#24 花柄水着@再会


毎日、放課後は麻友菜の勉強につきあい、それからバイトに行く生活を続けること一ヶ月。期末試験期間も昨日で全過程が終了した。結果は……。



「じゃ~~~~ん」

「がんばったな。麻友菜、偉いぞ」

「もっと褒めて~~~って言いたいところだけど」



昼休みになって、窓際の席で麻友菜は返ってきたテストの答案用紙と順位表を俺に見せてきた。麻友菜はなんと二四位と一〇〇位近く成績を上げて大躍進を果たした。五〇位以内に入れてみせると俺も鼻息を荒くしていたが、結果的にそれ以上の成績を収められたのは麻友菜の必死の努力の賜物だ。



「春輝のお陰だから。春輝がいなかったらこんなにできなかったと思う」

「そんなことはない。最終的にがんばったのは麻友菜だろ。だから褒めてやる。ほら、頭を出せ」

「うんっ!!」



頭を撫でると嬉しそうにスリスリと身を寄せてくる。最近では学校でもこんな感じだからか、砂川さんは、



「ちょっとは人目を気にしろし。まゆっちには夏休みたっぷり恋愛体質改善コースで、あたしのエロエロマッサージを堪能させてやるからなッ!!」

「遠慮しておきま~~~す」

「本当にまゆっちと並木ってバカップルになってるからな?」

「……そのお言葉そのままお返しします」



そして終業式を終えて、晴れて夏休みとなった。夏休みの計画は林間学校での約束通り、プールで遊ぶことと、グランピングをすることが決定事項としてスケジュールに組み込まれている。



夏休み初日からプールに行くことに。初日の方が空いているだろうという目論見があった。



待ち合わせの駅で壁に寄りかかって待っていると、周囲の男が一人の女性に釘付けになっていることに気づいた。男たちの視線の先には黒髪の清楚な女子。背筋が伸びていてかなり美少女だ。どこか見覚えのある顔……と思ったら、



——麻友菜だった。



イメージがガラリと変わった麻友菜が気恥ずかしそうにこちらに歩いてくる。髪色が栗色から黒になっていて、さらさらのストレートヘア。ピアスは主張が控えめの小さく丸いピンクゴールドのものに変わっている。小物のセンスもこれまでとは随分と印象が違う。



「おまたせ。イメチェンしたんだけど……どうかな~~?」

「ん……あぁ」



控えめに言っても最高だった。もともとの栗色の髪も似合っていたが、黒髪になってさらに魅力が増したと思う。元々の色白の肌に薄い朱色のチークと桜色の唇が黒髪によって際立つ。それにネイビーのロングスカートと白のブラウスコーデも。全部最高すぎて眼福すぎる。あまりにも可愛すぎて、なんて声をかけていいか分からない。



「似合わない……よね?」

「……いや」

「春輝は清楚な感じが好きっていうから……がんばったんだけどなぁ」

「そうじゃなくて」

「似合わないなら似合わないって言ってくれていいよ?」

「……麻友菜の彼氏で良かったと思った。とにかく似合うし、最高の言葉を掛けたいのに見つからない……麻友菜、本当に可愛い。センスもすごく良い。家に飾りたいくらい好きだ」

「なんだか言葉が重すぎて、冗談に聞こえるよ?」

「ん。悪い。でも、それくらい似合う」

「ありがとう〜〜〜ダメ人間製造機でも嬉しいよ」

「本心だぞ?」

「分かってるよ。じゃあ、わたしも。春輝」

「なんだ?」

「今日も春輝はかっこいい。わたしも春輝の彼女で良かった」



そう言って麻友菜ははにかんだ。この笑顔は俺にしか見せない特別な顔。麻友菜のその表情が好きで、ずっと見ていられるというくらい好き。それにイメチェンした麻友菜はとにかく可愛くて、でもそれ以上の言葉が絶対にあるのに見つからない。簡単な言葉で評したくない。でも相応の言葉を見つけることができずに、結局安っぽい言葉でしか麻友菜を褒めてあげられないのが悔しい。



中央線の下り電車に乗ってしばらく揺れる。快速電車なんてあまり乗る機会がないために新鮮だ。



「あのさ。春輝は明日、時間ある?」

「ん。昼間なら。夜はバイトだな」

「すごく言いにくいんだけど……」



ガタンゴトンと揺れながら、国分寺を過ぎたあたりで麻友菜はそう言って俺の手を握った。



「なんだ?」

「明日の昼間……うちに来てくれないかな?」

「迎えにか? 別にいいぞ」

「そうじゃなくて……お母さんにバレちゃった」

「なにを?」

「彼氏できたのね。それで帰り遅いんでしょって。成績上がったのも、イメチェンしたのもそれが関係しているわけね、って」

「ああ、別に構わないぞ」

「ほんとに? 緊張とかしない?」

「ん。緊張したことがないから、想像がつかない」

「あー……。春輝だもんね」



むしろ麻友菜の両親には事実を公にして、ちゃんと交際したほうが断然いいとさえ思える。隠れてコソコソしていないで、ちゃんと挨拶をしたいと思っていたところだ。だからこれは絶好の機会で、しっかりと交際していることを報告しようと思う。



「手土産はなにがいい? ご両親の好きなものと嫌いなものをラインで送ってくれ」

「え、いいよ、そんなの。軽い気持ちで来てくれていいからね?」

「そうはいかない。誠心誠意を持って挨拶をし、ちゃんと麻友菜を大切にして互いに成長するような交際をしている。そう伝えなければならないだろ。それにはまずは気持ちが大事だ」

「いやぁ……うちってそんなにかたい感じじゃないだけど……」



そんな話をしている間に駅に着いて、乗り換えの電車待ちとなった。



「そういえば、正式に付き合ってから外のデートはじめてじゃない?」

「ん。そういえばそうだな」

「なんだかんだで春輝と付き合ってから、一ヶ月経っちゃうんだね」

「一ヶ月記念とかしたいのか?」

「ううん。そういうのはいいや。春輝がしたいなら別だけど」

「別に」

「記念日とかってさ、嬉しいけど一ヶ月単位とかって重荷になっちゃうから。とくに春輝はバイト入れてるから、毎月その日は休むようになっちゃうでしょ?」

「それは構わないが」

「それに毎日が記念日じゃん。毎日なにかしらの嬉しさがあって、感動があって、春輝を好きになるポイントがあって。だから毎日一緒にいてくれて、ううん、一緒にいなくても一言でも言葉を交わせればそれでわたしは幸せだよ」

「そうか。じゃあ、今日も記念日だな」

「初プール記念だねっ!」

「麻友菜のイメチェン記念もな」



乗り換えの電車に乗って目的の駅に着き、そこからはタクシーに乗った。プールといっても屋外と屋内があり、また遊園地も併設されていて、一日遊んでも時間が足りないくらいだ。



「子供の頃以来だ~~~っ! すっごく楽しみ」

「よかったな」

「春輝は?」

「来たことないぞ。だから楽しみといえば楽しみだな」

「そうなんだ」

「うちの場合、二番街以外のプールは行けないからな」

「なんで?」

「ほら、それ」

「入れ墨禁止……なるほど」



母さんは胸と太ももに。吹雪さんは胸と足首と背中に。それぞれ絵が掘ってある。もしプールに行くなら上半身はラッシュガードで隠せるとしても、太ももや足首はどうするのか。そんな面倒なことをしてまでプールなんて来なくても、二番街のビルの屋上のナイトプールで十分だろう。実際、夏になると、小さいながらも屋上プールで遊ばせてくれた。俺はそれで十分だった。クララは大きなプールに行きたがっていたが。



プールに着いて、事前にコンビニで買った入場券で中に入り、ロッカールームで着替えを済ませる。



「お待たせ」



麻友菜の水着は泡風呂のときの白ではなく、黒をベースに白の花が無数に描かれた花がら模様だった。白い水着のときよりも大人っぽく、それでいて華やかだ。



「麻友菜、水着新しいやつか?」

「うん。似合うかな?」

「すごく良いと思うぞ」

「よかった。って、多分そう言うと思ってた」

「そうか?」

「だって、春輝ってわたしのこと否定したこと一度もないでしょ?」

「目に余るようなら否定するぞ。ただ、その要素が見つからないだけで」

「はいはい。って、わたしも彼氏バカだから同じなんだけどね。春輝がどんなにダサコーデで来ても褒めちゃうと思う」



麻友菜はそう言って笑った。



室内プールで少し遊んでから、比較的空いている室外プールに行くことにした。炎天下で日差しがかなり強い。気温は午前中ですでに三〇度を超えていて、プールも生ぬるく低温の温泉のようだった。だが、それでも俺と麻友菜は外で遊ぶことを選択した。理由は二つある。一つは人混みが多いとはぐれやすいこと。それに俺も麻友菜も人と肌が接触するのがすごく嫌。



そしてもう一つは。



「本当にいいのか?」

「うん。思い出残したいでしょ? その代わり、春輝も撮らせてよ?」

「それはいいが。水着だぞ?」

「……いいよ。春輝なら全然いいよ。もしかしてわたしの……裸も撮りたい?」

「別に」

「別にってことはないでしょ? 撮らせてあげてもいいよ?」

「ヌードを撮るのは気が引ける」

「なんで〜〜〜? ほら、春輝くん答えて」



そして、俺の左腕を抱きしめガッチリとロックしたところで背伸びをし、俺の耳に手を添えながら口を近づける。



(ご主人さまぁ〜〜〜麻友菜の……恥ずかしいところ見たくないんですかぁ〜〜〜)



麻友菜の息づかいがピンポイントで耳の中に侵食してきて、思わず鳥肌が立ってしまった。麻友菜に左腕を掴まれているために、それがバレてしまった。さらに追い打ちをかけるべく、耳元で、



(わぁ〜〜お。ご主人さまぁ〜〜〜鳥肌すごぉ〜〜〜いっ! 麻友菜で興奮しちゃいましたぁ!?)



「やめろ! 本当に苦手なんだ、それ」

「そういうところも可愛くて好きなの」



麻友菜は俺の左腕を抱きしめながら「えへへ」と笑う。絶対に俺の反応を見て楽しんでいるだろ。別に服を脱いでいるから写真を撮りたいわけではない。撮る理由は思い出を残したいとか、エモい写真を撮りたいとか様々であって。それに麻友菜だから撮りたいんだ。麻友菜の色々な表情を撮りたいし、いろいろなシチュを撮りたい。



麻友菜だからこそ、写欲が暴走するくらい湧くんだ。



「それで、そのカメラは……はじめて見たけど?」

「ああ。防水の使い捨てフィルムカメラだ。普通のカメラだと湿気で死ぬからな」

「へぇ〜〜〜こんなのあるんだ」

「まあ、いつものカメラよりは写りは……だが」

「それでプールでどういうのが撮りたいの?」

「普通に遊んでいるところがいいな。とにかく自然な笑顔の麻友菜が撮りたい」



プールに二人で入り、麻友菜に思い切り水を掛けた。すると不意を突かれた麻友菜は、仕返しとばかりに俺に水を掛けてきた。その瞬間を切り取る。



「よくも〜〜〜これでもくらえっ!!」

「本気すぎるだろ」



バシャバシャと水を掛けてくる麻友菜に近づき、腰に手を回して持ち上げた。軽いから余裕で担げてしまう。



「きゃあっ!! ちょ、ちょっと」

「悪い子は捕まえたぞ」

「やったのは春輝じゃん。ずるいの〜〜〜」



持ち上げたまま水の中を移動して、プールの真ん中に浮いているフロートに麻友菜を降ろす。バランスを崩すかと思ったら、意外にも落水しなくて驚いた。それをフレームインしてシャッターを切り、写真に収めた。麻友菜は再びプールに入って俺に近づき、



「今度はわたしが撮っていい?」

「いいぞ」

「春輝くん、なかなか身体が締まってますね〜〜〜〜!」



透明な防水ケースに入れたアイフォンのレンズを俺に向ける。撮られることは未だに慣れない。だからどうしても棒立ちになってしまう。



「ねえ、春輝」

「なんだ?」

「なんだか春輝がキラキラしてるよ。ほら、見て見てっ!」



逆光の注ぐプールの水面が輝いて、その中心に立つ俺が際立っていた。たしかに良い写真だ。



「麻友菜は写真もうまいな」

「春輝のマネしてるだけだよ?」

「……そうなのか?」

「うん」



そして、麻友菜が「春輝、もっと近づいて」と言うから肩を寄せる。麻友菜が掲げたスマホに俺と麻友菜が映り込み、シャッターを切った。



「もう一枚撮っていい?」

「いいぞ」

「じゃあ、行くよ〜〜〜っ!」



今度は麻友菜が俺の頬にキスをした。意表を突かれて、俺は思わず驚いた顔をしてしまったと思う。麻友菜は撮れた写真を確認して爆笑した。



「春輝の顔〜〜〜ヤバい。なんか可愛い〜〜〜っ」

「悪かったな。いきなりキスなんてするからだろ」

「ダメ?」

「ダメじゃないが、言ってくれたら普通にできたのに」

「だって、春輝も言ってたじゃん」

「なんて?」

「“自然な表情撮りたい”って」

「……まあ、そうだな」

「ねえ、これ壁紙にしていい?」

「別にいいが。人に見せるなよ?」

「どうしようかな〜〜〜〜って、ウソ。見せないよ。多分」

「多分か」



麻友菜が嬉しそうに笑う。だから、その表情を残しておきたくて、俺はひそかにシャッターを切った。スマホを見ながら笑う麻友菜の笑顔は、温かいというか、癒やされるというか。その瞬間を切り取ることのできるこの環境に感謝したいほど好きだ。



「あっ! 撮ったでしょ。今、カチッって音聞こえたし」

「麻友菜が悪い」

「えっ? わたしなにかした? ごめん」

「麻友菜の真似しただけだぞ」

「? どういうこと?」

「麻友菜が可愛くて、愛らしい表情しているから撮らざるを得なかったんだ。今の瞬間を撮らないなんて選択肢はない」

「なにそれ。ウケるんだけど」



なにが面白かったのか分からないがツボに入ったらしく、麻友菜は腹を抱えて笑った。その瞬間も逃さずに撮る。



そのあともプールで遊びながら写真を撮って、あっという間に昼になった。

室内は相変わらず大行列だったために、プールサイドの店でバーガーのセットを買い、パラソルの下のテーブルに座る。



二人で席に着くと、唐突に通りかかった女子に声をかけられた。



「もしかして……麻友菜?」

「はい?」

「絶対に麻友菜だよね?」

「……えっ?」



トレイを持った少女が麻友菜を見て、驚いたような表情で立っていた。赤い髪のショートボブ。学校では見たことのない顔だ。



「……瑠奈るなちゃん?」



麻友菜が瑠奈ちゃんと呼んだ少女は「久しぶり」と伏し目がちに口を開いた。

瑠奈ちゃんとは、確か麻友菜が中学時代に仲違いをした子のことか?




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