#27 リップ&シャドウ@カレシは求愛のプリンス



わたしには春輝しかいない。



おそらく——今後好きな人は春輝以外現れない。わたしにとって春輝がすべてで、春輝がいない人生なんて考えられないほど好き。だから、春輝にならすべてを捧げてもいいと思う。



そう思っているのに春輝はわたしに、唇に触れるだけのキスをして、ソファから立ち上がってしまった。



「春輝、いいよ?」

「ん。気持ちは嬉しい」

「……しないの?」



春輝に引き上げられて、わたしは起き上がりソファに座り直した。春輝はとなりに腰掛けて、わたしのほうに向き直る。



「別に性欲がないわけではない。むしろ、麻友菜とは……そういうこともしたいと思う」

「なら……我慢しなくてもいいのに」

「約束したろ」

「? 約束?」

「健全な付き合いをするって弓子さんと。認められながら麻友菜と交際をする以上、俺には責任ある行動に徹する義務がある。だから、そういう行為はもう少し待ってほしい」



エッチをしたところで、言わなければバレないんじゃないかと思ったけど、そういうところが春輝らしい。春輝からすればお母さんとの約束を律儀に履行しようとしている。お母さんはそんな春輝だからこそ信用したのだと思う。春輝はいつだって紳士的で、欲求に流されず自分を持っている。やっぱり全方向どこから見ても春輝が好き。



「うん……分かった。でも、イチャイチャはいいんだよね? ちゃんと甘やかせて?」

「ん。それはもちろんだ」

「あとさ」

「なんだ?」

「わたし、春輝が思うほど……えっちな子じゃないからね?」

「違うのか?」

「えっ?」

「嘘だ」

「もうッ!! バカっ!!」

「だが、麻友菜の気持ちは嬉しい。今のセリフを言うのにも相当な覚悟はあっただろ。俺のことを考えてくれてのことなんだろ。ありがとうな」

「……うん」



春輝はハグをしてくれて、頭を撫でてくれる。すごく怖かったし、でも春輝のためならって覚悟を決めてがんばったのは本当だった。わたしだけじゃなくて春輝にも幸せになってもらいたい。そんな気持ちが先行していたことも事実だ。



「俺は麻友菜のことが好きだ。だから、そういうことをしたい気持ちはなくはないんだ。でも、それはもう少し未来まで待ってもらってもいいか」

「それは……もちろん」

「ごめんな」

「謝らないで。春輝のそういうところも好きだから」



なんだか心の中がぽかぽかする。春輝はいつも以上に優しさが滲み出ていて、今日も一段と春輝のことを好きになった。彼氏バカと言われようが事実なんだから仕方ない。バカップル上等。



春輝にんだって思ったら今まで以上に安心できるし、幸せな気持ちになる。



それから、春輝といつもどおりふざけ合いながら一緒に焼きそばを作って、食べて後片付けをして、午後になったらメイドさんごっこをしながら、二人で部屋の掃除をした。



たまには宿泊してもいいってお母さんから許可が下りたのをきっかけに、わたしの私物を置いてもいいって春輝が言ってくれた。そうすれば、わざわざ家から大荷物を運ばなくてもよくなる。必要なものはメイク道具にパジャマ、家着、それから茶碗にコップ。あとはシャンプーにコンディショナーと洗顔フォーム。クレンジングオイルは春輝の家に置いてあるとして。



それらを買い出しに行くことになった。



「とりあえず、ドラッグストアとユニクラかな。GeUあたりでもいいかも」

「麻友菜を餌付けしやすいように、お菓子も大量に買わないとな」

「だから、太らせるなし」

「そうだな。小屋も作るか」

「人をなんだと思ってるんです? 春輝くん。わたしはペットですか?」

「甘え上手の子猫か、もしくは人懐っこい子犬だな」

「それ褒めてる?」

「一応褒めてるつもりだ。どっちも可愛いだろ?」

「普通に人間の女の子として可愛がって欲しいし」

「ほら、マユ〜〜〜こっちこい」

「絶対バカにしてる。わたしペットじゃないもんっ!!」

「マユ〜〜〜良い子だ。よしよしっ!」



ペットのごとく頭を撫でられた。

わたしは春輝に抱きついて頭を擦り付ける。可愛がってくれるなら、この際ペットでもいいか。



買うものをリストアップして家を出た。二人で手をつないで駅ナカのお店に行き、はじめにドラッグストアに入る。いつも一人で来る場所だから、春輝と一緒だとなんだか新鮮に感じる。まるで新婚さんで、雰囲気が良き!



「コスメ見ていい?」

「いいぞ。好きにしろ」

「うん。あ、でも長いかもしれないから——」

「気にするな。俺も一緒にいていいか?」

「それはいいけど。春輝は退屈しない?」

「俺もコスメ買いたい」

「え……春輝ってそういう趣味あったの?」

「ん。麻友菜を被写体にする際の、似合うコスメを買いたいだけだ。もちろん、麻友菜がしてくれるならの話だが」

「全然いいよっ! むしろ春輝の好みの色とか知りたかったし」

「なら、一緒に見るか」

「うんっ!」



リップのコーナーだけでも数十種類並んでいる。絶対に春輝はコスメになんて興味がないと思っていたけど、いざ一緒に来てみれば真剣に選んでくれていて驚いた。わたしは色白で、“ブルーベースの夏”がパーソナルカラーだから、このリップもいいんじゃないかと春輝が選んでくれた。春輝がなんだか神なんだけど。



「えっと、メイク勉強とかした? ブルベ夏とかなんで分かっちゃうの?」

「写真を撮る上で勉強するだろ。とくにフィルムの撮影だとホワイトバランスを変えるわけにいかないからな。フィルターで調整するんだ。だから、ポートレートを撮る上で割と重要なんだぞ?」

「よく分からないけど、春輝がすごいってことは分かった。うん。じゃあ、このリップにしようかな」

「待て。これは撮影用だから俺が買う。いや、もう少し悩む。麻友菜は自分が使いたいと思ったのを買ったほうがいい」



その他にもどうやら、パステルピンクのリップをしたわたしを撮りたいようで、春輝は真剣に悩んでいた。まさか彼氏とコスメで話し合えるとは思わなかった。それに似合う似合わないを的確に判断してくれるなんて。



「シャドウはスモーキーピンクがいいと思うんだが。どう思う?」

「あ〜〜〜すごく可愛いねっ!」

「それか、こっちのコーラルピンクはどうだ?」

「こっちもいいっ! うわ〜〜〜悩む」



サンプルを手の甲につけてみると、どちらも良い色。シャドウを塗ったわたしの手を握り、しゃがんだ春輝は真剣に見つめる。まるでプリンセスに求愛をするプリンスのように片膝をついて、立ったままのわたしの手を見つめている姿はかなり際立っている。外野からもかなり目立つらしく、通路の向こう側でJKが色めき立っていた。



「尊い……」

「彼氏かっこよくない?」

「彼女さんもヤバいって」

「あんなことされたら胸キュンじゃん」



なんだかわたしのほうが恥ずかしくなってきた。春輝にそんな声が届いているかどうかは分からないけど、春輝は立ち上がってサンプル品を置き、商品を手にした。どうやら決まったらしい。



「スモーキーでいく」

「決め手は?」

「麻友菜が可愛い」

「答えになってないじゃん」

「麻友菜は目が大きいからな。明るくするよりも少しくすませたほうがいい気がする。いや、ダメだ。両方買おう」

「えぇ……どっちかでいいよ」

「どっちも麻友菜に似合いすぎるし、可愛すぎるだろ。決めた。両方買う」

「可愛い連発しすぎ。彼女バカのダメ人間製造機だからね?」

「嫌か?」

「嫌じゃないけど……」



コスメを見に来た仲良しJK達の視線が痛い。恥ずかしいくらいに見られているし、耳に届いている。春輝はまったく気にしていないし、もしかしたらJKが目に入っていないのかも。

わたしの気も知らずに、次から次にコスメを選んでいく。わたしがもっと強メンタルならドヤ顔できるのかな。でも、見知らぬ人に尊いって言われて、悪い気はしない。



わたしが「これもかわいい」と反応すると、春輝は面倒がらずにちゃんと感想を言ってくれる。すべてを肯定するんじゃなくて、似合わない色はなぜ似合わないのかを的確に言ってくれるから助かる。それも含めて麻友菜ファーストは健在だった。



「なんだか付き合わせちゃったね」

「? 俺も買い物したぞ?」

「それわたしの使うやつじゃん。撮影とはいえなんだか悪いよ」

「そうか? これを使うことで、麻友菜がどれだけ可愛くなるか想像するだけで楽しいが?」

「彼女バカの極みかよ。どんだけわたしのこと好きなの……?」

「訊かれると難しいな」



立ち止まって天井を見上げて考えた結果、春輝の出した答えは、



「毎日一緒にいたいくらいだな」

「いるじゃん。毎日一緒に」

「そうだな。だが、計り知れないくらい好きだぞ」



わたしも人のことを言えないかも。どれくらい好きかなんて答えようがない。宇宙の面積くらいとか、バカップルの答えしか思い浮かばないから、逆質問されなくてよかったと思う。



それからシャンプーや洗顔フォームなどの日用品を買い込んで、ドラッグストアタイムは終了した。



「次はユニクラか」

「うん。パジャマとか家着置いてもらっていい?」

「ん。いいぞ」



ここでいたずらをしたくなってしまう。春輝の左腕を片手で抱きしめて自由を奪い、耳元に手を添えて、



(ご主人さまぁ〜〜〜下着は何色がお好みですかぁ〜〜〜?)



すると予想通り、春輝は顔つきを変えて「やめろっ!!」と焦りだす。この様子が可愛くて、ついついやってしまう。



「下着は自分で選べ」

「もう。冗談なのに」

「メイドごっこはもう禁止な?」

「え〜〜〜イヤ。春輝のこともっと誘惑したい〜〜〜」

「してどうする」

「した上でいっぱい甘える」



顔を赤くした春輝に抱きつくのが好き。ギャップ萌えでキュンキュンするし、わたしだけにしか見せない顔が好き。いたずら好きでごめんね。



(えっちな麻友菜を堪能したくないんですかぁ〜〜〜〜?)



「麻友菜……そういうことをするとお仕置きだからな」

「お仕置き?」

「三〇分間くすぐりの刑」

「ええ〜〜〜〜っ!? もうっ! 春輝のえっち」

「どこがだ?」

「言ってみたかっただけ。ラブコメっぽいじゃん?」

「そうか?」



そんなバカップル会話をしてユニクラに向かうと、クララちゃんからラインを受信した。内容は、



“クララ>青空青春コンテストの応募はじまったよ”



「クララちゃんから。例のコンテストだって」

「ん。そういえばどうするんだ?」

「別にいいかな。そういうの興味ないし」

「そうか。まあ、クララが勝手に盛り上がっているだけだしな」



“まゆっち>今回はお断りしようかなって思うんだけど”

“クララ>一次審査はSNSにタグ付けして応募。とりあえず、暫定一位の見てみ”



そして青空青春コンテストのページのURLが送られてきた。そのURLをタップしてサイトを開くと、トップページには一位から三〇位までのインスタが貼られていた。閲覧者の投票数で競い合っているらしく、試しに一位の人のインスタを覗いてみる。



「……え」

「ん? どうした?」



一位の人のインスタのショート動画——リールは銀髪の少女が制服姿で、校庭らしき場所でダンスを披露している動画だった。ショートカットの髪を揺らして、にわかダンスとは違うキレキレの振りで踊っている。顔は余裕で、演じた笑顔で引き込まれてしまう。



「莉子ちゃん……」

「こいつが?」

「うん。間違いない」



——早川莉子ちゃん。



中学時代の友達で、わたしを空気にした張本人。その莉子ちゃんが暫定一位で青空青春コンテストサイトのトップを飾っていた。




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