるのかと思って訊いてみたところ、



「あるわけねーし。春輝しか興味ない。っていうか、今のコミュニケーションだから、まゆりんこそ本気にしないでよねっ!」



とビシッと言われてしまった。先にやってきたのはそっちじゃん……。



悪ふざけが過ぎて、春輝たちをかなり待たせてしまい、わたしは急いで水着に着替えた。



一応二着用意してきて正解だった。プールに行ったときの黒ベースの花柄ではなく、泡風呂に入ったときの白の水着にパレオを付けたコーデを選択。クララちゃんがピンクの水着なら黒よりもこっちのほうが色の相性が良さそうだと思ったけど、二人並ぶとなかなか良い感じのかわいい絵面だと思う。



今度はクララちゃんと二人で、はじめからフレームインして撮影を開始する。カメラが回るとクララちゃんの目つきが変わる。オーラ全開で、さっきわたしにセクハラをしていたときとは別人のような顔つきに思わず視線を持っていかれた。クララちゃんに食われないようにしないと。



楽しいことを思い出して、水の流れのようにダンスを楽しむ。そう、わたしが楽しまなければ、見てくれている人たちも楽しめないじゃない。



踊り終えて、わたしとクララちゃんは砂浜に寝転んだ。やり尽くした。完璧とは言えないけど力のかぎりがんばった。



「二人とも良かったぞ。とくに麻友菜、すごいな」」

「え? なにが?」

「クララに勝るとも劣らない出来だったぞ」

「それってダメ人間製造機的な?」

「違う。見てみろ」



春輝のスマホで映像を確認すると、確かにわたしはいつも以上に踊れていて良い感じだけど、それ以上にクララちゃんはわたしを引き立てているようにも見える。あえてオーラを消して、わたしが目立つように踊ってくれていることが分かる。さっきの踊りのときよりも、控えめに振り付けをしている(小さく踊っている)のだから、すごい。



「クララちゃん、これって」

「あたしも全力でがんばった。それだけ。まゆりんはさすが春輝が認めただけのことはあると思うよ」

「……うん」



これがプロか。プロの実力を思い知らされた。適材適所で力を調整する。そんな芸当はわたしには絶対にできない。クララちゃんの凄さを再確認させられた。わたしにはクララちゃんのような芸当は逆立ちしてもできない。これではっきりした。でも、コンテストは全力で挑む。莉子ちゃんに勝つために。でも、その先は……。



その後、みんなで海で遊び、クララちゃんと今まで以上に仲良くなった。砂浜に上がって好きな漫画やアニメの話をし、意外と共通点があることを知った。さらにコスメの話に花を咲かせる。クララちゃんは本当に妹のようですごく可愛い。はじめの頃のツンツンが消えて、わたしに懐いてくれた。なんだか嬉しい。



「クララは、ああ見えて出来たやつなんだ」

「うん。本当に。春輝そっくり」



クララちゃんは海の家に飲み物を買いに行ってくれた。なぜか率先して、わたしと春輝の分も買ってきてくれるという。



「インスタとか雑誌とか、ユーチューブとかで見るクララちゃんとはだいぶイメージが違うよね」

「だろうな。クララは麻友菜ともっと仲良くなりたいって言っていたぞ」

「そうなの?」

「ん。境遇が麻友菜に似てるんだろうな」

「え?」

「まず、同じ土俵に立つ人間は信用できない。下手するとスキャンダルをぶち上げられる」

「……そうなんだ」

「学校では、有名人扱いで、素を出したらそこからSNSに上げられてイメージが崩れるだろ。だから、いつも“クララ”を演じてる。そもそもあいつが“家族以外”に心を開くことは滅多にないんだ」



学校で空気を読まなくてはならないわたしと同じなのかもしれない。もしかしたら、クララちゃんも自分が自分らしく振る舞えるのは春輝だけだったのかも。そう考えるとなんだか親しみを覚える。



「似た空気を感じ取ったんだろうな」

「うん。わたし、もっとクララちゃんと話をしてみるね」



その後、クララちゃんは飲み物を買ってきてくれて、ついでにスイカを丸ごと一個持ってきた。そして、棒も。スイカ割りをしようとニコニコしながら。



三人で遊びまくって、夏らしい夏の写真がストレージに追加された。




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