#15 スコップ@告白未遂



霧島さんに遊ばれている。それを分かっているのに逐一反応してしまって、霧島さんのことが頭から離れなくなっている。



入浴を終えて時刻は一九時を回ったところ。



自由時間の肝試しは、宿泊施設を出発して森を通って神社に行き、賽銭をあげればゴールらしい。先発は高山と砂川さんで、俺たちの出発は最後となる。



「霧島さんお腹すいたんじゃないか?」

「え? さっき食べたばっかりだよ?」

「バーベキューのとき、みんなに焼いてばっかりで食べてなかったみたいだから」

「見てたんだ?」

「霧島さんらしいな。でも無理してるだろ?」

「そんなことないよ。それに肉も野菜も食べたから」

「これ」

「えっ? おにぎり?」

「ん。ふりかけは持参してきたやつ」



夕飯がバーベキューだと炭水化物が足りずに腹が減る。それは予想がついていた。霧島さんはともかく、砂川さんも少食で二人で半合食べるか食べないかだったから、米はかなり余った。だからおにぎりを作っておいたのだ。



「ばかっ」

「なんで罵られた?」

「そういうことするからダメ人間製造機なの」

「俺は機械か?」

「そうだよ。でも、ありがと」



五番目のペアが出発してから一〇分くらい経った。広場では男子がサッカーをしていて、付近には女子が数名座ってその様子を見ている。また、暗い木陰ではカップルが肩を寄せて座っていた。ほかは、部屋でトランプをしたり、スマホを弄ったりしているやつがほとんどだ。



「涙出るくらいおいしい」

「そんな大げさな。ただのおにぎりだし、具なしのふりかけだぞ」

「並木の優しさが刺さって最近なんかヤバいの。本気でダメ人間製造機なんだからねっ!」



霧島さんがおにぎりを食べ終わったタイミングで、霧島さんのスマホに砂川さんからラインが入った。五組目のペアが神社に到着したとのことだった。いよいよ俺たちの出発になるが、俺は幽霊をはじめとした超常現象が苦手だ。得体のしれない存在は絶対にいる。そいつらがこの世界の法則を無視した攻撃をしてきたら、どう防げばいいのか分からない。だから怖いのだ。



「並木? 大丈夫?」

「ん。塩は持ってきた」

「えっ? おにぎり食べちゃったけど?」

「この塩は、もし襲われたとき用の」

「誰に?」

「幽霊とか」

「マジでウケるんですけど。あの不良にも顔色ひとつ変えないで立ち向かう春輝くんにも苦手なものあって、麻友菜は嬉しいです」

「……ん。それはあるだろ。幽霊とかそうめんとか」

「そうめん?」

「唯一、食べられない」



霧島さんはなぜか大爆笑。何が面白かったのか、僕の肩に手を掛けて「もうダメ~~~」と腹を押さえながら笑っている。



「うどんは?」

「大丈夫」

「蕎麦は?」

「好きすぎる」

「そうめんは?」

「クソ嫌い」



また笑いだして、スタート地点から一〇メートルも進めない。霧島さんの笑いのツボがいまいち分からない。だが、笑う霧島さんを見ていると俺も嬉しい。霧島さんに手を差し出すと、なんの迷いもなく握ってくれる。霧島さんの手に触れるのは好きだ。ネイルをした手は綺麗だし、柔らかくて触り心地が良い。やはり、薪を運んだとき、革手袋をあげて正解だった。



そういえば、霧島さんが俺を春輝と呼んだ。



「二番街関係者とクララ以外に下の名前で呼ばれたの久々だな」

「春輝?」

「ん。中学以来かも」

「そっか。じゃあ、わたしが呼んであげる。春輝?」

「……くすぐったいな」



とくに霧島さんから呼ばれるとなんとも言えない気持ちになる。



「イヤ?」

「嫌じゃないが」

「じゃあ、春輝って呼ぶ。その代わり、わたしのこともまゆっ——じゃなくて、麻友菜って呼んでくれる?」

「そのほうがいいのか?」

「嬉しいかどうかって言ったら……嬉しいかも?」



暗くて麻友菜の顔はよく見えなかったけど、握る手が少しだけ強くなった。



「ん。麻友菜。麻友菜って名前、呼んでみたら可愛いな」

「——ッ! もうっ!! そういうとこだからねっ!?」



しばらく歩くと麻友菜は無言になった。けれど、手には力が入ったまま。もしかしたら、麻友菜も幽霊が怖いのかもしれない。あんなに人のことを笑っていたくせに、いざそのときになると怖くなるとか可愛いしかない。麻友菜のそういうところが本当に好きだ。



森に入ってすぐに奇妙な音が響いていることに気づいた。鉄かなにか硬いものを引きずっているような音で、ズリ、ズリとゆっくり近づいてくる。俺たちが歩くと響いて、立ち止まると音もぴたりと止まる。



「聞こえた? なみ——春輝?」

「ああ、麻友菜も?」

「うん。なんだろ。重い物引きずってるような音だよね」

「……斧か」

「怖いこと言わないでよ。幽霊なんかよりずっと怖いじゃん」

「人間の斧なら勝てる気がする……が、怨霊が斧持ってきたら……自信ない」

「普通の人間でも斧持ってたら勝てるわけないでしょ。そういう無茶は絶対にダメだからね?」



麻友菜の手を引いて足早に進む。すると“引きずる音”も追ってくるように速くなって、さっきよりも音が大きくなった。やはり追われている。麻友菜はよほど怖いのか、俺の左腕にぴったりとくっついている。



「麻友菜、俺の後ろにいろ」

「な、なにする気?」

「戦うしかないだろ」

「えぇぇ……」

「もし、俺がやられたら元の道戻って、宿泊施設まで全速力で逃げろ」



音の方に向かっていくと、今度はなぜか逃げていくような足音が聞こえる。「出てこいッ!! クソがッ!!」と叫びながら茂みの向こう側に踏み込むと、クラスの男子(名前忘れた)が腰を抜かしていた。



「なんだよ。斧持った幽霊かと思った」

「お、おま、お前のほうが怖すぎだろ」



どうやら肝試しの驚かせ役だったようで、二番目くらいに出発したペアの片割れ男子だった。どこから持ってきたのか、音の正体はスコップだった。ホラー映画から構想を得たのだろう。正体が分かればまったく怖くない。



「佐藤くん。もうっ! 驚かせないでよ~~~~」



さっきまであんなに怖がっていた麻友菜は瞬時にキャラチェンジし、クラスでおなじみの陽キャになった。そういうところは徹底している。



「なんだよ、少しは怖がれよ。瀬川と鈴木は腰抜かして逃げたのになぁ」

「並木くんだもん。頼りになるでしょ?」



もしこれがスコップの音のような聴覚に限った怖がらせ方ではなく、着物姿の女性がヒステリックに笑いながら近づいてくるとか、泣き叫ぶ子どもが一人で木陰にいるとか、そういう場面に出くわしたら気絶していたと思う。とはいえ十分怖かったから、なかなか楽しかった。普段、恐怖を感じる体験がなかなかないから、これはこれで新鮮だ。



「俺は、スコップ返しに戻るから気をつけて神社までいけよ」

「うんっ! 佐藤くんもね」



いよいよ神社に着くと、すでに到着しているはずのメンバーは誰もおらず、薄暗い中に鳥居がひっそりと佇んでいた。その奥には小さい神社が建っている。賽銭箱に小銭を入れて、手を合わせた。境内の後ろにはバッグが見える。あいつら、どうせなにかろくでもないことを企んでいるんだろうな。



「春輝……えっと……あのね、話したいことが……」

「なんだ?」



俺の方を見ずに麻友菜は境内のほうを向いたまま俯いた。



「えっと……やっぱりいいや。こんな場所じゃ、アレだし」

「そうか」

「うん。でも、やっぱり……あのね」



麻友菜がなにかを言おうとした矢先、麻友菜はなにかを見つけて、



「きゃああああああああああああああ」



と叫んだ。



「ん? どした?」



麻友菜が指差す方を見てみると、月明かりの下、木陰から白い服の女が顔をのぞかせていた。顔は土色で、カラコンでもしているのだろう。髪はボサボサだけどどう見ても金髪に近い。その他にも男女数人が白い服を着て、じっとこっちを見ている。



その他にも何人か”幽霊”がこちらを見ている。



「は、はは、春輝、あれ……幽霊だよね?」

「……ん。まあ」



みんながせっかくメイクをして服まで着替えてがんばったのに、いきなり否定すると申し訳ない気がしたから麻友菜には悪いけど黙っておくことにした。これはおそらく、林間学校の前から企画していたのだろう。俺と麻友菜を驚かせようと、周到に準備をしてきたに違いない。



麻友菜は握っていた手を振りほどいて、また俺の左腕に抱きついてきた。がっつりとロックされているために歩きにくい。麻友菜を引きずるように“幽霊”に近づいていくと、「



なんでそっちに行くのよッ!?」



とガチギレされた。近づく距離に比例して抱きしめる力が強くなる。それに少し震えている。可哀そうだからそろそろ種明かしをするか。と思ったら、胸を押し当ててきた。硬いのはブラのせいか。



「麻友菜、胸、当たってる」

「バカっ!! 今はそれどころじゃないでしょ」



怯える麻友菜もなかなか可愛いから、もう少し砂川さん達に付き合うか。歩みを止めて、俺はうずくまり、「うぅ~~~」と呻いた。頭を抱えて膝をつくと、麻友菜も座り込み俺の背中に触れながら、



「春輝ッ!?」

「呪われたかもしれない」

「えぇッ!?」



顔を上げて麻友菜を見てみると、暗くてよく顔が見えないものの、呼吸が荒く今にも泣きそうなのが分かる。少し可哀そうだな。そろそろ種明かしをするか。俺が立ち上がって、



「というのは冗談だ。あれは砂川さんたちだろ」

「…………」



麻友菜はまったく話を聞いておらず、俺の背中に抱きついてきた。顔もうずめているみたいで、がっちりホールドされてしまっている。



「麻友菜?」

「イヤ」

「なにが?」

「離せって言われても絶対に離れないんだからっ!」



ブラをしているにもかかわらず、押し付けられて二つの肉感がもろに伝わってくる。Tシャツだから余計に感触がダイレクトで、このタイミングでさっきの泡風呂の話を思い出してしまう。もし裸だとしたら、柔らかさはこの何倍くらいなのか。自分がそんなどうでもいい想像をするなんて、やはり俺はおかしくなっている。麻友菜の存在がそうさせているのか。



こんなもの、ガキの頃から知っていただろ。それなのになぜ今さら?



麻友菜の抱きしめる力が増していく。



「麻友菜……嘘だ。呪われてなんかいない」

「知ってる。春輝がそう言ってたじゃん」

「は?」

「でも、こうしたかったの。ダメ?」

「ダメじゃないが……なんで?」

「春輝はお化けダメなんでしょ? ドキドキしちゃうんでしょ?」

「ん……まあ」

「なら、この状況ならわたしにもドキドキするのかなって」

「……え?」

「実験したの」

「なんだよ。怖かったわけじゃないのか。なんの実験してんだ?」

「……き」

「今なんて?」

「……きなの」



麻友菜は顔を押し付けたまま、小声で話したために聞き取れなかった。



様子がおかしいと思ったのか、高山が幽霊に扮したまま「大丈夫か~?」とこっちに歩いてきた。結局、麻友菜がなにを言ったのか分からず、高山が来たことによって麻友菜は普段どおりの麻友菜に戻ってしまった。



「並木って幽霊怖いっていうから驚かせようと思ったのに、まゆっちのほうが泣きそうになるってどゆこと?」

「せめて、その金髪を染めないと。あと、高山は雑すぎ」

「えぇぇ?? 俺、今年一番がんばったのに?」

「この無愛想並木のヘタレ顔撮りたかったのに。全然変わんないし。っていうか、並木。おみゃー、まゆっちを泣かせたな。あたしの親友泣かせやがって。あとで説教だかんな。覚えとけよ?」

「ん。いや、砂川さんも泣かせる気だったろ?」

「あたしはいいんだよ。あたしは。まゆっち担当だから」



砂川さんの理屈はいまいち分からないものの、麻友菜は泣いたフリ(おふざけ)をしたまま砂川さんに身を委ねて、砂川さんは麻友菜を「よしよし」と言って抱きしめながら頭を撫でる。



肝試しが終わってみんなで帰ることになった。ぞろぞろと歩いて、俺と麻友菜は最後尾でみんなの後をついていく。楽しかったかどうかは別として、みんなでなにか特別なことをした感はある。麻友菜と偽装交際をする前の俺なら、こんな経験はできなかった。



「結局、麻友菜はなんの実験をしてたんだ?」

「なんでもない」

「ん。そうか」

「タイミングって難しいね」

「なんの?」

「なんでも。今日はもういいや。色々疲れちゃった」

「だな。朝も早かったから、余計に眠いだろ」

「うん。それもある」



それもあるということは、別のことで疲労しているということか。だが、それも理解できる。麻友菜はクラスの中でかなり気を張っている。誰に対しても笑顔で接し、仕事も率先してこなす優等生でもある。それから陽キャで、いつも周りに人がいて気が休まらないのだろう。それが四六時中続くとしたら、麻友菜の精神が衰弱してしまわないか心配だ。



「麻友菜」

「えっ」

「がんばったな」

「……なにが?」



麻友菜の手を引き寄せて頭を撫でた。麻友菜は頭を撫でられることが好きなのを思い出した。俺にはこれくらいしかしてあげられることはない。ワンパターンと言われればそれまでだが。



「がんばったから」

「だから、なにを?」

「カレー作りからガラスに、バーベキューと。周りに気を使いすぎだろ」

「え? 別にいつもどおりだけど?」

「ん。そうか」

「でも、ありがとう。春輝は心配してくれたんだよね?」

「まあ。そうだな」



麻友菜がしたいことをさせてあげようと思う。俺の前ではともかく、学校で休まる場所がない麻友菜にとって、ストレス解消になることを一緒にしたい。



「帰ったらまたうちに泊まりに来ないか?」

「えっ? いいの?」

「ああ。麻友菜が両親に許可だけ取ってくれれば」

「うん。それは大丈夫だけど」

「今度はなにしような。泡風呂したかったのか?」

「えっ? いや……」

「別にいいぞ。それから夏休みはプールに行ってグランピングしよう」

「うん。あのさ」

「ん?」

「並木はわたしといて楽しい? わたしに合わせて無理してない?」



そんなこと前にも訊かれたような気がする。俺はむしろ楽しんでいる。顔にあまり出ないからつまらなそう、とか俺が思っていると勘違いされたことが中学の頃あった。



「楽しくなかったら誘わないぞ?」

「うん。そっか。じゃあ、泊まりに行く。それで泡風呂大会しよ。それから、また料理したい。ううん。春輝、わたしに料理教えて? それから期末の勉強も」

「そうだな」



さっきよりも元気になったみたいで良かった。

麻友菜は笑顔(素の笑顔)になって、他愛もない話をしながら施設に戻る道を歩いた。





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