#16 輪ゴム@並木春輝VS村山直継
告白をしようと思ったけれど、不発に終わってしまった。
いざ、そのときになったら足がすくんで言い出せなかった。告白がこんなにも怖いものだなんて知らなかった。
これまで何人かの男子に告られたことがある。一年生のときだけでも覚えているだけで数十名。なるべく傷つけないようには断ったけど、それでもしつこくて、あしらってしまった男子も何人かいる。自分の身になって考えたら本当に申し訳なかったと思う。
そんなことを考えながら歩いていて、気付くと周囲の静けさが気になった。
風で揺れる木々の音とか葉っぱがこすれる音。それに虫の声。どれも奇妙で不気味。幽霊云々じゃなくて、例えば殺人鬼が潜んでいたらどうしようとか、野犬が来て襲われたらヤバいとか。現実的な恐怖も急激に押し寄せてくる。
となりに春輝がいなかったら卒倒していたかもしれない。
そんなわたしに対して春輝はまったく動じない。春輝はしっかりわたしの手を握ってくれてエスコートしてくれる。さっきみたいに相手が斧を持っていようが(実際はスコップでも斧だと思い込んでいた)、わたしを守ろうとして無理もしてくれる。それが並木春輝という男子だ。素直で、バカ正直で、強くて、頼りがいがあって——優しくて。それだけじゃなくて、数え切れないくらいの輝きを持っていて。そんな春輝のことが好き。全部好き。
春輝がいるから恐怖が薄らいでいる。安心をくれる。
「やっぱりダメ人間製造機だ」
「ん? いきなりどうした?」
「春輝はお化けが怖いって言っていたのに全然じゃん。怖い素振り見せないのってわたしを怖がらせないためでしょ?」
「まず幽霊なんてどこにいるんだ? 見当たらないだろ」
「出るかもしれないでしょ。ほら、この雰囲気だもん」
「出たら確かに怖いが、雰囲気だけじゃなんとも思わないが?」
こんな暗い森を歩いていたら、幽霊の一つや二つ出てもおかしくない。そんな想像をかき立てられるのが普通だと思う。春輝は幽霊を実際に見なければ怖いとは思わないと言っている。それなら怖い場面なんてほとんどないんじゃないの。実際、幽霊なんてこの世にいるはずないし。
「そういえば、さっきなんて言ったんだ?」
「……なんのこと?」
「俺に後ろからしがみついてきて、なんか呟いただろ?」
好き。
そう言ったんだけど、わたしは蚊の鳴くような声だったし、春輝の背中に口を押し当てていたために春輝の耳には届かなかったと思う。告白の勇気を持てなかった情けなさに、わたしは自己嫌悪に陥ってしまったくらいだ。だからといって今ここでリベンジなんてできるメンタルは持ち合わせていない。
告白のチャンスだけど、精神面が本調子じゃない。そういう言い訳をして、明日でいいかと思っている自分が本当に情けないと思う。後回しにしている場合じゃないのに。
「実験とか言っていたな?」
「うん。わたしでドキドキするか実験」
「……後ろから抱きついて?」
「そう。ドキドキした?」
「ん。かなり。麻友菜の心臓の音が聞こえたからな」
「え? 心臓?」
「ああ。胸押し当ててたろ」
「心臓の音聞くとドキドキするの?」
「いや。そうじゃない。鼓動が早くて……可愛いなって思った。怯えてる麻友菜もなんだか愛らしいというか。それで少し……ドキドキしたかもな」
「なんで怖がってるわたしが可愛いのよ。もしかして、本気で付き合ったら、毎日わたしを恐怖のどん底に陥れて、怯える顔をみて欲求を満たす感じ?」
「いや。そういうプレイに興味ない。そういう店に納品に行ったが、雰囲気がまったく理解できなかった」
待って。そういうプレイがあるの?
そもそも、そういうプレイってなに。どういうこと?
お店って……なにするの?
知らないほうがいいかも。
「えっと……じゃあなんで可愛いって思ったの?」
「笑ってる顔も怒ってる顔も、怯える顔も……麻友菜の全部好きだぞ?」
「——っ! またそうやって甘やかすんだからっ! このダメ人間製造機」
「実際そうだから仕方ないだろ」
「仕方なくないもん。春輝は思ってもないこと言わないでっ!」
「思ってないことなんてわざわざ言う必要ないだろ。全部本心に決まってる」
「じゃあ、今のわたしも可愛いの? ほら、少しワガママモードのわたしも可愛いの?」
“ワガママモード”というよりも“おねだりモード”かもしれない。本当は春輝がいつでもわたしのことを可愛いって言ってくれるって分かっていて、それで訊いているのだから“おねだりモード”なのだ。春輝にいっぱい褒めてもらいたい。ウザがらないで、ちゃんと相手をしてくれる春輝だからこそ甘えたくなってしまう。
「可愛いだろ」
「どの辺が?」
「そうやって、頭撫でてほしそうにすり寄ってくるとこ」
別にすり寄っているわけじゃなくて、単にくっついていないと怖いから密着しているだけなんだけど。
春輝は当たり前のようにわたしの頭を撫でた。
「可愛い?」
「ん。可愛い」
「なら、仕方ないからわたしも春輝をいっぱいドキドキさせてあげる」
「……なんでそうなる?」
「ドキドキした春輝も可愛いから」
実際に恥ずかしがる春輝の顔なんて、わたし以外に見ることはできないと思う。表情を変えない普段の春輝からは想像もできないような顔で、そんな春輝のことを愛おしく思ってしまう。普段の春輝とのギャップもすごく好き。
「やっぱり反応見て楽しんでたんだろ」
「そんなことないもん」
ためしに春輝の肩に手をおいて、耳元で、
(ご主人さまぁ〜〜〜。わたしのおっぱい柔らかかったですかぁ?)
「——っ!!!!」
春輝はものすごい勢いでわたしから離れた。まるできゅうりを見た猫のようだった。暗くて顔がよく見えないのが残念だけど、漏れた吐息とかやっぱり可愛いと思ってしまう。
「それ禁止な」
「え〜〜〜。じゃあ、春輝はわたしのこと可愛いって言うくせに、わたしが春輝の可愛いって思うシチュを禁止にしちゃうんだ? それって不公平だよ」
「だが、」
「いいの。するったらする」
「……本当にワガママモードだな」
「春輝がいけないんだからね。ダメ人間製造機だから」
こんなわたしも春輝の前でしか出せない。なんの悩みもなく、素をさらけ出せる異性は春輝しかいない。きっと春輝ならわたしのすべてを受け止めてくれる。
そして性懲りもなくわたしは、
(ご主人さま、帰ったらいっぱいイジメてくださいねっ!)
と、また調子に乗った。わたしの”耳元囁き攻撃”のほとんどはスマホで読んだ縦スクロールの漫画のセリフなんだけど、こんなので男の子って興奮するのか、と不思議になる。しかも女の子に免疫がある春輝が、こんな耳元囁き攻撃が効くはずないって思っていたけど予想以上だった。
春輝はまた無言になってわたしの手を強く握った。珍しく手汗をかいている。全然嫌じゃないし、むしろこの反応が楽しい&可愛い。
こうなると春輝はしばらく話してくれない。しばらく歩くと、ようやく宿泊施設が見えてきた。
「麻友菜」
「なに?」
「あれって知り合い?」
「えっ?」
宿泊施設の玄関で三人組の男子が立っていた。友達ではないけれど知っている顔。あれが
「霧島、お前そいつと付き合ってるんだって」
「そうだけど?」
「条島高校四天王のお前がそいつと?」
村山たちは春輝を見てニヤニヤと笑っている。なんだかとても感じが悪い。わたしを二番街に呼び出した元クラスメイトの子も、二年生になってから村山と同じクラスだった。村山に関わるとトラブルばかりだ。
わたしは怖くて村山を拒絶できない。
もし偽装交際をしてない状態で村山に告られたら、フッても付き合っても針のむしろだ。そして、おそらくわたしはクラスで誰からも相手にされなくなる。それは怖い。
村山たちは春輝を取り囲んだ。村山は春輝の耳元でなにかを囁く。春輝はなにを言われたのか分からないが、まったく動じない様子でただ村山を静観している。村山は女子やカースト上位の男子の前と、それ以外の相手で態度が違うということを聞いたことがある。
「ちょっと今から付き合ってくれない? 並木くんだよね?」
「…………」
「あれ、並木くんなんで黙っちゃうの?」
「村山くんって一応ブクロのチーム入ってんだよね」
そういう噂は聞いたことがあった。けど単に自分を大きく見せるための嘘だと思っていた。
一年生のときに、たまたま文化祭のステージで一緒になった村山は紳士的で、そんな不良とは無関係そうな男子だった。ファンクラブが出来るくらいにモテると聞いた。でもその裏でヤンチャをしている噂もあった。それなのに軽い気持ちで偽装交際をお願いしてしまった。すべてわたしのせいだ。
ずっと黙っていた春輝が顔を上げる。
「お前が今後一切、麻友菜に関わらないって条件を飲むならいくらでも付き合うぞ」
「あ?」
「なにこいつ?」
「もし……麻友菜に手を出したら」
春輝は手首のゴムで髪を縛り顔が露わになる。わたしはその表情を見てゾクッとした。眉間に皺を寄せて奥歯を噛み締めている。春輝は今までに見たことのないような表情をしていて、目だけで人を殺せそうと言ったら大げさかもしれないけど、それくらいに怖い顔をしていた。
「お前ら……ただじゃ済まさねえぞ」
「……また今度な。いくぞ」
捨て台詞を言って去っていく村山の顔が引きつっていたような気がする。それにしても、春輝がそこまで怒ったのをはじめて見た。
「ごめん。こんなことになるなんて、思ってなくて」
「麻友菜は俺がちゃんと守るから大丈夫。それよりも、」
つきものが落ちたように春輝の表情は穏やかになって、平然としてわたしと向き合った。
「俺の方こそごめん。ちゃんとするから」
「え? どういうこと?」
「麻友菜のとなり歩いていても笑われないくらいにはなるから」
「そんなこと……」
「今日は寝る。また明日な」
「う、うん」
春輝はそう言って、部屋に戻っていった。
村山に耳元でなにを言われたのだろう。このまま偽装交際をやめると春輝に言われてもおかしくない事件だった。なんでもないかのように振る舞っているけど、春輝からしたら嫌な思いをしただろう。
わたしはしばらく玄関の手前にあるトイレに入って泣きじゃくった。誰にも見られたくない。泣いている姿なんて見せたら、空気を読めないと思われてしまう。
なんとか平静を装い、鏡を見るとメイクが落ちかけていた。メイク落としは部屋に行かないとない。仕方なくそのまま戻ることにした。
「まゆっち、まだ肝試しの件でビビってるの?」
「ううん」
「って、目の周り真っ黒じゃん。並木に泣かされたのかぁ~~~。あんにゃろ~~~」
「違うの」
「……どうした、麻友菜? なにがあった? メイク落とす?」
ミホルラは真面目になるとわたしを名前で呼ぶ。普段はチャラくてもすごく優しくて良い子。そんな親友にわたしと春輝の関係が偽装交際だってことを伝えていない。ミホルラ——美保には話しておくべきだった。これでは悩みも話せない。ごめん、美保。
「なんでもないよ~~~わたしは大丈夫」
顔を洗って歯を磨いて着替えた。もう今日はなにもする気が起きない。布団に入って寝よう。
「ええええええええええええ」
「ミホルラうっせえ」
「なになに? 事件?」
「く・わ・し・く」
ミホルラがスマホを見て硬直していた。直後、すぐにスマホの画面を胸に押し当てて、「内緒」と、いつもらしくなくキョドっていた。どうせ芸能人の誰かが結婚したとか、カップルニューチューバーの誰と誰が離婚したとか。そんな話だろう。わたしにはどうでもいい。わたしは早々に布団に入って、寝息を立てるフリをした。寝ていれば空気なんて読まずに済むだろう。
「まゆっち、もう寝ちゃうの?」
「まゆっちの恋バナ聞きたいんだけど?」
「そりゃないぜ。並木くんとの馴れ初め聞かせてよ」
春輝のことを訊かれるのはつらい。特に今日はかなりつらい。
寝たフリをしてやりすごしたい。
あの村山がこのまま引き下がるとは思えない。いくら春輝が強くて、何事にも動じない性格だとしても、今回の事件に巻き込んでしまったのはわたしだ。全部わたしが悪い。いつもそうだ
空気が読めない。空気が読めない奴は空気にされる。
「まゆっち、スマホ鳴ってるよ」
「……」
「もう寝たっぽい」
そんなのどうでも……いい。
けど、もし春輝だったら。ラインが春輝からだったら。
布団から手を伸ばしてスマホを手に取る。布団の中でスマホを確認すると、案の定春輝からラインが来ていた。内容は。
はあああああああああああああああああああああ。
声が漏れそうになって、慌てて口を押さえた
なにしてんだよ……。
でも、笑わずにはいられなかった。わたしのためだよね。
うん。ありがとう。春輝はいつもかっこいいよ。
添付された写真には、髪を切ってイメージががらりと変わった春輝とハサミを持った景虎のツーショットが写っていた。それと一緒に、『これで俺の隣歩いていても恥ずかしくないか?』とメッセージが添えられていた。十分すぎるよ。でも、わたしだけの春輝じゃなくなっちゃうじゃん。バカっ!!
春輝が村山に言われた言葉をなんとなく察することができた。春輝は、わたしのために髪を切ってくれたのだろう。
本当にバカなんだから。
でも、ありがとう。春輝。
やっぱり大好き。
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