#14 ガラスコップ@お風呂で洗いっこしよう?
大胆にもあんなことしちゃって、大丈夫だったかな。
メイドごっこは前に並木の家でやった遊びであのとき並木は嬉しそうだったし、照れているっぽい反応してくれたのを思い出して今回も実践してみた。耳まで赤くなっていたけど、効き目があったと解釈していいんだよね。
並木は少しくらいのことでは動じないから、考えに考え抜いた策だった。
「まゆっち、ぼーっとしてダイジョブ?」
「ごめん。大丈夫〜〜〜大丈夫〜〜〜!」
「ガラス熱いから危ないって。次まゆっちの番だよ」
宿泊施設のとなりにはガラス工房があって、午後の行程はガラスのコップ作り体験。室内はかなり熱いのに事故防止のために耐熱エプロンをかけてなければならない。また長袖シャツにチノパン姿だからもう汗がだくだく流れてくる。インナーは着てきたほうがいいよっていう先輩情報が役に立った。知らなかったら汗で背中の下着が透けていたと思う。
ガラス工房体験は二人一組で、ミホルラとペアになった。ここは男女ペアとはならず残念。並木と一緒だったらすごい作品が作れそうなのに。気づくと並木のこと考えちゃう。そしてまたミホルラに見透かされて馬鹿にされる。
「まゆっちのカレピ、景虎とキレイな作品作ってるみたい」
「えっ?」
少し離れた場所で景虎と二人で、並木は講師に教えられたとおりにコップを作っていた。遠目で見てもキラキラした空色のコップで、すごく澄んでいて、他の誰よりも完成度が高いと思う。やっぱり並木はなにをしても上手だし器用だ。
「並木ってあえて存在を消すタイプじゃん?」
「どういうこと?」
「あのタイプは元々カリスマを持って生まれてきたけど、輝きすぎて目立つと面倒だから、あえて気配を消すタイプっしょ」
「そんなことないんじゃないかな〜〜〜」
「並木って今日一日で存在感ぐいぐい出してるじゃん。もし、まゆっちがなにもしないで野放しになってたら、彼女の一人や二人いてもおかしくないよ。それにあたし見ちゃったんだよね」
「なにを……?」
「一年のときなんだけど、体育の後、髪をかきあげて汗拭いてるとこ。ちょっとドキッとしたもん。あのうざったい髪の毛はジャングルの中のゲリラが身につけてる葉っぱだよ」
ゲリラの葉っぱの意味がよく分からないけど。
もし、わたし以外の女子が並木に好意を持ち、猛アプローチをしたとする。それで偶然にも並木がその女子を気になったらどうなるのか。
いや、ないない。
あのクララさんでも全く相手にされないんだから、あり得ない。でも、それで気を抜いたらダメだ。いつか並木が好きだって子が現れることだってあるかもしれない。やっぱり告白を急がないとダメだ。
「ちょ、おまっ!! ガラス溶けて落ちてるって」
「やばっ!!」
「まゆっち、マジでどうした? らしくないっていうか、」
「ごめ〜〜〜」
講師の人に心配されながらも、もう一度チャレンジしたわたしのコップはかなり不出来だった。並木のコップに比べると雲泥の差だ。
「まゆっちは並木のことばっかり見すぎ!! もう本当に病気みたい。悩みがあるなら親友が聞くから。このミホルラに話してみ。ただしエッチな相談はやめてくれよ?」
「……ごめん」
エッチな悩みはありません。
それにしても、やっぱり親友の目は誤魔化せない。事の発端の
「霧島さんのコップ結構好きかも」
「え?」
「は? 並木って感覚ズレてる?」
「並木、お前、まゆっちに頭上がらないんだろ。俺もだもん。その気持ち分かるわ~~~」
景虎はミホルラに頭を軽く叩かれていた。景虎がミホルラの尻に敷かれているのは誰が見ても明らか。
テーブルにずらっと並んだコップの中でも、一番汚い色のコップに顔を近づけて並木は褒めてくれる。いくらなんでもそれは嬉しくない。だって並木は絶対に本心じゃないもん。並木は心にもないことを口にして、わたしを褒めて、いつものように甘やかしているんだ。
「黒いけど、よく見るとキラキラしてる。これ、宇宙をイメージしたんだよな。黒い
「「……」」
ミホルラと景虎は顔を見合わせて黙り込んだ。
「これ失敗しちゃったんだよ……?」
「これが? 霧島さんのコップにコーラとか入れたら銀河見えるだろ」
「並木くんのほうがすごいよっ! 青くて綺麗で……そっか。海だ。並木くんのコップは海だねっ!」
「……いや。空をイメージしたんだけど、海にしか見えないだろ。雲がうまく表せなかった。霧島さんなんてそれを通り越して宇宙だろ。俺、このコップほしい」
言われてみれば並木の作品は空に見える。それで自分のコップをまじまじと見てみたら、確かに宇宙だった。そんなの作った本人も気づいていない。ミホルラと景虎は失敗作って決めつけていたのに、並木は見て褒めてくれた。ジーンときた。
「霧島さん、帰ったらうちで、“ガラスコップ一番似合う飲み物選手権”やろう」
「なにそれ。ウケるんだけど」
並木が
「ええっと……まゆっちは今のなにが面白かった?」
「俺、ぜんっぜんわかんね。お前らって脳にマイクロチップとか埋めてブルートゥースで繋げてんの?」
今の並木が面白くないなんて絶対におかしい。だって、わたしと並木のコップで一番似合う飲み物選手権って、『優勝した飲み物はファンタです。おめでと〜〜〜』とかやるんでしょ。そんなセリフを言っている並木を想像したらシュールすぎて笑うしかない。
「あ、そうだ。今晩肝試しやるって聞いたか?」
「ああ、わたしは大丈夫。並木くんは?」
夕食後、入浴が終わり次第二一時までは自由時間になる。その間に希望者を募って、肝試しをやることになったらしい。特にクラスでカレカノのいる者はほぼ強制参加となった。わたし達は偽装だけど、その秘密はわたしと並木の二人しか知らない。だから、参加以外の選択肢はない。空気は読まないと。
「俺は……」
「並木って肝試しとかって全然動じなそう。よかったな。まゆっち。あたしは景虎とペアだからお笑いになっちゃいそうなんだよなぁ~~」
「いや、ミホルラだろ。俺はいつも真面目だかんな?」
並木は黙ったまま、「うーん」と考え込んでいた。
「どうしたの? 並木くん?」
「俺はどっちかっていうと幽霊は苦手だな」
「……は?」
相手が悪そうなヤンキーでもまったく動じることなく、堂々と向かっていくのに?
とても並木の言葉とは思えない。しかも、並木と一緒に居たスキンヘッドのタトゥー男なんて、極悪非道のかぎりを尽くす極道を具現化したような顔をしていたのに。その並木が幽霊を怖いってどういうことなのだろう。
「あはははははは、もうダメっ!!」
「今度はなににツボった……? 景虎。まゆっち頭おかしくなったかもしれん」
「本気で病院連れていくか」
なんで笑わせるの。本当に並木って面白い。一緒にいてこんなに笑わせてくれる人は今まではじめてかもしれない。
ガラスのコップ作り体験が終わるともう夕方だった。夕飯はバーベキューで、わたしは焼く係に徹した。気づくとバーベキューは終わっていて、なんだかあまり食べられなかった。でも仕方ない。空気を読まなければいけないから。
クラスメイト全員で片付けをして、残すところはバーベキューの鉄板を洗うだけ。学級委員として残って鉄板を洗うことになった。もちろん、並木も残ってくれて、二人で鉄板を水道に運ぶ。
「霧島さんも帰って大丈夫だぞ」
「そんなわけにはいかないよ」
水道は全部で八つあって、他のクラスの学級委員も鉄板洗いに従事している。
「ん。じゃあ、洗うのは俺に任せろ。バイトでよくやってるからな」
「……例のバーベキュー?」
「ああ」
「でも、わたしもやるよ。洗いっこしよっ?」
流し台に鉄板を横に入れて、左側に並木、右側にわたしが立って交互に擦っていく。茶色い泡が鉄板に浮き立ち、落ちている実感がして気持ちいい。勢いよくやりすぎて泡が飛び、並木のほっぺたにくっついた。
「ごめん。飛んじゃった。取るから動かないで?」
「別に後からでいいぞ」
「いいから」
手を洗って泡を落とし、ポケットからハンドタオルを出して並木の顔を拭く。並木は目を瞑って、わたしに成されるがままの状態になった。そうなるとイタズラをしないわけにはいかない。ハンドタオルをポケットに入れて、両手で並木の頬を縦につまむ。すると、おたふくのような顔で垂れ目になって、なんだか状況が可笑しくてわたしは吹き出してしまった。
「ひょい。ひゃひひへんだ?」
「ちょ、ちょっとなんて声してんのよっ!! あああもうだめっ! おもしろすぎ」
並木はタオルで手を拭いて、わたしの唇を指で挟み込んだ。
「アヒル」
「んごっ!! むごごむごっ」
「いや、鳴き声はガチョウ?」
ようやく唇を解放されて、並木に泡を飛ばす。すると並木も手を合わせて、その隙間から水鉄砲を撃ってきた。
「やったなぁ~~~っ!!」
「先に仕掛けてきたのは霧島さんだから」
「きゃあっ!!」
「ん。泡がまた付いた」
宿泊所に帰ればお風呂に入るし、どうせ着替える。そもそもお昼がカレー作りで、夜がバーベキューだから
「これでどうだ~~~」
「冷たい。仕返し」
そうやって遊んでいるうちに全身泡と水でびしょびしょになってしまった。
ずいぶんと長い時間をかけて洗い終えた鉄板を管理所に戻して、宿泊施設に戻ることに。並木は当たり前のように手を差し出してくる。わたしも当然のようにその手をつなぐ。
「泡だらけになっちゃったね」
「どうせ洗濯行きだからな」
「だね。ねえ、並木」
「ん?」
「今度泡風呂大会しようよ。並木の家で。あのお風呂すごく広いじゃん」
「いいが、どうやって入る」
「? どういうこと?」
「互いに裸で入るのか?」
「あー……」
自分で言って恥ずかしくなった。そこまで想像が及ばなかった。けど、並木となら泡風呂に入るのも面白いかもしれない。
「泡風呂といえば専用の入浴剤があったな。吹雪さんが置いていったのがある」
「……また余り物? でも、吹雪さんなにに使うんだろ」
「風俗で使うらしいぞ」
「え……どういうこと?」
「俺も知らん。どうせ泡風呂に男女で入るとか、そういうのだろ」
「並木は……そういうのしたい?」
「別に。興味ない」
「わたしとは……?」
「…………」
並木はいきなり黙り込み、わたしの手を離してタオルで顔を拭き始めた。暗くて顔がよく見えなかったけど、動揺しているっぽい。昼間のメイドごっこといい、結構効いているんじゃないかと思う。もうひと押しだ。
「ねえ、並木。泡風呂大会するの? しないの?」
「……ん。いや、したいならすればいいだろ」
「裸でもいいでしょ? 泡で見えないんだから?」
「霧島さん。俺の反応見て遊んでるだろ?」
「どんな反応~~~~?」
「だから」
「並木くんはどんな反応してるの~~~? ねえ、並木く~~ん?」
並木の手を再び掴んで立ち止まり、背伸びして耳元に手を置く。そして、
(お風呂で洗いっこしよっ)
「——っ」
並木は脇の下と横腹、それに耳が弱いのは確認済み。
わたしの囁きは効果てきめんのようだった。今まで以上に甘く息を吹きかけるように。並木はまた繋いだ手を離そうとしたけど、今度は逃してあげない。強く握って並木の手の自由を奪う。
「霧島さん、今日はどうした?」
「どうもしてないよ~~? そうだ。あわあわのお風呂でメイドさんごっことかしちゃう?」
「いや……本当に」
「ご主人さまぁ~~~身体洗いますねぇ~~~」
「自分で洗えるから」
再び歩き出したが、並木は無言。それをいいことに、わたしは再び並木の肩に左手を掛けて、右手で並木の耳に手を添える。
(それともご主人さまぁ。お風呂でわたしと……シちゃう?)
「っ!! 霧島さんッ!!」
「冗談だって」
冗談が過ぎた……。言った自分も足がすくみ、手が震える。暗くなかったら絶対に言えなかった。並木に顔を見られたらなんて言われるか分からない。それにすごく後悔。言って後悔するくらいなら言わなければよかった。
えっちな子だと思われたかもしれない。気を引くためとはいえ、一線を越えた気がする。
「並木、今の嘘だよ?」
「ん。分かってる」
「わたし、そんな子じゃないからね?」
「? どんな子?」
「だから……えっちな子じゃないからね?」
「あぁ。分かってる。俺をからかったんだろ」
「……うん」
調子に乗りすぎた。反省しよう。
でも、並木はわたしの手を強く握って、今度は並木がわたしの手を離してくれなかった。
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