#30 ビックシルエットシャツ@星空の下


夕方になって、麻友菜のダンスの撮影をすることになった。ダンスの振りは決められていて、優勝した際の実際のコマーシャルでもその振り付けで踊ることが義務付けられている。なお、アレンジ可となっていて、そのあたりで個性を出すしかないのだが。



「暑すぎて死ぬ。少しアップしただけで死ぬ」

「ほら、ポカリだ」

「ありがと。うぅ〜〜〜汗だくすぎて服が気持ち悪いよ〜〜〜〜」



その汗だくの姿がスポーツ飲料水のイメージぴったりだからいいと思う。ちなみに服装は白のワンピースから着替えて、チェックのミニスカに半袖のブラウス、蝶ネクタイをして少し制服っぽくコーデを仕上げた。本来、制服でもいいのだが、それは俺が却下した。理由は、条島高校の制服だとバレて、変な輩が現れると面倒だからだ。それに、麻友菜の可愛さに惹かれて出待ちなんてされるなんてこともあり得る。それは絶対に避けたい。



ストレッチと準備運動を終えて、麻友菜はスマホから音楽を流した。森の中で、周りに人がいないために迷惑にはならない。



この日のために、プロと冠した最新のアイフォンに機種変をしてきた。そして、吹雪さんの事務所の人から借りてきたミラーレス一眼を三脚に固定してある。シネマティックな映像が撮れる上に、なんと8Kでの撮影ができるというモンスターマシンだった。



「そろそろ踊っていい〜〜〜?」

「ん。こっちはいつでも大丈夫だぞ」



音はあとから、ファイナルカットというソフトで挿入するとして、とりあえず音源はスマホからの音楽で構わない。



麻友菜が音に合わせて踊ると、ダンス経験者だけあって素人目にはかなりうまい。インスタに上がっている他のコンテスト参加者たちよりも数段、いや数十段は上だと思う。



「ダメだ〜〜〜手直しの箇所ありすぎて」

「麻友菜もかなりうまいと思うぞ」

「ごめん、もう一回いい?」

「ん。もちろんだ」



二回目、三回目と踊ってみるとだんだんと良くなっている感じはするが、どうしてもアレンジが物足りないと麻友菜は悲観する。



「麻友菜のイメージと振りが合っていないのかもな」

「やっぱりそう思う?」

「ん。だからといって、どう直したらいいのか俺も分からないんだが」

「わたしもそう思った。ごめん。一度持ち帰って仕切り直ししてもいいかな?」

「そうだな。そうしよう」

「ごめん。色々と準備してくれたのに」

「全然構わない。それに、コンテストに使わなくてもこの映像は残るからな」



アイフォンに映った麻友菜のダンスは、それはそれで好きだ。光る汗も、身体を動かす麻友菜の姿も。しかし、もっと麻友菜の魅力を引き出せたらと思う。構図や光の入れ方、カメラワーク。そしてカラーグレーディング。たとえインスタのリールだとしても、ただ固定して撮るだけじゃなくて、もっと違うなにかができないものか。



「俺も映像の撮り方をもう少し勉強してみる。だから今度場所を変えて、もう一度撮らせてほしい」

「うん。春輝の力も絶対に必要だもん。いつか春輝が言っていたもんね」

「ん?」

「作品は撮る側と撮られる側の半々の力だって」

「そうだな。だが、今回は麻友菜の実力が九割だぞ」

「そんなことないよ。だって、撮影者が春輝じゃなかったら、わたしこんな表情できないと思う」



二人で見ているアイフォンの映像の中の麻友菜は、いつも以上に可愛い。それを口にするとダメ人間製造機だとか彼女バカだとか散々言われてしまうからしないが、撮るたびに麻友菜が尊くなって、驚くほど魅力的になっていくのが実感できる。俺のストレージは、日を追うごとに輝きを増す麻友菜で埋め尽くされていく。



「だから、春輝の力が五割だよ」

「ん。そういうことにしておく」

「あ〜〜〜汗かいちゃった。シャワー浴びたい」



コテージに戻って、麻友菜がシャワールームの棟に向かった。その間に俺は管理棟からアウトドアチェアを借りてきた。それから飲み物を管理棟で購入し、アイスペールに氷を入れて運び出す。シャワーを終えたときに冷たい飲み物は最高だから用意しておくことにした。



夕飯は、和食のレストランがプランに付いている。時間が少し早いために、もう少しコテージのウッドデッキでのんびりしたい。わずかにだいだいと紫に染まった空を眺めながら、氷たっぷりのコップに注いだ炭酸水を口に含む。



「お待たせ〜〜〜。待った?」

「いや。色々してたら時間があっという間だったな」

「なにしてたの?」

「ほら」



ミネラルウォーターを氷山盛りのチタンのマグにたっぷりと注ぎ、麻友菜に手渡した。麻友菜は受け取って、



「おいしい〜〜〜染みるね」

「シャワーで汗ながしても、また汗かくだろ」

「もしかして、これ用意してくれてたの?」

「まあな。俺も飲みたかったから」

「そういえば椅子なかったけど、これも?」

「ん。俺の分のついでだ」



少し気温が下がってだいぶ過ごしやすくなったとはいえ、シャワーを浴びてきたばかりの麻友菜にしてみれば氷水を飲んだくらいでは熱は冷めないのだろう。Tシャツの胸元をつまんでパタパタと扇いだ。



ビックシルエットのシャツを着ているものだから、仰がれると中の白いブラが丸見えになる。別に見たくて見たわけではなく、どうしても視界に入ってしまう。



「麻友菜……見えてる」

「? なにが?」

「ブラが」

「えっ? きゃっ! もうっ! 春輝のえっち」

「別に見たくて見たわけじゃ」

「冗談だよ。別に春輝になら見られてもなんとも思わないけど、結構人が通るっぽいから気をつけるね」

「ん。そうだな」

「それとも」



麻友菜は椅子から立ち上がって椅子をずらした。暑いからなるべく離していたんだが(イチャイチャしたくないとかではなく、俺に近すぎると麻友菜が暑くなると思ったから)、麻友菜はそんな俺の気遣いを無視して寄ってくる。



「ご主人さまになら、もっと見せてもいいですよぉ〜〜〜」

「別に」

「えぇ〜〜〜見たくないんですかぁ〜〜〜?」

「そういうことじゃなくて」

「照れちゃって、春輝かわちぃ〜〜〜な〜〜〜」



人がいないことをいいことに、麻友菜は小声で話すことすらせず、いたずらな顔つきで俺を挑発してくる。誰に聞かれているわけでもないからいいが、聞かれていたら他人は俺達をどう思うか少し気になる。バカップルだと思うのだろうか。



「麻友菜」

「なあに?」

「俺をからかってるだろ」

「からかってないですよぉ〜〜〜?」

「お仕置きだっ!!」



俺は椅子から立ち上がって麻友菜の背後を取り、後ろからハグをしながら脇の下をくすぐる。前に麻友菜にやられたことの意趣返しだが、麻友菜は覚えているだろうか。



「ちょ、ちょっと〜〜〜やめ、やめっ!! うはっ、これらめぇ〜〜〜〜」

「イヤと言ってもヤメないからなぁ〜〜〜〜!!」

「わかった、ストップストップ! くすぐったいってぇ〜〜〜」

「もう俺をバカにしないか?」

「しないしない、多分」

「多分とはなんだ?」

「あぁ〜〜〜ごめんなさいっ! しないです、ほんとに」



さらに腰の横あたりまで手を伸ばす。そこは確実にダメなポイントだったらしく、麻友菜は身をよじって暴れ出した。あまりにも暴れるものだから、俺はそのまま麻友菜の軽い身体を抱きかかめて、お姫さまだっこする。



「これで動けないだろ」

「あぁ〜〜〜苦しかったぁ。それで、なんでお姫さま?」

「いたずら好きな姫を黙らせるためだ」

「だって、それは自然の摂理でわたしが春輝をそうしちゃうのは、やむを得ないことなんだよ?」

「ん。分かった。じゃあ俺が麻友菜をくすぐることも仕方のないことだな」



今度はお姫さまだっこをしながら、抱えている手の指先を動かす。ちょうど脇の下に良い感じに入っているために、麻友菜はたまらずにまな板の上の魚状態になって笑い出した。



「ごめんなさいーーーっ!! もうしませんからっ!!」

「ほんとか?」

「多分」

「多分か。なら仕方ない」



くすぐりを再開すると、麻友菜は「もうらめれすーっ」と降参宣言をした。仕方なくくすぐりをやめて、麻友菜を地面に下ろすと、麻友菜は抱きついたまま離れようとしない。俺も麻友菜も汗だくになってしまった。



「暑くないのか?」

「暑いよ。でも離れられない」

「ん。なんでだ?」

「それも自然の摂理だから」

「そうか。またシャワー浴びるようだな」

「一緒に浴びる?」

「男女別だろ」

「そうだね」



麻友菜は俺の頬にキスをしてからようやく離れて、椅子に腰掛けて氷の溶け出した水を飲み干した。



和食レストランの棟で夕飯を食べて、俺も麻友菜もシャワーを浴び、コテージに戻る頃には真っ暗になっていた。透明なドームの向こう側は満天の星空で、ベッドに横になるとリアルなプラネタリウムが視界いっぱいに広がっている。



「星ってこんなにいっぱいあるんだね」

「ん。だな。うちの屋上からはまったく見えないからな」

「流れ星落ちないかなー」



麻友菜は大の字に寝ながら俺の手を握る。



「この景色、また見に来たい」

「そうだな。また来ような」

「うん。春輝」

「なんだ?」

「連れてきてくれてありがとう。また一つ思い出ができたね」

「写真とダンス以外なにもしてないけどな」

「あはは。わたし達らしいよね。基本、まったりしたいから」

「だな」



それでも、麻友菜と一緒に過ごすことができたんだからいいだろうと思う。精力的になにかをすることも楽しいが、こうしてゆったりとした時間の中に身を置いて、くらだないやりとりをするのも悪くない。



「あ、今落ちた」

「悪い。見逃した」

「うそーーー、びゅーんって落ちたのに」

「瞬きをしている間だったのかもな」



麻友菜は俺の頬をつんつんと指で刺して、いたずらな瞳で俺の顔を覗き込んだ。



「今、なに考えてたの?」

「別に」

「気になる〜〜〜」

「麻友菜と旅行に来られて良かったって考えてた」

「ほんとに?」

「ん。星もいいが、麻友菜を見ていたほうが飽きないかもな」

「それどういう意味?」



そのままの意味なんだが。星は綺麗だが、流れ星でも落ちない限りなにも変わらない。だが、当たり前だが麻友菜は流動的で、話さなくても見ているだけで面白い。たとえば、星を眺めている麻友菜は瞬きの数が多い。それに独り言も増える。



「? なに見てるの?」

「星よりも麻友菜を見ていたほうが面白い」

「……それって褒めてるの?」

「褒めてるだろ」

「じゃあ、わたしも春輝を見てる」

「星見てたほうがいいぞ。また流れ星が落ちるかもしれない」

「一回見たからいいよ。それに春輝がわたしを見るなら、わたしも春輝を見ていたいもん」

「そうか? 俺なんていつでも見られるだろ」

「それでも見てたいの。って、それは春輝もじゃん」



結局、ベッドに互いに横になって見つめ合う形になった。これではいつもと変わらないし、せっかく透明ドームのコテージにした意味がない。だが、麻友菜がしたいならそれでいい。麻友菜のしたいようにさせてやりたい。告白のときに、これからもワガママを聞いてやると約束をしてしまったからな。



「最近ね、時間が経つのが早いの。春輝と一緒にいると楽しくてすぐに時間が過ぎちゃう。もっともっと一緒にいたいって思っても、すぐに消費しちゃって」

「ん。俺もだ」

「楽しみにしていた旅行も明日になれば終わっちゃう。駅についてバイバイってしたくない。寂しいよ」

「またすぐに会えるだろ」

「分かってるんだけど、それを考えなくちゃいけなくなる時間が切ないっていうか」

「ちょうど今か?」

「うん。まるで日曜日の夕方みたい」

「まだ終わってないだろ。ほら」



麻友菜を抱き寄せて頭を撫でる。すると俺に応えて、子猫のように丸まって嬉しそうにすりすりと身を寄せてくる。



「会えなくなるわけじゃないんだから心配するな」

「分かってるよ。でも、そうじゃなくて」

「それに夏休みは毎日でも会えるだろ」



そうしているうちに、麻友菜は眠りについた。頭を撫でられるのが気持ちいいらしく、幸せそうな寝顔で、俺は麻友菜の額にキスをしてまぶたを閉じた。



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