#26 ソファ@VS村山直継2ND
麻友菜の家に赴き、挨拶を済ませて俺は達成感を覚えた。
麻友菜の母親——
「春輝くんの家庭環境はある程度聞いていたけど、私は気にしないわよ。会ってみたら麻友菜の言うとおり良い子じゃないの。また遊びにきなさい」
そう言って、麻友菜との交際をあっさり認めてくれた。むしろ、感謝されてしまった。麻友菜
1.成績が上がったこと。期末試験の大躍進は結果的に俺のおかげということになっているらしい。期末試験の結果が悪ければ、家庭教師(麻友菜が苦手なヤツ)を依頼しようと思っていたが、俺がいればその必要はない。これからもよろしくと弓子さんは感謝していた。
2.中学の時に比べて麻友菜が明るくなったこと。麻友菜は家にいても笑顔でいることが多くなった。俺と付き合ってから毎日が幸せだと、昨晩麻友菜は話していたらしい。そういう話を母親にしてくるようになったこと自体、弓子さんは娘の成長を感じるらしく、これまた感謝された。
3.麻友菜にとって、春輝くんという存在が心の拠り所であることが一番大きい。娘にとってプラスでしかない。それは春輝くんと直接会ってみて実感した。娘を預けてもなんの問題もないし、思った以上に春輝くんがしっかりしていて真面目で良かった。これからもよろしく、と弓子さんから重ねて礼を言われた。
弓子さんはとてもおおらかな人で、麻友菜が優しい子に育ったのがよく分かる。
それと、うちに泊まったこともバレていた。だが、ちゃんと許可を取って、責任ある行動に徹するならたまには泊まっていいと言ってくれた。これには麻友菜が一番喜んだ。
「あぁ、緊張した……」
「そうなのか?」
「うん。だって、はじめての彼氏だよ? その彼氏を呼んでこいとか、どんな拷問だよって思ったけど、お母さんが春輝のことを気に入ってくれて本当に良かったなって」
挨拶を済ませて、俺たちは早々に霧島家を脱出した。母親に気を使わせるのもどうかと思うし、それに麻友菜がソワソワして落ち着けないからだ。だからといって行くあてもなく、結局うちに来ることになった。二人とも出不精だから、家でまったりすることのほうが気楽でいい。昨日はプールで遊んで楽しかったが、毎日アクティブに遊ぶのは遠慮したい。俺も麻友菜もそんな感じだ。
昼間の二番街を歩いていると、メイン通りから一本入った裏通りに見覚えのある男がいた。誰かを待っているようで、店の壁に寄りかかってスマホを弄っている。ここはラムダの店の裏側で、従業員専用の入口がある。
「
「ああ。みたいだな。なんでこんなところにいるんだ?」
俺達の話し声で村山は顔を上げる。俺とばっちり目が合い、無視すればいいものをこちらに近づいてきた。
「霧島と並木じゃねえか。なにしてんだ、こんなとこで」
「お前こそ。いったいなにしてるんだ?」
「なんだっていいだろ。それにしても髪切ってスカしてんじゃねえぞ」
「お前に関係あるのか? お前は少し言葉遣いを覚えたらどうだ? 林間学校のときから思っていたが下品だぞ」
「は? 喧嘩売ってんの?」
なぜいつも喧嘩腰なのか分からない。
暑くてこんなところで立ち止まっていたくない。「じゃあな」と無視して通り過ぎようとすると、村山は俺の肩に手を置き「待てよ」と引き止めた。正直うんざりだ。こんな奴に構っている時間がもったいない。
「威勢がいいのは結構だが、俺に気安く触るな」
「村山くん。ホントにやめておいたほうがいいよ?」
「霧島まで頭おかしいのか? 俺はな、ブクロのチーム入ってんだ。やろうと思えば総出で潰しにくんぞ?」
「総出でもなんでも来ればいいだろ。それにどこのチンピラだ? なにをそんなに怒ってるのか理解できないんだが?」
「気に食わねえんだよ。並木、お前が」
「俺が麻友菜と付き合っているからか?」
「……ちげえよ。単におまえがムカつくだけだ」
俺が村山になにかしたのだろうか。心当たりがない。林間学校ではじめて話したが、そのときのことが気に食わないのか。あるいはやはり、麻友菜と付き合い始めたことが原因だろうか。
「なにしてんの? 直継?」
「ああ、悪い。ちょっとな」
ラムダの扉が開いて、出てきたのはユウと呼ばれた女子——
「は? 霧島? なんでこんなところに」
「宮崎さん、村山とはどういう関係なんだ?」
「あんたに関係ないでしょ。それ、言う必要ある?」
「つまり、村山の彼女ということか」
「違う。勝手にそういうこと言うな」
「こいつ全然空気読まねえヤツだな。ちょいとシメるわ」
村山が
ラムダの向かいのビルの二階には吹雪さんの事務所の人たちが経営しているバーがあり、さきほどからそこの窓が開いていて、何人かが俺達を見下ろしている。村山たちはそれに気づいているのだろうか。
「なんだ。殴る勇気もないのか? 殴っていいぞ」
「お前一丁前に俺を挑発してんの? そういうのダセえよ」
「ねえ、もう止めてっ!! 並木くんはなにも悪いことしてないじゃないっ!!」
「麻友菜、危ないから少し離れて」
「でも……」
村山が肘を引き、握りこぶしを作った。そして俺の頬を殴ってくる。後ろで麻友菜が叫んだのが分かった。
だが、これくらいの力では俺をぶっ飛ばすどころか、ノックバックすらさせられない。まず腰が入っていない。踏み込みが足りない。拳は俺の頬に当たったまま、逆に押し返されている。奥歯を噛み締め、首に力を入れて拳に対抗した結果だ。威勢の割に村山はあまりにも非力すぎる。
「なっ!? なんだコイツ!?」
「気が済んだか?」
「ちょ、ちょっと、直継、本気出しなよ」
「……うっせ」
格下や、多勢に無勢でなければ俺は暴力に頼らない。本気でヤバいときは正当防衛をするが、村山は非力すぎてそれが成り立たない。
「お〜〜〜い、春輝くん。なにしてんの? ケンカ?」
「ああ、いえ。違います。すみません、お騒がせして」
「いいって。なんだか威勢の良いニキがいるな」
上半身裸で下はカーゴパンツを穿いた二十代前半の男性(ヤマさん)と、もう一人はシャツのボタン全開の一九歳の男性(ミー君)が俺に話しかけてきた。二人とも腹から胸にかけて昇り龍の彫り物があって貫禄がある。吹雪さんの事務所の人たちで、クロさん同様この辺のシマの治安維持をしている(らしい)。治安が低下すると客足が遠のいてしまうからだ。
「殴っちゃダメだよね」
「ああ、そうそう暴力はご法度なのよ、兄ちゃん」
近づくヤマさんとミー君に対して、村山は硬直して動けなくなる。どう見てもヤクザに絡まれたヤンキーのような構図だ。宮崎さんはヤバそうな雰囲気を察して、ラムダの中にそそくさと避難してしまった。
「確かに殴ったよな? ヤマさん」
「ああ。見た見た。これは傷害だよね。賠償責任だよね。ミー君」
「ちょっと話聞かせて貰える? うちの事務所すぐそこだから」
「ま、待ってください。俺は」
「いいからいいから。話は事務所で聞くから。その歳で両親に迷惑かけちゃダメだろ。カニ漁とか行っちゃう? ベーリング海はきびしいよ?」
「や。ちょっと、俺はそんなつもりじゃ」
「君さ。春輝くん殴るってどういうことだか分かる? うちの若頭の
「へ……? 並木が?」
「並木? 呼び捨て? ヤマさん、彼、春輝くんを呼び捨てにしちゃったよ」
「口の利き方知らねえのかッ!? クソがッ!! 並木さんだろがッ!! ぶち殺すぞッ! テメエッ!!」
「す、すみませんッッッ!!!」
村山は首根っこを掴まれて、ヤマさんとミー君に連行されていった。麻友菜はしびれを切らして俺に駆け寄ってくる。
「春輝ッ!? 殴られたけど大丈夫ッ!?」
「ああ。まったく。あれくらい大丈夫だ」
「ほんと? 病院行かなくていい?」
「大丈夫だ」
「よかった……」
「心配かけて悪かった」
「ううん」
麻友菜は涙目で優しく俺の頬に触れる。殴られた場所を確認するようにまじまじと見て、すすり泣きはじめた。怖い思いをさせてしまって申し訳なかったと思い、麻友菜の頭を撫でる。すると麻友菜はぽろぽろと涙を流して、「ごめんなさい」と謝った。
「謝るのは俺の方だ。怖かったな」
「ううん。春輝が痛い思いしちゃって……本当にごめんね。痛くない?」
「痛くないから大丈夫だ」
麻友菜の手を引き再び歩き出した。おそらく村山はこの一件で、俺と麻友菜に手を出すことはなくなると思う。ラインでヤマさんに「お手柔らかに」と入れておいたが、その返信として動画が送られてきた。
『並木さん、申し訳ありませんでしたッ!! それから霧島さんにはもう二度と話しかけませんし、迷惑をかけないことを誓います』
パンツ一丁で土下座している村山の動画だった。一応、麻友菜に見せると、
「……これ大丈夫なの?」
とむしろ心配をしていた。なにがあってこうなったのか俺も分からないが、殴ってきたのは村山だし、裸の村山は顔も含めて身体に傷や痣がないところを見ると、脅されただけで危害は加えられていないだろう。知らんけど。
「さあな」
「結局、なんで村山は春輝のこと怒ってたんだろうね」
「村山は麻友菜のことが好きだったんだろ。だから俺に嫉妬した。それで、あの宮崎優愛は村山が好きで麻友菜に嫉妬した。そんなところじゃないのか?」
「……そっか」
だが、今の一件で麻友菜は意気消沈してしまった。元気のない麻友菜を見るのは俺も辛い。だから、麻友菜の喜ぶことがしたい。そう思って、俺は麻友菜を家に上げてからグランピングの計画を立てようと話しを切り出した。
「というわけで、うちの屋上では暑い上にうるさい」
「じゃあ無理ってこと……?」
「もし麻友菜が良ければだが」
「うん?」
「グランピングをしに、どこか行かないか?」
「行かないかって……旅行?」
「ああ。林間学校では集団行動だったからアウトドアも楽しめなかっただろ」
俺はもともと集団行動が苦手だ。麻友菜は周りに気を使いすぎて集団行動に疲れてしまうタイプで、そうなると楽しめないはず。だが、俺と二人きりなら話は違う。俺もそれは同じだ。
「え〜〜〜いいのかな〜〜〜」
「行きたくないか?」
「行きたいっ!!」
「じゃあ、どこに行くかネットで探さないか?」
「いいねっ!! あ〜〜〜テンション上がってきた」
効果てきめんだった。麻友菜は嬉しそうに椅子を持ってきて俺のとなりに座り、パソコンのディスプレイを覗き込む。近郊のグランピング施設を検索すると、写真だけで楽しそうな雰囲気が伝わってきて、旅行に行った気分になれる。ディスプレイに映るバーベキューや星空観察、それに焚き火。どれもそそられる。
「オシャンティーすぎる。こんなに素敵な場所がいっぱいあるなんて」
「だな。ここなんてどうだ?」
「おっ! いいね〜〜〜いいですね〜〜〜春輝くん。ここにしようよっ!」
「それはいいが、いつにする? 弓子さんに許可取らなくて大丈夫か?」
「それもそうだね」
麻友菜と選んだ候補地は、那須にあるホテルが経営する施設だ。グランピングの他に、コテージや一軒家があり、どこもそこまで高くない。バイト代でなんとかなるし、麻友菜の分も出せてしまうくらいの価格だ。問題は移動手段か。
「春輝」
「なんだ?」
「ありがとうね」
「なにが?」
「わたしを元気づけるために、楽しいことしようって考えてくれたんでしょ」
「……グランピングはもともと計画のうちだったろ」
「そうだけど、でも春輝の気持ちもちゃんと伝わってるって、言葉で伝えたくて」
「ん。そうか」
「だから、ありがとう」
麻友菜はそう言った後に、椅子から腰を浮かせて俺の頬にキスをした。麻友菜の肩を抱き寄せて、俺は、
「麻友菜が悩んでいるときは、俺も悩む。悲しいときは俺も悲しい。嬉しいときは俺も嬉しいし、楽しいときは俺も楽しい。だから、これは俺のためだ。麻友菜が礼を言うことじゃない。当たり前のことをしているだけだからな」
「……春輝。それ、ダメ人間製造機の極みだからね?」
「ん。自覚はない」
「だろうね〜〜〜春輝くんは。じゃあわたしも」
麻友菜は俺の手を引きソファまで移動して俺を抱きしめながら、背中から倒れ込むようにソファに寝そべった。そして俺の顔を両手で挟み、自分の顔に近づけてキスをする。麻友菜は口を開いて舌を絡めた。触れるだけのキスではなく、はじめての生ぬるいキス。
麻友菜のキスを終えた瞬間の紅潮した顔がやけに艶めかしい。それに、潤んだ瞳がまっすぐに俺を見つめている。
「春輝……わたしのはじめて……あげる」
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