青空青春コンテスト編

#20 泡だて洗身スポンジ@泡風呂大会


林間学校から帰って、その日の夜はバイトを入れていた。夏のボーナス期の金曜の夜だからか、納品が一〇件といつもより多め。また、母さんの経営するキャバクラのなんたら記念とかで、花束を三〇本も用意しなければならず、目が回るようだった。



帰ってそうそう俺がバイトを入れていることを知った麻友菜は、驚きのあまり絶句していた。俺からすれば大したことはない。それに最近は麻友菜に合わせてバイトを休んでいたために、しわ寄せが行ってしまったクロさんに申し訳なくて、麻友菜と会わないならシフトを入れようと思っていた。



納品を終えて一段落していると、見覚えのあるガラの悪い男が二人が視界に入る。以前麻友菜をナンパしていた威勢ニキ二名だ。また性懲りもなく女の子に詰め寄っていて呆れるばかり。



「どこかで見た光景ッスね」

「またあいつら……仕方ないから行ってきます」



ナンパをしているのかと思っていたが、近づいてみるとそういうわけでもないらしい。



「ユウと関わるとろくなことがねえんだよ」

「そんなこと言ったって、仕方ないでしょ。あんたらがしっかりしないから。自業自得ってやつじゃん」

「俺達はお前のせいでヤクザの事務所に連れてかれて、散々な目に遭ったんだぞ。少しは詫びろよ」

「は? それってあたしのせい?」

「どう考えてもそうだろ。その霧島とかいう写真の女が来たら、ナンパして連れ込めって言ったのはユウじゃねえか」



この威勢ニキたちは、そもそも偶然に麻友菜をナンパしたわけではないということか。その黒幕がユウと呼ばれた女子ということなら、なるほど、構図が少しずつ見えてきたな。麻友菜は元クラスメイトの女子(おそらくユウという女子)に呼び出されたと言っていた。その呼び出された先で、この威勢ニキ二名に執拗にナンパをされたわけだ。



悪意しか感じない。



「……つまり、ユウさんがすべての黒幕ということか?」

「お前、だれ——はっ!?」

「やべッ!!」



俺はあのときと違って、ロン毛ではなく髪を切っている。それなのにあのときの俺と同一人物だと認識できるのはすごいな。と思ったが、どうやらそうではないらしい。後ろを見たらクロさんが睨みを利かせていた。



「えっと、あなた方はこの間の。いや〜〜〜失礼します。すみませんでした」

「し、失礼します〜〜〜」



威勢だけは良いニキのくせに、クロさんを見た瞬間覇気を失い、ヘタレてはそそくさと逃げていく。なんて情けない奴らだ。



残ったのはユウと呼ばれていた女子一人で、クロさんに動じないあたり度胸が据わっている。肩くらいまで伸びた金髪の子で、学校で見たことがあるような気がする。おそらくこの子が、麻友菜の言っていた元クラスメイトで間違いなさそうだな。



それに、昼間のラムダの制服——メイド服を着ているということは、放課後から八時あたりまで働いているのだろう。ラムダは夜八時から風俗店になるために、それ以降一八歳未満は働けないはず。度胸が座っているというよりも、二番街に慣れているのかもな。



「……あんた、もしかして並木春輝?」

「そうだが」

「なんでこんなところにいるわけ!?」

「バイト中だからな。それよりも麻友菜になにか恨みでもあるのか?」

「そんなの……あんたに関係ある?」

「あるだろ。俺は麻友菜の彼氏だ」

「そう。直継なおつぐにちょっかい出そうとしてるからよ」

「本人はそんなつもりないと思うが?」

「そうじゃなくてもあたしは霧島が嫌い。いつも良い子ぶって、誰にでもいい顔して」

「それのどこが悪い? 人から好かれる努力をしている麻友菜のことを嫌いと断言するのは、お前が人から好かれたくても好かれない、嫉妬の裏返しじゃないのか?」

「チッ。うっざ」



ユウは俺を睨みつけて踵を返して二番街に消えていった。



「擦れてるッスね」

「やっぱり麻友菜を一人にしておけないな」

「うちのバッジ渡しましょうか? この街に来るときに付けてきてもらえば、安全ッスよ」

「いや。さすがにそれはマズイですよ。俺が守るから大丈夫です」



今度、ユウという人物を麻友菜に訊いてみよう。麻友菜は学校では陽キャで、誰にでも平等に明るく接する人物で通っている。それが気に食わない女子もいるということだ。それに、村山関連のやっかみもありそうだな。



翌日の土曜日。



約束通り麻友菜は、今日からうちに泊まりに来ることになっている。



勉強を教えてもらうために、などと言って両親の許可を得たらしい。麻友菜の両親は共働きで、医者と看護師というどちらも宿直or夜勤のある医療職だから、土日祝日関係なく働かなくてはいけないのだとか。むしろ平日のほうに休みが集中しているから、土日は家に両親がいないことのほうが多い、と麻友菜はラインで話していた。



そして朝一番に、麻友菜を迎えに行くタイミングでクララがやってきた。



「おっは〜〜〜春輝さ、麻友菜のインスタ見たよ」

「ん。それを言いにわざわざ来たのか?」

「違うけど」

「今日は麻友菜と会う約束しているから帰れ」

「せっかく来たのに?」

「そうだ」

「っていうかなに髪切ってんのよ。あたしに許可なく勝手に切って」

「悪いか。そもそもなんでクララに許可を得る必要がある」

「なんでもよ。それにしても昔みたいだな」



昔といっても中学校のときの話だから、たいして昔ではない。玄関先でクララは上がろうとしているところを、俺は無理やり外に押し戻した。



「なんで上げてくれないのよ〜〜〜」

「俺は麻友菜と付き合ってるから」

「それはこの前だって同じでしょ」

「違う」

「なにが?」

「麻友菜と正式に付き合ってる」

「それはこの前もそうでしょうが」

「とにかく今日は無理だ」

「なんだよ。せっかく来てやったのに。それと麻友菜のインスタ見せたら、うちのスタッフが騒いでた。だから仕方なく誘いに来たわけ。悔しいけど麻友菜、絶対にモデル向いてるよ」

「それは知ってる。だが、本人がどう思うかだろ」

「だからそれを聞きたいんじゃん」



俺の撮った麻友菜の写真がインスタでバズったのだ。いいねの数とフォロワーの増加がとんでもないことになっている、と投稿した麻友菜自身も驚いていた。それで、麻友菜が俺の知り合いだとクララの事務所の連中が知って、麻友菜に会ってみたいと言っているのだ。



そのことについては俺が後から麻友菜本人に意向を訊くとして、そろそろ家まで迎えに行かなければならない。こんなところでクララと押し問答をしている場合ではない。というかウザい。本当にタイミングが悪いし、人の迷惑を顧みずになんの連絡もなしに唐突に来るのはやめてほしい。



家の前に呼んだタクシーにクララを押し込んで帰ってもらい、その足で俺は麻友菜を家まで迎えに行く。偽装交際をやめて正式に付き合ってからの、はじめてのおうちデートだと麻友菜は楽しみにしているようだった。



それから麻友菜を迎えに行き、食材を買い込んでから帰ってきた。この土日はどこにも出かけない予定だ。俺はインドア派であまり出かけることは好きではない。意外にも麻友菜も同じだったらしく、



「どこか行きたいとこあるか?」



と訊いたら、



「おうちデートがいい」



と即答だった。



今日はお約束どおり泡風呂大会をすることになっていて、出かける前に風呂を沸かしておいた。麻友菜は家に来るなり、上機嫌で脱衣場に立てこもった。なにをしているのか教えてくれないし、風呂に入っている様子もない。



「麻友菜?」

「じゃ〜〜〜〜ん」

「あ、いや開けなくてもいいが」

「ねえねえ、春輝どう〜〜〜?」

「どうもなにも……」



脱衣場の引き戸が開いたと思ったら、水着姿の麻友菜が腰に手を当てて立っていた。白い水着で肌露出が多い。麻友菜の水着姿なんて見たことがないから、妙にドキドキする。



「可愛すぎるだろ……」

「ほんと?」

「ん。本当だ」

「これ、本当はパレオが付くんだけど、今日は邪魔だから持ってこなかったんだ」

「そうか。じゃあ、泡風呂剤はここに置いておくから。ゆっくり楽しんでこい」



脱衣場の引き戸を閉めようとすると、麻友菜が「ちょっと」と止めた。



「なんのためにわたし、水着になったのよ。意味なくなっちゃうじゃん」

「……もしかして俺も入れと?」

「泡風呂大会なんだから一緒に入るのっ! 春輝も早く脱いでよ〜〜〜」

「……それは強制か?」

「うん。もちろんっ!」



それで仕方なく俺も海パン姿になった。海やプールには遊びに行くきっかけなんてないんだが、母さんの仕事関係で、ナイトプールの監視員バイトをすることがあって、去年買ったのを思い出して引っ張り出してきた。



「あわあわすご〜〜〜〜い」

「ん。よかったな」



小さいシャボンが宙を舞い、白い泡が浴槽から溢れんばかりにモコモコしている。麻友菜は泡を両手ですくって楽しそうだ。それにしても麻友菜と正式に付き合いはじめたとはいえ、まさか一緒に風呂に入ることになるとは思わなかったな。泡風呂大会が水着着用の混浴だとは、裸じゃなくても刺激が強すぎる。



「気持ち良すぎ〜〜〜春輝、楽しいね」

「……そうか?」

「楽しくないの?」

「楽しくないわけではないが」



泡で隠れているとはいえ、麻友菜の身体がなまめかしい。むしろ泡で見えないチラリズムが妙に絵になる。そのエロスとは真逆の、子どものようにはしゃぐ麻友菜の表情がまたいい。写真に収めたくなるが、さすがにそれは……怒られそうだ。



「ご主人さまぁ〜〜〜約束通りサービスしちゃいますねっ!」

「ん。別にいい」

「そう言わずに〜〜〜。なにをしてほしいですかぁ?」

「メイドごっこはいい」

「なんでですかぁ〜〜〜あ。もしかして、麻友菜で興奮しちゃいましたっ!?」

「……ん。まあ。可愛いから」

「って恥ずかしいから肯定しないでっ!!」

「訊いてきたのは麻友菜だろ。事実、麻友菜は魅力的だぞ」

「……もう。あっ! そうだ。身体洗いましょうねっ!」



この世の女の中でおそらくたった一人だ。俺の唯一の弱点。たった一人だけ『女属性の耐性』が効かないというか。その子が目の前で、純白の水着姿で身体に泡を付けてメイドごっこをしていたらどうなる?



なぜかサービス精神旺盛で、身体を洗ってくれるとなるとさすがに理性が保てない。偽装交際をしているころからこの調子でやられて、耐性が付くどころか日に日にバリアにヒビが入り、麻友菜が俺に侵食してくるようだ。



「いいから」

「ご主人さま、照れちゃってカワイイですねっ! じゃあ、背中から洗いますねっ!」

「……楽しんでるだろ」

「え〜〜〜? 麻友菜はサービスしているだけですよ?」

「自分で洗えるから」

「麻友菜に洗ってほしくないんですかぁ〜〜〜?」



泡立てネットにボディソープを数回プッシュして、濃厚な泡を手に取り、俺の背中を手でやさしく洗い始めた。前にドライヤーで髪を乾かしてくれたときもそうだが、乱雑にしないところに好感が持てる。ネットで直接洗うのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。



「顔と同じで泡でやさしく洗ったほうが肌にダメージがないんですよぉ〜〜〜知っていましたか?」

「ん。まあ」

「でも背中は手で洗いにくいじゃないですか。だから、麻友菜がこうしてやさしく洗ってあげますね♡」



メイドごっこではなくても、確かに背中を手洗いは嬉しいかもしれない。



「はい、次は前ですよ。ご主人さまこっち向いてくださいねっ!」

「いや、それはいい。むしろ麻友菜が後ろ向け」

「わたし?」

「ん。背中洗ってやるから」

「……うん」

「イヤか?」

「イヤじゃないよ。そうじゃなくて恥ずかしいじゃん」

「ならやめるか」

「イヤ」

「どっちの嫌だ?」

「やめてほしくない……です」



今度は俺が泡立てネットで立てた大量の泡を手に取り、麻友菜の背中を擦る。手が直接背中に触れないように、泡のみで洗う。密度の濃い泡のためにこれで十分だ。それに男に背中を直接触れられるのは、さすがに彼氏でも嫌じゃないかと躊躇ちゅうちょしてしまう。



「気を使わないで、触っても大丈夫だよ?」

「もしかして、麻友菜はさっきから俺の心を読んでいるのか?」

「? そんなことないけど」

「そうか」



その後、ぬるい湯に浸かりながら漫画の話をしたり、学校での話をしたりしてダラダラと過ごした。まったりしたこういう時間も俺は好きだ。麻友菜も「二人でゆっくりするのもいいよね」と俺と同じ意見らしい。



「そういえば一年のとき、ユウって子は同じクラスだったか?」

「えっと……うん。同じクラスだったけど」

「本名は?」

宮崎優愛みやざきゆうあちゃんだよ?」

「もしかして、その宮崎優愛に二番街に呼び出されたんじゃないか?」

「そうだけど……なんで春輝が知ってるの?」

「ああ。昨日二番街で見たんだ。ラムダでバイトしてるっぽいな」

「……そうなんだ」



風呂から出て、気付くと二時間も入っていたことに気づいて驚いた。オーバーサイズのTシャツとハーパンに着替えた麻友菜をソファに座らせて、俺がドライヤーでブローすることに。



「あ〜〜あ〜〜〜聞こえますかぁ〜〜〜」



ドライヤーの音で麻友菜の声が聞こえないために、その都度ドライヤーを切って確認する。その様子が可笑しいらしく、麻友菜はわざわざどうでもいいことを喋っては、ドライヤーを切って「なに?」と訊く俺をからかって笑う。



「春輝のドライヤー気持ちいいね〜〜〜」

「なにっ?」

「なんでもな〜〜〜〜いっ!」

「……俺で遊ぶな」

「わたしはいいの〜〜〜」

「なにっ?」

「あはは。ほんとに可笑しい〜〜〜笑っちゃう」




絶対に俺で遊んでいるだろ。

でも、麻友菜が楽しいならいいか。


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