#29 アグファウルトラ@旅行先の日常



春輝と旅行に行きたい。グランピングをしたい。



春輝に電話をしてお母さんと代わり、しばらく春輝と話した結果、旅行の件はすんなりと許可が下りた。



最近では、家で春輝のことを話す機会が多くなった。お母さんもすっかり春輝のことが気に入った様子で、むしろお母さんのほうから春輝がどんな感じなのか訊いてくることのほうが多いかも。先日のドラッグストアの件を話したら、笑いながら春輝を褒めてくれた。



そして、旅行出発の日、いつものように春輝が早朝迎えに来てくれた。那須までは東京駅から直通のバスが出ているらしい。



「昨日も遅くまでバイトだったんでしょ?」

「遅くと言っても九時までだから、大したことないぞ」

「十分遅いよ。わたしに気を使わずに着くまで寝ていいよ?」

「もったいないだろ」

「なにが?」

「麻友菜と一緒にいるだろ。麻友菜が寝るなら俺も寝るが、麻友菜が起きているなら俺も寝ない」

「眠くないならいいけど……」



実はわたしも昨夜はあまり眠れなかった。今日のコーデを考えたり、忘れ物はないかと何度もチェックしたり、それでベッドで横になってからも色々と考えていたら、結局深夜になってしまった。まるで遠足前の子どもみたいに楽しみで眠れなかったなんて、恥ずかしくて春輝に言えない。



「麻友菜のほうが眠そうだな」

「そう?」

「ん。寝ていいぞ」



わたしの肩に手を回して、春輝はわたしを引き寄せた。春輝の肩を枕代わりにして、いつもみたいに春輝にすりすりと身を寄せる。そして春輝の甘い香りを堪能するのが好き。わたしのこの仕草が子猫みたいと言って、春輝は可愛がってくれる。頭を撫でられると気持ちよくて眠くなっちゃう。



冷房の風をオフにしているのに少し肌寒くて、ラーメン屋さんのときみたいに春輝は薄手のパーカーをわたしの肩にかけてくれた。



相変わらずの優しさ全開で大好きすぎて、春輝の手を握り指に自分の指を絡ませる。長く綺麗な指先も好き。そうしているうちに眠ってしまった。



ふと目が覚めると、春輝もすやすやと気持ちよさそうに寝ている。車窓の外は、いつの間にかビルの谷間を縫うように進む首都高から、木々の立ち並ぶ森の景色へと変わっていた。もくもくと浮かぶ雲の夏の空が気持ちよくて、道路の向こうに陽炎がゆらゆらしている。林間学校のときはバスの中も騒がしくて、ゆっくりと風景を見ている余裕はなかったけど、今日は春輝と二人きり。



ゆったりとした時間が流れていて幸せいっぱい。なんだか嬉しいな。



そして、あっという間に目的地に到着してしまった。



予約を取った宿はなんと透明な丸いドーム状のコテージで、晴れていれば星を見ながら泊まれるらしい。もちろんそのままだと外から丸見えになっちゃうから、カーテンが付いている。なんとなく女の子だけでは怖いイメージがあるけど、春輝と一緒なら全然平気。春輝なら熊が現れても冷静に対処しそう。もちろん、ちゃんとしたホテルが経営しているからそんなことはないんだろうけど。



「空気が美味しいね」

「ん。東京とは違うな」



受付を済ませて、さっそく透明なドームに入ってみる。避暑地とはいえ猛暑に変わりなく、外にいると汗が吹き出してくる。けれどドームの中は冷房完備で快適すぎた。それに透明だから開放感があり、写真映えする雰囲気。



「ここに入っちゃうと外に出られないね」

「さすがは俺たちインドア派だな」

「グランピングに来てインドア派って、わたし達笑えるよね」

「ん。だな」



結局ドームの中のソファに腰掛けてまったりしているんだから、なんのためにここまで来たのか分からない。それに手を繋いで、二人でスマホの動画視聴をして笑っている状況は、春輝の家にいるときとなにも変わらない気がする。



「これは、別の意味でダメ人間製造機ドームだ」

「……じゃあ写真撮りに行くか」

「うん。あ、そうそう。ダンス動画撮るんだったよね」

「それはもう少し夕方になってからにしたほうがいいな。熱中症になるぞ」



青空青春コンテストの第一次審査の動画を撮らなければならない。どうせいつもと違う場所に来ているんだからダンス動画も撮ろう、なんて話をしていた。



森を散策しながら写真を撮ることに。マイナスイオンが出ているのか、森の中は幾分涼しかった。



「エモいな。アグファウルトラにしてきたが、正解だったかもな」

「アグファ?」

「ああ。絶版になったフィルムだ。有名な写真家も使ってるらしいな。発色が派手で、極彩色なんて言われている。実際には赤が強めに出るイメージだ。とはいえ、森だとおとぎ話のような写りになる。期限切れだからもしかすると色は薄いかもしれないが、それがまたいい」



写真の話になると春輝はやっぱり饒舌になる。でも楽しそうだからいいや。森の中を歩いていると、「麻友菜、そのまま顔だけ振り向いてくれ」と指示が飛んできて、言われたとおりにするとシャッター音が響いた。



「良いの撮れた?」

「麻友菜を撮っておいて、最高の写真以外ありえないだろ」

「春輝の写真の魅力ってなんだろうって、この前考えたんだ」



スマホに入っている春輝の撮ってくれたわたしの写真はどれもエモい。もっと仔細しさいにそのエモさの分析をすると、色がクラシックだとかざらざらな感じだとか、そういうフィルム独特の効果だけじゃないことに気づいた。一瞬の表情の捉え方が上手で、写真の中のわたしはなんでそんな顔をしていたんだろうって考えたときに、ふと気づくことがあった。



それは、わたしがなにかしら春輝のことを想っている瞬間だった。



たとえば、一ヶ月後死んじゃうとか。わたしのはじめてをもらうとか。そういう嘘っぱちだけじゃなくて。春輝の優しさや愛情を肌で感じたときなんかは特に顕著で、そういうときに写してもらった写真は、自意識過剰とかじゃないけれど自分で見てもエモすぎる。



「瞬間瞬間の感情とか、気持ちとか撮ってくれてるんじゃないかって」

「ん。まあ。そういう麻友菜の表情が俺は好きだからな」

「だからね、クララちゃんの言っていることは違うなって」

「クララの?」

「うん。わたしがモデル向きだって言っていたじゃん」

「ん。そういえばそんなこと言っていたな」

「わたしがモデルに向いてるんじゃなくて、春輝に撮ってもらう瞬間が特別なんだって。だから、他の人に撮ってもらっても同じような写真は撮れないと思うんだ」



春輝が好き。春輝と一緒にいる時間が好き。春輝と向き合っている時間が好き。その好きを凝縮した写真だからエモいんだし、わたしの表情を引き出してくれるからこそ、春輝の撮ったわたしの写真は特別なんだと思う。



「そうか? クララの言うことも間違ってはいないと思うぞ」

「わたしはさ……春輝以外の人に、春輝に向けるような表情ができる自信はないし、したくもないって思っちゃう」

「そうか。なら、俺の専属のモデルでいいんじゃないか」

「そうだね。なら現状維持ってことで」



木漏れ日の差す場所があって、道沿いに色とりどりの花が咲いている。思わず、「うわぁ〜」ってわたしが声を上げたくらいメルヘンチック。誰もいないから、遊歩道の真ん中に立って写真を撮った。



白いロングスカートのワンピースにしてきたんだけど、春輝はすごく褒めてくれる。今まで否定されたことが一度もないから、むしろ似合っていないって言われるのが怖い。だから昨日はコーデを考えまくって、結局シンプルな服装がいいと結論付けた。それが正解だったらしい。



「この森にその白ワンピは神だな」

「そう?」

「ん。黒髪にも似合う。それにこの前買ったくすみカラーのシャドウとリップもいい」

「コスメ大丈夫かな。汗で取れてない?」

「今のとこ大丈夫だ」

「ねえ、わたしだけじゃなくて、一緒に撮ろ?」

「ん。分かった」



春輝の腕を抱きしめて、スマホを掲げる。あえて前面カメラを使わずに、背面の超広角レンズで撮ってみる。インスタで紹介されていた撮り方で、超広角ならだいたい映るらしい。わたしのスマホのカメラロールがだいぶ春輝の写真で埋め尽くされてきた。これからも春輝の写真が増えていくんだろうな。ストレージがいっぱいになるくらいにもっと思い出を沢山つくりたい。



「暑いな。大丈夫か?」

「うん。むしろここは涼しいくらい」



春輝といっぱいお話をしながら写真を撮って、森の散策を楽しんだ。



コテージに戻って遅い昼食にすることにした。昼食はバーベキューのプランで、コテージの近くに専用のコンロが備わっている。林間学校のときのようなサバイバル系(?)のようなバーベキューではなく、火起こしは必要のないガスコンロだった。しかも食材はすでに切られていて、あとは焼くだけ状態。



「春輝の出番ないじゃん」

「あるぞ。餌付けだ。沢山焼いて麻友菜を太らすぞ」

「だからぶっ飛ばすよ。そんなに食べないからね?」



このやり取りも何回目なんだろう。まずは互いにコップに飲み物を注いだ。わたしはルイボスティーで春輝は炭酸水。



「かんぱ〜〜いっ!!」

「乾杯」



まずはグラスを鳴らして水分補給。並べられた食材を見ると、なんとも豪勢なバーベキューだった。



春輝は肉と野菜をバランスよく鉄板の上に並べていく。それに加えて、エビやホタテの海鮮やウィンナーも。肉は表面がジュワジュワになったら食べごろなのだとか。



「はじめて春輝の家の屋上でマシュマロ焼いたときのこと思い出すね」

「そんなこともあったな。まだ三ヶ月も経ってないのに、なんだか遠く感じるな」

「しかも付き合ってもなかったよね。偽装だったし」

「そうだな。懐かしいな」

「あ、これ焼けてるよね。春輝も食べて?」



食べ終えてコテージに戻って歯磨きをし、またソファでまったり。午後三時でも陽は高く、とても外でなにかをする気にはなれない。長ソファに座った春輝はわたしを膝枕して、わたしの髪を優しくくしけずる。またいつものわたし達に戻ってしまった。



「たまにはわたしと春輝逆にならない?」

「? 逆ってなにが?」

「春輝が寝転ばって、わたしが膝を貸すとか」

「それだと麻友菜が子猫じゃなくなるだろ」

「これって、わたし子猫役だったの?」

「違うのか?」



今度はわたしの膝に春輝の頭を乗せる。春輝がしてくれるように髪を撫でていると無性にキスがしたくなる。でもそれには角度がきつい。春輝の唇まで顔が届かない。



「キスしたいのか?」

「うん。でも体勢が無理かな」

「体操選手じゃないんだから難しいだろうな」



そう言って春輝は笑った。キスをしたくて屈んでいるわたしの顔がぷるぷるしていたらしく、春輝はそんなわたしの頬に触れる。そしてその手が髪をまさぐり、腹筋を使い起き上がってキスをした。



「俺もしたかったから」

「うん。もう一回して?」



起き上がった春輝は、わたしの肩を押した。わたしはソファに横にさせられて、春輝が馬乗り状態に。春輝がわたしの上に乗ってくる(実際は体重をかけていないし抜け出せるけど)なんて、強引モードでめずらしい。少しドキドキするかも。



「春輝?」

「俺もキスをもっとしたい」



珍しく春輝は生ぬるい大人のキスをして。何度も何度もして、春輝はわたしを抱きしめた。

やっぱり、今日も好きが止まらない。







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