#28 プリクラ@勝ちたいカノジョ
早川莉子がコンテストにエントリーしていることには驚いたが、麻友菜は驚き以上に複雑な気持ちなのだろう。神妙な顔つきで早川莉子のダンスを食い入るように見ている。
「莉子ちゃんってまだダンス続けてたんだ」
「そういえば麻友菜も中学まで続けていたらしいな」
「うん。莉子ちゃんに無視されるようになってやめちゃったけどね」
「莉子と同じスクールにいたのか?」
「そうだよ。小一から一緒だったの」
そういえばクララは、青空青春コンテストについて言及していて、ダンス経験者なら狙えるかもしれないと話していた。実際のスポーツ飲料のコマーシャルのマスコットとなった際はダンスをしてもらいます、とただし書きがされている。
そうなると、審査ではダンスも評価対象になる可能性が高い。莉子がこれだけ踊れるのなら、エントリーしていても不思議ではない。実力を試すためにエントリーしている可能性がある。だが、おそらくダンスがうまいだけでは勝ち残れないだろう。
「莉子が出るなら、なおさらエントリーしたくないだろ」
「……うん。でも——」
「でも?」
「莉子ちゃんに負けたくない」
意外だった。
麻友菜は人と争うことを避けて、穏便に済ませるように言動を選ぶタイプの人間だと思っていた。現に学校では陽キャに徹していて空気を読んで過ごしているために、気疲れが耐えないのだと思う。その麻友菜が負けたくないと発したのだ。
「第一審査が通れば、そのうち莉子と鉢合わせするかもしれないぞ?」
「うん。そうだよね」
「莉子とは会いたくないんじゃないのか?」
「それは会いたくないよ。怖いもん」
「なら、無理しなくていいんじゃないか?」
麻友菜はうつむいて、スマホの莉子に視線を落とした。スマホを握る手がわずかに力んでいるように見える。
「瑠奈ちゃんは莉子ちゃんが怖くてわたしを無視したって言ってた」
「ん。そんなこと言っていたな」
「わたしは……あの頃、学校に行きたくなくて仕方なかった。でも逃げちゃダメだって思って、休みがちだったけどちゃんと学校には行くようにした」
「……俺は、人間関係でつらいことがあるなら逃げてもいいと思ってる。嫌な思いをしてまで向き合うような問題ではない。世の中合わない奴なんて掃いて捨てるほどいる」
だが、麻友菜はゆっくりと頭を横に振った。麻友菜は芯の強い子だ。普通なら心がズタボロになるような状況下でも不登校にならずに学校に通ったのだから。
「春輝の言う通りだと思う。わたし個人の嫌がらせならそうしていたと思う」
「違うのか?」
「……うん。瑠奈ちゃんに、“麻友菜を無視しろ”って強要したことが許せないの。瑠奈ちゃんはずっとそれを引きずって、この前まで罪悪感を覚えて過ごしてきたとしたら、辛かったと思うんだ。ううん。瑠奈ちゃんだけじゃなくて、他のみんなもそうかもしれない」
麻友菜は優しく、人の痛みが分かる子でもある。だから、自分よりも他人を優先してしまう。林間学校でのバーベキューでは自分よりも他の人のために焼いていたくらいだ。あの一件は陽キャを演じているからの行動ではない。そんな麻友菜だから俺も惹かれたのかもしれない。
「じゃあ、出るか?」
「……出たい。出て勝ち上がって、莉子ちゃんに勝ちたい。それでちゃんと話がしたい」
「分かった」
「うん。春輝」
「なんだ?」
「わたしに勇気をくれてありがとう。わたし、一人じゃ莉子ちゃんに立ち向かえなかったと思う」
「俺はなにもしてないぞ?」
「ううん。はじめて二番街で助けられた日とか、林間学校でのこととか、それから今日も。春輝は逃げないじゃん。だから、わたしも変わりたい。堂々と胸を張って春輝の横を歩けるくらいになりたい」
「別に俺はそんな大した奴じゃない。買いかぶりすぎだ。麻友菜は麻友菜で沢山いいところがあるだろ」
「……春輝はさ、いつもわたしを守ってくれて。かっこよくて。だから、わたしも逃げないで闘いたい。莉子ちゃんに勝って、ちゃんと過去に向き合いたい」
「分かった」
駅ナカのマクドに入ってポテトとドリンクを注文し、さっそくスマホからエントリーシートを入力していく。クララにエントリーをする旨を伝えると、麻友菜に協力してくれると約束してくれた。どう協力するのか分からないが。
「エントリー完了。えっとインスタで指定の振りのダンスを上げて、#青空青春コンテストのタグを付けるみたい」
「そうか。じゃあ、まずはダンスだな」
「三年のブランクあるからな〜〜〜自信ないや」
「大丈夫だ。投票だから必ずしもダンスがうまくなくても良い。魅せられればいいわけだろ」
「そうだけど……それを言うとみんなかわいい子ばっかじゃん」
「俺は麻友菜が一番可愛いと思うが?」
「はいはい。ダメ人間製造機ですね。それに彼女バカすぎ」
「客観的に見てもそうだと思うが?」
「……もう耐性ついちゃってるって」
とりあえずユニクラに行くことにした。コンテストの件はあとでじっくり策を練るとして、まずは目的を果たすことに。麻友菜はコンテストの件でなかなか切り替えができないかと思ったら、そうでもないらしく楽しそうに俺の手を引いた。
「ショートパンツに前開きのパジャマってエロくない?」
「? どこがだ?」
「だって生脚だよ? 一緒に寝たら素足で絡みついちゃうんだよ?」
「それはパジャマじゃなくて、麻友菜がエロいという話じゃないか?」
この前も麻友菜の足と手が絡みついて、暑くて夜中に目が覚めたのを思い出した。怖い夢でも見たのか、力強く抱擁してくるものだから困ったものだ。
「え〜〜〜またそういうこと言う。じゃあ、一緒に寝てあげないんだからっ!」
「麻友菜はそれでいいのか? エアベッドで眠れるのか?」
「……イヤ」
「俺は麻友菜が可愛ければ、エロくてもエロくなくてもどっちでもいいぞ」
「出たよ。彼女バカ。本当に甘やかしすぎなの。春輝は少しくらいわたしを叱ってくれていいよ?」
「どこを注意すればいいんだ? 見当たらないが」
「それが春輝なんだよね。もういいです。あ、見て春輝、メンズのシャツで部屋着にしちゃおうかな」
「大きすぎないか?」
「それがいいんじゃん」
ハンガーに掛かったメンズのビックシルエットのTシャツ、しかもXLサイズを手にして、サイズ感を計るように麻友菜は自分の身体に当てて鏡に映した。
「これだとお尻隠れるから、下はなにも穿かなくていいよね?」
「ん……そうなのか?」
「ちょっと、これ持ってて」
Tシャツを俺に渡し、麻友菜は背伸びして、
「ご主人さまぁ〜〜〜〜〜」
「またそれか……」
(麻友菜のパンツ見放題ですよぉ〜〜〜〜〜〜)
これだけはまったく耐性がつかない。何度やられてもくすぐったいし、脳がバグる。おれが変顔をするからいけないのか、麻友菜はそれを見たいがために幾度となく“攻撃”してくる。
「却下だ。下も穿け」
「やっぱりダメ?」
「ダメだ。もし来客があったら大変だろ」
そんな姿の麻友菜を俺以外の人に見せるわけにはいかない。だが、このTシャツは購入確定らしい。それからパジャマを買ってユニクラを後にした。
駅ナカを出ると目の前にゲーセンがある。よく通るが入ったことはない。
「たまにはプリクラ撮ろうよ〜〜〜」
「撮ったことないな」
「カレカノになってから、一度撮ってみたかったんだよね」
「スマホケースに貼るんだろ?」
「……よく分かったね」
「終業式の日、砂川さんがやってたしな」
「ダメ?」
「別に」
ゲーセンなんて来る機会がない。中学のとき一度だけ友達と来たが、それきりだ。あのときはたしかメダルゲームをして遊んだ記憶がある。だが、プリクラコーナーは足を踏み入れたことがない。
「あ〜〜〜見て、コス貸し出しあるよ〜〜〜っ!」
「……そんなのあるのか?」
「女の子同士ならアリだよね。さすがに春輝の着るような衣装ないもんな〜〜残念」
麻友菜はクラスの女子と割と撮るらしく、だいぶ慣れている様子だ。まずはどの機種にするのか。両替をして小銭を作り、キラキラした女子の写真がプリントされたカーテンを潜って中に入る。
「小さなスタジオみたいだな」
「そうだよ。照明もばっちりでしょ」
手慣れた手つきで操作して、ようやく撮影に入る。撮った写真を見ると、もはや盛りに盛ったフォトショ状態の写真になっている。肌艶もよく、目もかなり大きい。
「ちょっと、春輝くん可愛くない?」
「……そうか?」
「女の子みたい。あ、次はさ、ちゃんと二人でポーズ決めよう?」
二枚目は互いに向き合って、キスの直前のように顔を近づけて見つめ合う。そして身体をぐっと近づけて撮影のカウントダウンが始まる。
「うわ〜〜〜これ良き。尊くない?」
「ん。いいと思う」
「でしょ。それにしても春輝かわいいなぁ〜〜〜」
「そうか?」
それからプリクラを何枚か撮って麻友菜は満足したらしく、かなり上機嫌だ。今日は色々あったが、今のところは大丈夫そうで安心した。
「あれ〜〜〜まゆっちじゃん。並木も!」
「お。バカップラーの二人! プリクラかよ」
「え〜〜〜っ! ミホルラと景虎じゃ〜〜〜ん」」
「ん。偶然だな」
俺たちがプリクラを撮り終えたタイミングで、目の前を砂川さんと高山が通り過ぎようとしていた。俺たちを見つけた二人は、予想通りの絡み方をしてくる。自分たちだってバカップルでプリクラを撮りに来たのに、なんて言い草だ。
「っていうか、まゆっちイメチェンじゃん。めっさかわちぃ〜〜〜〜な〜〜〜」
「ありがとう〜〜〜」
「それは並木色に染まったって認識でおっけー?」
「そういうわけじゃないけど……」
麻友菜は俺をチラ見した。麻友菜は俺の好みに合わせて黒髪にしたと言っていた。そうなると砂川さんの指摘はもっともだが、麻友菜は恥ずかしいらしくやんわりと否定する。それで俺を気遣って(?)チラ見したのだろうと思う。
「まゆっちたちも一緒に四人で撮ろうで」
「もち。いいよ〜〜〜っ!! 撮ろう!!」
完全に偽りの笑顔モードになった麻友菜は、砂川さんの提案を断るはずもなく、再びプリクラの中に入る。俺と高山も仕方なく中に入ることに。二人だと悠々だったのに、四人だと結構きつい。
「野郎二人の表情かたすぎ。とくに並木」
「ん。善処する」
「景虎もやる気出せ〜〜〜〜」
四人で撮り終えると、今度は麻友菜と砂川さんの二人で撮るということになって、俺と高山は置き去りにされた。しかもコスプレをするから着替えを覗くな、と砂川さんに念を押された。男子禁制の試着室なのにどうやって覗けと。
そして、着替え終わって出てきた二人はブラウンをベースにしたメイド服を着ていて、二人ともかなり似合っている。
「ミホルラは馬子にも衣装だな」
「ざけんな。お世辞でも似合ってると言っておけ」
「並木くんどうかな〜〜〜?」
「すげえ可愛い。一枚撮らせてくれ」
麻友菜だけでいいのに、なぜか砂川さんまで一緒にフレームインした。いつも持ち歩いているコンタックスT2で撮り、その後スマホでも一枚。二人がプリクラ撮影をしている間、スマホで撮った麻友菜と砂川さんのコスプレ写真を高山に送ることに。
「まゆっち可愛くなったな」
「ん?」
「イメチェンしたからってわけじゃなくて、なんだか笑顔が前よりマイルドになったというか」
「そうか?」
「林間学校の後あたりからか。まゆっちが可愛くなったって、学校中で噂が流れたんよ」
「そうなのか?」
「ああ。俺はそんなに変わってないだろって思ってたんだが、今日見たらめっちゃ可愛くなってたわ。並木と付き合ってるだよなぁ」
俺は麻友菜のことをいつでも可愛いと思っている。俺は常に一緒にいるから気づかないのかもしれないな。
プリクラを撮り終えたマユと砂川さんがようやく戻ってきて、そこで解散となった。砂川さんと高山は映画を観る約束をしているらしく、今から俺たちと遊ぶ時間がないのだとか。
「ねえ、春輝」
「なんだ?」
「せっかくだから、このコスのままもう一枚撮っていい?」
「……別にいいが。俺は私服だからアンバランスじゃないか?」
「だってメイド服だよ?」
これはまた嫌な予感がする。
再びプリクラのカーテンの中に入ると麻友菜は硬貨を投入した。そして、フレームを選んでいざ撮る瞬間になると俺の右腕をロックして、俺の耳に手を添える。
(ご主人さまぁ〜〜〜もう一度麻友菜の大人キスの味はどうでしたかぁ〜〜〜?)
鳥肌全開で顔を歪めた瞬間、パシャリとプリクラのふざけた電子音が鳴った。ディスプレイに映った俺の顔は、どう見ても変顔。対して麻友菜はいたずらな笑顔たっぷりに楽しそうだ。
「えへへ。ねえねえ、どう? モノホンのメイドJKですよぉ〜〜〜」
「どうって……可愛いぞ」
「あ、今度は春輝がわたしの後ろから手を回して、前でこうやって♡つくって?」
「……ん。分かった」
麻友菜を背後からハグをして、手でハートを作らされた。映し出された俺と麻友菜はかなりバカップルっぽい。しかし、麻友菜は気に入ったらしく、その写真をスマホのクリアケースに貼り付けた。まるでアニメの中から出てきたメイドを、男子高生がハグしているようなチグハグの写真。
「今日の一番の収穫はコレかな」
「なんでそれなんだ?」
「だって、春輝可愛いじゃん」
ハグをしたプリクラではなく、マユが俺に耳元で息を吹きかけているプリクラを手にして、麻友菜ははにかんだ。なぜそんな俺の変顔プリクラがいいのか分からないが、麻友菜は嬉しそうにそのプリクラもスマホケースに貼ろうとしていた。
「それ、他の奴に見せるなよ?」
「うん。分かった。多分見せない」
「多分か」
「嘘だよ。これはスマホケースの裏側に貼って見えないようにしておくね」
「なら、貼る意味なくないか?」
「たまにケース外して見るけど?」
「……そうか」
“まゆっち可愛くなったな”
変化に気づいていないと自分では思っていたが、言われてみれば偽装交際をしているときの数倍、いや数十倍は可愛くなったと、俺の腕を抱きしめる彼女を見て思った。
まさか、俺がそんなことを思うようになるなんてな。麻友菜と“他人”のときには想像もできなかった。
「麻友菜」
「なあに?」
「ますます可愛くなったな」
「え? 突然どうしたの?」
「いや。言いたかっただけだ」
「ダメ人間製造機……でもなさそう。変なの」
ダメ人間製造機なのは、むしろマユなのではないか。
そんな考えがふとよぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます